シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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ヴィクトリア女王~世紀の愛

2010-01-28 | シネマ あ行
最近お気に入りのエミリーブラントが主演で以前から楽しみにしていた作品。ゴールデングローブもノミネートされたしね。彼女を知ったのが、「プラダを着た悪魔」だったということもあって、勝手にアメリカ人だと思い込んでいたんですが、イギリス人なんですね。どうりで英語がまったく不自然じゃないわけだ。ということはいままでワタクシが見た作品のときのアメリカ英語のほうが彼女にとっては演技としてのアクセントだったんですね。なんの違和感もなく見てた。

前々から楽しみにしていたということと、女王とアルバート公ルパートフレンドの純愛っていうので、結構好みの作品だろうなぁと予想していたのですが、まぁ二人の純愛は非常に好感が持てるものでしたが、映画が終わって「えっ?こんだけ?」って感じでした。なんか色々と事件が起こりそうに見せかけておいて、何も起こらない。女王暗殺未遂くらい?女王とアルバート公の恋路をメルバーン卿ポールベタニーが邪魔するのかと思いきや、しない。政敵との争いがドロドロと繰り広げられるのかと思いきや、大してドロドロでもない。事実なんだからしょうがないと言われればそれまでなんですけど、それならもっと二人のロマンスに比重を置いて思い切り恋愛ものに仕上げるかなんかしないと、どっちつかずで中途半端な印象になってしまった。編集もあんまり上手とは言えない感じだったしなぁ。ちょっと残念だなぁ。

ルパートフレンドって「縞模様のパジャマの少年」であのイヤーなナチスの将校の役やってた人ですよね。あのときは冷たくて怖くてイヤな奴っていう印象だったのに、今回は優しくて包容力があって頭も良いアルバート公を爽やかに演じていた。キャーキャー言われるようなハンサムタイプではないかもしれないけど、これから要注目です。「プライドと偏見」見なくっちゃなぁ。そんなに大きい役じゃないかもだけど。
ヴィクトリアの母親を演じたミランダリチャードソンはなんかイジワルな役が多いような…顔立ちのせいかな?今回も最初は娘を言いなりにさせようとしていたけど、実際にはやはり娘を愛しているというのが後半になるにつれて表れていましたね。
その母親の愛人で裏で手を引いていたジョンコンロイを演じていたマークストロングって「ワールドオブライズ」に出てた人かぁ。分からんかった。やっぱこういうちょっと怖い役が似合う人なのかな。それにしても、足なが~って思ったよ。

上映時間が102分なんでね、見ている間はまったく苦痛じゃないし、楽しめると思います。ただ、もう少し時間を長くしてもいいから突っ込んだストーリーテリングが欲しかったところです。

オマケヴィクトリア女王の愛犬トライカラーキャバリアのダッシュくん。お利口で可愛かったですね。彼は死後、火葬されてお墓も立ててもらっているそうです。
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インヴィンシブル~栄光へのタッチダウン

2010-01-26 | シネマ あ行
ケーブルテレビで見ました。この作品ってちゃんと日本で公開したのかな?日本でアメリカンフットボールの映画ってよっぽどのスターが出ていない限りなかなかヒットは難しいよね。ワタクシはこのブログでも何回か書いていると思うんですが、アメリカンフットボールが好きです。昔は観戦にも行ってました。

1976年のフィラデルフィア。労働者階級のヴィンスパパーリマークウォールバーグとその仲間たちは失業したり、仕事があっても低賃金でストで戦っていたりしていた。そんな中、唯一の気晴らしはみんなでお酒を飲むことと、広場に集まってフットボールをすることだった。地元のNFLチーム、フィラデルフィアイーグルスはここ数年、成績が振るわず、今期新しくやってきたヘッドコーチグレッグキニアは、なんと誰にでもオープンでトライアウトを行なうと言う。

仕事も失い、妻にも逃げられたヴィンスに仲間たちはこのトライアウトを受けるように薦める。ヴィンスは高校のとき1年間だけアメフトの経験があるだけだが、普段、広場でやっているゲームではエースなのだ。最初は渋っていたヴィンスだが、どうせ失くすものは何もないとトライアウトを受ける。そこで、ヘッドコーチの目にとまり、なんとNFLのチームのキャンプに参加することになった。

1976年のことで、現代のプロスポーツとはまた違うとは言え、これが実話だというのだから驚く。ヴィンスはトライアウトを受けたときで30歳。特にずっと体を鍛えていたわけではない。それなのに、トライアウトに受かっただけではなく、実際にイーグルスのレギュラーとして3シーズン活躍したというのだから、よっぽどセンスがあったんだろうなぁと思う。

