シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

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ワタクシと英語B面~帰国後編 関空の愉快なお客様

2007-03-09 | ワタクシと英語

ブログ管理人の「記事一覧」というところをなにげなく見なおしていたら、この記事を公開しないでほったらかしていたことに気づきました。めちゃめちゃ久しぶりの「ワタクシと英語B面」です。お知らせの通り、映画記事があんまり書けなくなっているので、ちょっと違うことをしてごまかしちゃったりしまーす。でも、今晩「パフューム」を見に行く予定なので、月曜日にまたしますね。(今初めて気づいたけど、ってUPやからアップル?気づくの遅い?)




関空にはもちろん色んな国籍のお客様がいらっしゃいます。今回は細かいエピソードではなく大雑把に国民性というか特徴を分けてみたいと思います。

とにかく声がデカいのはアメリカ人
いい人はめちゃくちゃいい人、怖い人はめちゃくちゃ怖い人と極端なのが韓国人
ボールペン50本とか買ってくのも韓国人
手提げの紙袋の口の部分をぜーんぶテープでびっちーっと留めてほしがるのは韓国人か台湾もしくは香港人(←このワザはTDLに行ったときに使わせていただきました。口を全部ビチーっとテープで留めちゃうとかなり持ち運びやすいです)
やたらめったら、"made in Japan"にこだわるのは中国人
"Thank you."の変わりに"Cheers."と言うのはイギリス人
"Thank you."の変わりに"Ta."というのはオーストラリア人
国籍の欄に"Kiwi"と書くニュージーランド人
国籍の欄に"Scottish"とか"Welsh"とかこだわって書くスコットランド人やウェールズ人
自分はなまってないと思ってるアイルランド人
「北はどっち?」と聞いてくるイスラム教の人
お菓子に何が含まれているか詳しく聞いてくるのはインド人(ベジタリアンだから?)
「グラッチェ」というと「イタリア語喋れるの?」と必ず聞いてくるイタリア人
「メルシー」というと嬉しそうなフランス人
「グラシアス」と言っても無反応な南米人orスペイン人

といった感じでしょうか。当時ポケモンが流行っていたこともあり、
英語圏「ポキモーンズ」
フランス語圏「ポケーン」「モ」にアクセントね。
スペイン語圏「ポケモネス」
とさまざまな「ポケモン表現」を聞けたりもしましたねぇ。

ワタクシが関空で働いていた当時は「ハローキティ」もそろそろ人気が出てきたころで、欧米人でもチラホラ買い求める人が出だしたころでした。日本人は「キティちゃん」というけと海外の人は「ハローキティ」と言っていたなぁ。

ご注意:ここに書いた国民性みたいなものはワタクシの大まかな感想として書いているだけです。全員が全員そうだと言っているわけではありませんので、そこんとこヨロシク

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ワタクシと英語B面~帰国後編 「ありがとう」

2006-07-26 | ワタクシと英語
今日は久しぶりの英語編をお届けします。

英語で「ありがとう」は「Thank you」
んなもん、みんな知っとるわい。
うん。そうですね。でも、この「ありがとう」にもいろんなバリエーションがあるということをワタクシはトロント時代、そしてその後の関空時代に知った。

トロントではバリエーションを学んだわけではないけど、ワタクシが「Thanks」という表現のことを誤解していたことが判明した。
ワタクシは「Thanks」という表現はとてもアメリカ的なくだけた表現だと思っていた。しかし、トロントの英語学校で「シェイクスピア」についての授業があり、そのときシェイクスピアの本の中に「Thanks」という表現が多用されていることを知った。英文学を勉強している人には当然のことかもしれないが、ワタクシには新鮮なオドロキだった。ジェームズは「Thanksはシェイクスピアが造った言葉だよ」と言っていたけど、彼は嘘ばかり言っていたのでそれは本当かどうかいまだに分からない。ただ、シェイクスピアはたくさんの造語を造った人だから、嘘ではないのかもしれない…

トロントのあとに旅行したバルセロナでワタクシはイギリスに留学していてヨーロッパを旅行中の日本人カップルに出会った。彼らと何度か食事をしたのだけど、そのときに「カナダ人も"Thank you"の代わりに"Cheers"と言うか?」と聞かれてこれまた驚いた。ワタクシの知る限りカナダ人は"Thank you"の代わりに"Cheers"ということは絶対になかった。彼らが"Cheers"と言うのは乾杯のときだけだ。

そして帰国後、関空につとめ始め、いろんな国のお客さんと触れ合うことになった。そこにやってくるイギリス人たち。
商品を買って帰りがけに「Cheers」
おぉぉぉぉ、ホンマに言うたーーー!と初めて聞いたときは感動した。

もっと驚いたのは、オーストラリア人の「Ta」(たぁ)
「は?今なんて?“たぁ”って聞こえたけど」と初めて聞いたとき思った。それから何回聞いてもやっぱり“たぁ”に聞こえる。そして、言っているのはみなオージー。「もしかして、この人ら、ホンマに“たぁ”って言うてる?」オーストラリアに留学していた子に聞いてみた。
「あの人らなんて言ってんの?」
「たぁ」
やっぱりそうなん
“たぁ”?なんやそれーーーー
オーストラリアに留学していた子によると「Thank you」の代わりに普通に使うらしい。
マジかよーーー。

その後にゃおとケアンズに旅行に行ったとき、スーパーマーケットで買い物をして勇気を出して言ってみた。
「たぁ」
店員は無反応だった…というか普段通りな感じ。
そりゃそうよな。向こうにしてみたら別に普通のことやもん。別に反応してくれるワケはないか。ちょっとドキドキしながら使ってみた自分が少し恥ずかしかったけど、使えて嬉しかった

