シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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LEGO(R)ムービー

2016-05-31 | シネマ ら行

ケーブルテレビで放映していました。

ここはレゴの世界。レゴと言えば遊んだことはなくても誰もが知っているブロックのおもちゃ。レゴの世界でエメットクリスプラットはどこにでもいる平均的な黄色い顔のレゴの人形。彼は建設作業員として働いており、毎日同じ時間に起き、同じテレビを見て、同じ仕事を黙々とやって家に帰るというおしごと社長ウィルフェレルが決めたマニュアルに従って何の疑問もなく生きていた。しかしある日建設現場でとある変わった形の部品を発見し、その場にいたワイルドガールエリザベスバンクスに「選ばれし者」と言われ、ウィトルウィウスモーガンフリーマンという仙人のようなおっさんのところに連れて行かれる。

エメットが見つけたのは"The Piece of Resistance"(日本語では「奇跡のパーツ」になってました)というものでおしごと大王(おしごと社長は世を忍ぶ仮の姿)の世界征服を止めるための大切なパーツだった。わけが分からないままワイルドガールやウィトルウィウスたちに選ばれし者扱いされるエメットだったが、彼らに連れられてマスタービルダー(想像力豊かにレゴでなんでも作ってしまう人たち)たちの前で演説をさせられたときに、ただの何の変哲もない男だということがみんなにバレてしまうものの、おしごと大王からの攻撃が始まり、エメットを中心に一致団結して戦わざるを得なくなる。

マスタービルダーたちはだいたい有名なキャラクターたちでレゴでスーパーマンセットとかバットマンセットとかそういうシリーズに登場する有名人レゴがいっぱい出てくる。ガンダルフやダンブルドア校長もいたな。

レゴたちの世界は、まさにレゴの特色を非常によく活かしていて、敵から逃げる最中にもその辺にあるレゴのパーツをどんどん組み合わせたり変形させることによって、車やロケットや舟などを作っていくのが面白い。実はこれはストップモーション風に見せたCGだそうで、こういうクリエーターたちのこだわりを考えるときっと使われているパーツの種類とか数とかっていうのは実際に組み立てても同じものができるようにCGで作られているんだろうなぁと想像します。水しぶきとかが一番小さなパーツでごろごろ飛んでくるところとか可愛らしかった。でも解説を読むまでは本当にストップモーションで作ったのかと思ってビビったけどそれは違ったようでした。いや、きっとCGでもすごく大変な作業なんでしょうけど。

おしごと大王の世界征服というのが秘密兵器「スパボン」(日本語でスーパーボンドの略、英語ではKrazyGlueの略でKragleと呼ばれていました)で自由自在に組み合わせられるはずのレゴを全部ボンドでくっつけちゃおうっていう発想が、あ~なるほどって感じでした。それってレゴにとっては致命的なことですもんね。そして、エメットが見つける奇跡のパーツっていうのはそのボンドのフタ。フタて~。なんか可愛い。

レゴたちの冒険は楽しいんだけど、なんだかちょっと飽きてきたかなぁと思い始めたちょうどその時レゴたちが「上にいるお方」と呼んでいる神様のような存在が登場します。わ、人間出てきた!ってちょっとびっくりしたんですが、レゴたちはちゃんと「おもちゃ」でした。お父さん(ウィルフェレル)がキレイに組み立てたレゴで遊ぶ男の子。その子が作り上げたお話を観客はずっと見ていたのです。おしごと大王は声が同じなのを見ても分かるようにこの子のお父さん。レゴについているマニュアル通りにレゴを作り上げ、子供には触るなと言っている。息子が自分のレゴで自由に遊んでいるのを見て怒り、全部をボンドでくっつけてしまおうとする。

この脚本がめちゃくちゃうまい。レゴの遊びの根本はやはり自由な発想。マニュアルはあるけど、それに従う必要はない。好きに色々作っていいんだよというレゴ社の理念をうまく表現している脚本です。とか言いつつワタクシはマニュアルに沿ってきれいに作りたい派ですが…(笑)

最後にはお父さんも自由に遊ぶことの楽しさを分かってくれてエメットたちの勝利と相成ります。お父さんがこれからは自由にレゴを触っていいよ、と言い、そしてこれからは妹も一緒にね。と、長男よりさらに自由な発想の妹の乱入でこちらをニマリとさせて幕。いや~面白い。大人も子供も楽しめる非常にうまい作品でした。

オマケこの年のアカデミー賞授賞式の時にレゴで作ったオスカー像をノミネートされた人などに配っていたのが可愛らしかったですね。

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ボーイソプラノ~ただひとつの歌声

2016-05-30 | シネマ は行

問題児が名門少年合唱団に入団して反発しながらも才能を開花させる物語。という、、、なんの新鮮味もないシチュエーション。なんだけど、定番の感動っていうのもわりと好きなほうなのでレンタルしてみました。

アルコール中毒でシングルマザーの母を突然の交通事故で亡くしたステットギャレットウェアリング。彼には歌の才能があり、それを見抜いていた校長先生デブラウィンガーが名門少年合唱団の学校の指導者カーヴェルダスティンホフマンにオーディションを頼むが態度が悪く不合格。

