統計上は、日本人の女性の約20人に一人(諸説あり。30人に一人というものから18人に一人というものまで)が一生の間に乳がんを経験するはずなのに、仕事上でも私生活上でも、身の回りに乳がんを経験したという人に出会う機会は少ない。
これは本当に経験者の数が少ないわけではなく、乳がん経験者の多くが経験したことについて、口を閉ざしているからだろう。「がん」という病気自体のイメージが悪いうえ、乳房となると女性の象徴でもある部分でもあるから、口に出すことは余計にはばかられる。
実際には乳がん体験者が結構多いことを裏付けるかのように、一般の人たちの乳がん体験記/闘病記のようなブログは結構多い。でもほぼ匿名で本人が特定できない形になっている。もちろんどんなジャンルであれブログは匿名のものが多いし、闘病記録をあそこまで赤裸々に公表することができるのは、匿名であればこそなのだろう。
ところで、世の中には実名で乳がん経験の公表をしても、それを自分のメリットに変えることが可能な人たちもいる。今のところはそうした人たちといえば、一部の女性のタレントや女性の政治家の人のような人たちだろう。日本では政治家の女性は数が少ないので、実際に乳がん(あるいは子宮がんも似たような状況かもしれない)体験をカミングアウトした政治家がいるかどうかは知らない。だが、がんというこのネガティブなイメージを持つ病気に罹ったことについて、しかも女性の象徴的な器官である乳房組織の変形や切除を伴う病気に罹ったことについて、こういう職業の人たちは、その悲劇性を強調することで、またはがんと闘う強い姿を印象づけることで、酷いダメージを受けずにプラスのイメージを醸し出すことが、実名で行える可能性が一般人よりも高い。こうした人たちの乳がん経験の公表を、わたしは批判しているわけではない。知名度がある人のカミングアウトは、乳がんという病気に対する警告や啓発になる。
だが一般人となれば、実名を明かしての公表はデメリットの方が多そうだ。
たとえば、たとえ命に別条のない軽度のものだったとしても、がんを理由に仕事を失うかもしれない。直接乳がんを理由に解雇したら差別になるだろうが、たとえ正社員であっても別の理由(≒難癖)を与えられて会社を去ることになるかもしれない。非正規雇用の労働者の場合は、立場は一層不安定だ。たとえば派遣労働者であれば「次回の契約更新はありません」と言えば良いのだし、業務委託についても「別の人にお願いしましたから」とか「このプロジェクトは無くなりましたから」とか、適当な理由をつければよいのだ。そしてその後、この病気ゆえに次の仕事を続けることは非常に難しくなる。
このようなことを書いているのは、実はわたしが乳がんの手術を終えて、昨日退院してきたからだ。そしていまのわたしの収入が業務委託と派遣労働をベースとして成り立っているからでもある。
わたしは一般人だが、本名を出してこのブログを書いている。このブログを読んでいる人の中には、わたしが誰であるかわかっている人もいるし、その中にはわたしに仕事を依頼してくる人もいる。だから、ここで自分が乳がん経験者だと公表することは、(「がんにはコレが効くんですよ」などと、あやしげなモノや治療法を売り込んでくる輩をはねのける煩わしさを含めて)デメリットの方が大きいと思う。
しかし、手術やその後の治療で外見に何らかの変化が生じるのは確実なのだから、隠し通すことはできないだろう。日本人の大人の対応として、わたしの前ではそんな外見の変化に気づかないふりをしてくれるかもしれない。ただし、正しい情報がない分だけ、そんな人たちの間にわたしの状態に対する憶測や間違った情報が広がってしまうのは危険だ。
それに、「わざわざカミングアウトするものではない」のかもしれないが、「わざわざ隠すような悪いことをした」わけでもない。だからここで、現在わかる範囲でわたしの状態をきちんと書いておこう。
最終的な結論については、まだこれからである骨シンチグラフィーと
センチネルリンパ節生検の最終病理診断を待つ必要があるが、センチネルリンパ節生検の術中迅速診断を含むこれまでの診断の結果では、一貫して片胸の「
非浸潤性乳管癌(DCIS)」である。乳がんとしてはかなり初期のステージになるが、広範囲の石灰化が見られたために手術で片胸を全摘出し、その際にセンチネルリンパ節生検のためにリンパ節を3個摘出している。
わたしのがんはしこりも自覚症状もなく、したがって自己検診や触診では突き止めることは不可能だった。マンモグラフィーによる微細石灰化からDCISが疑われ、ステレオガイド下マンモトーム生検により確定診断を行った。
このような状態について、ある人は「温存ではなく全摘出なんて本当に大変だ。かわいそうだ」との印象を持つかもしれない。その一方で「なんだ、DCISなんて全然深刻な状態じゃないよ。だから実名ブログでカミングアウトできるんだよ」と思う人もいるかもしれない。そう、乳がんは「乳がん」とひとくくりでまとめて、病状や治療法やらを云々できるような単純な代物ではないのである。
余談だが、がん宣告をされた人の多くは、「なんでわたしが」と思うものらしいが、わたしはそうは思わなかった。20人に一人の確率でくるものだったら、それがたまたまわたしに来てもおかしいことではないと思っていたのである。そのため、ステレオガイド下マンモトーム生検の結果をもとにがんであることを告げた乳腺クリニックの専門医のがん宣告(開口一番「やっぱりでした」)に対するわたしの返答は、「やっぱりでしたか」だった。宣告された日の夜は眠れないかと思いきや、いつものように眠ってしまった。しかもDCISというのがどのような状態であるのかを良く知らず、「余命は2年ぐらいあれば身辺整理には十分かなぁ」なんて考えていたのである。
さらに付け加えておくと、このブログを闘病ブログにするつもりはない。