シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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ファイティング×ガール

2006-09-28 | シネマ は行

「ラブコメの女王」と言われたメグライアンもその称号をキャメロンディアスやリースウィザースプーンに譲り、別の魅力を表現しようとしている代表のような作品。とは言っても、もともと「ラブコメの女王」という称号を彼女は嫌っていたみたいだし、そう言われている間でも実際には色んなジャンルの作品に挑戦していたのだけどね、、、まー、彼女のキュートな笑顔を世間がほっとかなかったってことなんでしょう。

さて、このメグライアン演じるジャッキーカレンという女性。ボクシングトレーナーを父に持ち、その男の世界でもっとも成功した女性マネージャーとして有名な方らしいです。その人の人生にインスパイアされて作ったというテロップが出るので、完全にノンフィクションというわけではないでしょうが、ボクシングと言えば、「男の世界」と言われるが、“男の”というよりも、もともとは普通の男でも入り込めない“ギャングの”世界だったわけだから、ただ“男の”世界に入っていくのではなく、もっと根性が座ってないと無理なんじゃないかなーと想像します。そしてジャッキーの場合、根性もさることながら、プロのマネージャーとなれるだけのボクシングの知識が豊富。そこが見ていて気持ちいい。

それにしても、彼女の服装すごいですよね?「エリンブロコビッチ」のジュリアロバーツに近いものがあります。なんかちょっと時代には合ってないような、ちょっと下品な感じさえするセクシースタイルです。「恋におぼれて」のときのメグライアンはパンキッシュで変わった服装も可愛かったけど、今回のは結構すごい。中にはおしゃれに思える服装もあったけど、微妙…とか、おいおいそれは…っていうのもあったな。これって実際のジャッキーがそんな感じだったから仕方ないってことなのかなーと思ってアメリカのヤフーでジャッキーカレンを検索してみると、本当にそんな格好でリング上でボクサーと映っていた。メグライアンが演じたいたジャッキーよりずっとパワフルそう。ルックスはメグライアンというより、木の実ナナ?まぁ、でもサイトのは現在の写真で、映画は彼女がボクシング界に入った頃の話だから今よりも若かったことを考えると、ま、まーね。。。

最初の彼女は本当にスカウトしたボクサーオマーエップスのことを考える優しいお姉さんだったのに、波に乗り始めるとだんだん自分の注目度が上がってBITCHになっちゃうんだよね。それまではいい意味ではBITCHだったけど、決して本当にムカツク奴というようなBITCHではなかった。今まで自分の言うことなんか誰も耳を傾けてくれなかったのに、成功してたくさんの人の注目を浴びるようになったのだから、それはある程度は仕方のないことだったのかも。と思えるのも、ちゃんと彼女がそれに気付いてきちんと謝るべき人たちに謝ってまわったからで、実際、映画の途中ではこのBITCHに腹が立ってしょうがなかった。まぁ、これは映画的な演出だったのかもしれないけど。

とにかく、彼女が自分の過ちに気付いて、まず一人のボクサーがチャンプになるってとこで映画は終わるけど、彼女のスゴイのはそれだけにとどまらず、その後6人もチャンプを輩出して今現在にいたるってことだよねー。これは映画の最後にテロップで出るだけだから映画には関係ないんだけど。

映画的には、まぁ、よくあるサクセスストーリーだけど、やっぱり実話だってことと、女性がボクシング界で活躍するっていうのだけでも興味深いし、演出も小気味がいいテンポで進んで、楽しい。彼女がBITCHになるシークエンスではちょっとモタつきを感じるけど、それもまたサクセスストーリーにはよくあることかも。結構笑かしてくれるシーンもあるし、トレーナー役兼監督のチャールズS.ダットンも静かに光っていて好き。

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モーターサイクルダイアリーズ

2006-09-27 | シネマ ま行

キューバ、コンゴ、ボリビアなどで革命を起こしたチェゲバラの若いころのお話。1952年ブエノスアイレスで医学生だったチェゲバラガエルガルシアベルナルは友人で化学者のアルベルトロドリゴデラセルナとバイクで南米縦断の旅に出る。南米縦断の旅と言っても、荒くれ者の無目的な旅ではなく、無鉄砲な手段ではあるが、その最終目的はベネズエラのハンセン病専門の病院に行くことであった。

以前にも書いたことがあるが日本では、残念ながら南米の歴史を習うことがほとんどない。特に近代史となると、ワタクシの記憶力が悪いせいかもしれないけど、学校ではカストロ議長について少し触れられただけだった気がする。というわけで日本では、チェゲバラというと革命の戦士というよりもあの一番有名なベレー帽をかぶったヒゲ面の肖像がTシャツにプリントされている、それがもっとも一般的なイメージではないだろうか?

チェゲバラがどれほどまでに偉大な人であったか、また中南米ではどれほどまでに尊敬の念を持たれているかということは、ちょっとネットで調べてもらうとして、、、あ、これは本作を見る前に少しでも知っておいたほうがいいと思います。チェゲバラが偉大な人だったということを知らないで本作を見ると、本当に「それがどうした?」っていう気分になると思います。

チェゲバラが彼の人生で行ったことを知った上で見てみると、彼がこのバイクでの旅を始めたときと、その道中、そして最後に至って、どのように彼の心境が変化し、この旅がいかに彼のその後の人生に影響を与えたかということが分かって非常に興味深い。そして、それを少しずつ静かに見せていく手法がとても心に残る。

