ヤマハ、ピアノ名門ベーゼンドルファー買収へ
2007年11月28日18時50分
ヤマハは28日、オーストリアの世界的ピアノメーカー、ベーゼンドルファー(本社・ウィーン)の買収に向け、優先交渉権を得たことを明らかにした。ヤマハが全株式を取得する方向で最終調整している。
(asahi.com)
世界の三大ピアノといえば、スタインウェイ (Steinway & Sons) (ドイツ・ハンブルクとアメリカ・ニューヨーク)、ベーゼンドルファー (Bösendorfer) (オーストリア・ウィーン)、ベヒシュタイン (C.Bechstein) (ドイツ・ザクセン及びベルリン)。
そのひとつベーゼンドルファー社の身売りのニュースは、ここ数日世界中のピアノマニア (?) をやきもきさせていたが、ついに有力候補だった日本のヤマハが買うことがほぼ決まったらしい。ヤマハが買収することが良いのか悪いのかは現時点ではわからないが、あの独特のウィンナトーンが存続することを祈ろう。
1828年創業のベーゼンドルファーのピアノは世界中のピアノ弾きの憧れでありながら、手作りゆえに量産が不可能で大赤字を計上。そのため1966年にはアメリカのキンバル社に売られたものの、2002年にオーストリアの銀行グループが自国文化の誇りをかけて買い戻した。…んが、買い戻したもののやはり大赤字。やっぱり生産台数の少なさが響いたのかしらん。調律師も少なそうだし。
「一度でいいからベーゼンドルファーを弾いてみたい」っていう人は、ピアノを弾いたことのある人なら世界中にかなりいるだろうし、著名なピアニストたちのお気に入りのピアノでもある。実際、ベーゼンドルファーの著名人オーナーのリストに名を連ねている面々は相当なものだ。アルファベット順なので、あのABBAが最初に名を連ねているし、リチャード・ブランソンの名を見たところで、一瞬白目になったが。
特にあの97鍵(普通は88鍵)のフルコンサートグランドピアノ Model 290 "Imperial" (インペリアル) なんて憧れだと思う。でもベーゼンドルファーは「あまり上手くない人が弾いても、ピアノ自体がすばらしいためにそれなりに良い音が出る」という類のものではなく、ゆえにわたしのような素人さんには敷居が高い。
最初に書いたように、ベーゼンドルファーの音は「ウィンナトーン」と言われている。この会社のピアノは、たとえばスタインウェイとは音の鳴らし方が異なっている。
スタインウェイはピアノの筐体の金属フレームで音を鳴らすようにできていて、「鉄が鳴る」といわれる。一方、ベーゼンドルファーは筐体全体を鳴らすようにできていて、「箱が鳴る」といわれる。この箱鳴りが独特のウィンナトーンを出す仕組みのひとつらしい。
『至福のピアニッシモ』というのも、ベーゼンドルファーの音についてしばしば形容される表現だ。もちろん大きい音も出るのだけれど、ピアニッシモをきれいに出したときの美しさは格別らしい。ここでわざわざ「きれいに出したときの」と書いているのは、きれいなピアニッシモを出すのは結構難しいからだ。
作品や作曲家によってスタインウェイとベーゼンドルファーを使い分けていたフリードリヒ・グルダ(1930?2000)によれば、ベーゼンドルファーの音とは、
豊かでまろやかで、やわらかくて、そしてちょっと甘いんだ。まさにウィーンの音だよ。
『グルダの真実―クルト・ホーフマンとの対話』 (田辺秀樹訳、洋泉社、1993年)
だそうである。そういう音を出すピアノを、ヤマハさんにはいじって欲しくない。たとえそのせいで採算に合わなくなるにしろ。
ヤマハさんに期待することは、ベーゼンドルファーの音をサンプリング音源に用いた電子ピアノやシンセサイザー等の販売。ベーゼンドルファーの音が入っているクラビノーバが出たら1日1食に食費を切りつめてでも買っちゃうよ。本物と違って、弾けばそれなりの音がでるだろうから。本物のベーゼンドルファーは、たとえ「無料で差し上げます」って言われても受け取れない。近所にピアノ騒音を撒き散らすことになるし、第一、家の床がピアノの重みに耐えかねて抜けるからだ。
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注:1980年~1990年までのグルダの言葉をまとめた『グルダの真実』で、彼はピアノの使い分けについて「シューベルトやヨハン・シュトラウスの曲など、ウィーン的な性格の曲を弾く場合は間違いなくベーゼンドルファー。ベートーヴェンのソナタはウィーンで書かれていてもインターナショナルな響きがするのでスタインウェイ。モーツァルトについては、いろいろ試してみたがいまだにどちらが良いのかわからず、またスタインウェイで試してみたいと思っている」という趣旨の発言をしている。
とはいえ、1984年録音のベートーヴェンの最後のピアノソナタでは、ベーゼンドルファー・インペリアルを使用。そして、かの有名な1968年のAmadeo盤のベートーヴェンのソナタ集は、どちらを使ったのかの情報が錯綜。
また、先日第2集が発売された1982年録音のモーツァルトのピアノソナタ集にはベーゼンドルファー・インペリアルを使用しているが、ピアノとクラビノーバを使った1999年のグルダ最後のモーツァルトのソナタの録音では、KV 331をスタインウェイで弾いている。