巣窟日誌

お仕事と研究と私的出来事

ラッセル・バンクス『大陸漂流』

2004-10-10 00:27:15 | 映画・小説etc.
秋の夜長。

若いころ読書と言えば文学書が中心だったわたしだが、最近ではともすれば読む本が研究関連の本とビジネス書ばかりになる。ビジネス書なんて、(自分でも1冊書いていなおきながら、こう言うのもなんだが)若いころは「煮詰まったオヤジの読み物」と思っていたのに、いまやそのオヤジの読み物を読んでいるとは、やっぱり歳をとったもんだ。

continental_driftというわけで、「ふくしまさん、お勧めの本ありますか」の声に、今回あえてとりあげてみたのは、半ば若ぶって文芸物。しかも、秋の夜長に相応しく、気合を入れないと、読みきれないものだ。しかし古典はとっつきにくいだろうから、現代物にしておこう。一応学部は英文学専攻という縁から、アメリカ現代文学を一冊推したい。

その一冊とは、ラッセル・バンクス(Russell Banks)『大陸漂流』(“Continental Drift”)。1980年代に書かれた、現代アメリカ小説の傑作のひとつだ。早川書房が出版した黒原敏行訳の日本版は、現在は品切れまたは絶版になっているが、一般図書をおく公立図書館の多くの蔵書になっていることと思う。(ちなみにわが東京都板橋区の区立の図書館には、ほぼすべてに1冊ずつ置かれている。)

この小説の主人公は、妻と2人の娘を持つ、善良な白人男性ボブ・ドゥーボイズ(Bob DuBois)。(この場合、DuBoisは「デュボア」ではなく「ドゥーボイズ」と読む。)彼はアメリカ北部のニューハンプシャーに住む30歳の石油バーナー修理工で、来る日も来る日も真面目に働いているのに、生活は常にギリギリだ。ある日「このままではこの先何十年経ってもいまと同じ生活が続いていくだけだ」という事実を認識し、このままでは軽蔑していた自分の父の生活と同じになってしまうことに気づく。この事実に耐えられなくなった彼は、北部の生活を捨てて、妻子とともに南部フロリダへ旅立つ決意をする。「今ならまだ人生をリセットできる」、「努力すればより良い生活が手に入れられるはず」と、アメリカの成功の夢を信じて。

物語のもう1人の中心的人物として、子持ちの若いハイチ人女性ヴァニーズ(Vanise Dorsinvilles)がいる。彼女もまた善良であり一生懸命働くが貧しく、絶望的な自国ハイチ生活の中で、フロリダへいけば幸せなれると信じている。

片や南部に移り住んだ北部出身のクラッカー(=cracker、貧乏白人)の1人として、片や迷信深いヴゥードゥー教の支配する不思議な世界の住人として、ともにアメリカン・ドリームを持つ異なる世界の2人の物語は、別々に進んでいく。そして2人の人生は、紆余曲折の末、物語の終盤でハイチ人の密入国請負船の密入国請負業者(あるいはその船の船長)と、その船に乗る16名の密入国者の1人となって交差する。

あがき続ける主人公たちは、最後まで現実の貧しい生活から逃れることができない。作者の描いている彼らの現状に対して抱く閉塞感、絶望感は息が詰まるほどだ。そして、彼等がそこから逃れようとあがき、最後に敗れる姿は悲劇だ。しかも彼らが努力してもしなくても、あるいは最初からこの世に存在しなくても、結局は世界にはそれほど変わりはないという気の重くなるような結末が、読者を打ちのめす。しかし、作者はこうも言う。

ボブの生と死の間に起こった出来事をすべてを知ったところで、世界は何一つ変わりはしない。しかし、彼の生を祝福し、死を悼むこと、それは、世界を変える。
(p. 400)


◇◇◇


作者のラッセル・バンクスは、現代アメリカ文学において、労働者階級の白人を書かせたら、おそらく右に出るものがない作家だ。映画好きなら、1997年のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したアトム・エゴヤン監督の『スウィート・ヒアアフター』の原作小説『この世を離れて』("The Sweet Hereafter") や、ポール・シュレーダー監督の『白い刻印』(”Affliction")の原作小説『狩猟期』("Affliction")を書いた人といったほうが、わかるかもしれない。

『大陸漂流』の日本語翻訳の発行は1991年だが、たしか翻訳の発売にあわせて著者が来日して日本で講演をしたことがある。そのときにバンクス自身が、この作品とロード・ノヴェルの関連を述べていた。これはメルヴィルの『白鯨』やマーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』のように、主人公が旅をし、旅の途中で起こるいろいろな出来事を通して成長し、物語の終わりには一人前になるという、アメリカ小説の伝統的なジャンルである。

またバンクスは、当時、沿岸警備隊に追われた密入国船が、逃げる途中で密入国者たちを突き落とし、そうやって溺れ死んだ密入国者の死体が、沿岸に累々と打ち上げられていたという事件を図書館で読んで、そのニュースに着想を得たものだとも語っていた。

長い小説である上に、途中にヴードゥー教の魔術的世界も入り、さらに物語の語り手の視点は次々と移動し、それをまとめるための「全知の語り手」の視点すら登場するので、気合を入れないと読めない。ゆえに「通勤途中」ではなく、「秋の夜長」にぴったりである。

現代アメリカ文学に興味がある人、またアメリカの白人の労働者階級の生活やマインドセットに興味を持っているひとにお勧めだ。特に、現代アメリカ文学を専攻する大学生には、一度は読んでほしい。(ただし、大学の図書館の中には、この本を置いてあるところは少ない。)先にホレイショ・アルジャー(Horatio Alger)の作品を読んで「アメリカ流立身出世物語」の世界にひたっておくと、より効果的だと思う。

しかし精神的に落ち込んでいる人間は、特に現在の仕事や生活のせいで落ち込んでいる向きには、あまりお勧めできない。ドゥーボイズの怒りと絶望を共有して、一緒にどっぷりと落ち込んでしまう可能性がある。これはひとえに作者ラッセル・バンクスの力量のなせる技だが。