ワタクシは、中南米の歴史やチェゲバラについて詳しいわけではなく、少しは知ってるかなという程度だった。チェゲバラについては彼がしたことは知っていたけど、彼がどんな人かまではまったく知らなかったので、「革命を起こした人」というのとあのTシャツに使われている写真から、彼を非常にワイルドな人だと勝手に想像していた。そこへ持って来て「モーターサイクルダイアリーズ」である。“ほぉら、やっぱりワイルドな人だった。でも、ガエルカルシアベルナルくん?ワイルドというよりもキュートよなぁ…若き日のって言ったって、なんかイメージ違うなぁ”と思っていた。ところが、、、この作品でチェゲバラに対するイメージが180度と言ってもいいくらい変わった。若き日の彼は誠実で、優しくて、他人の痛みが分かる思慮深い人。“あ~彼を革命に駆り立てたのはワイルドさではなくて、誠実さだったんだ。人々の痛みが分かるからこそ、民衆を助けるために革命を起こしたんだ”という印象を受けた。

もちろん、歴史の舞台に踊り出た人であるから、彼はそんな人間じゃなかったと主張する人もいるだろう。映画は彼の1側面を見せただけかもしれない。それでも、そんな1側面を知ることができるだけでも見る価値が十分にあると思うし、映画的にもドキュメンタリー風ではあるが、アルベルトとチェのコンビネーションも楽しめるし、(このアルベルトという人、最初はチェも“SEX大使のつもりか?”と言うほどのただのふざけた男かと思いきやなかなかに気骨のある真面目で愉快な人だった)南米の様々な風景を見ることができる。実際の日記からの言葉なんかもあって、当然といえば当然なのだが、普通のロードムービーとは一線を画す興味深い作品である。

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二人にクギづけ

2006-09-26 | シネマ は行

あ~もう、ボビー&ピーターファレリー兄弟大好き

前に「愛しのローズマリー」のところでも書いたけど、彼らのユーモアのセンスって最高。障害を持つ人たちをこんなふうにコメディの主役にするなんて不謹慎って言う人もいるだろうけど、ワタクシに言わせれば、この映画を見て「不謹慎」って言う人たちのほうがよっぽど不謹慎。障害を持った人たちが人生を謳歌するのが実は耐えられないんじゃないの?って思えちゃう。

双子のウォルトグレッグキネアとボブマットデイモンは、腰のところでお互いがつながっている結合双生児。切断手術はウォルトのほうに危険が及ぶということでボブがかたくなに拒否し続け、30年以上いついかなるときも二人はともに人生を歩んできた。

この二人、一緒にバーガーショップを経営しているのだが、双子でありながら性格がまったく違う。兄のウォルトは活発で、女たらしで、演劇が好き。弟のボブはスポーツ万能ながら、シャイで3年間もメールだけでやりとりしている彼女と会う勇気がない。演劇好きのウォルトは毎年、地元の舞台で芝居を披露し大盛況だが、いつもその前にボブのほうはパニック発作を引き起こしてしまう。「どうして僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだ!と。ボブは演技をするウォルトの後ろに隠れて背景に染まってるだけなんだけどね。それでも、超シャイなボブには拷問以外の何物でもない。そんなウォルトが、地元の舞台だけでは飽き足らず、ハリウッドに挑戦したいと言ったことから二人の大冒険が始まる。

ウォルトの夢を叶えるために(当然)二人でハリウッドへ。最初は嫌がっていたボブもそのうち協力してくれる。そして、ひょんなことからウォルトはスターの座を手に入れるのだが、、、

二人が経営する地元のバーガーショップの店員やお客さんがすごくイイ。知能障害をもつウェイターを馬鹿にしたよそ者の客をウォルトとボブと一緒にお客さんまでもが協力して追い出してくれる。そんな、当たり前に起こらなくてはいけない風景をファレリー兄弟は当たり前に見せてくれ、ユーモアの中で観客を啓発してくれる。

もう一人、ハリウッドで二人のご近所さんになるエイプリルエヴァメンデスという女優を目指している女の子がノー天気だけど、心根の優しい子を演じていて大好き。「それ、どこでくっつけてもらったの?」なぁんてハリウッドナイズされたおつむ空っぽな発想だけど、兄弟のとってもいいお友達になるんだよねー。エヴァメンデスってすごく美人だと思う。ここのところ、ポツポツと目立ち始めてるけど、1974年生まれらしいからちょっと遅咲きかな。ラテン系の顔立ちなので、役柄が制限されがちだけど、これからもがんばってほしい。

そして、なによりも素晴らしいのはもちろん、グレッグキネアとマットデイモンのコンビ。顔はまったく似ていないけど、本当の双子のように息がピッタリなのだぁ。グレッグキネアのコメディセンスは言うまでもないし、マットもトボケた味を出せる人だしね。でも、二人は常に相手のことを思いやっていて、コメディながら涙が出そうな場面もしばしば。最後の展開もこの二人ならとうなづける。

ボブがメールをしている彼女に自分たちのことを告げていないっていう展開はあるものの、基本的には二人ともお互いのことも自分たちのことも障害だなんて思っていないことが分かるシーンがいくつもあって、“二人が気にしてて当然”のセリフを期待しているこちらは何度も肩透かしをくらって、そのあと「ハッ」とさせられる。自分がいかに二人を障害者を見る目で見ているかということに気付かされる。そんな素晴らしい体験をさせてくれる作品。

とか言ってるけど、ファレリー兄弟をご存知の方ならもうお分かりだと思いますが、見ている最中笑わせられっぱなしです。大笑いして、ジーンときて、心温まること間違いナシの作品です。

オマケシェールメリルストリープが本人役でちょい役ではなくてきちんと出演しています。シェールはすごくイヤなヤツの役だし、メリルは踊りまで披露しちゃう。ファレリー兄弟の支持の高さを示していますね。

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ビフォアサンセット

2006-09-25 | シネマ は行

「恋人までの距離(ディスタンス)」の続編。「恋人までの距離(ディスタンス)」は原題が「Before Sunrise」で朝日が昇る前までのたった一晩の若い男女の恋の行方を描き、続編ではその9年後に再会した二人を描く「Before Sunset」今度は夕陽が沈むまでの二人を描く。