同じ英語でも国によって違うのは当然だけど、この「ありがとう」のバリエーションは結構カルチャーショックだったかもー。
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ワタクシと英語B面~留学編 タイ人のチャチャイくん

2006-06-16 | ワタクシと英語

今日は映画はちょっとお休みでひさしぶりに「ワタクシと英語」にまいります。

トロント時代、英語学校で上のレベルにいる子たちに下のほうのレベルの子たちを相手に英語を教えさせようという企画があった。英語に限らず自分が勉強していることを他人に教えるというのは自分にとってもスゴク勉強になるものだ。

というわけで、ワタクシも放課後何人かの子に教えることになった。「文法」「発音」「単語」などそれぞれの子が不得意なジャンルを選んでそれを教える。

何人かいた生徒の中にタイから来たチャチャイくんがいた。彼はとても純情な感じの本当に「微笑みの国」から来た男の子だった。

彼は発音の練習に来ていて、母国語が同じだから苦手な発音もほぼ同じだということで、同じタイ人の女の子と2人いっぺんに教えることになった。

彼らはいくつか苦手な発音があったが、少しずつ練習してひとつひとつ克服していった。のだが、、、ひとつ彼らがどうしても克服できない発音があった。それは「X(エックス)」の発音である。

彼らはどうしても「ックス」という発音ができない。
sixは「シスス」、excitingは「エサイティング」になってしまう。
単独で「ックス、ックス」と発音させるとできるのだけど、「ックス、ックス、ックス、スィックス(six)」と言ってリピートしてもらうと途端に「ックス、ックス、ックス、シスス」になっちゃう。

何日も練習してもそれだけはできるようにならないので、ワタクシは自分の先生であるジェームズに相談した。いつもふざけてばかりの彼はこう言った。

「その子たち、sexって言える?」
「はぁ?多分、言われへんと思うけど…」
「聞いてみたら?そんな言葉なら言えるかもしれへんやん」
「えーーーっあんな純情そうなチャチャイくんにそんなことよう言わんわぁ」
「ふーん。じゃあ仕方ないね」

って、何の役にも立たんかった…

そして、ジェームズとそんな会話をした後の放課後、またチャチャイくんたちと発音練習をしていたが、やっぱりいつまで経っても「エックス」の発音ができない彼ら。それは、彼らの能力のせいではないのだけど、いい加減イライラしてきたワタクシはついに言ってしまった。

「OK, then, can you say "sex"?」
チャチャイくんは「What?」と聞こえないふり。
ワタクシは「Never mind.」とあわてて言ったけど、チャチャイくん、絶対聞こえてた。
だって、顔真っ赤っかやったもーーーん。

そのうち、学校側のなんらかの都合でこの企画は終わってしまい、生徒同士の授業はうやむやなままなくなってしまった。チャチャイくん、今はどうしてるかなー。ワタクシが言ったことはジェームズの差し金よー。もう忘れていてくれることを望む

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ワタクシと英語B面~留学編 ポーランド一人旅⑥

2006-04-20 | ワタクシと英語
というわけで、「ホテルワルシャワ」に帰る日まで滞在できることになり、ホテル騒動は一件落着。

ワルシャワの街のお話を少ししましょうかね。
ポーランドという国はみなさんご存知の通り、第二次世界大戦でナチにコテンパンにやられた国です。チェコ人いわく、“チェコスロバキアは比較的すぐにナチに降参したからあまり街を壊されずに済んだ。でも、ポーランドは抵抗したから徹底的にやられた”と。ポーランド人の受けた傷は深かったけど、きっとナチに抵抗したことは誇りに思っているんだろうなぁという印象でした。というわけで、大昔の町並みや建物がごっそり残っているプラハなどに比べてポーランドの歴史的建造物はごっそり消え去ってしまいました。昔の町並みが残っているのはクラコフくらい。だから、そこは観光客は多いみたい。でも、ワルシャワはいまひとつ観光の街にはなれない。ポーランド全体を見てもやっぱりチェコやハンガリーには観光産業では負けちゃうだろうな…

そんなワルシャワも見るとこがないかというと、そんなこともなく一週間ばかしの滞在期間中いろんなところに行った。誰もが歴史で習う偉人が実はポーランド出身だったりするので、博物館とかが結構あるのですよ。ショパン、コペルニクス、キュリー夫人。それぞれの博物館に行ってみた。全体的にどこもチェコの博物館より狭いけど、その小狭ましいところにとっても整頓されて展示物がならんでおり、順路も分かりやすく、いろんな美術館や博物館に行ったけれど、ポーランドの博物館がどこよりも見やすかった。結構、几帳面な人たちなのかな?

そして、ワルシャワの旧市街。そこはナチに壊された歴史的な建物を全部キレイに再現してある街。第二次大戦以前と直後と再建されたあとの現在の写真が飾ってある。大戦直後は一面焼け野原で何もないのに、以前と現在の写真が時代を超えてほぼ同じなのだ。旧市街と言ってもとても規模は小さいがその風景にポーランド人の誇りを感じた。

旧市街だけじゃなくどこを歩いているときもだけど、さすが敬虔なカトリックの国、法王様が来ているというタイミングのせいもあったと思うけど、アイドルよろしく法王ヨハネパウロ2世のブロマイドが露店でいっぱい売っているのよー。今から考えたら記念に一枚買っとけば良かった?