ステットの父親ジェラルドジョッシュルーカスは昔の遊びでできた子を家族に隠したくてステットをその名門少年合唱団の寮に入れるために、その学校に高額の寄付をし、ステットを入学させる。

そこは幼いころから才能を認められ入学している子たちばかりで、ステットのような不幸なおいたちの不良みたいな子はいない。ステットは才能はあるが、これまで楽譜を読んだことなどなく始めは授業にまったくついて行けずふてくされているのだが、ウーリー先生ケヴィンマクヘイルのような優しい先生や友達になってくれる子のおかげで楽譜も読めるようになり、少しずつ選抜チームに入れる実力を養っていく。

ウーリー先生の強い推薦もあってカーヴェルはステットを選抜チームに入れ、厳しく指導していく。カーヴェルに反発しながらも歌う喜びをさらに感じるようになっていくステット。そんな彼に声変わりの時がやってくる。

厳しくも温かい先生との出会い、ライバルの子からの妨害による退学の危機とか色々とぜーんぶ超ありがちな展開なんですが、ステット役を演じたギャレットウェアリングくんが可愛いし(こういう物語では主人公が可愛らしいというのは大切)、いままで何度も何度も見ているダスティンホフマンの演技も、やはりまた新たに素晴らしいと思わせてくれる出来です。脇を固める合唱団の学校の校長先生役のキャシーベイツも良い。「Glee」ファンとしてはどうせちょい役だろうなと思っていたケヴィンマクヘイルが結構大きな役で嬉しかった。

奥さんと娘2人がいるステットの生物学上のお父さんとの関係が、まぁなんとも都合良く描かれていてちょっと拍子抜けだったけどね。最後は声変わりしたステットをこっちの家族と一緒に住まわせてニューヨークの音楽学校に通わせることになったんだけど、よくも奥さんが簡単に許してくれたよね。同じような年頃の娘さんが2人いて、どうも大昔の遊びって感じには思えなかったけど…

それにしてもこれがボーイソプラノのお話だから、なんとも切ないのですよねぇ。ある日突然目覚めたら消えてしまっているかもしれないこの高音の声。それが分かっていながらも、この声が出せる間は精一杯この合唱団で頑張っている。けなげですねぇ。厳しい指導をするカーヴェルが君たちの人生で一番大切なものはこの合唱団やその声なんかじゃない。君たちがこれからどんな人間になっていくかだ。と言える人間的にできた指導者だったところも感動しました。

定番ものがお好きな方にはオススメです。

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ミケランジェロプロジェクト

2016-05-27 | シネマ ま行

公開が延期されたりしてゴタゴタしていたイメージの作品でした。やっと公開されたときには見逃してしまい、やっとレンタルで見ることができました。

ジョージクルーニーが製作、脚本、監督、主演した作品で、彼のお友達役者たちが集合しています。

ナチスがヨーロッパ中の美術品を略奪していた第二次世界大戦時、ハーバード大学付属美術館の館長フランクストークス(クルーニー)は美術品や歴史的建造物を守るための部隊モニュメンツメンを集めて戦地へ赴く。美術修復の専門家、建築家、鑑定士など戦争とはほど遠いメンバーが集結しアートを救いにヨーロッパに旅立つ。

ジョージクルーニーはレトロな時代感覚を持った人で、第二次大戦という時代というよりも、大戦が映画化されていた時代っぽい雰囲気と言ったら分かってもらえるでしょうか。昨今のシリアスでリアルな戦争映画ではなくて、1950年代ごろに作られたような少しコミカルに大戦を描いている時期の戦争映画、ベトナム戦争以前のアメリカが作っていた映画っぽい雰囲気の作品です。

コミカルとは言ってもやはりそこは戦争映画。仲間のうちドナルドジェフリーズヒューボネヴィルとジャンクロードクレモンジャンデュジャルダンが戦死してしまうシーンは辛いものがありました。

人が殺し合っているときに美術品や建造物を守るとは何事か!と将校に憤慨されるシーンがあり、その主張はごもっともだとは思うのですが、フランクトークスが主張するように人類が築いてきた芸術を破壊する行為というのはやはり人間を人間たらしめている部分(英語ではよくhumanityと表現されると思います)そのものを殺す行為だと思います。美術品を守ることなんて大切だとは思わないという方はこの作品には反感を覚えるかも。

ヒトラーは自身が画家志望だったこともあり、美術品への執着があってヒトラー美術館を作ろうとしていたみたいだけど、形勢が悪くなると結局自分が死んだら全部全部燃やしてしまえなんていう命令を出したりして、結局彼にとって美術品なんて真に大切なわけではなく自身の支配欲を満たす道具でしかなかったんでしょうね。(このネロ指令は美術品だけを破壊しろいう命令ではなくドイツの産業、インフラなどすべてを破壊しろという命令でした)

いまでもナチスが奪った美術品が裏取引されていた、なんていうニュースを聞くことがありますね。最近「黄金のアデーレ」という映画もありましたが、美術品って、つまるところ誰のもの?っていう疑問が湧きます。

映画から話がそれてしまいました。ジョージクルーニーは美術館館長の姿よりどうしても軍服が似合ってしまって、まるで百戦錬磨の将校に見えてしまうのが、この作品にはそぐわなかったです。ジョングッドマンビルマーレイボブバラバンというベテラン役者たちがとっても良い味を出していました。とぼけた雰囲気を出しつつ一転シリアスにもなれるのがさすがでした。マットデイモンケイトブランシェットも勝手知ったるクルーニー監督の下で気楽に参加できたんじゃないでしょうか。