ヴィンスの周囲の人にまつわる話はどこまでが本当のことなのか、演出なのかは分からないけど、映画として見ると、ヴィンスの友達の関係とかも丁寧に描かれていて良かったと思う。ヴィンスを応援する気持ちと嫉妬が混じった仲間なんかもいて、リアルに描かれていた。ヒロインのジャネットエリザベスバンクスとのくだりも実際にはどうだったのか分からないけど、本当にヴィンスがのちにジャネットと結婚して2人の子供をもうけ、その子供たちもこの映画に出演しているというのだから、ある程度は本当のことなんだろう。

後半はアメフトのプレーのシーンが続くので、あの「残り30ヤード、20ヤード、10ヤード、タッチダウン!!!」というときの興奮は、アメフトを知らない人にとってはいまいち意味が分からなくて楽しめないかもしれないのが残念だなぁ。アメリカではまぁまぁの興業成績を残したみたいだけど、やっぱり日本では難しいかな。でもアメフトを知らない人でも感動のサクセスストーリーという意味では見てまったく損はない作品だと思うのです。
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(500)日のサマー

2010-01-25 | シネマ か行

会社に新しく入って来たサマーゾーイデシャネルに一目惚れしたトムジョゼフゴードン=レヴィット。彼がサマーに振られるまでの500日間を描く失恋物語。

そう、これは普通にラブコメではない。なんだかんだ言ったって絶対最後には結ばれる。絶対最後にはサマーが「ごめんなさい。私が間違っていたわ。私が好きなのはあなただけよ」なぁんて言うと思っていたら大間違い。だって、彼女は映画の冒頭で「bitch」だったって言われてる。どんなにがんばってもサマーはトムのものにはならないのだ!

完全にトムの視点からだけで描かれるこのストーリー。トムがサマーとの500日間を振り返るわけだけど、その振り返り方がまたユニークで、時系列がバラバラになっている。人間の記憶なんてそんなもんだろう。恋人との出来事をキレイに時系列に思い出すことなんてしない。というか人間の脳の機能として不可能なんじゃないかな。あのときはあぁだった、このときはこうだったって色んな雑多な出来事を思い出す。それが破綻した恋人とのこととなると良いこと、悪いことをごちゃまぜに思い出すから余計かもしれない。彼の記憶の中で、サマーのどこもかしこも好きって言う最初のころと、どこもかしこも嫌い(と思おうとしている)後半の比較は興味深いものだったな。

トムは純粋にロマンスというものを信じている若者。一方サマーは、そんなもの信じてない。だから、特定の恋人もいらない。自由でいたい。そんな正反対な二人がなぜか惹かれあった。サマーもトムのことは好きだ。でも、真剣なお付き合いはしない宣言されてしまう。トムもサマーといたいがためにそれを受け入れる。ここからすでに二人はすれ違ってたんだけどね。サマーからすれば最初に言ったし、あなたも認めたでしょってわけだし、トムの心理からすれば、最初に認めたけど、だんだん本気になってくれることを期待していたってわけ。ワタクシとしてはやっぱトムに肩入れしちゃうな。だって、二人でいてあんなに楽しかったじゃないか、あんなの友達同士なんかじゃないだろって思って当然だと思うんだけど、サマーからしてみたら、最初に二人でちゃんと話し合って、シリアスな関係じゃないって決めたじゃないと言われるとぐぅの音も出ない。はぁ…

こんなにストレートに恋愛物語を描いているのに、ベタベタの恋愛物語を見ているような気にならないのはマークウェブ監督のセンスの良さかなぁ。音楽とか、トムとサマーの会話とか、トムとその友達の会話は、何気ない普段の会話なんだけど、どこかユーモラスでウィットに富んでいた。あのレイチェルクロエグレースモレッツとトムの関係はよく分からんかったけど、トムの姪っ子かなんか?トムよりずっと年下のレイチェルがトムの相談役っていうのもなんか面白かったな。レイチェルを演じてたクロエが自然な演技だからか、あーいう子役のイヤミっぽさが全然ないのが良かった。

ジョゼフゴードン=レヴィットくんって、昔「エンジェルス」とかに出てた子役の子よね。タレ目でくちゃっとした顔が可愛い子だったけど、こんなに大きくなって、しかもちゃんとこの世界で生き残っててビックリした。相変わらずタレ目で可愛い顔してて、彼が可愛いからこそ、サマーと初めて結ばれた朝、道端でミュージカルしちゃうおかしな演出も生きていると思った。普通なら、はぁ?って思っちゃうところだけど、トムを応援したいばっかりになんかホンワカした気分になった。