プラハでウロウロしているときよりもワルシャワの街を歩いているときのほうが人々がなんだかゆったりしていて、なんだかeasy goingというか、同じ首都のはずなのにプラハで感じた都会の人間特有のイガイガ感がない印象を受けました。英語圏では「マヌケなポーランド人」ジョークというジャンルがあって、こういうちょっとポケッとしてるところからそういうジョークのネタにされているのかなーとか思ったりしました。(どうして、「マヌケなポーランド人」というのがジョークのいちジャンルにまでなっているのか真相は知りませんが)こんなゆったりした感じの人たちの中にどうしてあそこまで戦うパワーがあったのかと思ったりもしました。(今現在の彼らがナチに抵抗したわけではないけど、国民性としてね。)反骨精神旺盛な映画とかも多いしね。 

それと、プラハより英語が断然通じない。チェコでは若い人はお店の人とかだとだいたい英語が喋れたけど、ワルシャワでは若い人もあんまり喋れなかった。それで少し困ったけど、ホテルでは通じたし、基本的にみんな親切で道とかを聞くとなんとか助けてくれようとするので英語が通じなくても不便だけど大丈夫でしたね。帰りの切符を買うときの窓口のおばさんがまーーーーったく英語が話せなくて困っていたら「手伝いましょうか?」と英語で声を掛けてきてくれた子もいたし。彼女も天使に見えたなぁ。

あと、なぜかワタクシが歩いていると時間を聞いてくる人が何人もいたんですよねー。腕時計している人が珍しいのかなー???これは今でも謎のままだなー。

ワルシャワのあと、イタリアのボローニャとスペインのバルセロナに行って、ワタクシの留学生活は終わりました。また他の旅のことも機会が見つけて書きたいと思いますが、6回シリーズになるほどドキドキものだったのはワルシャワだけだった、印象深ーい旅でした。
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ワタクシと英語B面~留学編 ポーランド一人旅⑤

2006-04-19 | ワタクシと英語
またその翌日、またしても朝ホテルを出て新しい宿を探さなくてはならない。
ホテル探しに歩いていると、一人のおばさんが英語で声を掛けてきた。ワルシャワではホテル以外であまり英語が通じなかったので、つい受け答えした。

「ホテルを探しているの?」
「はい」
「おばさんね、民宿やってるのよ。いっぱい学生とか泊まりに来るの。あなたも来ない?」と、名刺みたいなものを差し出してくる。
「はぁ…」(えっ?なんか怪しくないか?ん~、人の良さそうなおばさんやけど…こんないい話に騙されて付いて行って身包みはがれたらどうする?でも、ホテルないしなぁ。どうしよ。)
「あの橋の向こうよ」
と、おばさんが指したところはガイドブックにその橋の向こうは危険な地域だから行っちゃいけないと書いていたとこだった。
「いや。いらないです。」(あかん、あかん。あの先は行ったらあかん
「そう?じゃ、ホテルが見つからなかったら連絡してちょうだい」
と、ワタクシに名刺を渡しておばさんは去った。
案外、あっさり引き下がったもんだ。まぁ、本当はただの親切な民宿のおばさんだったのかもしれない。けど、不用意に付いて行かなくて正解だと思う。

その後、安くてまぁまぁキレイな感じだったので「ホテルワルシャワ」というところに入った。フロントでは相変わらずぽーぷが…と言われたがシャワー付きの部屋が空いていた。昨日、泊まったところよりもさらに安い。それに値段の割には汚くないし、朝食も付いていた。それでも、もう少し安く泊まれるならとシャワーは共同を希望したがいまはいっぱいで、空いたら明日かあさってに部屋の移動をさせてくれると言う。

次の日の朝、朝食を取りに行った。貧乏旅行であまりマトモなものを食べていなかったワタクシにはただのソーセージとタマゴとパンとジャムがすごく嬉しかった。そして、何よりも嬉しかったのは紅茶だった。ヨーロッパでは熱い飲み物も普通のコップに入ってくることがある。そこでも、多分ただのティーバックからの紅茶が昔のサントリーのビールのコップみたいなのに入ってきた。しかし、これが、もう。うま~い涙が出そうなくらいおいしかったワタクシはその紅茶をむさぼるように、かつ、いとおしむように飲み、ウェイトレスのお姉さんに「これはおかわりできる?」と聞いた。「えぇ、でも、無料ではないわ」と言った。少し迷ったが、このただの紅茶をワタクシはおかわりした。2杯目はすごく贅沢な味だった。

2日後くらいの朝、フロントでシャワーがついていない部屋が空いたから移動してと言われたので、荷物を持ってフロントに行くと、さっきのは手違いだと言う。やっぱり元の部屋に戻ってくれと頼まれ、シャワー付きがやっぱり快適やなぁと思っていたワタクシは快く引き受けた。そして、自分の部屋に上がろうとするとおじいちゃんのポーターさんが荷物を持ってくれた。どうやら、ワタクシを新規の客と勘違いしているらしい。ま、いっかと思ってそのおじいちゃんポーターに荷物をもってもらって部屋へ。この部屋はワタクシがもともと使っていた部屋だからベッドメイクもしてないし、少しだけどちらかった状態だった。それを見ておじいちゃんポーターはパニック英語が話せないらしく、頭を抱えてポーランド語でどうやら一生懸命謝っている。そして、いますぐベッドメイクさせるからちょっと出て待ってってくれないか。みたいな感じのことを必死で汗もかかんばかりに言っている。「いやいや、あのね、この部屋にワタクシ泊まってるのよ。これはワタクシが汚したのよ。だから、大丈夫やから。ここはワタクシの部屋なのよー」というのをワタクシも一生懸命英語で言ったけど、おじいちゃん、英語はワカラナイ。でも、どうやらワタクシが別にいいからと言っていることだけは分かってくれて、謝りながら出て行った。多分、案内された部屋がちらかっていたのに、快く許してくれたキトクな日本人と思われたんやろうなぁ。
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ワタクシと英語B面~留学編 ポーランド一人旅④