最初に書いたように、ジョージクルーニーらしいレトロでコミカルな作品ですので、彼の作風がお好きな方にはオススメです。

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わたしに会うまでの1600キロ

2016-05-26 | シネマ わ行

この作品を知るまでパシフィッククレストトレイル(PCT)のことは知りませんでした。太平洋側のアメリカ=メキシコ国境からアメリカ=カナダ国境までの自然歩道を4~6か月かけて歩くらしいのですが、ウィキによると総延長4000キロ以上となっているので、この作品の主人公はどこかの途中地点からスタートして1600キロ歩いたってことなのかな。それでも十分にすごい。

主人公はシェリルストレイドリースディザースプーン。母ボビーローラダーンの死を受け入れることができず、ドラッグと男に溺れ結婚生活は(当然)破たんし、誰の子か分からない子を妊娠してしまうという堕ちるとこまで堕ちた女性が心機一転人生を立て直そうとこのPCTに挑戦する。

この自然歩道にはアメリカの大自然が残り、砂漠地帯、山岳地帯、雪山と色んなところを通らなければならない。要所要所には挑戦者たちのためのキャビンがあったり、途中の町があったりして、そこにあらかじめ必要になるであろう荷物を自分でもしくは後から家族などが送って来てそれを受け取ることはできるが、その間の道は過酷で、そこを一人きりでテントで寝泊まりして過ごす。

最初に書いたシェリルの境遇は、物語の始めに語られるわけではなくPCTを歩き始めたシェリルの姿から始まり、彼女がこの挑戦を通して自分の過去の行動や母親との思い出をフラッシュバックしていく形で観客に語られる。

シェリルは鬼のように重い荷物を背負い、1日目の夕飯で取扱説明書を見ながら使っているバーナーの燃料を間違えて持ってきたことに気付く。ここで彼女がこういう挑戦をするにはどれほど素人かということが分かる。素人な上に舐めて来ている。バーナーの説明書さえ初見だったくらいなんだから。どうやら登山靴もサイズの合わないものを履いているらしく足がだんだん辛い状況にもなってくる。

最初の一歩から「なんでこんなことに挑戦しようと思ったんだろ」と後悔しているシェリルだが、ぶーたれながらも歩みは一歩ずつ前に進めていく。そんな彼女に好感が持てる。

徐々に明らかになる彼女の人生。離婚したことは最初に分かるが、原因が彼女の浮気ということが衝撃だ。しかも「何度もね」と回想シーンの夫が言う。彼女は夫がいるにも関わらずドラッグに溺れ、手当たり次第に男と寝まくっていた。

少しずつ母親との思い出のシーンも語られるのだが、初めはよくこういう物語に出てくる問題のあるお母さんなのかと思って見ていたら、実は正反対。暴力夫から逃げ出し女手一つで自分と弟を育ててくれたお母さん。シェリルが大学時代には同じ大学に入って勉強しようという意欲もあるし、不幸な状況にあってもいつも鼻歌を歌って明るく過ごすすべを知っていたお母さん。大学時代のシェリルが生意気にも「娘が自分より教養があるってどんな気分?」なんて尋ねても「それが私の目標だったわ。娘を自分より教養のある女性に育てること」と言い切る立派なお母さん。そんなお母さんがガンで余命数ヶ月だと宣告されてしまう。妻であることや母であることという仮面を脱ぎ去り一人の人間としてこれからは生きていける、そう思っていた矢先の病だった。

シェリルにとってはあまりに大きかった母という存在。そんな精神的支柱を失い壊れてしまったシェリルの心。シェリルの無茶苦茶な行動は母の死に起因していたのだった。ドラッグと男に溺れながらも母親への罪悪感は捨てきれなかったシェリル。このままではいけないと彼女はPCTに挑戦したのだった。

女性一人のPCT挑戦というのは珍しいらしく、道中挑戦者たちの間でシェリルは話題になっていたらしい。女性だからということで親切を受けることもあったし、怖い目に遭うこともあった。過酷な自然の中でもしかしたら一番怖いのは人間に会うことかもしれない。それでもやはり人からのぬくもりを感じることのほうが多いのだろう。途中の町で出会った男性と一夜を共にするシェリルに「おいおい、まだそういうことする?」と思ったけど、あそこまで一人きりでずっといると人恋しくもなるだろうなと理解できる部分もあった。

シェリルの回想シーンはとてもヘヴィだけど、彼女の実際の道のりは過酷な状況に加えて、軽いユーモアを持って語られる。この語り口のうまさは脚本を担当したニックホーンビィのおかげかもしれない。そして、シリアスもコミカルも巧みに演じ分けるリースはさすがだと感じました。この作品でアカデミー賞、リースは主演、母ロビーを演じたローラダーンは助演でノミネートされていて、他にも受賞はなかったけどたくさんの賞にノミネートされていました。

