電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
日本の歴史、伝統、文化を正しく次世代へつなぎたいと願っております。
その願いを実現するために有効と思われる記事を書きためてきました。
本ブログは19年に及ぶ私の記憶データを収納した貯蔵庫(ラヤ)です。
あなたの気になるキーワードをブログ内検索してみてください。
ユングが唱えた「集合的無意識」を顕在化できるかもしれません。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き本来の日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する。
( 心が臨界質量を超えるとは → http://tinyurl.com/5kr6f )
( 東京裁判史観とは → https://tinyurl.com/ugz9qah )
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《 注目の論点 》
★GHQの日本占領――渡部昇一
★ドイツではなぜ共産党は違憲なのか――福冨健一
★ポツダム宣言受諾――渡部昇一
★マッカラム覚書――ロバート・B・スティネット
★「平和に対する罪」――中西輝政
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トリニティカレッジには、ありとあらゆる分野の人が所属しています。食事の際には、ハイ・テーブルに集まった教授たちが、それぞれの専門など気にも留めずに、自由に議論する姿が見られました。各分野を代表するような研究者たちが、一緒に食事をしながら、大変高度な議論をしているのです。これは、残念ながら日本の大学ではまったく見られない光景です。
◆トリニティカレッジの思想は「変人であることの自由」です
「脳を活かす勉強法」
( 茂木健一郎、PHP研究所、p150 )
僕はかつて、イギリスのケンブリッジ大学にある「トリニティカレッジ」で学んでいました。ケンブリッジ大学はかつてニュートンが学んだところとしても知られています。この大学の中には31のカレッジがあって、僕の通っていたトリニティカレッジはそのひとつです。
トリニティカレッジには、ありとあらゆる分野の人が所属しています。食事の際には、ハイ・テーブルに集まった教授たちが、それぞれの専門など気にも留めずに、自由に議論する姿が見られました。
そもそも自分と同じ分野の学者などは、近くには座っていません。
自分は物理学が専門で、隣は数学の専門家。その隣にはイギリス文学がいるかと思えば、その向こうは政治学、こちらは歴史学、というように「人類の知」という多様で豊かな森の中で、さまざまな活動を行っている。
各分野を代表するような研究者たちが、一緒に食事をしながら、大変高度な議論をしているのです。これは、残念ながら日本の大学ではまったく見られない光景です。
美しいチャペルのようなダイニングホールで、まったく違う分野の教授たちが、生き生きと、とても自由な論議を繰り広げている光景を見て、「ああ、この環境があるから、ノーベル賞受賞者を81人(うち、卒業生の受賞者は59人。2005年10月現在)も輩出しているのだなあ」とはっきりと悟りました。
トリニティカレッジの雰囲気から伝わってくる思想は、「変人であることの自由」です。
そもそも、ケンブリッジでは格好がよくてはだめなのです。ぱりっとしたスーツを着て歩いている人は、「あいつはどうせ普通の人だろう」とバカにされる。
逆に、穴が開いたセーターを着ている人がぼろぼろの自転車に乗って、カレッジの中をキーコキーコと走っていたりすると、みんなが「ああ、あの人はきっと偉い学者に違いない」と敬仰(けいぎょう)のまなざしを送る。
そこに集まってくる人たちは普通の人が少ない――というより、変人しかいません。そういう場所なのです。
ではいったい、変人とはどういう人のことを指すのでしょう。実は、これも天才と同じことがいえます。変人は変人として生れてくるのではありません。
何かの行動に対してドーパミンが大量に放出され、それによって強化学習が成立する。このサイクルが暴走してしまい、人とは違う方向にどんどんとがってしまう。これが変人の変人たる理由なのです。
そしてトリニティカレッジの「変人であることの自由」という思想は、いうなれば「自分の好きなことをトコトコ追求することが許される自由」と言い換えることができます。自分の好きなことをトコトン追求することを許された時、人はどういうふうに発展していくのか。現代史はさわやかな実例に満ちています。
たとえば、iPodで有名なアップルコンピュータの創始者スティーブ・ジョブズも、マイクロソフトの創始者ビル・ゲイツも、いわゆる”変人”であることがよく知られています。
しかし日本にはお世辞にも”変人”を許容する文化があるとはいいがたい。逆に「ほかの人と一緒でなくてはいけない」という(無言の)圧力があります。こうした友人や仲間、社会的通念などの周囲からの圧力のことを「ピアプレッシャー」といいます。ピアプレッシャーには大きく二種類あります。
ひとつは相手の鋭利さを加速させるようなベクトルで、もうひとつが「平均値に引きずり下ろそう」という圧力です。前者はトリニティカレッジに象徴されるピアプレッシャーですが、日本はいつの間にか後者のピアプレッシャーの国になってしまいました。そのため、変人がより変人になるようなことは、なかなか許されない環境です。
一方、アメリカやイギリスは、「変人」であることが許容されている社会です。その風土があるからこそ、変人さ――つまり「強化学習」の回路を暴走させるという習慣を、うまく経営にも活かしていくことができるのでしょう。
