巣窟日誌

お仕事と研究と私的出来事

時に「結果的に残酷」な日本型企業

2011-03-06 19:21:13 | 経営・人材育成
タイトルの内容を説明するために、まずは、某米系証券における経験の昔語りをする。




1994年当時、わたしの昼間(9時~6時)の時間帯は、某米系証券の投資銀行部での英文オペレーション/シニアセクレタリーとして、派遣労働に費やされていた。

この投資銀行部では、毎年、数名の大卒の新卒を「アシスタント」という肩書の3年の契約社員として採用していた。「投資銀行部が採用」と書いたが、もちろん実際に雇用するのはこの証券会社だった。だが、採用決定を含む人事権は投資銀行部にあり、ゆえにこの証券会社内で別の部署や別の職務に異動するなどということはありえず、事実上は投資銀行部に雇われたのと同じだった。

大卒のアシスタントたち対する会社側の要求はかなり高く、彼らの労働時間はほぼ毎日のように深夜に及んだ。その代わり、給与はけた違いに良かったらしい。

彼らの契約期間は、きっちり3年だった。それよりも一つ上の「アソシエイト」レベルの仕事には、MBAホルダーのみが従事できることになっていた。3年の契約期間の満了後、アシスタントたちはどうするのか? 再びこの投資銀行部で働きたければ、自費でMBAを取得たのちに、アソシエイトとして戻ってくることが可能だった。(退職後MBAに取得に専念できるだけの報酬を支払っていたらしい。)もちろん、MBA取得後に別の証券会社へ行く者もいたし、そもそもMBAなど考えず、3年間の経験をもとに、そのまま別の外資系証券会社に転職する者もいた。

アシスタントたちは全員が帰国子女だった。たしかに、帰国子女でなければ難しい部分があった。会話はともかく、読み書き――特に書き――に、高いビジネス・レベルの英語が求められたからだ。たとえ日本企業に提案を行う場合も、まずはニューヨークの本社の承認を得るために、すべての説明資料を英語で完成させ、その後、本語に翻訳したものを作成して、顧客に渡すことになっていた。いくら良いアイディアを持っていても、まずはそれを英語の文章で表現して本社を説得する能力がなければならなかった。

ある日、アシスタントの一人が、突然退職した。「直属の上司の自分に対する対応が不満」というのが理由だった。

このアシスタントと彼の上司の間にどのようなことがあったのかは、実際に見ていないのでわからない。どのみちこういう企業には、上司に不満があって辞める人間はけっこう多くいたので、別に驚くことではなかった。が、少々意外だったのは、この行動に出たのが、アグレッシブで上になればなるほど変人度が高くなる傾向がある投資銀行部の人間の中で、もっともディーセント(≒まっとうな)でありながら、アシスタントの中で最もできる新人であると、日本人スタッフたちが評価する人物だったことだ

あとから伝わってきた情報によると、彼の退職は完全な「突然」というわけではなかった。それよりも前に、彼は上司に対する不満を上層部に直訴していた。そこで、上層部と件の上司と彼との間で、協議が行われた。上層部は、彼の上司に改善すべき点があることを認め、改善のための猶予期間を設けることで、全当事者はいったんの合意を見た。彼は、その協議の最後に「その期間内に上司の態度に改善が見られなければ、会社を辞める」と、言ったらしい。そして、その最後の日である金曜日に、「満足のいく改善が見られなかったので、辞めます」と表明して、退職したのだった。

退職後、彼はすぐに、別の外資系の証券会社で働き始めた。最初に不満を直訴したときからすでに転職先が決まっていたか、あるいは転職することを念頭に置いて行動していたのだろう。




わたしの頭の中の引き出しには、他のごちゃごちゃした知識と一緒に、「米国型の企業組織」と「日本企業の典型的な企業組織」という、企業組織構造のモデル構造が入っている。これは、林吉郎先生のM型組織とO型組織にかなりの部分一致するモデルで、学生や社会人に教える場合に、あるいはコンサルタントとして何かを説明するときに、非常に便利なものだ。だが、このモデルを使用すしながらも、白状すると、長い間「このモデル通りの日本型企業って、本当に存在するのかな?」と疑問に思っていた。