最後に山中でおばあちゃんと一緒にいる男の子に出会って、シェリルに「Red River Valley」を歌ってくれるのですが、これがもう望郷の念を誘うのですよー。ワタクシも大好きな歌でなぜかじーんと来て涙ぐんでしまうんですよねー。この時シェリルはこの小さな男の子にお母さんを病気を亡くしたことを話すのですが、これが母親を亡くして以来初めて素直に誰かにその事実を話した時だったかもしれません。この子と別れたあとにシェリルは号泣するのですが、あれでまさに初めて彼女は救われたんだなぁと思います。

1人で1600キロ歩く映画と聞くと退屈に思われるかもしれませんが、全然そんなことはない作品です。

オマケ「朝陽と夕陽は見ようと思えば毎日見ることができる」自分から美しい物を見ようとする姿勢が大切というシェリルのお母さんボビーの名言です。

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アメリカンドリーマー~理想の代償

2016-05-25 | シネマ あ行

1981年のニューヨーク。石油業界で勢力を伸ばそうとするアベルオスカーアイザックとアナジェシカチャスティンの夫婦。事業に必要な広大な土地を購入し、さぁこれからという時に何者かに輸送トラックを襲われ石油を略奪されるという事件が頻発し始める。同じころローレンス検事デヴィッドオイェロウォから不正の嫌疑をかけられ取り調べを受け始める。

アベルに災難が同時に降りかかるのだが、彼は何事も冷静に平和的に解決しようと努める。彼の信念として自分たちが銃で襲われても運転手に銃は持たせないし、自宅の周辺を銃を持った何者かがうろついていても自宅には銃は置かない。検事の嫌疑もきちんと説明すれば晴れるものと考えている。

アベルはハリウッド映画の主人公には珍しく本当に非暴力を貫こうとしている人だった。だだ経営者として成功を手にしたいだけで無用な争いはしたくないと考えている。ワタクシはアベルの気質は素晴らしいと思いました。ただじゃあ、実際問題どうするの?ってことになるといつ銃で襲われるかも分からないで仕事をしている運転手たちにとってはたまらないってことになる。アベルは問題解決のためにライバル会社の経営者を集めて「汚いことはするな」と宣言するが、そんな言葉だけで聞いてくれるような甘い連中ではなかった。

会計のほうも清廉潔白にやってるのかと思いきや奥さんが裏でこそこそしていたみたいだしなぁ。奥さんはやはりギャングの娘だけあって、そういう裏の事情に通じていそうでした。そのお金で結局助けられることになったっていうのはアベルが徐々にずぶずぶと汚い世界に入っていってしまうことを象徴していたのかな。ローレンス検事も最後には経済界で力もこれから持っていきそうなアベルにすり寄ってきていたしな。

従業員エリスガベルが銃で自殺したシーンでは、遺体を目の前にして冷静にその銃弾で穴が開いてしまったオイルタンクにハンカチを詰めていたアベルが、実は腹の底では冷血なところがあるということを表していた。同じ従業員が襲われてケガをしたときには手厚く面倒みていたのにね。

オスカーアイザックが地味ながらもなかなかに渋い良い演技をしていました。ほんっとーに地味ですけどね。そしてジェシカチャスティンもいつもながら良かったです。ギャングの娘でお金持ちで気の強い奥さん。(車で轢いてしまった鹿を殺すのを躊躇している夫の後ろから平気な顔してバーンて撃っちゃうような人)でも彼女なりに夫を立てようとしている側面も見られました。始めはちょっと雰囲気が違うなぁ、ミスキャスト?と思ったのですが、見ているうちにどんどんハマってきて彼女の実力を見せられた感じでした。

オスカーアイザックの演技が地味と書きましたが、それはこの作品全体が地味なためです。こんなにエンターテイメント性がないのに、スターと呼ばれる人たちが出演してきちんとした作品になってしまうハリウッドでやはりすごいなぁと思います。もちろんメインストリームにはブロックバスターものばかりでイヤになるという意見もあるとは思うのですが。

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ショートターム

2016-05-23 | シネマ さ行

先日「ルーム」を見たあとに「ショートターム」でのブルーラーソンが良かったと聞き、このブログのコメントにも同じ意見をいただいて「ショートターム」?確かそんな作品あったなぁと漠然と思い出しレンタルして見てみました。

問題を抱える子どもたちの保護施設「ショートターム12」(原題も「Short Term 12」です)ショートタームは短い期間という意味で12は子どもたちは最長でも12か月しかここにいられないという意味(かな?)ここで働くスタッフリーダーのグレイス(ラーソン)は小さな事件やもめごとが日々起こるこの施設をうまくまとめていた。

グレイスは一緒に働くスタッフのメイソンジョンギャラガーJr.と同棲していて、今回妊娠したことが発覚し、彼女の心の中で何かが大きく動き始める。

折しも施設では、問題児ジェイデンケイトリンデヴァーが入所してきて、グレイスは周囲に馴染もうとしない彼女を気にかけているうちに彼女が父親から虐待を受けていることに気付き彼女を救おうと奔走します。

グレイスがジェイデンの状況を改善してやり、ジェイデンの心の傷を癒そうとしていく中で、グレイス自身の心の傷口がどんどん開いていき、彼女自身がその傷と向き合わざるを得なくなってきます。いつも優しく大きな心で見守ってくれるメイソンにさえ打ち明けることができないグレイスの傷とは、、、

