大病(0期のがんが大病であるかどうかはともかく)をしたのは久しぶりだが、病気や治療についての説明が昔とは大きく変わっていることに驚かされた。
医療訴訟対策のためでもあり、また「がん」という病気ゆえの性質ゆえでもあるのだろうが、検査や治療にはその目的や効果・副作用についてそれぞれきちんとした説明がつき、しかも可能な限り定量的なデータが提示されるのである。入院から手術までの2日間は、当初の予想とは逆に追加の検査と色々な説明で結構忙しかった。
手術を行う大学病院からあらかじめ渡された入院時に必要な持ち物の一覧のなかに「印鑑」が入っていた。入院時の書類の記入のときに印鑑が必要になるからだと思っていたのだが、そうではなく入院後から実際に手術を受けるまで受けた色々な説明・同意書に次々と記名・捺印していくのに必要だったのだ。わたしの三文判用印鑑ケースには朱肉がついておらず、説明を受けるたびにナースステーションに朱肉を借り行かなければならなかった。皆さん、朱肉を忘れずに。
最近では全身麻酔が必要な手術には、患者に対して必ず全身麻酔の仕組みとその副作用の説明がされるようである。20%~30%の人が経験する(そしてわたしも経験した)術後の声がれから0.001%の死亡までの様々な副作用が書かれた紙を渡され、それらひとつひとつに関して麻酔医が口頭で説明し確認していく。そして、血液製剤を使用する予定はなくても、万が一必要になったときのために輸血用血液製剤と血漿文画製剤の説明と同意書にサインする。
担当医師の手術に関する説明もかなり具体的だ。液晶モニタ上のマンモグラフィーとエコーの画像を見せつつ、紙に図を書きながら、手術においてどのような場合にどのような処置を取るか、傷跡はどのような場合にどうなるのか(可能性のある2種類の傷跡の形を書いてくれた)、ドレーンどこから何本でてくるか(腋窩リンパ節を全て取り除く場合はドレーンが1本増える)、など。ここで改めて、わたしのようなケースでは、非浸潤がんといえども全摘出が妥当であることも再確認する。このあたりの説明をしっかりしておかないと、
「訴訟:乳がん手術説明怠る 日赤に220万円支払い命令--津地裁」(毎日新聞 2009年12月10日)のようなことになりかねない。
診断については、誤診率についても説明がなされた。「これまでの検査ではDCIS(非浸潤性乳管がん)との診断が出ています。ただしこれは術前の画像診断の結果にもとづいていますから開けてみないとわからず、この段階の診断が誤診である可能性が10%ほどあります」と、「センチネルリンパ節生検の結果による診断も誤診率が10%ほどあります」。
ちょっと待った。「がんは開けてみないとわからない」には納得しても、センチネルリンパ節生検についてはどうよ。「センチネルリンパ節がない場合もあるぞ」「センチネルリンパ節だけを取った場合でも、
リンパ浮腫を起こす可能性があるぞ」「先進医療につき保険は効かないぞ」なのに、センチネルリンパ節生検に誤診率が10%も?
だが、「つまり手術とリンパ節生検を行った場合、10%×10%の誤診率で1%の誤診率になります」というわけなので、やはり受けた方が良いと判断して2種類の文書に担当医師とともにサインをした。(ちなみにわたしにはセンチネルリンパ節3つありそれを取ったが、もしなかった場合は、開けてみてもDCISらしい場合には5つほど取ることになっていた。)
さて今年に入ってから、手術中に取った組織の病理検査の結果と手術から1ヶ月後に行った骨シンチの結果も含めた最終結果を聞いた。術前の診断どおりDCISであるのか、それともIDC(浸潤性乳管がん)と診断されるのかが最大の関心時であったが、結局DCISのままとなった。DCISとはいえ対象範囲が7cmにわたっていたために全摘出が妥当であったことも、ここで改めて確認された。
そしてDCISであったということを前提に今後の治療方針を決めるために、再び定量的データに基づいた説明が行われた。
「実はすでにがんが遠隔転移していて、将来内臓などで転移がんが見つかる可能性が1%あります」「それとは別に、対側の胸にがんが発生する可能性が約5%あります」「あなたの場合はがん細胞にエストロゲン感受性ありますから、再発予防として
ホルモン療法が有効です。標準5年間継続することでリスクを40%減らします。つまり5%のリスクが4割減るわけですが、これを有効な数字と見るのか、そうではないと見るかは、人それぞれです」。
数字だけでは割り切れなくなってくるのは、3つ目のあたりの判断である。ホルモン療法には副作用があり、これはかなりつらいものだ。(具体例としては、アグネス・チャンが語っている
「大量の汗、関節痛、顔の腫れ・・・ホルモン治療で副作用」あたりを見てもらうとよくわかると思う。)
それにもかかわらず、リスクを40%(使用するデータにより45%や50%の数値を使う医師もいる)減らすためにホルモン療法を受けるかどうかは、自分の価値観や、経済状態との相談になる。少しでも再発リスクを減らしたいと思えば、そして/または、ホルモン療法の副作用に、精神的・肉体的・経済的に耐えられる(または、耐えなければならない)と自分で判断すればホルモン療法を受け入れ、そうでない場合はこれを拒否することができる。
主に経済状態を重視したわたしの選択結果、今回はこれで治療が終了ということになった。乳がんの確定診断を行った最初の乳腺外科クリニックの医師が言った「非浸潤がんで全摘ですから、原則として切りっぱなしです。あとは放射線療法も化学療法もいりません」が実現したのである。ただし、その先生はわたしがホルモン療法を受けることは前提としていたらしいが。
今後は1%の転移と5%の再発の可能性を抱えながら生きていくわけだ。この数値は宝くじで実のある当たりになる確率よりはかなり大きいのだが、周囲の環境から直感で判断して近い将来に仕事の1つまたは複数を失うリスクに比べたらかなり小さいはずだ。(そのためにも、今は稼がねばならない。)
そして、1%の転移はともかく5%の再発の方に関しては見つかったらどんなに小さなものでも今回と同様に全摘出手術をしてもらうつもりだ。それが一番速くて確実で、しかも財布にやさしい方法だから。
ところで、このような具体的でデータ満載の医師の説明に対して「無用な不安感を煽る」「冷たい」と感じる人も多いだろうが、わたしはこのような説明が大好きだ。既往症に気管支喘息がありアレルギー体質でもあるわたしは、さすがに重篤な副作用の話を聞いたあとの一部の検査では心臓が無用にバクバクとなったが。(いや、多分あれはものすごい音がする閉鎖環境のせいだったはず。)