9年前、半年後にウィーンで再会しようと誓い合って分かれた二人。その後どうなったのか…1作目を見たあとは、「後は想像にお任せします」なんだなーと思っていたら、ナント9年も経ってから続編ができるなんてね。期待半分、がっかりしたくない気持ち半分で見始めました。

もちろん、一番の興味はあの半年後二人は再会できたのか…「1」で起こった二人のことを小説にし出版したジェシーイーサンホークがパリの書店でインタビューを終えるころ、その本屋に表れたセリーヌジュリーデルピー。このときの二人があまりに自然だったので、半年後に再会できて今は恋人同士なのかと思っちゃったよ。でも、二人が話し始めてすぐに半年後には再会できなくて、彼がパリに来るという宣伝をこの書店で見た彼女が会いに来たということが分かる。9年ぶりの再会にあまりに驚きすぎて、現実のものとして思えなかったからあんなに普通の反応に見えたのかもしれない。

二人が会えなかったのはなぜなのか?どちらも行かなかったのか?どちらかだけが行ったのか?その疑問はすぐに明かされるけど、ワタクシの心の中でこの疑問は、映画の中の二人をまるで自分の友達かのように思い、その二人に対してのものでもあり、と同時に製作者がそれをどのようなお話として持ってくるのかという興味でもありました。二人が半年後に会えなかったその理由、その後の二人、今現在の二人がどうなっているのか?すべての疑問が二人に対すると同時に製作者側の持ってきかたに興味が起こり、それを同時進行的に楽しめた。

でも、後半に向かうにしたがって、ジェシーの飛行機の時間が迫るにしたがって、二人の切なさや辛さを感じて胸がざわつき、こじれた運命の糸の行方が気になってもう製作者がどういうふうに物語を持ってきたかなんてことは考えなくなった。

「1」でもそうなのだが、この続編もほとんどが二人の会話だけで成り立っているお話で、それもあんなことがあったこんなことがあったなんていう報告会のような会話ではなく、自分の心の奥を自分自身が旅をして感じたこと、考えていること、という“心”の会話がなされていくところが非常に魅力的な作品だ。ワタクシはセリフの多い映画が大好きなので、この映画はまさにワタクシの好みなのだが、好みであるということを抜きにしてもこの映画は素晴らしいと思う。「1」の若さとは違う30歳くらいという若さと成熟の間の微妙な感覚をうまく捉えた会話だし、何より9年前に本当に人生で大切なものをみすみす逃してしまったという人生を送ってきた二人の恋愛や人生に対する態度をもの凄くうまく表現していたと思う。

ラストにある二人の会話は、おそらく希望的に受け取っていいのだよね、きっと。最後はなんだかオシャレなフランス映画のような終わり方で思わず「終わりやがった」と言ってしまったが、イヤな終わり方ではなかった。リチャードリンクレイター監督って本当に才能のある人だと思うが、この終わらせ方も非常にうまくて、まだずっと物語の中にいるような気にさせられるというか、二人の人生がこの映画を見た人の心の中でずっと続いていくような、そんな幸福感に浸らせてくれる。

オマケ1セリーヌはニューヨークに何年か住んでいたという設定だったから、英語がうまくなっていていい設定だったんだろうけど、可愛いフランス語なまりが抜けたジュリーデルピーの話し方がちょっとだけ鼻についてしまった。

オマケ29年前の映像も映るのだけど、ジュリーデルピーよりもイーサンホークのほうが、若さがなくなってしまったような印象だった。女性よりも男性のほうが歳を感じさせたのでめずらしいなと。イーサンは美形じゃないけど、繊細な感じが良かったのにな。

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トランスアメリカ

2006-09-21 | シネマ た行
LAに住む性転換手術を目前に控えるブリーフェリシティホフマン。そんな彼女(ここではすべて「彼女」と表記します)のところに大学時代の若気の至りでできた息子トビーケヴィンセガーズがニューヨークの拘置所から電話をかけてくる。初めは無視を決め込む彼女だが、性転換手術の前に過去を清算すべきとカウンセラーに言われ仕方なくニューヨークへ飛ぶ。トビーには教会のボランティアだとウソをつき、自分は女性だと偽り、ハリウッドに行きたいと言うトビーとともに、LAに車で帰る道のりを描くロードムービー。

「LAに住むトランスセクシャル」と聞けば、どんなにか時代の先端を行くタイプの人だろうと勝手に想像してしまうのだが、ブリーは、トビーに言ったように、「教会のボランティア」と聞いてもまったく違和感を感じないおとなしい、古風な感じの人。男娼までしていたトビーの家庭環境を勝手に理想的な家庭だと想像している彼女はあまりにもウブだ。そんな彼女と今どきの少年だけど、これまたどことなくウブな感じのするトビー。アメリカの17歳というわりに、そして外見はいかにもそんな感じなわりに中身はすごく幼い印象の彼。そんな二人がいかにもアメリカの田舎の風景を行くというすべてに少しずつ違和感というかズレた雰囲気が漂っている。そこんところのギャップがまたこの作品を特別なものにしている。

物語の内容はまさしくロードムービーというものを絵に書いたような展開で、笑えるシーンあり、傷つくシーンあり、ほっこりするシーンありって感じである。映画のフィルムを「ロードムービー」という型にドロドロと流し込んでオーブンでチンしたら出来上がったのがこのお話といった感じ。となると、すべては主人公の設定と演技にかかってくるわけだが、設定は初めに話した通り、ありきたりなものでは全くない。そして、演技は多分皆さんご存知の通り、主演のフェリシティホフマンが素晴らしいのだ。