実は、あった。

ここ2年半以上、わたしの昼間の時間帯は、ある業界大手の日本企業で英語系6号業務の派遣労働に費やされている。この日本企業がまさに、モデルのまんまの日本型企業だ。この企業は伝統的な日本的な企業で、終身雇用を前提としている。労働力に余剰が生じても、正社員に対するリストラを行ったことはない。

もちろん、この企業だって、時代にあわせた多少の変化を実現はしている。今では、後から入社した人間のほうが少々先に昇進する場合もある。一般職の女性が、若いうちの退職や結婚退職を強要されるようなことはなく、育児休暇取得後に職場復帰をすることも可能だ。しかし根本的には変わっていない。依然として、20世紀の、あのいっとき日本企業が成功していた時代のスタイルを、ほぼそのまま引きずっている。

このような組織の中で、ある日、上司のとの関係から、従業員が抑うつ状態に追い込まれて休職する人間がでる。しかも、一人や二人ではない。

この日本企業では、従業員が定年まで勤め上げることを前提としており、総合職の人材育成は、「社内プロフェッショナル」を「じっくり」と育成する仕組みになっている。そのせいか、入社後3年未満ならともかく、30代になっても、上司好みの表現と内容の文章を書き(上司がいちいち赤ペンで直す)、上司の好む行動をとり、上司が聞きたい意見を述べ、上司好みの整理整頓をしないと、物事がすすまない。このような過程を経て、その組織内の出来事や人間に精通し、今働いている組織内でうまく機能する人間が形作られていく。

こうやって獲得した「社内プロフェッショナル」能力は、実は非常にローカルなもので、外部の労働市場に出た場合にユニバーサルに通用するものとはなりにくく、ゆえに外では「無能」と化す可能性が高い。

そのため、外部の労働市場へ出た場合に「人生における脱落」を経験する危険度と、脱落を経験した場合のダメージの強さは、常に外部市場を意識して行動する人間よりも高くなる。有事の際に、かの証券会社のアシスタントのように、「外へ行く」という選択肢はとりにくい。

「外へ行く」という選択肢がないのであれば、何があろうと今の場所で頑張らなければならない。こうしてぎりぎりまでが我慢した従業員は、ある日ついに出社できなくなる。こうして休職した従業員には、まずは自分が回復して復帰ができるか、復帰したらまた原因となった上司がそこにいることに耐えられるのか、そして復帰後も休職の履歴が自分の将来について回り社内の標準的なトラックから脱落するのではないか、等の様々な悩みがついて回る。

従業員のメンタル面の問題を発生に対して、会社側はそれなりの対策を行っている。全社員対象のメンタルヘルス研修があり、上司たちにもパワハラ・モラハラ・セクハラなどに対する啓発を行っている。その他のEAPプログラムもあると聞いている。それでも、逃げ場のない職場環境の中で、実際にトラブルは起こり続ける。




最初に書いた米系の証券会社は、非人間的なゲゼルシャフト(利益体)の企業だった。必要とあれば、部員全員をバッサリとリストラすることに躊躇はなかった。「明日から新しいプロジェクトが始まるから頑張りましょう」と希望に燃えてスタッフに激を飛ばしていた管理職が、翌日上層部に呼ばれて「今日は自分のオフィスに戻らず、そのまま帰ること。明日から出社しなくてもよいが、正式な退職日はXX日」と言われていたのに、立ち会ってしまったことがある。

その一方で、このような証券会社が、かつてこの会社から別の会社に転職してしまった元従業員を再び雇用する現場も、何度か見ている。利益追求型であるがゆえに、その人間に能力と実績があり、そうすることに値する人材であると見なされるのであれば、かつて一度退職して別の会社に行った人間であっても構わず雇用する。こういう人間は、日本人のメンタリティで考えれば「会社を裏切った人間」となるのであろうが、利益優先で考えた場合は、時に「自社での経験があり、他社のやり方まで知っている」と、ポジティブに解釈されることがある。こうして、このような組織であるがゆえに、働く人間側にとってより良い選択肢が与えられることが、時にはある。(いつもあるわけではない。)

翻って、2番目に書いた日本企業。これは福利厚生が厚く、リストラをせず、終身雇用を維持する、従業員にやさしい、ゲマインシャフト(共同態)としての特徴を持ち合わせる日本企業だ。しかし、このような組織は、いやこのような組織だからこそ、時に従業員にとってinhumaneな組織と化すことがある。