2006-04-18 | ワタクシと英語
さて、翌日である。実質ワルシャワ一日目。マリオットホテルの部屋を出て新たにホテル探し。地図を購入し、手ごろな値段で小ぎれいなホテルを探す。ワタクシは全然キレイ好きじゃないけど、不潔なところは嫌いなもので。

手ごろそうなホテルに当たってみた。
「空いてますか?」
「あなたねぇ、ホテルを探してるの?ないと思うわよー、こんな時に。なんてったってPopeが来てるんだから。いま、ワルシャワにはポーランド中、いえヨーロッパ中から人が来てるのよ。」
「ぽ……ーぷ?」(ぽーぷてあの?Pope?Popeって法王やろ?あの?
ヨハネ?パウロ?2世???
「そうよ、Popeよ、ほ、う、お、う、さ、ま

ワタクシはよりにもよって、法王様と同じ時期にワルシャワに来てしまったのである。ポーランドは敬虔なカトリックの国。法王見たさにたくさんの人がワルシャワに押し寄せていた。これか、昨日のカンファレンスの人たち。そういえば神学博士とか名札付けてる人いたなー。

ガーンホテル、見つかるやろか…
そんな不安を引きずりながら何軒かのホテルを訪ねたがやはり満室。しかし、あきらめるわけにもいかず探し続けた。どこへ行っても「Popeが…」と言われ、もういい加減知っとるわい、こんな時に来たワタクシが悪うござんしたねぇという気になっていた。

しかし、何軒目かは忘れたが、比較的疲れが出たりする前に部屋の空いているホテルが見つかった。

「一部屋だけ空いています。それも今日だけなら。なんせ…」
あぁぁぁぁ、みなまで言うな。
「あー、ぽーぷが来てるんでしょ?」
「あ、ハイ」
「いくらですか?」
「○○です」←いくらやったか忘れたけど、数字だけ言われた。
「それはアメリカドル?」前日で懲りていたワタクシは用心深くなっていた。
「いえいえ、ズヴォティ(ポーランドの通貨ね)ですよ」向こうは“とぉんでもない”というように言った。

とりあえず、今日の宿は確保して明日はまた朝からホテル探しかぁ…でもま、今日の宿は見つかったしよしとしよ。

というわけで、ホテルも見つかったしと思って観光へ。ワルシャワの旧市街なんかを見て回ったりした。
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ワタクシと英語B面~留学編 ポーランド一人旅③

2006-04-17 | ワタクシと英語
さて、ホテル探しである。
「ホテルは現地でなんとかなるやろ~」と軽~く考えていたワタクシはいきなりガーンと頭を打つことになる。19時前くらいのポーランド。薄闇が襲ってきていて暗くなりつつあった。いったん、暗くなり始めると早いものである。ワルシャワ駅から地上に出たワタクシは「暗いよ~、恐いよ~、女がいないよ~」あ、いやいやもとい、「暗いよ~、恐いよ~」で荷物を抱えたまま夜のワルシャワをさまようことをあきらめ、一旦地下街に戻った。しかしである。「ワルシャワ駅の地下街は危険」どこかにそう書いてあった。ワタクシは急いで唯一知っていたワルシャワ駅と直接つながっているホテルへ。ホテルマリオットである。ホテルマリオットと言えば高級なホテル。でも、ここはポーランド。高いって言ってももしかしたら安いかも。な~んてあま~い希望を抱きつつフロントへ。

「部屋は空いてますか?」
「いえ、あいにく一人用のお部屋はいっぱいで。ダブルの部屋なら空いています」
(さすが、高級ホテル。英語が問題なく通じる!)それだけでも小躍りしたい気分なワタクシ。
「そこでもいいです。おいくらですか?」
「350ドルです」
「ド、ドル?アメリカドル?350アメリカドル?」
「はい。さようでございます。」

迷った。350ドルって…痛すぎる。貧乏旅行しようと思ってたのに…他のホテルを探すか…?し、しかし、外界は恐すぎる。
旅慣れている人が聞いたら笑うだろうが、なんせ、初めての一人旅である。こわかったんだよ~350ドル出すか、あの漆黒の闇(おおげさ)に放り出されるか…
背に腹は代えられん。命には代えられん。(おおげさ)
350ドル…払うことにした。あ~頼りになるVISAカード、命の恩人VISAカード
今日のところはここに泊まって明日昼間に安いホテルを探せばいい。

というわけで、一日だけホテルマリオットのキングサイズなベッドに寝た。しつこいようだけど、350ドルも払ったんだからどうせなら満喫してやろうと、入浴剤を盛大に使い、タオル類もいっぱい使ってやった。あ~つくづく貧乏性

ちょっと暇なのでホテル内のお店でも見ようと思い、ロビーへ降りるとなんかのセミナーだか、カンファレンスだかに集まっているようなお堅い感じの人たちが男性女性入り混じってたくさんいた。大きなホテルだものー、そんな用途にも使われているんだなぁなんてなんとなく思っていたが、それがなんの集まりだったかはのちのち分かる。

ちなみにワタクシはバックパッカーよろしく汚い格好でそんなホテルをうろついていたものだから、そのカンファレンスの人たちにはジロジロ見られるわ、お店の人には「こちらにお泊りですか?」と聞かれるわで恥ずかしい思いをしてしまい、早々に部屋へ引っ込んだ。
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ワタクシと英語B面~留学編 ポーランド一人旅②

