電脳筆写『 心超臨界 』

何もかもが逆境に思えるとき思い出すがいい
飛行機は順風ではなく逆風に向かって離陸することを
ヘンリー・フォード

細菌で起きる病気を食事で防げるわけがない――陸軍軍医・森林太郎

2008-09-16 | 04-歴史・文化・社会
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「渡部昇一の昭和史」
【 渡部昇一、WAC BUNKO、p158 】

第2章 日清・日露戦争の世界史的意義
陸軍軍医局と森林太郎の犯罪

ところが、これに対して陸軍首脳は、海軍の食事改良運動にまったく関心を示さなかったばかりか、それに反対する側に回った。

「兵士は白米を食べることを楽しみにしているのだから、麦飯など食わせたら士気が落ちる」という理由もあったようでだが、反対派の急先鋒は何といっても、陸軍軍医局の医者たちであった。彼らは、徹底して高木の食事改善を否定した。

陸軍軍医局の医者の多くは東大医学部出身であったが、この東大医学部は、当時「ドイツ医学こそが世界最高」と信じて疑わなかったエリートの彼らにしてみれば、「高木ごときに何が分かる」という気持ちがあったのだ。

たしかに、当時のドイツは世界の医学をリードしていた。ことに優れていたのは細菌学の分野である。ベルリン大学のコッホを頂点するドイツ細菌学は、結核菌、コレラ菌、ジフテリア菌などを次々に発見して、医学に革命を起こしていた。

細菌学を見ても分かるようにドイツ医学の特徴は徹底した病理中心主義にある。つまり、病気の原因を突き止め、次にその対策を考えるというアプローチである。したがってドイツ医学は、臨床よりも基礎研究を重視する。方法論が、帰納法というよりむしろ、演繹(えんえき)的な感じがする。

このようなドイツ医学を信奉する陸軍や東大医学部の医者たちにしてみれば、原因の追究を二の次にした高木の脚気退治策はまったくナンセンスということになる。しかも前述したとおり、当時、脚気も伝染病の一種と考えられていたから、「細菌で起きる病気を食事で防げるわけがない」と、彼らは主張した。つまり、「脚気菌がまだ見つからないのに、根本的な治療法などあるわけがない」という発想だったのである。

こうした拒否派の中で“高木潰し”の急先鋒となったのが、あの森林太郎、つまり森鷗外(おうがい)であったということを、特に強調しておきたい。彼は東大医学部を卒業後、軍医になり、以後一貫してエリート・コースを歩んだ人物であろう。

森林太郎はドイツ留学中にコッホの研究者で学んだ人であるから、「脚気病菌説」を信じて疑わなかった。彼は、高木の業績を否定するために学会で論文を発表し、「栄養学的に見て、日本食も洋食もまったく同じである。洋食をすれば脚気が防げるなどということは、迷信・俗説すぎない」と断定した。

それだけならまだしも、森ら軍医たちは、陸軍における食事改良の試みを徹底して妨害した。陸軍にしても脚気の被害は甚大で、その予防は急務であったから、当然のことながら、海軍の食事改良運動に興味を持った。実際、現場の指揮官や軍医の中には、独自に麦飯を導入しようとした人もいた。ところが頑迷固陋(がんめいころう)にも、こうした試みを軍医局は妨害し、あくまで白米主義を押し通したのである。

その結果、日清戦争では4千人近くの兵士が脚気で死んだ。ところが、これを見ても彼らは自説を曲げることはなく、そのまま日露戦争に突入することになるのである。日露戦争で脚気患者が大量発生し、その結果陸軍の作戦に支障をきたしたことはすでに述べたとおりである。

そればかりか、前述の吉村昭氏の著書によれば、日露戦争後も森林太郎は米食至上主義をまったく反省せず、陸軍兵士に白米を与えつづけたという。

こうした森ら陸軍軍医局のやった行為は、一種の犯罪と言ってもいいであろう。

単に学問上の論争であるなら、森が高木の食事改良運動を批判しても、それは別に構わない。だが、現場で米と麦を併用するのまで妨害するというのは、単に面子(メンツ)にこだわっているだけのことである。すなわち、東大医学部とかドイツ留学という金看板を守りたいという縄張り根性にすぎない。

乃木将軍の幕僚たちは、「自分たちの本分は作戦立案である」として、二○三高地で死んでいく将兵たちの姿をいっさい見なかった。それと同様に、森たち陸軍の軍医は、脚気で死んでいく将兵たちを見殺しにして、恥じることはなかった。

文学者・森鷗外の業績については、ここではあえて触れない。だが、陸軍軍医としての森林太郎が国賊的な“エリート医学者”であったということは、指摘しておく必要があるだろう。

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