結局、宣言通り、サマーはトムのものにはならないんだけど、皮肉なことにトムの主張していた、本物のロマンスは存在するっていうのをサマーは別の人と体現しちゃう。そして、トムはというと…

(500)日の“夏”を経験して“秋”を迎えるってワケ。

(最後の文章は映画を見た人だけには分かります)

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ゴールデンスランバー

2010-01-21 | シネマ か行
試写会に行ってきました。

原作は読んでいません。原作を読んだ人とはまた違う感想かもしれませんが、ワタクシは面白かったと思います。

後半に向かうにつれてどんどんお笑い度が増していくんだけど、それはわざとなのかな?初めの森田吉岡秀隆と青柳堺雅人のやりとりはすごくシリアスだったし、カズ劇団ひとりのところに逃げ込んで、一旦捕まるまではかなりシリアスモードだったと思うんだけど、キルオ濱田岳という助っ人が登場するところくらいからかなー、どんどん笑いの部分が増えていく。最初のほうで観客の興味をぐっと惹いてから、少しずつ笑いを入れていくっていうのはこういう作品では悪くない手法かもしれませんね。最初から笑いの要素が多いとただのコメディみたいになっちゃいますもんね。

さて、この首相暗殺犯に仕立て上げられた男・青柳の逃走劇なんですが、随分色んなところで色んな人に助けられます。その色んな人っていうのが、都合のいい特技を持っていたりして助かるわけですが、そういうところはあんまり突っ込んでも仕方ないかなと。バッテリー入れただけで10年以上ぶりに動くオンボロの車も(てか、カローラのバッテリーの型は変わってないの?)、それだけ放置していてもインクが出るボールペンも検問にひっかからないのも、あの花火もまぁいいかと思えてしまいました。ただ、あの花火に関しては一発どーんとデカいのがあがるだけっていうほうがまだリアリティあったかな。一発だけで十分逃げられただろうし。あんなに派手に打ち上げちゃったもんだから返って気持ちがしらけてしまった。

“ゴールデンスランバー”に関しては原作だともうちょっといい感じで使われるのかなぁ。映画のほうだけだと、別にこの楽曲のことなんてどうでもいい感じがしたけど。主人公と大学時代を結びつける要素っていうくらい?カズが言う「あの頃は帰る場所があった」とかいうセリフなんかも別にこの陰謀には何の関係もないしな。

結局、この陰謀が誰によって画策されたのか、おそらく現首相?ってくらいは分かるけど、あそこまで警察組織を巻き込んでの大掛かりな陰謀を企てる必要性っていうのが明確にされないし、どうして青柳が選ばれたのかっていうのもよく分かんないまま終わってしまうのが少し残念だった。でも、生き延びたあとの最後のエピソードが良かったからちょっとごまかされちゃったよ。ちゃんと伏線があって、それが生かされてっていう部分も多かったしね。

登場人物が結構多いんだけど、香川照之は憎々しいまでの良い演技だし、柄本明もいつもながらいいね。運送屋の先輩を演じてた渋川清彦っていう役者さんはワタクシは知らないんだけど、すごくいい味の演技してたね。あーいうタイプじゃない役もうまいのかな?ちょっと永島敏行がターミネーターみたいで笑っちゃったな。日本人なのに、ジョントラボルタ並みの体と顔のデカさ。伊東四朗さんは大好きなタレントさんなんだけど、あーいう親父役がやっぱ天下一品だよね。最後にお母さんは誰だろうってちょっとワクワクしていたら、木内みどりが登場して最後の最後に思わぬご褒美だった。
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かいじゅうたちのいるところ

2010-01-19 | シネマ か行

「かいじゅうたちのいるところ」はさぞかしアドベンチャーに満ち溢れた楽しいところだろうと思って見に行ったら全然違っててビックリした。それで、なんだかわけが分からなかったくせに、何ヶ所かで泣いてしまった。なんだこの映画は?まぁスパイクジョーンズ監督だからね。そんな単純なお話なわけはないのか。

僕マックスマックスレコーズは8歳。お姉ちゃんのクレアに遊んでもらおうと思ったけど、お姉ちゃんは同年代の子たちと遊ぶほうが楽しくて相手にしてくれない。おまけにお姉ちゃんの友達に僕が作ったイグルーを壊されてしまう。こんなときママキャサリンキーナーがいてくれたら。ママが帰って来て僕をなぐさめてくれた。ママの仕事が大変そうなときには僕のロボットダンスでなぐさめてあげるんだ。それなのに、今日はママったらボーイフレンドマークラファロをうちに連れて来て、僕の話なんかちっとも聞いてくれないんだ。だから、僕はキッチンカウンターの上に乗って大暴れしてやった。そしたら、ママが僕に怒ったもんだから、僕はママの肩を噛んで家を飛び出したんだ。

