シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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エール!

2015-11-17 | シネマ あ行

フランスの田舎町で酪農を営むベリエ一家。長女で高校生のポーラルアンヌエメラ以外は父ロドルフフランソワダミアン、母ジジカリンヴィアール、弟の3人全員が聾唖者。牛のエサの業者とのやりとりや、青空市でのお客とのコミュニケーション、家族の医者通いなどにポーラは欠かせない存在だ。

思春期ならではの一般的な悩みはあるものの、ポーラは特にそんな生活に不満を覚えていたわけではなく家族を支える存在として毎日を過ごしていた。そんなある日、学校で憧れている男子生徒がコーラスのクラスを取ることを知ったポーラは同じくコーラスのクラスを取ることにする。

そこでポーラはコーラスの指導のトマソン先生エリックエルモスニーノに才能を見出され、パリの音楽学校のオーディションを受けるよう薦められる。そのオーディションのためにトマソン先生の自宅にレッスンに通うことになるポーラだが、家族全員が聾唖者である彼女は家族に歌の道に進みたいということを打ち明けられずにいた。

こそこそとトマソン先生のレッスンに通っていたポーラだったが、毎日彼氏のところに行っているとお母さんに言われ、ついに歌のレッスンに行っていることを家族に打ち明ける。両親は歌のレッスンというのもさることながら、自分たちの家を離れてパリの学校に行きたいというポーラに大きなショックを受ける。

このベリエ一家のお母さんがなんともユニークな人で、ハリウッドの映画だったらもっと娘思いでしっかり者のお母さんというのが描かれそうだけど、ここのお母さんは結構わがままで騒がしくてあけっぴろげ過ぎて、ちょっと困った人って感じ。こういうお母さん像をストレートに描くところがなんだか妙にヨーロッパっぽい。

案の定ポーラがパリの学校に行きたいと言ったときはお父さんよりもお母さんのほうが取り乱す。ここで必要とされているのに聾唖の家族を置いて行くなんてわがままだと娘を責める。まぁそれは娘がパリに行ってしまうという寂しさの裏返しだとは思うのだけど。

お母さんが取り乱しながら、ポーラが生まれたときの話をします。ポーラが生まれたとき、耳が聞こえると知って私は大泣きした、と。聾唖の夫婦にとって障害が遺伝せずに娘が耳が聞こえるということが嬉しくて大泣きしたのかと思いきや、娘が自分たちと違うこと、自分たちの仲間でないことで泣いたというのだから、少し驚いた。え、なんて自分勝手なの。と正直最初は思いました。でも後からゆっくり考えてみると、そんなものなのかもしれないなぁと思い直しました。ずっと聾唖者として生きていた彼女たちにとって、耳の聞こえる人の気持ちは分からないものなのでしょう。そんな異質なものに娘がなってしまったと感じて悲しい気持ちになるのは仕方のないことだったのかもしれません。

ポーラの歌への情熱を理解できずにいる家族でしたが、ポーラの学校での発表会に行ったとき、ポーラの歌声は聞こえなくとも、ポーラの歌を聞いて涙を流している観客や一緒に口ずさんでいる観客の幸せそうな顔を見て、彼らの中の何かが変わりました。その夜お父さんはポーラの喉元に手を当ててポーラの歌を“聴いて”くれました。

家族のためにパリの学校をあきらめかけたポーラでしたが、今度は家族の後押しを受けてオーディションに向かいます。審査員と家族とトマソン先生の前で歌を披露するポーラ。この時途中からポーラは家族にも分かるように手話で歌詞を表現します。ポーラ役のルアンヌエメラの歌唱力が素晴らしいことももちろんありますが、この手話に涙があふれました。これまで、チャリティ的な番組などで手話付の歌というのは見たことがありましたが、このポーラの手話付の歌がこれまでテレビで見た取ってつけたようなものではなく真に家族への愛に溢れたものでとても感動しました。映画だって作り物なのに、取ってつけたようなものとは違うと表現するのはおかしいことかもしれませんが、それだけ物語に感情移入できていたのだと思います。

