NHK「プロジェクトX」で過剰演出
5月10日に放送されたNHKの「プロジェクトX 挑戦者たち」で、事実とは異なる内容が放送されていたことが23日、分かった。番組は、大阪府立淀川工業高校(大阪市旭区)の合唱部が全国で金賞を取るまでを描いたが、高校側は毎年80人の退学者を出す荒れに荒れた学校などの表現が事実と違うとして、訂正と謝罪を求めている。NHKはプロジェクトXのホームページから、この放送を削除した。(以下略)
(2005.05.24 日刊スポーツ)
http://www.nikkansports.com/ns/entertainment/p-et-tp0-050524-0013.html
もちろん、感動話のドキュメンタリー(またはセミドキュメンタリー)に、多少の脚色が必要なことはわかっているし、この年になれば、TVやドキュメンタリー映画で流れる成功話・感動話の「やらせ」の一端をになう経験もいくつかある。
もう時効だから書いてしまうが、養護学校で入寮生活を送っていた9歳のときに、ドキュメンタリー映画の撮影がはいってしまったことがあった。「体の弱い子たちが、親元を離れているにもかかわらずけなげに頑張っているところを撮影する」のが、その映画の趣旨だった。養護学校の寮生活が肌にあっていて「家なんかに帰りたくない」と思っていたほど楽しかったたわたしだったが、大人たちのご要望に応えてカメラの前ではおもいきり「親を思うさびしそうな表情」をしたものだ。そしてこのときのわたしの表情は、完成した映画にしっかり残ってしまった。この映画を見たのは特殊な層の人だけだとは思うが、ご覧になった全国の教育関係者の皆さん、ごめんなさい。
社会人になったらなったで(これも時効になるほど古い話だが)、TV局から「この会社は女性社員が戦力としてバリバリ働いている」という状態をカメラに収めたいと言われて、その場にいた女性従業員全員でカメラが回っている間、やたらと忙しそうな振る舞いをした。これは首都圏ローカルの放送だったが、かなり評判がよかったらしい。しかも、放送後「女性労働力の活用」を考える複数の企業から、会社に問合せが入ってしまった。ご覧になった一般の視聴者の皆さん、そして問合せをしてきた人事担当者の皆さん、ごめんなさい。たしかにこの会社は女性の労働力を有効活用していましたが、実際よりも良く見せてしまいました。
ところで、成功物語が大好きな国といえば、いうまでもなくアメリカ合衆国だ。特に「成功した人間」が良しとされるお国柄で、成功者はしばしば「自分の成功」に関するスピーチをする機会もある。ここでも、自分の成功話をより盛り上げるために、話に演出が行われることがある。
たとえば、「現在の成功状態」は周りもわかっているから、現状についてウソはつきにくい。そこでしばしば、「最初の状態を落とす」ということが行われる。本当は高校で普通の成績をとっているにもかかわらず、中学でドロップアウトしたとことになるとか、あるいは、いたって普通の家庭に育っているのに、貧乏で学校をやめなければならない状態になったとか、など。または、親がとんでもない人間で、子供だった自分がどれだけ苦労したなど、最初の状態を落とすために、悪役が必要なこともある。
こうやって初期状態を「かなり悲惨」だとすることによって、現在の状態とのギャップにより「成功の規模」がより大きなもだという印象を与えるわけだ。こういうことを考えて、米国俳優の子供のころや売れない時代の苦労話は、割り引いて考えたほうが良いかもしれない。
で、こういう話が「成功の当事者」だけの話ですみ、誰も巻き込んでいない場合はまあ良い。問題は、成功物語の彩りのためのちょっとした演出や創作のために、誰かの評判を落としたり、傷つけてしまったりする場合だ。
問題の「プロジェクトX」の大阪府立淀川工業高校合唱部を扱った回でも、「初期状態を落とす」と「悪者をたてる」の2つが、しっかりと行われている。学校が「荒れに荒れた」ことになって全国ネットで放送されては、この学校のOBや当時の学校関係者はそりゃあ傷つくというものだし、悪役にされてしまった人の名誉はどうなるのだろうか。
で、実はわたしは、そのような他人の「苦労の末の成功物語」の脚色に巻き込まれたことがある。
以前、国政選挙で某候補のスタッフとして働いた。なぜスタッフとなったかというと、その候補の「友人」だったからだ。その候補は当選した。
ところが当選した後、この議員本人は選挙について、「誰も味方してくれない、孤独な戦いだった。」「配偶者とたった二人だけで、槍を持って選挙を戦った。」「わたしには組織のバックアップはなかった。」などと発言をし、その発言の一部はメディアに載った。おかげで、共通の知人たちから、「ふくしまさん、あなた方スタッフは、選挙中になにもしなかったの? あなたは友人なのに?」と、言われてしまった。こう聞いてこない人間でも、わたしを含む選挙スタッフが、候補者を捨てて何もしなかったように思った人はいたらしい。(つい最近、再びそのことを聞かれたので、そうだとわかった。)それに、バックアップしてくれた組織があるのに、まるでなかったかのように言っていては、実際に組織の指示で動いた人は、どっと疲れてむなしい気分になったに違いない。
おまけに、いくら自分の立場を守るためとはいえ、「私はふくしまさんの研究を援助しているんです。」「あの人は人格的に問題がありますから。」などと事実無根なことを、、国会議員から議員会館で発言されてしまっては、こちらの商売にもさしさわるというもの… ときに、成功物語のスパイスには「火のないところに水煙」ですら許される…わけはないだろう。
自分の物語であれ、他人の物語であれ、「苦労の末の成功物語」をさらに感動的なものにしようとして、他人の評判を貶めたり、傷つけたりするような脚色と捏造はやめなさい。