マックスは家を飛び出し夢中で駆け出した。家のそばの森を抜けるとそこには一艘のボートがあり、マックスはそれに飛び乗った。大海原を越えてマックスはとうとう「かいじゅうたちのいるところ」へとたどり着く。かいじゅうたちは初めマックスを食べようとしたので、マックスは「僕は王様だぞ」と嘘をついて、かいじゅうたちの王様の座に着く。

このかいじゅうたちがなんとも不思議。陽気な子供みたいなのかと思いきや、複雑な心を持っていて、キャロルジェームズガンドルフィーニというかいじゅうはパートナー(?)のKWローレンアンブローズが家を出て行ったことに腹を立て、村を壊していた。他にも皮肉屋のジュディスキャサリンオハラ、そのパートナーのアイラフォレストウィティカー、いつもキャロルに何かと重宝がられているダグラスクリスクーパーがいて、アレキサンダーポールダノの話は誰も聞いちゃいない。

かいじゅうたちのいるところで起こることをここで表現するのはとっても難しい。ストーリーを語るのは簡単なんだけど、なんだかそれだけじゃない、不思議な物悲しさと憂いとそれでいてどこかにハッピーの種があるような気がする不思議な不思議な世界。マックスが現実の世界から逃げ出してたどり着いたのはマックス自身の心の奥深くということなのか?そこにはそれぞれのエゴをぶつけあうかいじゅうたちがいて、もがきながらもうまくいく方法は何かと模索しているっていう感じ?寄る辺ないかいじゅうたちみんながマックスの心そのものというわけか。

マックスはなんと言ってもまだ8歳なわけで、彼が思いつく事態の収拾の仕方なんて、「かいじゅう踊り」とか「基地作り」とか「戦争ごっこ」とかそんな子供じみたものでしかない。そして、良かれと思ってしたことが思わぬ方向へと進んでしまうことも。王様じゃないことがバレたときもただただ逃げることしかできないし、結局キャロルを救ってやることも何もできなかった。

多分この8歳の子供の心の中を肯定的に受け入れられるか否かでこの作品の評価はかなり変わってくるのかも。マックスをただの「わがままで凶暴な子供」と受け取った人にとっては終始つまらない作品なのかもしれない。でも、8歳って言ったらまだ幼児に毛が生えた程度ってやつじゃないかな。ママにもお姉ちゃんにも自分のことだけを見ていてほしい。まだ世界の風景は「自分対すべての世界」だけでしかない年代だと思う。他には何も存在しない。お姉ちゃんの事情やママの事情とかいうものはマックスの世界には存在しないのだ。だからこそ小さな子供は、自分に起こるすべてのことを自分だけのせいにしがちだ。

そんなマックスがかいじゅうたちのいるところに行って、成長したのかな?どうだろ?そんな簡単には成長しないかもね。「君たちにもママがいればいいのにね」と言ってふと自分がおうちに帰りたいことに気付く。まだまだただの子供。でもそれでもいいんじゃないかなぁって。子供たちには“子供”であることを満喫してほしい。もう少しママのアテンションが一番になきゃイヤだと思っていてもいいよって言ってあげたい。そう感じたワタクシにはなんだか心がギュウと締め付けられるような切ないお話なのでした。

かいじゅうたちの姿はなんだか遊園地にいる着ぐるみのちょっとでっかいのっていう感じだったんだけど、それもマックスの心が作り出したものと考えれば、納得がいく。それぞれの表情とか顔の動きは素晴らしかったです。ジェームズガンドルフィーニは普段からわりと特徴のある喋り方をする人だと思うんだけど、それがキャロルによく合っていた。それから、全編に流れる音楽が非常によく合っていて、この映画の世界観をうまく表現していたと感じました。

オマケ途中で「犬」っていうかいじゅうが出てくるでしょ。「エサをやったらついてくるからやるなよ」ってキャロルがマックスに言います。こういうの見てるとアメリカ人ってつくづく犬が好きだなぁと思いますね。どんな世界観の物語にももう必ずと言っていいほど“犬”的な存在が登場するんですよね。彼らにとってはどこかに犬がいるというのが生活のスタンダードなのかもしれません。