2006-04-14 | ワタクシと英語

天使が降りていったあと、コンパートメントにあのおばさんが戻ってきた。いくら「ほっとけばいい」と言われていても、初めての一人旅で英語の通じないところでガンガン文句を言われたのである。そのおばさんが帰ってきてワタクシの体はこわばった。

しかし、今度はそのおばさん、ワタクシには目もくれずに旦那さんと喋っていた。「なんやねん、このおばはん…。ま、でもおとなしくしといてくれるんやったらええわ」とワタクシはただひたすら窓の外を凝視していた。「とにかく早く着いてくれ」

そうこうしていると、コンパートメントの前に売り子さんがやってきた。すると、さっきのおばさんの旦那さんがワタクシに何やらまたポーランド語で話しかけてきた。ウォッカを飲むかと言っているらしい。断るのも妙に恐かったので、「OK」と言い、けどストレートでウォッカなんか飲んで寝込んでしまって泥棒されてもたまらないと思い、(実際そういう手口の泥棒がヨーロッパの電車ではいると聞いていたから)「一緒にコカコーラもいる」と言った。「ストレートで飲めよ」とおじさんは言っていた(らしい)が、ワタクシがかたくなに「コカコーラで割る」と言い張ると、おじさんはコカコーラも買ってくれた。

なぜかさっきまでワタクシに文句を言っていた夫婦とワタクシは一緒に飲むことになっていた。なんのこっちゃ…ワタクシは展開がまったく読めなかった…

みんなで「カンパーイ」(ポーランド語で)
ワタクシはチェコ語で「乾杯」を何ていうか知っていたので、それとそっくりなポーランド語の「乾杯」の意味は分かった。おじさんに「君は英語で言いなさい」と促されて「Cheers」と言ったらおじさんたちは嬉しそうに「Cheers」と繰り返した。

その後おじさんと通じないながらもポツポツと話をした。
おじさん「ロシア語話せる?」(東ヨーロッパの社会主義時代の人たちの第二言語はロシア語だ)
ワタクシ「ニエ」(ポーランド語でno)
おじさん「ドイチュ?」(ロシア語がダメならこの世代のその次のメインの言語はドイツ語だ)
ワタクシ「ニエ。アングリツキ」(「英語」という意味)
おじさん「あー、アングリツキ~」(いかにも残念そう)

この後、ヤポンツコ(日本)から来たとか、おじさんの息子がワルシャワで働いてるから今日会いに行くんだとかくらいのことをちょぴっとだけ知っているチェコ語とドイツ語と英語を使って話した。しかし、この辺りでお互いに理解できる範囲は終了する…

それ以降はお互いに話せることもなくただひたすらウォッカを飲み、しかし、ワタクシはそれでもやっぱり酔っ払って寝てしまっては絶対にいけないと気を張って、トイレに行く時には荷物をごっそり全部持っていった。

そのおじさんたちには本当に何の悪気もなく、ただ純粋に息子に会いにワルシャワに来ただけだということはホームで息子との再会を喜ぶ姿を見るまでは信用できなかった。ホームで彼らを探し、「ジェンクイン」(ありがとう)と握手を交わして彼らと別れた。息子に会った彼らはワタクシのことなぞもうどうでもいいといった感じがして、(当たり前だけど)なんか寂しい気持ちになったが、「さて、ホテル探しっ」と自分の道を行ったのであった…

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ワタクシと英語B面~留学編 ポーランド一人旅①

2006-04-13 | ワタクシと英語
だんだん「ワタクシと英語」というカテゴリーから離れてきたけど、ま、いっか。

トロントでの留学期間が終わり、ワタクシはルームメイトの国チェコに一緒に行ったどうせなら、この帰りにヨーローッパを少し回ってこようと考えたのだ。ワタクシにはたいして計画もなかったけど、チェコに行くのなら隣の国ポーランドに行くのもいいなぁとおぼろげに考えていた。理由はやはり映画で、ポーランド人のクシシュトフケシロフスキーという監督がワルシャワを舞台によく映画を撮っていたので、ワルシャワに行ってみたいと思った。ポーランドなら一番昔の町並みが残っているクラコフに行くのが普通らしいが、ワタクシはケシロフスキー監督のワルシャワを見たかった。

ワルシャワへはプラハからプシェロフというところで乗り換えて、電車で、ん~何時間くらいだったかなー。朝早くでて19時くらいに着いた気がする。

プシェロフまでのワタクシは非常にゴキゲンだった。なんせ6~8人用のコンパートメントに独りっきりである。ボヘミアの牧歌的な風景を眺めながら、ウォークマンから流れる曲を大声で歌っていたりしたお~、こりゃ楽チン、楽チン。とのんきに構えていた。

プシェロフでワルシャワ行きに乗り換える。その電車が来るまで1時間以上は待ったように思う。トイレがいかにも東ヨーロッパのトイレで紙代を取られてなんだか恐かった。ここのホームでたむろしている男の人たちも意味もなくこわかった

ちょっぴり心細くなりながらも、次の電車が来て乗り込んだ。今度はさっきとは違ってコンパートメントはいっぱいだった。

そこで自分の席に着くとまもなく、ワタクシの向かい側に座っていた中高年の夫婦の奥さんのほうがワタクシに向かってギャーギャーと何やら文句を言い始めた。どうやらポーランド語らしかったが、ワタクシの顔のすぐ前で人差し指を激しく振りながら明らかにワタクシに対して文句をがなりたてた。ワタクシはワケが分からず、英語で「何ですか?」とか、「ポーランド語は分かりません」とか言ったが、相手が英語が喋れないのだから何の意味もない抵抗だった。その奥さんは旦那さんにもガーガーと文句を言っていたが、その内容はワタクシに対する文句っぽかった。