このブログでも、何人かの女優のことを「ニューハーフみたい」って言ったことがあるけど、フェリシティホフマンも確かにもともとちょっとニューハーフっぽい、というと失礼なんだけど、日本人から見ると体もでかいし、実際そう見えてしまうのだ。もちろん、キャラクターをもっともらしいものに見せようとすれば、外見というのは非常に重要だとは思うけど、このフェリシティホフマンは外見だけでなく、内面から見せるブリーのキャラクター作りが素晴らしかった。ブリーの心の葛藤であるとか、家族との確執であるとか、彼女が歩んできたであろう人生が見えてくるような演技で、トランスセクシャルという特殊な役柄でありながら、すべての迷える人たちが共感できるようなキャラクターだった。

ワタクシはリースウィザースプーンのファンだから、彼女がアカデミー賞主演女優賞を受賞した時は非常に嬉しかったし、「ウォークザライン」での彼女の演技も主演女優賞にふさわしい素晴らしいものだったが、あとからフェリシティホフマンの演技を見ると彼女が取っても良かったんじゃないかとさえ思える。やっぱり素晴らしい演技って比べてどうのこうの言うようなもんじゃないなということを実感させてくれた作品であった。

オマケ初めのほうで、トビーが話すときずっと字幕では「つーか」から始まっていて、ブリーに「いちいち“つーか”って言わなくていいのよ」って注意されるシーンがありますね。トビーは英語では「like」を連発しています。「like」は「好き」の意味じゃなくて「~のような」の意味ですが、確かに北米の若者は「like」を連発する。ワタクシもつられてクセになってます。ちょっとバカっぽいからやめたいけど、なかなかやめれない。日本語としては意味として「つーか」ってわけではないけど、意味なく若者がやたらに使う言葉として「つーか」にしたんでしょうね。納得です。
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X-MEN~ファイナルディシジョン

2006-09-20 | シネマ あ行

ネタバレあり

美しい女ほど恐ろしいものはない

ジーンファムケヤンセンが悪者になって帰って来るって本当だったのね。悪者っつーかジーンが二重人格だったなんてなぁ。悪者人格フェニックスの怖いこと怖いこと。ミュータントとしての力は最強だし、誰も手をつけられないんだけど、良い子人格ジーンが時折出てきてこの自分の強さを制御できなくて切ない顔をするんだよねー。そりゃそうだよね、最愛のサイクロップスジェームズマースデンを自分の悪者人格が殺しちゃうんだもの…つらいなぁ。サイクロップスもジーンが帰ってきてくれたと思って抱きしめたら殺されたなんてさ、、、でも彼としては最愛の女に殺されてある意味本望かしらねぇ。

ワタクシの好きなサイクロプスとミスティークレベッカローミン(いつのまにか姓からステイモスがなくなってた。やっぱ名前長すぎたもんね。)が、あんなに早くいなくなっちゃうなんてつまんないよー。なんかウルバリンヒュージャックマンがジーンの恋人ヅラしちゃってさー。エンジェルベンフォスター(彼って「ホステージ」の貞子?今回は切ない表情をたたえて素敵だったよ)ももうちょっと活躍すると思ったのになー。でもエンジェルがボワッて翼を広げるシーンは圧巻。予告で見せるのはもったいないなぁ。

今回は好きなキャラの活躍が少なく、ジーンもワタクシは良い子人格の彼女が好きなので残念だったけど、ストーリーはなかなかに盛り上がっていいんじゃないでしょうか。ワタクシはアクション大好きってわけじゃないから最後の決戦のところはどちらかと言うとどうでもいいんだけど、そこまでの持って行き方が意外な展開も多くて結構楽しめた。こんなお話なのに、ちょっと不覚にも泣いてしまいそうなシーンもいくつかあったな。なんかミュータントの切なさとか考えちゃって。ローグアンナパキンの乙女心も切なかったなぁ。

「ファイナルディシジョン」とか言いながら、(原題も「The Last Stand」)続きを作れそうな雰囲気だったけど、サイクロップスとミスティークとジーンがいなくなった今ワタクシの興味はちょっと薄れたかなー。

オマケアンナパキンの顔が(そして、声までもちょっと)なんだかホリーハンターに似てきたぞ。さすが、「ピアノレッスン」で親子を演じただけのことはある。と言うか、当時、彼女をホリーハンターの娘に選んだ人はすごい!

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イルマーレ

2006-09-13 | シネマ あ行
ネタバレあり。

秋にはピッタリのしっとりとした大人のラブストーリー。
“大人の”とは言え、いやなドロドロは一切なくピュアな主人公たちが繰り広げる切ないお話です。設定が完全にファンタジーなので、ナンセンスな夢のないツッコミをしたがる人と一緒に見に行くのはやめておいたほうがいいでしょう。素直に主人公の二人に感情移入して、ありえない設定とは分かっていても感動してしまう。そういうタイプの人にオススメの映画。

「スピード」で共演して以来、仲の良いサンドラブロックキアヌリーブスのひさびさの共演作。(この作品があるからこないだのアカデミー賞に一緒に来てたんだねー。美しいドレスを着たサンドラのあとを所在無さげについていくキアヌの姿が印象的だった)仲の良い男女がラブストーリーを撮るのって気恥ずかしくないのかなぁ?と思いつつ、スクリーン上でのベストカップルのツーショットにはそんなことも忘れさせるほどにマジカル

現実の世界ではなかなかうまく生きれていない2004年と2006年の二人の文通はあまりにも素直ですがすがしいと同時に、ともすれば突然にいなくなってしまうかもしれない儚さを持ち合わせ、祈るような気持ちで応援してしまう。

アレックス(キアヌ)が用意した地図を片手に2年の時を隔ててデートする二人。忙しい合間をぬってアレックスに手紙を書くケイト(サンドラ)。2004年のケイトをみつめるアレックスの瞳。どれをとっても美しく、切ない。