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カティンの森

2010-01-15 | シネマ か行
ポーランドの大大大巨匠アンジェイワイダ監督の作品。「巨匠」に「大大大」をつけるなんておかしいってことは分かっているけど、アンジェイワイダ監督をつかまえてただの「巨匠」というだけでは物足りないのでそう言わせてもらいたい。

1939年、ポーランドはドイツ軍とソ連軍に両方から侵攻される。そのとき、ポーランド軍の将校たちはソ連軍に捕虜として捕まり、1940年カティンの森で4000人以上が虐殺される。ワイダ監督のお父さんもこのカティンの森事件で虐殺された将校の一人であったという。

カティンの森での虐殺が行なわれたというだけでも残酷な話なのだけど、ナチスドイツはこの事件を最大限に利用し、ポーランドを完全に併合に持っていこうとし、ソ連軍は情勢が変わり、ポーランドを衛星国としたことで、この虐殺事件をナチスの仕業だと罪をナチスにかぶせようとする。

この物語に登場する者すべてのポーランド人の人生がドイツとソ連両国に踏みにじられてしまう。

殺された将校アンジェイ大尉アルトゥルジミイェフスキの妻アンナマヤオスタシェフスカは夫をいつまでも待ち続け、アンジェイの母マヤコモロフスカは夫ヴコディスワフコヴァルスキをドイツ軍に、息子をソ連軍に殺されるという悲劇を味わう。父親をカティンで殺されたアンナの甥のタデウシュアントニパヴリツキは、真実を叫び続けたがためにソ連の秘密警察に殺されてしまう。
アンジェイの同僚であったイェジ中尉アンジェイヒラは、虐殺を免れソ連軍に協力したことを恥じ自殺してしまう。
大将夫人のルジャダヌタステンカは、夫ヤンエングレルトを殺されたソ連軍への恨みはあるが、それを宣伝に利用しようとするドイツ軍への協力は拒んだ。彼女はいつでも顔をあげて生きる女性だったが、戦争中彼女の家政婦だった女の夫はソ連に迎合し市長に担ぎ上げられているのを見て時代が変わっていくことを実感する。
ピョトル中尉パヴェウマワシンスキの妹アグニェシュカマグダレナチェレツカは、兄の墓石に本当のことを刻み、秘密警察に捕まってしまう。ピョトル中尉のもう一人の妹イレナアグニェシュカグリンスカはソ連に迎合することを選びアグニェシュカとは絶縁してしまうが、「ポーランドは自由にはならない。もう二度と」とくやしそうにつぶやく。

この作品は戦争映画でありながら、女性が非常に多く登場する。カティンの森事件の被害者たちのことを見せつつも、大部分を残された人々にスポットをあてて描いている。それはワイダ監督自身が残された家族だからなのかもしれない。ドイツに占領された祖国。その後ソ連に占領され、ソ連の衛星国であり続けなければならなかった祖国。ポーランドと聞くとそんな悲しみの歴史が一番に浮かぶ。そして、ポーランドの人々の祖国への愛が。大将が捕虜全員の前でクリスマスにスピーチをしたとき、軍人以外の者に「生き残って新しいポーランドを再建してくれ」と言ったとき、戦後見事に再現されたワルシャワの旧市街のことを思い出した。あれこそが象徴的なポーランド人の祖国愛だと思う。

残された家族にスポットをあてながら、映画のラストでカティンの森事件の真相をただただ黙々と観客に見せつけ、強烈な印象を残すやり方は、不謹慎ではあるけど、映画作品としては非常にうまいやり方だと感じた。そこにワイダ監督の長年積み上げられてきた腕を見せ付けられたような気がした。そして、最後の沈黙のシーンは勝手にだけど黙祷の時間だと受け止めさせてもらった。
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誰がため

2010-01-14 | シネマ た行
ナチス時代のデンマーク。レジスタンスのフラメントゥーレリントハートとシトロンマッツミケルセンはデンマーク人の中でナチスに協力している裏切者たちを暗殺していくという任務についている。しかし、密告により、仲間がゲシュタポに捕らえられ始めたことや、ボス、ヴィンターピーターミューギンからデンマーク人ではなくドイツ人を暗殺する命令が下ったとき、組織内部に疑念を抱き始める。