同じころもうすぐ施設を卒業しなくてはならないマーカスキーススタンフィールドが荒れていた。この施設を出なくてはいけない不安からだろう。彼が書いた母についてのラップに胸が痛む。母親の愛情を知らない彼の母への訣別のラップだった。髪の毛を剃ったマーカスがグレイスとメイソンに聞く。母親が殴った傷が残っていないか、と。残っていないから大丈夫。そう言われて初めてマーカスはこの施設を出ていく心の準備ができたのだろう。

ジェイデンが書く童話が象徴するもの。友達のいないサメとタコの物語。タコは友達が欲しくて友達になりたいなら脚をちょうだいと言うサメに1本ずつ脚をあげてしまう。そして全部の脚をあげてしまったところで2人とも結局ひとりぼっちになってしまう。悲しい悲しい物語。これを聞いて父親の虐待に気付いたグレイス。

自分の何かを削ったり相手の何かを奪ったりして誰かと関係を結んでもそれはうまくはいかない。それが親子であればなおのこと。無力な子供にそれを強要する大人からは子供を引き離して助けるしかない。でも、保護施設で働いているだけで心理学者でも福祉局の人間でも弁護士でもないグレイスには、上司に訴えるしかすべがない。そして上司は慎重で簡単に解決してくれそうにない。このはがゆさ。グレイスはそのはがゆさに甘んじることなく実力行使してしまいますが、あれでグレイスがクビにならなかったのはあの上司の温情も相当あったのではないかなと後で思った。

ジェイデンとの出会いと自身の妊娠をきっかけに向き合うことになるグレイスの傷がまた悲惨で。ジェイデンに語った話は初めて他人にきちんと話したことだったんだろう。初めてすべてを語ることで一区切りつけることができたようだった。心を開かないグレイスに腹を立てていたメイソンにもこれできちんと向き合うことができたはず。これからも心の傷は消えることはないだろうけど、グレイスとメイソンなら乗り越えていける。そんな気がした。

内容はドロドロなのに、どうしてこんなに爽やかな物語を作り上げることができるんだろう?デスティンクレットン監督の手腕と集まった若い役者たちの素晴らしい演技の賜物だと思うのだけど、終始涙が止まらずに見ていたのに、心はなぜか落ち込むことはなくずっと先にある希望の光を見つめながら作品を見ているような不思議な感覚でした。

そしてウワサ通りブリーラーソンは素晴らしかった。彼女って本当に自然にセリフを話しますよね。それが脚本に書かれた文章とは思えない。彼女の口からついて出た言葉だと感じるんです。「ルーム」の時もそうでしたが、まるで彼女がその役の人の人生を生まれた時からずっと生きてきたような感じすらします。

DVDを見終わったあと表示を見ると「上映時間97分」とあったのでビックリしました。もっと長く感じたというと退屈だったように思われると思いますが、そうではなくて中身が濃かったという意味で、とても中身の詰まった97分という感じです。そして、もう少し彼らの世界を見ていたいなという気持ちにさせてくれる作品でした。

オマケ妊娠しているグレイスがずっと自転車に乗っていたので、自転車乗っていいの?って心配になりました。アメリカではそういうのはないのかなぁ。

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ラストミッション

2016-05-19 | シネマ ら行

脚本がリュックベッソンで主演がケヴィンコスナー。なんだか合わない感じの2人だなぁと思いながらもケーブルテレビで放映があったので見ました。

ケヴィンコスナーは「フィールドオブドリームス」の頃大好きだった役者で、歳を取ってからはあんまりだなぁとは思っているんだけど、西部劇をやらせるとものすごくハマる人。そんな彼がCIAのスパイ。しかも舞台はパリ。なんか、、、似合わん。と思いながら見始めたのですが、初老のケヴィンコスナーがなんかもうめっちゃカッコ良かった。お腹も出てるし、現代的なアクションシーンとか似合ってないんだけど、なぜかめっちゃカッコいい。

凄腕スパイ・イーサンレナー(コスナー)が余命宣告されてやってきたのはパリ。これまで仕事にかまけてほったらかしていた妻クリスティンコニーニールセンと16歳の娘ゾーイヘイリースタインフェルドが住む町だ。彼は人生の最後を家族と過ごそうとするが、これまでほったらかしていた娘がすぐに懐くわけはなくなかなかに苦戦。

そんな時CIAエージェントのヴィヴィアンバーハードがレナーの元に仕事の依頼に来る。断ろうとするレナーだったが、この仕事を引き受ければレナーの病気を治す新薬を投与すると言う。家族との時間が欲しいレナーは新薬と交換に仕事を引き受ける。

レナーの仕事の内容そのものは特にワタクシは興味はなかったので、あんまり敵の思惑とかそういうところまで深く考えては見ていませんでした。敵と戦っていく最中にも娘ゾーイからの電話を最優先にとったり、敵に同じ年頃の娘がいると分かるとアドバイスを求めたりするレナーがちょっと可愛くて面白かったです。その辺の笑いのセンスはさすがマックG監督といった感じでした。

娘役のヘイリースタインフェルドはおじさんキラー子役。とワタクシが勝手に読んでいるだけなのですが、やたらとおじさまとの共演が多いですね。最近では「ピッチパーフェクト2」にも出ていて歌唱力もあるところを見せてくれました。