そのおばさんの言うことはまーーーったく理解できなかったけど、よくよく観察しているとどうもその席にワタクシが座っていることが気に入らないらしかった。「ん?もしかして、ワタクシ間違った席に座ってる?」と思ってチケットをチェックしたが合っていた。

そこで、次におばさんががなりたててきたとき、英語で「ここはワタクシの席です。間違ってません」と言ってチケットを見せた。おばさんは「ふんっ」って感じでコンパートメントを出て行った。

なんのこっちゃー。なんでワタクシが怒られなあかんねーん。と思いながらもひっじょーに恐かったワタクシはとりあえずおばさんが出て行ったので「もう帰って来んといて」と祈っていた。

その時、隣から英語が聞こえた。「あのおばさん、酔っ払ってワケ分かんないこと言ってるのよ。ほっとき、ほっときー」と隣の若い女の子がワタクシに言った。この時の彼女が天使に見えたということは言うまでもない。

当時まだタバコを吸っていたワタクシは、少しほっとしてその子に「タバコ吸っていいかな?」と言ったら「ここ喫煙車よ」という答えが返ってきた。その当時、ヨーロッパはまだ喫煙天国であった。喫煙車に乗って「タバコ吸っていいですか?」なんてご丁寧に聞く奴はどこにもいない。当然、吸っていいに決まってるやんって感じだった。

その子に「ワルシャワまで行くの?」と聞くと、「いいえ、次で降りるわ」と、、、

えーん最後までいてよー。こわいよー。と思ったが言えるはずもなく、彼女は次の駅で「じゃあね」と爽やかに降りていった。この時の彼女の後ろ姿はいまだに覚えている。天使に見放された瞬間だった。
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ワタクシと英語B面~帰国後編 偉そうな人たち

2006-03-29 | ワタクシと英語

ワタクシの友人でも、ブログを通してのお友達でも“にゃおとの日常”や“ワタクシと英語”のジャンルをもっと書いてとおっしゃる方が多いので、今日はひとつ書いてみました。楽しみにしてくださる方が多いようなのでこれからも書いていきたいと思います。

とか言いつつ今回の記事は英語には関係ないです。ごめんなさい。
今日は、関空で出会った偉そうな2つのグループを紹介します。

1、飛行機会社の人間が偉そうだ。

ワタクシが働いていた店ではよく行列ができることがあった。その行列をすっとばしてツカツカとカウンターにやって来る人がいる。日本の航空会社の人だ。2社しかないのではっきり書くが、、、たとえばこんなふう。

JAL:「JALですけど」 (でたーっ!このいきなりの宣言)

ワタクシ:「はぁ、、、何でしょう?」 (分かっているがわざと言うワタクシ)

JAL:「JALですけど」 (それはさっき聞いた)

ワタクシ:「はい。何か?」 (だから、何やっちゅうてんねん)

JAL:「あのーうちのお客様を先にお通ししてくださいませんかねー。うちの手違いで、、、」     (お前さんらの尻拭いをこっちにさすな。関係ないんじゃ)

ワタクシ:「みなさま、同じように並んでいただいておりますので後ろへどうぞ」 (笑顔で刺す)

JAL:「あの、JALなんですけど」 (だから、それはさっきからなんべんも聞いてるっちゅうねん)

ワタクシ:「それが、、、?みなさま、同じように並んでいただいておりますので」 
(さっさと後ろ行かんかい。みんな順番に待っとんじゃ、ボケ)

お姉ちゃん、明らかに不満そうに後ろへ、または利用せずに去っていく、、、そして、後から上の人間にチクったりしやがる!

ワタクシはそのお客さんが何かかわいそうな状況にない限りは絶対に先に通したりはしてやりませんでした。ワタクシが雇われていた上の者は先に通してあげてっていうスタンスやったけど、ワタクシはそんなこと許せなかった。みんな順番待ってんのに。しかも、自分らの手違いの尻拭いに使うし。

しかも、自分とこのお客様~ってヘーコラするくせに、海外の車椅子のご老人に英語を喋れないスタッフとかを平気でつけて、ワタクシたちに通訳させるし、全然客のことなんて考えてへん。ふざけんな。

2、ビジネスクラスの人間が偉そうだ。

ビジネス:「僕、ビジネスクラスなんだけど」 (でたーっ!このいきなりの宣言)

ワタクシ:「申し訳ございません。ワタクシどもでは特別なサービスはございませんので」 (あくまでも笑顔。それがどうした、ボケ)

ビジネス:「えっ、何もないの?ふーん」 
(何にも買えへんのかい。おとといきやがれ)

とか言ってねー、その後航空会社にうちの店で無礼を受けたとか言いつけやがって。何も無礼なんかしてへんやんけ。しかも航空会社も航空会社でうちの店に何ともならんのかとか言いやがって。お前さんらとは関係ない店なの。あんたらには普通より高いお金払ってるかもしれんけど、うちらには何も払ってないでしょうが。

不思議なことに、同じ高いお金を払っていてもファーストクラスの人は偉そうじゃないんですよ、ファーストクラスの人は。偉そうなのはいつもビジネスクラス。ファーストクラスに乗れない人間が偉そうにしてんじゃねーよ。こちとらビジネスクラスにも乗れんけど、、、って全然言い返せてない、、、けど、本当にそうなんですよ。ファーストクラスに乗るほどの人はねぇ、人間できてる人が多いっすよ。小金持ちたぁ一味違うね。