フラメンはまだ20代前半の青年。シトロンは40代の妻子をもつ中年。彼らのコンビのそれぞれの背景も描きつつ、レジスタンスの闘志の葛藤を描く。

シトロンはナチスがデンマークに侵攻してきた日、その隊列を見て吐いた。彼は何かせずにはいられなかった。彼がレジスタンスの存在を知ったとき、愛する家族をかえりみることを忘れレジスタンス活動に没頭してしまい、妻ミレホフマイーヤリーベルトはそんな彼に愛想を尽かしてしまう。愛する者を守るためにレジスタンス活動をしてきたであろうに、ものすごく皮肉な結果になってしまう。そして、作戦の失敗によって子供を殺してしまったこと。同じような年頃の娘を持つシトロンにとっては耐え難いことだっただろう。まさに「誰がため」に?という疑問がわく。

フラメンはシトロンと違い冷徹に人を殺す。裏切者だと考えるからこそそれができた。そんな彼が組織内のケティスティーネスティーンゲゼを愛したときから、そしてその彼女が組織の裏切者で自分が密告されるかもしれないという窮地に立たされたときから、彼の中でいままでの全てが狂い始めた。ケティを信じたいという気持ちと裏切者は許せないという気持ちの狭間で彼は、どのような結論を出したのか。結局彼はケティを信じたのかな。いや、彼は多分ケティが裏切者だと知っていて、それでもケティの中の自分を愛してくれた気持ちを信じたのだろう。裏切者を容赦なく殺していったフラメンの中での大いなる矛盾だ。愛とはそういうものなのかもしれない。

シトロンと妻との切ないやりとりに胸を突き動かされつつ、フラメンとケティの緊迫した関係にハラハラする。そして、彼らのおかれた状況の辛さ。戦争というものはあらゆる種類の悲劇を引き起こす。

作品全体に重厚な雰囲気が流れていて、ちょっと映画に慣れていない人にはとっつきにくいかもしれない。そして、レジスタンス組織のメンバーや上層部の人間関係、軍部の思惑など少し分かりにくいところが多い。フラメンとシトロンがホフマンクリスチャンベルケルの暗殺に失敗したあとの展開が、特に分かりにくいかなぁ。そこが大切なラストなんだけどね。

フラメンを演じたトゥーレリントハートはワタクシはお初にお目にかかりました。「天使と悪魔」に出ているそうですが、未見です。繊細な役が似合いそうな人だなぁと思いましたが、フラメンの印象のせいかもしれません。
シトロンを演じたマッツミケルセンはもうデンマーク映画と言えば必ずと言っていいほど登場しますね。日本で言うなら役所広司とかそんな感じの人?
ナチスのゲシュタポの隊長ホフマンを演じたクリスチャンベルケルは、もうこの人が出てきたらナチスの悪玉っていう印象だなぁ。この作品では最後にフラメンとシトロンに彼なりの慈悲を見せていたけれど。

デンマークにもナチスが侵攻していて、そこにはレジスタンス活動もあったということはあまり知られていないと思うので、勉強のためにも見てみるといいと思います。
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オーシャンズ

2010-01-13 | シネマ あ行

試写会に行ってきました。

「オーシャンズ」ってカタカナにするとなんか「オーシャンズ11」シリーズと間違ってしまいそうですが、これは正真正銘「海洋」という意味の「オーシャンズ」ですね。

こういうネイチャードキュメンタリーものって最近になってたくさん公開されるようになって、もう正直どれがどれか分からなくって、どれを見たんだかどれが未見なんだかもちょっと分からなくなってきた。ざっと考えただけでもこの「オーシャンズ」のジャックペラン監督の「WATARIDORI」でしょ、んで「皇帝ペンギン」「ホワイトプラネット」がフランス系で、「ディープブルー」「アース」「ミーアキャット」がイギリスBBCでしょ。「北極のナヌー」はアメリカか。ちょっと考えただけでこれだけ出てくるんだから、きっともっとあるはず。

この中でもワタクシ「ディープブルー」は確か見てないんですよね。だから、「ディープブルー」を見た人がこの「オーシャンズ」を見たら、なんや一緒やんと思うのか、また別で楽しめるのかは分かりません。

ワタクシは普段からこういうネイチャーものが好きなので、この作品も楽しめました。ただ、こういう作品ってもちろん映像の迫力という意味ではスクリーンで見るのが一番だとは思うけど、やっぱり家のテレビで「うわぁすごーい」とか「かわい~」とか「こわ~」とかなんやかんや言いながら見るのが一番楽しいと思うんですよね。だから、映画館で静かに見るにはちょっと物足りなさを感じてしまうかも。それと、これはジャックペラン監督の真面目さなのかもしれないけど、「アース」とか「北極のナヌー」に比べるとクスクスっと笑えるシーンが少ないかなぁ。ほのぼのするというよりも自然の迫力っていうほうが強いかも。サメがおそらくフカヒレのためにヒレと尾ビレをすべて切断されて海に投げ返されて沈んでいく様子は、おそらく日本の漁船?あんなふうに見せられるとやっぱり心が痛む。