謎のエージェント・ヴィヴィを演じたアンバーハードは最近映画作品以外での話題が多いですが、彼女は女優としてもなかなかに魅力的だと思います。なんといってもあの容姿ですからね~。これからが非常に楽しみな女優さんです。この作品ではなぜか変なコスプレみたいなのを意味なくやたらとさせられていてちょっと可哀想でしたが。彼女の容姿で遊んでいるとしか思えない感じでした。

レナーの奥さん役のコニーニールセンも年齢にふさわしい清楚な美しさを持った人だと思います。彼女とケヴィンコスナーのツーショットも素敵でした。

と、まぁキャストのことばかり書いていることからも分かるようにストーリーそのものはたいしたことはありませんが、ここに挙げたキャストがお好きな方にはオススメです。

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カルテルランド

2016-05-18 | シネマ か行

予告を見てキャサリンビゲローが製作総指揮を務めたドキュメンタリーということで興味を持ちました。

メキシコのミチョアカン州と、アメリカのアリゾナ州メキシコ国境周辺で同時期に結成された2つの自警団を追うドキュメンタリー。

メキシコのミチョアカン州では麻薬カルテルテンプル騎士団が権勢を振るい住民を相手に残虐な行為を繰り返していた。彼らは住民に“税金”を払うよう脅し、払わなければ見せしめに小さな子供を含めて家族全員殺された。しかも、考えられる限りの残忍な方法で。

住民がそんな状態にあっても、カルテルと裏でつながっている警察は何もしようとはしない。そこで医師ホセマヌエルミレレスは仲間たちと銃を取り、自警団を結成してカルテルと戦うことにした。

アメリカ・アリゾナ州メキシコ国境周辺ではメキシコからの不法移民の流入を防ごうとティムフォーリーが仲間たちと自警団を結成し、昼夜パトロールを行っている。

カルテル関連ではつい先日「ボーダーライン」を見たばかり。「ボーダーライン」の中にもカルテルに虐殺された惨い死体が登場したが、こちらの作品ではそれらの映像がすべて本物。首を切られた死体、高架から首つりされた死体、火をつけられた死体などなどなど。男も女も子どもも赤ちゃんも関係ない。もうこれはまさに戦争状態だと思うんだけど、それに政府も警察もグルだって言うんだから、そりゃ自分たちで立ち上がるしかないよね、と思えてくる。

でもこれが、、、武器を持って自分たちが正義だーってやってるうちに分からなくなってきてしまうのが人間のサガなのかな。罪があるかどうか分からない人を捕らえて尋問しているときの彼らは楽しそうに見えたし、家宅捜索に入ったカルテル幹部の家で逆に自分たちが略奪したり。ミレレスがリーダー会議でそれを問題にしても、他のリーダーたちはニヤニヤとするばかり。“パパフマーフ”と呼ばれるミレレスの腹心だった人は良い人そうに見えて無茶苦茶腹黒だった。

結局1年もしないうちに政府に買収されたような形で、自警団を合法化してもらって警察の傘下にはいってしまった。それってつまりカルテルとグルの側ってこと。カルテルとグルどころか、自警団の中で麻薬を製造する奴とかまで現れて、いまや制服を来たカルテル状態という。どうせ俺たちがどんなに頑張っても甘い汁を吸う奴らがいて状況は変わらない。それなら甘い汁を吸う側になったほうがいいじゃんかってことか。

アメリカのティムフォーリーたちに関しては、彼らが直接的に暴力を振るうシーンとかは撮影されていなかった。ただ不法侵入してきたメキシコ移民を見つけて当局に引き渡したかメキシコに返したかしただけっぽかったな。「俺たちがここで不法移民を見つけて警察を呼んだとしても、警察がやってくるまでどれほどの時間がかかると思う?」という彼の主張は分かるし、メキシコからどんどん麻薬が入ってきているのに無策な政府に嫌気がさすのも仕方ないだろう。彼は絶対トランプ支持派なんだろうなぁと思いながら見ていました。もし実際にトランプが大統領になったとしたら、メキシコからの麻薬の流入を防げるのでしょうか。

ミレレスは信じていた自警団の仲間に裏切られ、命まで狙われる身になってしまうのですが、最後に非常に驚いたことになんと現在は武器所持で逮捕されて刑務所にいるのだとか。政府も警察も自警団も彼に内情を語られるのを恐れての逮捕ということらしい。なんてことだ。。。衝撃のシーンの多い作品だったけど、この最後の彼の姿が一番衝撃だった。

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スポットライト~世紀のスクープ

2016-05-16 | シネマ さ行

まさかこの作品がアカデミー賞作品賞を取るとは思ってもいませんでした。以前から楽しみにしていた作品でしたが、作品賞を取ったことでますます楽しみにしていました。

「ボストングローブ」という新聞社に新しい編集長マーティバロンリーヴシュライバーが就任してくる。彼はカトリック教会の神父が教区の未成年者たちに性的虐待を行い、かつその神父が別の教区に移されただけで済んでいる件を記事にするように言う。マーティバロンはよそ者でユダヤ人。ボストンのカトリック教会の人々の心情なんて分かっちゃいない。そう地元の有力者たちは反発するが、たくさんの埋もれていた記事や被害者の話を聞いていった記者たちはその裏に隠された事実に驚愕する。このよそ者編集長がいなければ、ボストンでの事件はずっと闇に葬られたままだっただろう。リーブシュライバーがとても渋くこの編集長を演じていました。