、、、なんかボヤキ(ひがみ?)になってしもた。もちろん、飛行機会社の人でも、ビジネスクラスの人でもいい人はいましたよ。いっしょくたにしてごめんね。あくまでも一般的にこういうことがあったということで苦情は受け付けません。

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ワタクシと英語B面~留学編 国民性的ジョーク

2006-01-20 | ワタクシと英語

英語学校での授業では面白い題材を使うことも多くあります。
とある授業でいろんな国の人たちを題材にしたジョークを習いました。
それは、もちろんステレオタイプなものだけど、一般的に世界の人はここに登場するそれぞれの国の人たちのことをどう見ているかというのがよく表れているジョークです。


船に乗っていて、一人の乗客が海に落ちてしまいました。その人を助けに飛び込ませるために、あなたが飛び込ませようとする相手が、

イギリス人ならこう言いなさい。
「飛び込めよ。それが紳士のすることだろ?」

ドイツ人ならこう言いなさい。
「飛び込めよ。命令だ」

イタリア人ならこう言いなさい。
「飛び込めよ。ここで飛び込むのは違法なんだって」

日本人ならこう言いなさい。
「飛び込めよ。あとからみんなも飛び込むって言ってるよ」

アメリカ人ならこう言いなさい。
「飛び込めよ。ヒーローになりたいだろ?」

カナダ人ならこう言いなさい。
「飛び込めよ。あそこにいるアメリカ人は飛び込まないって言ってるぜ」


どうですか?結構うまく国民性を表してると思いません?イタリア人のなんかはスペイン人にも使えそうだな、とか、フランス人ならイギリス人は飛び込まないらしいよ、とかちょっとした応用もご自分で考えてみられたらちょっと面白いかもですね。

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ワタクシと英語B面~留学編 カナダ人vsアメリカ人② カナディアンジョーク

2006-01-19 | ワタクシと英語
アメリカ人を揶揄したカナディアンジョークですが、ワタクシ正直申し上げましてほとんど忘れちゃいました。「紹介します」なんて言っておいて、すみません

今日はワタクシがかなり好きですごく覚えているひとつを紹介いたします。


"How do you call people who speak three languages?"
"Trilingual."
"How about people who speak two languages?"
"Bilingual."
"Right, then. How do you call people who speak only one language?"
"I don't know."
"AMERICANS!!!!"



カナダ人にしてみればカナダ人は英語を話すけど、地域的にフランス語圏もあるし、英語は母国語だけど英語が世界語でその他の言葉を習う必要がないとは思っていない。一方、アメリカ人には就学心っつーもんがない。英語は世界で通じるから他の言語に興味すらない、、、っていうわけでアメリカ人をジョークのネタにしているわけですねー。ジョークの分からないアメリカ人には披露しないでくださいね。ジョークの分かる人なら笑い飛ばしてくれるかもです。いや、危険か。

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ワタクシと英語B面~留学編 カナダ人vsアメリカ人①

2006-01-12 | ワタクシと英語

カナダ人はアメリカ人とは違う。彼らはよその国の人からアメリカ人と同一視されることを嫌う。まぁ、そりゃそうだわな。だってアメリカ人じゃないもん。ワタクシたち日本人だって韓国人や中国人と全部いっしょくたに見られてるのはイヤだもんね。あちらさんだってそうだろうし。
あくまでも一般論だけど、アメリカ人に比べるとカナダ人は少しシャイ。エレベーターで急に知らない人に話しかけられたらちょっとびっくりするなぁっていう感覚を持っているらしい。そして、カナダ人が自分たちをアメリカ人と比べるときに好んで使う言葉は"polite"だ。うん。確かに。それは感じる。カナダ人はとても"polite"な人たちだ。(すべてあくまでも一般論ですのであしからず)

カナダ人はアメリカ人に敵対意識を持っているというか、貿易、文化、政治どれをとってもお互いになくてはならない存在だということは自覚しているが、「お友達」としてはいいんだけど、カナダ人いわく、「僕らのBIG BROTHERだと思ってやがる」ところが気に入らんらしい。うん、そりゃ分かる。ワタクシも日本がアメリカのポチなのはイヤだもん。アメリカがくしゃみしたからって日本が風邪引くのはイヤだもん。

そこで、カナダ人はアメリカをなんとかコキ降ろそうとする。たとえば…

1、アメリカを"evil country"(悪の国)と呼んでみたり、
2、アメリカが地図上でカナダの下にあることから"country down below us"(僕らより下の国)と呼んでみたり、
3、アメリカ人スタッフが何か失敗すると、"It's OK. She's American. She just can't help it"「いいよ、仕方ないさ。彼女アメリカ人なんだから」と言ってみたり、
4、アメリカをネタにしたカナディアンジョークは後を絶たない、、、なぁんてことがありますねぇ。3番なんかはとても悪意があるように感じますが、本当は仲がいいからこそ、冗談の範囲で笑い合えることです。

一方でカナダ人は自分たちが気に掛けているほどアメリカ人が自分たちを意識していないと分かっているようで、カナダのTV局がやっているとても自虐的な番組があって、それがかなり笑えました。アメリカ人がいかにカナダのことを知らないか、カナダのことなんて気に掛けていないかを暴露するんです。こんな感じで、、、

アメリカ人に突撃インタビュー
カナダ人:「今度、カナダのどこどこ(かなり都会の都市名)に初めて電気が通ったんですが、ご存知ですか?」
アメリカ人:「いや、知らなかったよ」
カナダ人:「どう思われます?」
アメリカ人:「いやー、そりゃ良かったねぇ。カナダってほら、そういうの遅れてるから大変でしょう。がんばってねぇ…」