ポーラはトマソン先生の指導を受けてどんどん才能を開花していく役なので、思い切り上手に歌うシーンばかりでなく、背中を丸めて小さい声で歌うシーンなどもあり、あれだけの歌唱力があるルアンヌがそんなにうまくなく歌うというのはかえって難しかっただろうなと思います。トマソン先生の指導でどんどん歌が良くなっていくという演技ができるのはすごいと感じました。これから女優になるのか歌手になるのか分かりませんが将来が楽しみな女の子です。

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マイインターン

2015-11-12 | シネマ ま行

ジュールスアンハサウェイはファッションサイトを運営するCEO。この度会社で社会貢献のためシニアインターンを雇うことになる。そこへ応募してきたのはベンロバートデニーロ。定年し、妻に先立たれ、毎日習い事などで暇をつぶしていたところにシニアインターンの募集を見つけ面接に来て採用される。

ジュールスは右腕の社員からシニアインターンのうち一人をCEO付の助手にするよう進言され、ベンを助手にする。最初はベンの存在を疎ましく感じていたジュールスだったが、徐々にベンの人柄に打ち解けていく。

このベンというおじいちゃんがもうなんて言うか完璧過ぎ。誠実で優しくて優秀でそれでいて冗談も分かる。いくら歳を重ねてるからってこんな良い人滅多にいないよ。若い人とのギャップも素直に受け入れて勉強しようとするし、アドバイスはくれるけど押しつけがましい説教はしたりしない。いつも温かい笑顔でこんな人がいたら絶対にお友達になりたい。それをあのロバートデニーロが演じるんだからね~。マフィアのボスやサイコ殺人鬼、凄腕の刑事を演じてきたデニーロ。もちろん普通のお父さんの役やコメディにも出てるから怖い役ばっかりじゃないけど、このベンはデニーロ史上最高に良い人の役じゃないかな。

古いタイプの紳士ベンのキャラクターがとても素敵で、若い男性社員に「常にハンカチは持ち歩け。泣いている女性に貸すために」なぁんて何時代?みたいなことを言っちゃうんだけど、それが現代女性には新鮮で逆にキュンと来るのかもしれませんね。

一方のアンハサウェイは絵に描いたような優等生ちゃん。大きな瞳が可愛らしくて笑顔が素敵で味方してあげたくなるんだけどねーーーー。これが、ハサヘイターと一時期アメリカで流行した“アンハサウェイを嫌う人たち”を生んだ一因なのかなーと思ったりもしました。ハサヘイターの人たちはとにかく彼女はわざとらしいとかジョークが寒いとかそういうことで彼女を嫌っていたみたいなんだけど、要するに優等生過ぎるのかなーと。

この作品の彼女もハサヘイターの人たちにはもう我慢ならない役どころかも。だってジュールスはできたCEOで、旦那さんは彼女の仕事のために専業主夫になってくれて可愛い娘がいて、落ち込んだときはベンが慰めてくれて、旦那が浮気してざまぁみろと思ったらすぐに心から反省して戻って来てくれるんだから。ま、彼女のことが嫌いなら見るべきではないですね。

とにかく何もかもうまく行き過ぎじゃないの?と思えるところはあるものの、デニーロもアンも魅力的で楽しかった。

ジュールスが母親の悪口メールを間違って母親に送ってしまったときに、ベンと他若い3人の社員で母親の家まで行ってPCからメールを削除するシーンはさすがにちょっとやり過ぎだと思ったけど、ベンと若い社員たちの交流などで笑える会話がたくさんあって楽しいし、ジュールスが抱える働く母親としてのフラストレーションや夫婦の危機にはちょっとほろっときたりもしました。

ベンのアドバイスのおかげで自分の行くべき道を見出すことができたジュールスが、「私のインターンで親友よ」と言うシーンがとても良かったのに、「変な関係になることはないわ」と言わせたのは非常に余計なひとことだと思いました。ベンにはちゃんと恋人レネルッソがいたし、そうでなくとも一度もジュールスのことを変な目で見たり変な態度をしたことなどなかったのに、その彼にそんなことを言うなんて失礼じゃないの?と感じて嫌な気持ちになった。最後の最後にあのセリフさえなかったら満点作品だったのだけどな。

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