記事を書くことになったのは「ボストングローブ」で「スポットライト」という名前の連載コラムを書くチーム。彼らはじっくり取材をしてひとつのテーマに挑んでいくチームだから、このスクープにはぴったりだった。だが、彼らはそれと同時に地元出身のカトリックとして育ってきた者ばかり。いまは教会から離れているが、育ってきた土壌はカトリックだ。そんな彼らが自分たちのアイデンティティの地盤を揺るがすスキャンダルに挑む。

この事件の内容はドキュメンタリー「フロムイーブル~バチカンを震撼させた悪魔の神父」というドキュメンタリーで詳しく語られていて知っていたので、事件そのものの内容にビックリするということはなかったのだけど、それをアメリカのボストンで暴くということがどれほど大変なことだったのかというのはこちらの作品を見ればよく分かる。ボストンがカトリックの多い地域だからなんだけど、この一連の事件はカトリックの神父たち、そしてその組織が起こしていることなので、ボストン以外でもそれはすべてカトリックの多い地域ということになり、どこでだってこの告発は大変なことだったはず。

スポットライトチームのリーダー・ウォルターロビンソンマイケルキートンは仲の良い弁護士の友人や地元の有力者などから、この記事を出すことを止められる。「お前のところの新編集長はよそ者だろ。俺たちのように町を愛していない」町への愛と忠誠心という鎖でウォルターを縛ろうとしてくるのが怖い。これはどこの町、団体、組織にもあり得ることだと思う。町を愛しているなら町の恥になるような不祥事を暴くな。でもウォルターは違った。町を愛しているからこそ、町を浄化するために不祥事を暴く。

彼はこんな大きな事件が個々の小さな事件として小さな記事で取り上げられただけで終わったことに疑問を抱くが、実は再三に渡り被害者や弁護士たちに「もっと前に君たちの新聞に資料を送ったのに無視されたんだ」と聞かされる。そして、それが当時自分が担当していた部署だったことが分かりショックを受けることになる。他の大きな事件に捕われて彼らの訴えを見逃していたのだ。

マイクレゼンデス記者マークラファロは、様々な角度からこの事件を調べていくが、過去の事件の証拠が裁判所で公開されるのかどうかというギャラベディアン弁護士スタンリートゥッチとのやりとりが、いまいち分かりにくかった。ワタクシがアメリカの司法制度をちゃんと理解していないせいかもしれない。レゼンデスがこのカトリック神父の性的虐待について調べている精神医学者とずっと電話で話していて、ボストンの教区だけで90人とか(正確な数字を忘れました。すみません)の虐待者がいるという事実を聞かされたときのぞっとする感覚がたまりませんでした。いままで色んな事件を見聞きしてきたであろう記者たちがお互いに顔を見合わせて「信じられない」という顔をします。そして、その人数をさることながら、それをすべて教会が隠ぺいしているという事実も。彼らは個々の事件ではなくこの教会の隠ぺいシステムそのものを暴こうとする。

被害者一人一人から話を聞くサーシャファイファーを演じたレイチェルマクアダムスはいつものキュートな魅力を封印して被害者の気持ちに寄り添う敏腕記者を硬派に演じている。彼女が話を聞きに行った神父のひとりが「僕はたいしたことはしていない。ちょっといたずらしただけだよ。僕がされたことに比べたら。僕はレイプされたんだ」と言っていて、ここでお姉さんに話を遮られてしまってそれ以上聞けなかったんだけど、この神父が誰にどんな目に遭ったのかが気になった。

彼らの記事が世に出たとき、スポットライトのチームの電話は鳴りやみませんでした。それはほとんどが私も被害者の一人だという電話だったらしく、そしてこの映画が公開されたあともまだ被害者が名乗り出ているとのこと。

それもすべて彼らの反骨の記者魂が引き起こした現象でした。政界ともスポーツ界とも癒着ばかりの日本のマスコミ関係者たちよ、恥を知れといった内容でした。

映画の最後に神父によって性的虐待が行われた都市名がずらずらずらと出ます。そのリストの長さに鳥肌が立ちました。

おまけドキュメンタリーのほうの邦題に「バチカンを震撼させた」とありますが、バチカンはこの事件を隠ぺいすることしかしませんでした。バチカンは神父が信者の子どもたちをレイプしていますよと知らされたときも“震撼”なんてしてないんだろうな。

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レヴェナント~蘇りし者

2016-05-12 | シネマ ら行

上映時間が長いし、アレハンドロG.イニャリトゥ監督の作品はずっと好きだったけど、「バードマン」はワタクシはいまいちだったし、映像も暗そうだし、どうなんだろう?という気持ちはありつつ、やっぱりずっとずっと見てきたレオナルドディカプリオがアカデミー賞を取った作品は見逃せないというちょっとご祝儀鑑賞的な気持ちもあって見に行きました。