こういうタイムパラドックスものは絶対にツッコミどころがあるし、頭がこんがらがってしまうところもあったり、矛盾も当然あるんだけど、冒頭にも書いたようにそういうことは一切目をつぶってしまってほしい。ワタクシはそういうところに目をつぶるのが得意だから、この作品はとても好きだし、ラストも涙があふれそうだった。こういう話はハッピーエンドじゃなきゃね。全然関係ないけど、「スピード2」ではあっさり分かれさせられていた二人がやっと一緒になったね。“異常な状況下で結ばれた二人は長続きしない”ってことだったよね。今回も“異常な状況下”だったけど今度こそはうまくいくと信じたい。

オマケ1久しぶりにサンドラが出ている作品を見たけど、この作品のサンドラの髪型が非常に似合っていて大人の女性の美しさがあってとても素敵でした

オマケ2冒頭、サンドラがレイクハウスを去るとき、次の住人に宛てた手紙を書いてポストの旗を立てるけど、あれ立てちゃったら、郵便屋さんが来て持ってっちゃうんじゃないの?と思ったんだけど…ちゃんと宛先を見て置いていってくれるかな?

オマケ3ケイトとお母さんの会話で、お母さんが「昔、すごく恋をした相手とは結婚しなかった」と言い、ケイトが「どうしてなの?」と聞くと「あなたがいつかその質問をするためよ」と答えます。さらっとしたシーンだったけど、この答えってなんか深いような気がするなぁ。娘が心底恋をした人と結婚するかしないか、どちらにしてもそのときの娘の心境に答えられるように母はその経験をしたんだということなのかなぁと想像したんだけど、違うかなぁ?
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X-MEN 2

2006-09-12 | シネマ あ行

「2」では仲間たちがバラバラに活躍するし、サイクロップスジェームズマーズデンは途中で敵に捕まっちゃってほとんど出てこないし、話の焦点もすこし分かりにくいということもあって、「1」よりは劣るかなという感じは否めないだろうけど、ワタクシ個人的には今回はマグニートイアンマッケラン一味と協力することもあって大好きなミスティークレベッカローミンステイモスが活躍するのと、その次に好きなジーンファムケヤンセンの葛藤も見れてそのあたりは満足のいくものでした。

ミスティークって最強なんじゃないの?と思ってしまうほどの活躍ぶり。自由自在な変身はもちろんのこと、メカにも強いし、頭もいいし。ほんと惚れ惚れ今回はミスティークがきれいなお姉ちゃんに変身するという設定で、レベッカローミンステイモス本人の姿で登場してマグニートを捕えている刑務所の警備員を誘惑しちゃったりします。ここサイコー←これはウソ。

その警備員に液体の金属を打ち込み、それをマグニートがそいつの体から取り出すシーンはエグいけれども、“マグニート、敵ながら天晴れ”っていうシーンです。

ジーンはウルバリンヒュージャックマンといるときは、「ん?彼に魅かれてるんか?」っていう目をしますが、サイクロップスと一緒にいると「やっぱり二人は固い絆で結ばれているよね」って思えちゃう。罪な女。

でも、彼女の葛藤っていうのはこの二人の間で揺れているのではなくて、自分の能力に対する葛藤なんですね。その葛藤だけはサイクロップスにもどうしようもなかったんだなー。それが、彼女の最後の決断にもつながるわけですが、あんだけ強力なミュータントがいっぱいおんねんからなんとかなったんちゃうのー?というツッコミは封印しておきましょう。それが、彼女の選んだ道だったということはプロフェッサーXパトリックスチュワートがきちんと説明してくれるしね。

最後にウルバリンが「ジーンは決めていた。お前だと。」ってサイクロップスに言いますが、「あとから割り込んできた奴が偉そうになんじゃー。」と思ってしまいました。ジーンは揺れてたみたいだけど、なんかウルバリンに言われたのがハラがたった。ウルバリンも好きなんですけどね、ジーンとサイクロップスのことになるとどうしても“この割り込み野郎め”って思っちゃうんです

「3」ではそのジーンが悪者になって蘇るみたいな噂を聞いたし、髪も長くなってて色っぽさ倍増ポスターなどを見るとサイクロップスの扱いが小さいのが気になるけど、「2」でマグニート側に寝返ったパイロも出てくるし、他のミュータントも増えているし、楽しみ、楽しみ。また、見に行ったらUPしますね。

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キンキーブーツ

2006-09-11 | シネマ か行
REEEED!!!

REEEEEED!!!!

REEEEEEEED!!!!!


ババくさいバーガンディなんてSEXの色じゃないのよっ。
アンタたちはブーツを作るんじゃないの、SEXを作るのよっ。

キウェテルイジョフォーが演じるローラはワタクシが今まで見た映画に出てきたドラッグクイーンの中ではおとなしいほうだと思う。強烈なカリスマ性や個性というわけではない。もちろん、毎晩クラブのショーをやっているほどの人だから、魅力的であることは間違いないが、周囲を振り回すキャラクターという感じではない。そういうどちらかといえば、(ドラッグクイーンにしては)落ち着いた感じのローラが感情を爆発させるのがこの場面。いくら(ドラッグクイーンにしては)落ち着いてるローラでも自分の履くブーツの色がババくさい バ ー ガ ン デ ィ だなんて許せるワケがないのだ。

つぶれかけた靴工場の起死回生のために新社長チャーリージョエルエドガードンが思いついたのが女性用のブーツに苦労しているドラッグクイーンたちのブーツを作ることだった。なんていう発想にオドロキなのだが、これが本当の話を基にしてるっていうのだからこれまた2度ビックリである。映画中も何度もセリフに出てくるが“ニッチなビジネス”とはここまで来たかといった感じだ。