あと、試写は日本語版で宮沢りえのナレーション入りだったんですが、彼女のナレーションはちょっといまいちだったかなぁ。全然悪くはないんですけどね。もうちょっと落ち着いた声のナレーションが個人的には好みです。

もうそろそろネイチャーものもネタ切れかなぁと思うんですが、今度はどっち方面に進むんでしょうか。

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ダニーザドッグ

2010-01-12 | シネマ た行
監督は「トランスポーター」のルイレテリエだし、製作・脚本はリュックベッソンとくれば、まぁ展開としては甘いドラマなんだろうなぁという予想をまったく裏切ることのない(詰めの)あま~い物語なんですが、そこはやっぱりモーガンフリーマンジェットリーという異色の顔合わせが結構カバーしてくれました。

それに加えてボブホスキンスだもんね。この人は本当に良い人から極悪人まで幅広くやってくれますよね。すごく演技がうまいもんだから、悪い役をやっているときの彼は本当に憎たらしい。日本ではもしかして昔々「スーパーマリオ」の実写版をしたおっちゃんとしか認識していない人が結構いるかもしれませんが、実は色んな作品で様々な役柄を演じているイギリス人の役者さんです。

ジェットリーってワタクシそんなに得意じゃなかったんですけど、この作品の彼はすごく可愛く見えたな。このときで42歳?撮影当時だともう少し若いとしたって40歳は越えてるんだから、可愛いっていうのはちょっと失礼かもしれないけど、子供のときから奴隷として育って世間ずれしていない役だから、彼のカタコトの英語も違和感なく、元々のアジア人的なおぼこさと役柄がマッチしていた。ちょっと物悲しい感じでね。それでいて、戦闘シーンではもちろんあの迫力。あの鉄の首輪を取ると一気に別人になるところはカッコ良かったな。意外や意外ジェットリーにはピッタリの役だったということですね。

結局ダニーのお母さんはどうしてあんなマフィア風情と関係があったのかとか、最後どうやって警察の追及から逃れたのかとか、多少脚本にはほころびがあるものの、それでも見ているときの面白さは十分にあると思います。奴隷として育ってきたダニー(ジェットリー)と目の見えないサム(フリーマン)との交流や、サムの義理の娘ヴィクトリアケリーコンドンとの交流も心温まるものがあったし、なんと言っても(ネタバレしちゃうけど)最後まで“いいもん”が誰も死なないところがいいかな。こういう心温まるギャング系の(いま勝手にジャンルを作った)映画って絶対最後に主人公が死んじゃうんだよね。最後に愛を知って良かったみたいな感じで。だから、この作品もダニーは最後死ぬんだろうなぁと思って見てたんだけど、死なないでほんと良かったよ。

そんなに気合を入れずに軽い気持ちで見るといいかもしれません。
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シッコ

2010-01-08 | シネマ さ行
お正月休み中にケーブルテレビで見ました。

アメリカの医療保険制度についてのドキュメンタリーで、アメリカには国民保険制度のようなものが存在せず、多くの人が民間の保険に加入しているが、その保険会社が利益ばかり優先し、保険料を支払っている人たちの医療にかかる料金を負担することを拒否するケースが多いことを紹介し、ヨーロッパやカナダのように国民保険が存在する国と比較する。

ここで、マイケルムーアが語るアメリカとヨーロッパの現状というものにはバイヤスがかかっているということは承知の上で、やはり実際にこのような現実があるということなのだから恐ろしい。

マイケルムーアの映画を見るといつも思うのだけど、アメリカ人がいかに社会主義というものに恐れおののいているかということがとても不思議だ。これは小さい頃からのある種の洗脳だと思うのだけど、国民保険制度にすると、国が社会主義になるからダメだと主張する人がいるんだもんなぁ。映画の中でも言われていたけど、じゃあ警察とか消防署はどうなるんだろうねぇ?国が管理しないで、民間の消防会社があって、それに加盟していない家の火事は消してくれないとかだったらどうするんだろうか?消防署を国が管理することはアメリカ人の言う社会主義にはあたらないの?よう分からん。