アメリカの開拓時代、白人がネイティヴアメリカンたちを蹂躙していた時代。毛皮商人たちはネイティヴアメリカンと暮らすヒューグラス(レオ)をガイドに荒野で毛皮を取っていた。そこをネイティヴアメリカンに襲撃され仕方なくボートを捨て山道を行くことに。その道中の狩猟中にグラスはクマに襲われ瀕死の重傷を負う。仲間を捨てては行けないとグラスを乗せた担架を運んで歩く一行だったが、道が険しくグラスの容態も悪くなるばかりで、ヘンリー隊長ドーナルグリーソンは報酬を出して、グラスを看取るための数人を残し後は全員先に進むことにした。

残ったのはグラスとネイティヴアメリカンの妻の間の息子ホークフォレストグッドラックとグラスを慕っていた若者ジムブリジャーウィルポールター、そして報酬目当てのジョンフィッツジェラルドトムハーディだった。

フィッツジェラルドはグラスが死ぬのをいまかいまかと待っており、なかなか死なないグラスに2人きりになった隙に「楽にしてほしいだろ。してほしいならまばたきをしろ」と迫る。目をつぶったグラスの口に布を詰め込む。そこへグラスの息子ホークが戻り口論となり、フィッツジェラルドはホークを刺殺してしまう。体が動かず抵抗できないグラスは息子が殺されるのをただ見つめるしかなかった。

ホークの死体を隠した頃ブリジャーも狩りから戻ってくるが、フィッツジェラルドは「ホークはどこかへ行ったままだ。下からまた追っ手が来ているのが見えた。すぐに逃げよう」と嘘をつき、グラスを半分土に埋めてその場を去る。

どうせ放っておけば死ぬだろうとタカをくくっていたフィッツジェラルドだったが、グラスは土の中から匍匐前進で這い出していた。ここからのレオがすごい。あんなに死にかけて匍匐前進で進んでいく主人公っていままでいたかな。動くたびに体中に激痛が走って「うー、ぬー、ぐおー、はぁはぁはぁ」みたいはうめき声と息遣いだけの演技。なんかもうよく分からないけどとにかく痛い。

しかも体だけじゃなくて自然にたった一人放り出されてるから、そこでのサバイバルが半端ない。歩けるようになるまでは腕だけではいずり回って、首の傷を自分で焼いて、木の杖でなんとか歩けるようにはなったものの、彼もネイティヴアメリカンに襲われそうになって川を流れて逃げ出したり、食糧がないから死んだ動物の骨にこびりついた肉をむさぼったり、木の根っこを食べたり。そしてほとんど一人きりだからセリフもなく、聞こえてくるのはレオの息遣いとうめき声だけ。それでも映像のすごさとレオの緊迫感で退屈はしなかった。でもやたらと生肉とか生魚とか食べていたんだけど、火は普通に起こせるみたいだったから、焼けばいいのに、、、と思ってしまいました。めちゃくちゃお腹空いてたから?

生々しいシーンがたくさんあって圧倒されるのだけど、中でも一番すごかったのはフランスの一行から奪った馬に乗っていて、ネイティヴアメリカンに襲われて馬と一緒に崖から転落するシーンがあるんです。馬は死んでしまうんですが、グラスはなんとか生き残る。そして、極寒の夜を過ごすためにその死んだ馬の内臓を取り出して、服を脱ぎ馬のお腹の中に入って寝るあのシーン。あそこはもうダメな人は吐きそうになるかもしれません。ワタクシは馬のお腹あったかいから手をあったまればいいね。なぁんて思いながら見ていたら全身入って行っちゃったから、わー、ワタクシ甘かった。と思いました。朝になって、その馬に別れを告げるグラスがさりげなかったけど、ちゃんと感謝しているのが分かりましたね。

息子を殺されたグラスとしてはフィッツジェラルドに復讐したいと思うのは当然だと思うけど、ワタクシはグラスを置いて行こうとしたフィッツジェラルドの気持ちも分かります。あんな場所でネイティヴアメリカンに殺されるかもしれないという状況で、お金を稼いで家族の元に無事に帰りたいという気持ちは分かるし、そのためにはグラスが足手まといだったことも分かります。それでもあの時ホークを殺す必要はなかったと思うし、ホークを殺したフィッツジェラルドの心の底にはネイティヴアメリカンへの差別心というものがあったのかなと思います。それとそもそものフィッツジェラルドの凶暴性というものもあったんだろうと思います。

最後にグラスが自らの手でフィッツジェラルドを殺さず、その運命を天に任せたというところはなんだか少しほっとしました。こういう復讐劇だとたいてい「もうさっさと殺せよー」って思うし、犯人を殺しても死んだ者は帰ってこないとかそういう慰めは、ワタクシはあんまり納得できなくて、それでも溜飲は下がるんじゃない?って思うんだけど、今回はなぜだかほっとしました。なんでなんだろ。あそこまで過酷な状況で生き残ったグラスが他者の命を奪うというのがイヤだったのかな。

まぁとにもかくにも壮絶・過酷な作品でした。レオよく頑張った。もちろんその他のキャストも撮影クルーも大変な経験だったと思います。色んな賞をもらったり、作品自体の評価も良く、報われたと思っているんじゃないでしょうか。

オマケ(追記)レオがついに主演男優賞をとったということで、その陰に隠れてしまったような形になっていますが、イニャリトゥ監督の2年連続アカデミー賞監督賞受賞ってすごいことですよねー。史上3人目だとか。とか言いながらワタクシもすっかり書くのを忘れていて追記しています。すみません。

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