なぁんてクソ真面目にやっちゃってます。まぁ、世界中どこでもお隣さん同士は一番の友だちであり、一番のライバルでありってとこが多いし、それよりももっと深刻に争ってるとこも多いし、世界中では当たり前のことなのかもしれませんね。

また、別の記事でカナディアンジョークを紹介したいと思います。

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ワタクシと英語B面~留学編 トロントというところ

2006-01-11 | ワタクシと英語

留学編は壮大なことになってしまうと思うので思い出したとこからポツポツと書きます。なのでまとまりのないものになるとは思いますが、よろしくです。

トロントというところは「モザイクシティ」と呼ばれている。世界でも有数の他民族シティで、ニューヨークよりも多彩な民族が同居している。なぜ「モザイク」かというと、他の他民族シティでは「中華街」「イタリア人街」「コリアン街」…とそれぞれがコミュニティを作って固まって生活しているのに比べて、トロントではいろいろな民族がモザイクのように入り混じって生活しているというのだ。それでももちろん「中華街」はあるし、ある程度固まって暮らしている民族はいるんだけど、他の都市に比べるとはるかに混ざり具合が激しいのである。

というわけなので、見かけが完全に日本人、インド人、ヒスパニック系だけど、カナダ生まれのカナダ育ち、英語しか喋れませーん、と言う人がゴマンといる。つまり、ワタクシたちがトロントの町を歩いていても留学生だとか、観光客だとは思ってもらえない。つまりは、「日本人っぽいからゆっくり話しかけてあげよう」という感覚がトロントの人たちにはない。むしろ、そうすればネイティヴスピーカーに当たってしまって失礼なことになっちゃうというわけだ。

その特別扱いしてくれない状況がワタクシにとってはすごく良かったと思う。誰もゆっくり話しかけてくれないのだから付いて行くしかないし、ネイティヴのスピードに慣れるのも早くなるわけだし。それに、移民一世の人たちともなるとカナダ人でありながらワタクシよりもつたない英語を話す人なんかもいて、気後れすることがなくなった。

トロントはかなり治安のいい町で、バスは24時間走っているので深夜までクラブとか行っててもバスで帰れるし、特に危険を感じることはなかったです。カナダでは路上でお酒を飲むのが禁止されているし、欧米では酔っ払うという行為が恥ずかしいというか酔っ払いに対する許容範囲が日本に比べて非常に狭いので、酔っ払って変なことする奴はすぐにガタイのでかい警備員におん出されます。変なことって極端に大声で騒ぐとかなんですよね。日本のサラリーマン、大学生諸君がフッツーに毎日のようにやっていることです。ワタクシはお酒は好きだけど酔っ払いは大嫌いなので、そういう環境が好きでした。

けど、カナダ全体が未成年の飲酒や喫煙に厳しく、それをさせたお店は営業停止になるので、店側も当然厳しく、明らかに大人でもIDを見せさせらることが。しかも、ワタクシ東洋人。当然若く見えちゃうわけです。いつもID持参だったんですが、ある日IDを忘れて友だちの買ったビールを飲んでいたら警備員に注意された。その後、警備員が見ていないと思ってまた飲んでいたら、その友だちと共につまみ出されちゃいました。トホホ。いや、ワタクシが悪いのよ。そうよ、そうよ、そうなのよ。それは分かっているけれど、、、むなしかった、、、今思えばいい思い出ですけどね。当時は恥ずかしかったなぁ。

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ワタクシと英語B面~短大編

2005-12-27 | ワタクシと英語

短大時代のホームステイのこぼれ話を少し。

1ヶ月のホームステイの中で楽しかったのは、やはり学校よりも週末のおでかけだった。マイナーリーグ、パウトケットレッドソックス(ボストン郊外なのでレッドソックスの3Aのチームのホームグランドが近くだった)の観戦に行ったり、ボストンに出かけたり、映画に行ったり、湖に泳ぎに行ったりした。

英語学習の上では"should have"をマスターしたことを強く覚えています。本当に他愛もない話をアリーたちとする中で「~しとけば良かった」っていうセリフってよく使うんですよね。そういえば日本語でも友だちとかと喋ってるときによく使うなーって再認識したフレーズでした。

それから文化的には、アメリカは銃社会というイメージがあるけど一般家庭に銃がごろごろと存在しているわけではないということ。ワタクシが行ったような田舎町ではそういう都会から押し寄せてくる子供たちへの悪影響の波をPTAが必死で食い止めようと頑張っていることなどを肌で感じた。

日本語をあまり話したくなかったワタクシは日本人の子達とあまり群れなかったので、クラスでは少し浮いていた。けどワタクシはそれでも良かった。日本人の友だちを作るために行ったわけじゃなかったから。それでも何人かは仲良くなった子もいた。

帰ってきてから1~2年はホストファミリーとも日本人の子達とも連絡を取り合っていたのだけど、もともと不精なワタクシの性格と今みたいにメールとかが一切なかったこととアメリカ人の筆不精(自分たちで言っていた)などなど色々重なって、結局いまはもう連絡を取っていない状態になってしまった。帰るとき、「また来るよ」と約束してホストファミリーの家の鍵をプレゼントしてくれたことをたまに思い出してはちょびっと心が痛むけど、もう引越ししてるだろうし、毎年短期留学生を受け入れていたから、向こうにとっては大勢のうちの一人に過ぎないだろうなーとか考えたりもする。

それでも今になってもボストンと聞くと何か懐かしいような気分になったりもするなぁ。。。ちゃんとマメにやり取りしていれば良かったなぁとポツリと思ったりすることもありますねぇ。。。

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