この発想そのものが面白いのだから、話のすじも面白いに決まっているのである。その中に、小さなクスクス笑いを入れておいてくれれば、ワタクシたちは2時間幸せに過ごせる。ドラッグクイーンに対して偏見を持つ工場の職人のひとりに「この女性たちが履きたくないブーツなんて俺だって履きたくねぇんだよっ」とローラがタンカを切るシーンも好きだし、ホテルの管理のおばあちゃんにローラは必死で男とバレないようにかつらでごまかしているのに、「アナタ、男?」と素で聞いてくるおばあちゃん。「はい」と答えると、「じゃあ掃除のあと便座はあげておくわね。どっちにすべきか悩んでたのよ」とさらに素で答える、っていうシーンにも爆笑したな。ワタクシとにゃおの他にも劇場で大笑いしている人がいて、笑いやすい雰囲気で余計に良かったな。

チャーリーの婚約者と新しい恋の話はどうでもいい感じで映画として盛り上げるためにお約束としてついてるようなもので、これは目をつぶるとしよう。そして、最後にチャーリーに「君は並みの男よりも男らしい」と言われたローラがドラッグクイーンとしてそんなこと言われて嬉しいの?という疑問が残ったものの、心温まるストーリーに随所に笑いがあって、近年のイギリスコメディの王道を行く作品ということで楽しんじゃいましょう。音楽もイイデスよ。

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X-メン

2006-09-08 | シネマ あ行

なんせ、ウルヴァリンヒュージャックマンの髪型がすごいのだよ。そりゃコミックだもん、当たり前か、クラッカーか。すごいって言ってもなにもドラゴンボールの孫悟空やらスーパーサイヤ人みたいにすごいんじゃなくってなんだか中途半端にウルフなんだかフクロウなんだか、、、みたいな髪型なのよね~。でも好きだけど。ヒュージャックマンカッコいいよー。フランス人(♂)の友達がヒュージャックマンのおかげでフランスでは僕みたいな毛深い男も受け入れられるようになったよって言ってたなぁ。

サイクロップスジェームズマーズデンも好きだなぁ。若いのに真面目なリーダーでねぇ、そのくせ年上の女と付き合っちゃったりなんかして、やるじゃんこのぉって感じなんだよねぇ。破壊光線を調節するメガネを取られて目をグッとつぶってるとこなんてダダッ子みたいで可愛かったし。このジェームズマーズデン、「スーパーマンリターンズ」では帰ってきたスーパーマンにまんまと恋人を取られちゃう男の役だったね。目ン玉からの破壊光線でやっつけてやれば良かったのに。スーパーマンなら跳ね返しちゃうか…なんせ最強だもんなー。クリプトナイト送りつけてやれっ

そして何と言ってもジーングレイファムケヤンセンがカッコイイのだ。ファムケヤンセンっていう名前からも想像つくかもだけど、彼女はオランダ人で元モデルなわけだから当然めちゃめちゃ背が高い。一瞬、ん?ニューハーフって思っちゃう瞬間さえあるのだが、すごく美しくてクールで素敵なのである。

敵役ではトードレイパークが気持ち悪くて嫌いだ。トードっていう名前はヒキガエルって意味なんだけど、カエルが大っ嫌いなワタクシにとってはサイテーのキャラクターなのだ。こいつに関してはストームことハルベリーが「カエルにカミナリが落ちたらどうなるか前から見てみたかったのよねぇ」とぶっ飛ばしてくれたから問題ナシ。

そして、そして実は「何と言ってもジーングレイ」とまで言っちゃったファムケヤンセンよりもさらにさらにカッコイイのが、敵役のミスティークレベッカローミンステイモス。このキャラに敵役ながら惚れた人多いんじゃないかなー。あのしなやかな体、あの変身能力、あの黄色に妖しく光る瞳。そして、強い。レベッカローミンステイモスが完璧なボディでこのキャラのために生まれてきたよう。

別にこれ、キャラ紹介しようと思ったわけではないんですけどね、、、そうなっちゃいました。やっぱ話よりもキャラですね。こういうのは。その点、大成功です。そして、ミュータントの物悲しさとかもちゃんと描いてるし、パトリックスチュワートイアンマッケランという大物も出てて言うことナシ。

あ、やっぱりもう一個。イアンマッケランさん、あなたナイトの称号持ってるサーなのにあんなヘンテコヘルメットかぶっちゃって…そんなお茶目なアナタが好きよ。

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鬼教師ミセスティングル

2006-09-07 | シネマ あ行
成績優秀なリーアンケイティホームズは母子家庭に育ったこともあり、大学に行くために奨学金を取ろうと必死。そんな彼女が親友マリサカフランと体育館で話していると不良の同級生バリーワトソンが最終試験の原稿を盗んできた。リーアンはいらないと断るが無理やりバッグに押し込められ、そこへ鬼教師ミセスティングルヘレンミレンがやってきて見つかっちゃった…大変だ…奨学金どころか卒業を目の前にして退学になる…先生の家にその夜3人でリーアンは無実だと事情を説明しに行くのだが、結局先生と言い争いになり、先生をベッドに縛って監禁してしまう。。。

勢いで起こしてしまった事件をなんとか丸く収めようと奮闘する3人。奮闘すればするほど、深みにはまってしまう。ミセスティングルはもともと陰湿で嫉妬深くいやらしい嫌がらせをしてくるようなオバハン教師。高校生の3人は交代で見張りをしている間にこの陰湿な教師の言葉巧みに仲間割れを誘う作戦にはまりそうにもなる。

ミセスティングルがどうしてこんな陰湿なババアなのかっていうのは語られることはなく、どう考えてもこの3人組のやってることは倫理的にも法律的にも何的にも正しいことではないんだけど、これはアメリカのティーンムービー、そこを忘れてはいけません。あなたも高校生に戻った気持ちで見てみましょう。彼らのやっていることが正しいかどうかではなく、とにかくこの陰湿ババアをやっつけられるかどうか、それが全てなのです。