国民保険制度がある、ヨーロッパの取材ではちょっといいとこばっか見せすぎじゃないの?という気はしたけど、アメリカ人に向けてのメッセージと考えればあれくらいガツンと見せないと効果がないかもなぁ。それを本気にして移民しちゃうアメリカ人もいないだろうしね。あれがどこまで素晴らしい現状なのかは分からないけど、フランスみたいに救急でお医者さんが家に来てくれるシステムというのはすごくいいなぁと思った。いま日本でこんなシステムが導入されるとは思えないけど、そうなったらスンバラシイのにね。

病気で悩むアメリカ人をキューバに連れて行って治療してもらうっていうのは、よう分からんかったな。あんなこと、無料でしてくれるならみんな行くでしょ。カナダ人になりすましてカナダの病院に行っていた人は不法だって分かっててやってるし、病院側もあの人がカナダ人だと思っているからまだ分かるけど、キューバに税金払ってないアメリカ人にまで、無料で診察してもらえるなんておかしくない?って思ったんだけど、どうなんでしょう?

アメリカの医療の進度っていうのは世界でも超一流なんだと思うんですけど、最先端医療ってもちろん大切だけど、それで寿命を延ばす人が少数存在するよりも、底辺の人まである一定の医療が受けられる世の中のほうがいいと思うんだけどな。この辺はやっぱり価値観の問題ですかね。

日本の医療制度崩壊も叫ばれていますし、他人事ではないかもしれません。日本があんなふうにはならないと言えるほど、医療保険制度に詳しくないので、マイケルムーアのバイアスがかかっているとは言え、ちょっと怖い気にはなったな。
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アバター

2010-01-07 | シネマ あ行
みなさん、あけましておめでとうございます。
今年もヨロシクお願いします。

さて、今年の1本目は、と言っても昨年の年末に見た映画です。
初3D体験でした。
メガネの上から3D用のメガネをかけて見ていたので、鼻のところが痛くて痛くて途中から拷問のようになってしまい、2Dで見れば良かったと思いましたが、一度は3Dを体験しておきたかったので、それはいいとします。

ワタクシの周囲や、巷での評判は良いみたいなんですが、ワタクシはあんまりでした。ここから先はかなりの辛口なので、この作品を楽しんだ方は気分を悪くするかもなので、読まないほうがいいかもしれません。


とにかくもかくにもストーリーが既出過ぎる。もちろん、すべての新しい映画に完全なオリジナリティなんて求めてないし、そんなもの不可能だとは分かっているけど、ちょっと酷すぎないか?

すべてが、原住民から全てを奪う白人という構図を宇宙人と地球人に変えただけじゃない?パンドラに住むナヴィ族のすがたや生活様式はアフリカなどの原住民のそれにそっくりだし、パンドラの森に住む生物たちもサイに似たもの、虫に似たもの、サルに似たもののオンパレード。人間の想像力ってやっぱ自分たちの知っている世界を超えることはできないの?と言いたくなるようなものばかり。“誰もが見たことのない世界”って言うほど?人間でいう頭んとこがお尻になってて、その上についてる触角みたいなのが鼻だからおならしたらめっちゃ臭いっていうニコチャン大王を思いつくほうがスゴクね?みたいな。とまぁ、ワタクシ自身は想像力も創造力もある人間ではないから、もちろんクリエーターさんたちのことは全般的に尊敬はしてるんですけどね。ナヴィ族の耳の動きとか細かいところとかは素晴らしかったと思いますし。そもそもブサイクな感じだったのは残念でした。

そんな中でも、シガニーウィーバーがまるで、「愛は霧の彼方に」と「エイリアン」のセルフパロディのような役柄を演じてて、こんな大物の彼女までがアバターに変身しちゃうんだから、そこんとこは面白かったな。シガニーのアバターはなんかタレ目で妙に可愛いし。キャストの中ではやっぱり一番光ってた。企業の社長を演じたジョバンニリビシは完全にミスキャストだと感じた。だって、シガニーを向こうに回すんだよ?それなら、やっぱりショーンビーンとかジェレミーアイアンズくらいがこないとな。そして、最後のほうまで善人面しておいて、最後にはやっぱり武力行使するっていうパターンのほうが良かった。ジョバンニリビシが演じたパーカーは、結局最初から武力行使するつもりだったのか、あれが彼の決断だったのか単に部隊の大佐スティーブンラングが暴走しただけだったのかよう分からんかった。これはワタクシの見落としでしょうか?もうこの辺になると鼻が痛くてしょーがなかったからなぁ。ごめん。

あと、キャストで良かったのはミシェルロドリゲスですね。彼女はちょっとタイプキャスト的になりつつあるかなぁとは思うんですが、やっぱりこういう役がカッコイイなぁ。

新年そうそう、あんまりよろしくない感想で始まっちゃいました。すみません。
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