日本の歴史、伝統、文化を正しく次世代へつなぎたいと願っております。
その願いを実現するために有効と思われる記事を書きためてきました。
本ブログは19年に及ぶ私の記憶データを収納した貯蔵庫(ラヤ)です。
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ユングが唱えた「集合的無意識」を顕在化できるかもしれません。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き本来の日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する。
( 心が臨界質量を超えるとは → http://tinyurl.com/5kr6f )
( 東京裁判史観とは → https://tinyurl.com/ugz9qah )
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《 注目の論点 》
★GHQの日本占領――渡部昇一
★ドイツではなぜ共産党は違憲なのか――福冨健一
★ポツダム宣言受諾――渡部昇一
★マッカラム覚書――ロバート・B・スティネット
★「平和に対する罪」――中西輝政
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トリニティカレッジには、ありとあらゆる分野の人が所属しています。食事の際には、ハイ・テーブルに集まった教授たちが、それぞれの専門など気にも留めずに、自由に議論する姿が見られました。各分野を代表するような研究者たちが、一緒に食事をしながら、大変高度な議論をしているのです。これは、残念ながら日本の大学ではまったく見られない光景です。
◆トリニティカレッジの思想は「変人であることの自由」です
「脳を活かす勉強法」
( 茂木健一郎、PHP研究所、p150 )
僕はかつて、イギリスのケンブリッジ大学にある「トリニティカレッジ」で学んでいました。ケンブリッジ大学はかつてニュートンが学んだところとしても知られています。この大学の中には31のカレッジがあって、僕の通っていたトリニティカレッジはそのひとつです。
トリニティカレッジには、ありとあらゆる分野の人が所属しています。食事の際には、ハイ・テーブルに集まった教授たちが、それぞれの専門など気にも留めずに、自由に議論する姿が見られました。
そもそも自分と同じ分野の学者などは、近くには座っていません。
自分は物理学が専門で、隣は数学の専門家。その隣にはイギリス文学がいるかと思えば、その向こうは政治学、こちらは歴史学、というように「人類の知」という多様で豊かな森の中で、さまざまな活動を行っている。
各分野を代表するような研究者たちが、一緒に食事をしながら、大変高度な議論をしているのです。これは、残念ながら日本の大学ではまったく見られない光景です。
美しいチャペルのようなダイニングホールで、まったく違う分野の教授たちが、生き生きと、とても自由な論議を繰り広げている光景を見て、「ああ、この環境があるから、ノーベル賞受賞者を81人(うち、卒業生の受賞者は59人。2005年10月現在)も輩出しているのだなあ」とはっきりと悟りました。
トリニティカレッジの雰囲気から伝わってくる思想は、「変人であることの自由」です。
そもそも、ケンブリッジでは格好がよくてはだめなのです。ぱりっとしたスーツを着て歩いている人は、「あいつはどうせ普通の人だろう」とバカにされる。
逆に、穴が開いたセーターを着ている人がぼろぼろの自転車に乗って、カレッジの中をキーコキーコと走っていたりすると、みんなが「ああ、あの人はきっと偉い学者に違いない」と敬仰(けいぎょう)のまなざしを送る。
そこに集まってくる人たちは普通の人が少ない――というより、変人しかいません。そういう場所なのです。
ではいったい、変人とはどういう人のことを指すのでしょう。実は、これも天才と同じことがいえます。変人は変人として生れてくるのではありません。
何かの行動に対してドーパミンが大量に放出され、それによって強化学習が成立する。このサイクルが暴走してしまい、人とは違う方向にどんどんとがってしまう。これが変人の変人たる理由なのです。
そしてトリニティカレッジの「変人であることの自由」という思想は、いうなれば「自分の好きなことをトコトコ追求することが許される自由」と言い換えることができます。自分の好きなことをトコトン追求することを許された時、人はどういうふうに発展していくのか。現代史はさわやかな実例に満ちています。
たとえば、iPodで有名なアップルコンピュータの創始者スティーブ・ジョブズも、マイクロソフトの創始者ビル・ゲイツも、いわゆる”変人”であることがよく知られています。
しかし日本にはお世辞にも”変人”を許容する文化があるとはいいがたい。逆に「ほかの人と一緒でなくてはいけない」という(無言の)圧力があります。こうした友人や仲間、社会的通念などの周囲からの圧力のことを「ピアプレッシャー」といいます。ピアプレッシャーには大きく二種類あります。
ひとつは相手の鋭利さを加速させるようなベクトルで、もうひとつが「平均値に引きずり下ろそう」という圧力です。前者はトリニティカレッジに象徴されるピアプレッシャーですが、日本はいつの間にか後者のピアプレッシャーの国になってしまいました。そのため、変人がより変人になるようなことは、なかなか許されない環境です。
一方、アメリカやイギリスは、「変人」であることが許容されている社会です。その風土があるからこそ、変人さ――つまり「強化学習」の回路を暴走させるという習慣を、うまく経営にも活かしていくことができるのでしょう。