「スクリーム」「ラストサマー」「パラサイト」といったティーンムービーを手がけたケヴィンウィリアムソン監督の作品ですから、どうすればアメリカのティーンが喜ぶかは十二分に知っています。上に挙げた3作でもそうですが、物語は二転三転、最後の最後までどうなるか分かりません。ラストの展開に納得できるかどうかは人によってかなり違うと思うんですが、ワタクシはまぁ満足しました。リアリティーなんつーものは初めから求めちゃいないからでしょうね。軽く見れてちょっとドキドキできればそれでいいのです。

それにしても、アメリカってティーンムービーがすごーーーく多いですよね。やっぱりこれって子どもから大人まで“映画”というものが娯楽として浸透しているからだと思う。映画好きだとか映画オタクだとかそういうことじゃなくて、ただ、高校生が何人か寄って、さぁ何する?ってなったとき、日本なら「カラオケ?」「マクドでダベる?」「ボーリング?」ってなると思うんだけど、(あ、あくまでもワタクシが学生だったときなので、今の子たちは何になるかは知らないけど)アメリカのティーンの間ではその選択肢の中に、「映画でも見る?今何やってたっけ?」っていうのが入るんだと思うんですよね。それで、みんなで映画に行ってポップコーン食べながらワァワァ言いながら見るみたいなね。

そんなティーンムービーだけど、ヘレンミレンみたいなちゃんとした女優さんも出ててビックリしてしまう。ヘレンミレンって確かイギリス人のはずだけど、普通にアメリカ英語を話してたような…彼女のバックグラウンドを詳しく知らないのだけど、彼女ほどになるとそれくらいはお手のものってことなのかな。

さっきも書きましたが、チープなサスペンスを楽しめる方にはです。
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ワイルドレンジ~最後の銃撃

2006-09-06 | シネマ わ行

センチメンタルケヴィンのセンチメンタルウエスタン

そんなフレーズが見終わった後に浮かんだ。ケヴィンコスナー製作、監督、主演。彼はスポーツとウエスタンを愛するオールアメリカンなセンチメンタル男であることは彼の出演作、監督作を見ればよく分かる。そんなオールアメリカンな正統派ウエスタンであることがウケたのか、アメリカではロングラン上映になったらしい。ケヴィンコスナーなんて終わってるよな、という評価もこの作品でまた少し見直されたか。ただ、日本ではそんなに話題になった記憶はないな。そんなにスーパースターと呼ばれる人も出てなくて正統派ウエスタンとなるとこちらではあんまりウケそうにもない。

話は本当に正統派ウエスタンで(何回もしつこい?)、ワタクシ好みではない。ワタクシはウエスタンはあんまりもともと好きじゃないのだ。悪い奴がいて、いい奴がいて決闘して、バンバンッてーのがあんまりでね。無口で不器用なヒーロー像っていうのもちょっと苦手だし。もちろん、それだけじゃない酒場の雰囲気だとか雄大な自然だとかウエスタンならではの魅力っていうのもあるんだけどね。

ワタクシがこの作品を気に入ったのはケヴィンコスナーがスターの厚かましさを見せずに作った作品に思えたからだ。大先輩であるロバートデュバルを渋く描いているのはもちろんのことながら一番気に入ったのはアネットベニングというキャスティング。ハリウッド映画では男女のキャスティングがどう考えてもおかしいときが多い。40代の男優に20代の女優、50代・60代の男優に30代の女優っていう組み合わせが目立つ。物語の中でその差が意味をもつこともあるだろうし、一般的に歳の差カップルを否定するつもりは毛頭ないけど、そういうことじゃなくて色々な観客層を取り込むためのキャスティングだったり、もしくはもっとストレートに男優側の希望じゃないの?とまで思えるときがある。でも、この作品を作ったケヴィンは欲張らなかった。というとアネットベニングに失礼だな。彼女は十分に魅力的な女性ですよ、ほんと。ただ、ケヴィンがここでいやらしい気持ちで若い女優をキャスティングしていたら、この物語の魅力が半減しちゃったと思うんですよね。でも、彼はちゃんと物語に合った相応の女性を選んだ。そこが、厚かましくなくて好き。

それと、このケヴィン演じるカウボーイがあのケヴィンのちょっとだらしない口元にピッタリのちょっぴりドンくさいような雰囲気が漂ってるのが可愛い。アネットベニングが出してくれた高級なティーカップの取っ手に「指が入らない」と小さな声でロバートデュバルに相談するところは見終わったあとに思い出し笑いをしてしまうほど微笑ましい。

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アイリス

2006-09-05 | シネマ あ行
イギリスの有名な哲学者であり、作家であったアイリスマードックの半生を描いたこの作品。彼女の夫のジョンベイリーが記した回想録を元に映画化された作品。「有名な」などと書いたが、ワタクシ自身はこの映画が公開されるまでまったくアイリスマードックという人を知らなかった。そして、現在に至っても彼女の著書を読んだこともないので「知っている」とは言いがたい。ただ、特に彼女のことを知らなくても彼女の半生を追うこの作品は楽しむことができる。

このアイリスマードック女史は晩年、アルツハイマーにかかり、彼女がもっとも愛した“言葉”を忘れ失っていく…その彼女の辛さと彼女を見守る夫の辛さ。そこにある愛を描くこの作品。

物語は“愛”や“哀しみ”や“辛さ”を大げさに表現しているわけではなく、彼らが出会った若いころと年老いたいま現在の日々のひとつひとつの出来事を重ねながら見せることで彼らの“愛”の深まりや“絆”といったものを丁寧に見せていく。

こういう作品の場合、役者たちの技量というものに作品のデキが大いに左右されるだろう。この作品の出演者の顔ぶれを見れば、それは心配に及ばないことはすぐに分かる。実際彼らはこの作品で数々の演技賞を受賞している。

若い彼らを演じるのはアイリスをケイトウィンスレット、ジョンをヒューボナヴィルである。アイリスは利発で才能に溢れ、奔放で前衛的。そんな女性を演じたら若手(もう“若手”ではないかもだけど…)の中ではピカイチのケイト。性的には奔放であった彼女が心をささげたのはジョンだけであったということもケイトが演じると説得力がでる。

そして、若き日のジョンを演じるヒューボナヴィル。この人、現在のジョンを演じるジムブロードベントにそっくりやん!っーか、ジムブロードベントが若作りして演じてるのかと思ったよ。「またまた無理して。いくら演技派でも…」とか思ったら違う人かいなー、、、いやぁビックリ。そうと分かってからでもにわかには別人と信じがたいのだ。というわけで、彼の場合、演技力うんぬんよりもジムにそっくりのほうが先立ってしまった。これはちょっと他の映画に出ている彼を見てからでないと彼のことは書けないわ。

そして、晩年の二人。アイリスはデイムの称号を持つジュディディンチ。(デイムとはナイトの女性版でイギリス王室から与えられる称号)ジョンは前出のジムブロードベント(ブロードバンドじゃないよ)後半のアイリスはアルツハイマーが進行してしまうのだけど、そのあたりの虚ろな目をした彼女の抑えた演技が素晴らしかった。

この映画は「アイリス」という題名だが、書いたのはその夫ジョンであるから、本当の主役は彼である。ジムブロードベントこそがこの作品の愛の語り部である。アルツハイマーに侵される妻の面倒を見ながら、昔のことを思い出して「夢の中で他の男と寝てるのか」と嫉妬に駆られたり、かたくなに施設に入れることを拒んだり、いつまでも妻のことを「僕の可愛い子」と呼んだりする姿には、胸が熱くなってしまう。

実際には、全ての人がこのような愛に出会うことは難しいことなのかもしれない。でもたとえ、このような愛に出会っていてもこのような人生を送ることはできていない人もたくさんいるんじゃないだろうかという気がする。たとえ、このような愛に出会っても「その愛に生きる」という選択をしなければ、その愛は成熟せずに停滞して朽ちてしまうんじゃないだろうか。もし、そういう人生が理想ならば、恐れずに選択することが必要なのかもしれない。と、なぜだか漠然とジョンベイリーの姿を見ていて感じた。
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13ウォーリアーズ

2006-09-04 | シネマ さ行

総制作費130億円!!!だったらしい。このことをこの作品を見てからネットなどで知ったワタクシは正直、「知らなくて良かったぁ」と思った。そんなこと聞いてから見ていたら「なぁんや」とガッカリしたに違いない。まぁ、ジョンマクティアナンが監督なのだから、制作費は高めってことは映画ファンなら分かると思うけど、この作品に130億円と言われるとそれはちょっともったいないお金の使い方だったんじゃないの?と思う。

が、しかし、それを知らずに見たワタクシは映画の規模や製作者側の期待値を無視して見ることができたので、余計なことを考えずに楽しめた。

まず、原題は「The 13th Warrior」なので、邦題のように「13人の戦士」ではなくて「13番目の戦士」である。どうして、こういう微妙な変え方をするのかなぁ…「13th」っていう感覚が日本語的に伝わりにくいっていうのは分かるんだけど、その13番目がアントニオバンデラス演じる外国から来た大使ってことに意味があったのにな。

北方の地方に左遷された大使が北の民と魔物の戦いに期せずして加勢することになるが、言葉も分からない、大使は詩人であるがゆえに剣の使いかたも分からないというところから始まって、徐々に北の民とも打ち解け共に戦うという物語。

興味深いのはこの北の民とバンデラスの言葉の壁の部分。初めはバンデラスと大使の通訳だけが、英語を話し(設定は英語の国の人間ではなくアラブ地方の国)北の民はバンデラスには通訳してもらわないと分からない言葉を話しています。その後、通訳を置いて13人で戦いの旅に出てから、彼は他の12人が話す言葉を聞いて徐々に彼らの言葉を覚えていきます。その過程の表し方が面白い。初め、彼らの話す言語はバンデラスにとってわけの分からない音の羅列なのですが、だんだん簡単な単語を聞き取るようになっていくのです。映画ではその場面が知らない言語の中にポツポツと英語が混じるという形で表現されます。そして、そのうちバンデラスの理解が深まるにつれて、北の民が英語を話すようになる。これは、彼らがバンデラスの言語を話すようになったのではなくて、バンデラスが彼らの言うことを理解しているんですよ、という意味なのである。ワタクシはこういう演出の仕方を初めて見たので結構興味深かった。

もちろん、言語にしても剣さばきにしても「そんなに早よ上達するワケないやろーがっ」という怒りはあるにしても、その辺りは目をつぶることにした。

物語はそんなに複雑じゃないけど、不必要に派手な演出はなく、抑え気味で渋くキマっているところがなかなかに気に入ったし、13番目の戦士として彼が選ばれたのは、この物語を伝えるためであろうと予想されるのだが、それを予感させる場面として首領ブルヴァイウラジミールクリッヒがバンデラスに「音を描けるか?」と聞くシーンも印象に残っている。普通なら「字が書けるか?」と聞くのが正しいのだろうけど、「字」というものを当たり前に認識していると忘れがちだけど、「字」というものは確かに「音を描いたもの」に違いないのだということを改めて認識させられた。

あと、ワタクシ個人的にはバンデラスよりも首領よりもバンデラスといつも一緒にいる(名前は分からない)戦士が一番好きだった。(上の写真左)

大スペクタクルアクションとは言いがたいが、西洋の伝説といったジャンルがお好きな方にはします。

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