友人が入院した。わたしが25年前の入院で彼女に渡した、あの羊のぬいぐるみを連れて。
友人とは、当時同じ会社に勤めていた。40代・50代金融機関やゼネコンからの出向者を数に入れても、従業員の平均年齢が(大卒中心の採用をしているにもかかわらず)25歳に満たないという、若い会社だった。
その若さのせいか、何らかのイベントがあるたびに、対象者にぬいぐるみを送るのが半ば習慣化していた。30代・40代の取締役たちのデスクの後ろは大小のぬいぐるみの山だったし、出向者が出向期間を終えて戻る際にも、特大のぬいぐるみが手渡された。50代のおっさんが大きなぬいぐるみを記念の品として手渡されてどう感じるものなのか、はとりあえず無視で。
25年前に友人が手術のために入院したときに、同僚がお見舞いに行くというので、わたしは昼休みに会社近くにある銀座ナインに走った。 もちろん、ぬいぐるみを買うためだ。
病室でも邪魔にならない大きさのぬいぐるみの中から、わたしは迷わずその羊のぬいぐるみを選んだ。なにしろ、ふわふわで抜きんでてかわいかったので、迷いようがなかったのだ。唯一の悩みどころは、色の選択だった。おなじ姿の真っ白な羊と真っ黒な羊がいた。個人的には黒い羊が好みだったが、入院という事態に「黒い羊」は、少々不適切であるように思われた。白い羊を選んでリボンをかけてもらい、お見舞いに行くという同僚にこれを託した。
「白い箱にワインレッドのリボンがかかっていて、その中に白いふわふわとしたMちゃんが入っていた。同じ病室の誰もがかわいいと言って、病室の人気者になった。誰もがMちゃんを抱きたがった。」
友人は、その羊のぬいぐるみを同僚経由で渡された時のことを、そんなふうに鮮明に覚えていた。わたしといえば、箱の色やリボンの色を、当時の思い出を彼女がわたしに話すまで忘れていたのだが。
Mちゃんと命名された羊のぬいぐるみは、その後、一人暮らしのこの友人にずっと寄り添ってきた。四半世紀たった今では、ふさふさでも真っ白でもなくなってしまったが、それでもいつも彼女のそばにいる。
別の病気ゆえの今回の入院にも、友人はMちゃんを連れて行った。また、彼女の話し相手になっているらしい。
「本来はぬいぐるみというものにあまり興味がなかった」はず故・中村梓氏でさえ、ご主人が入院先の病室に持ってきたピーター・ラビットのぬいぐるみに癒されている」という趣旨のことを『ガン病棟のピーター・ラビット』の中で書いている。時に、そしてひょっとしたら本質的に、ぬいぐるみはくじけそうな人間の心を支える力を持ちうるのかもしれない。
Mちゃんへ。いつも彼女を助けてくれてありがとう。そして、これからもこの心やさしき友人をよろしく。
友人とは、当時同じ会社に勤めていた。40代・50代金融機関やゼネコンからの出向者を数に入れても、従業員の平均年齢が(大卒中心の採用をしているにもかかわらず)25歳に満たないという、若い会社だった。
その若さのせいか、何らかのイベントがあるたびに、対象者にぬいぐるみを送るのが半ば習慣化していた。30代・40代の取締役たちのデスクの後ろは大小のぬいぐるみの山だったし、出向者が出向期間を終えて戻る際にも、特大のぬいぐるみが手渡された。50代のおっさんが大きなぬいぐるみを記念の品として手渡されてどう感じるものなのか、はとりあえず無視で。
25年前に友人が手術のために入院したときに、同僚がお見舞いに行くというので、わたしは昼休みに会社近くにある銀座ナインに走った。 もちろん、ぬいぐるみを買うためだ。
病室でも邪魔にならない大きさのぬいぐるみの中から、わたしは迷わずその羊のぬいぐるみを選んだ。なにしろ、ふわふわで抜きんでてかわいかったので、迷いようがなかったのだ。唯一の悩みどころは、色の選択だった。おなじ姿の真っ白な羊と真っ黒な羊がいた。個人的には黒い羊が好みだったが、入院という事態に「黒い羊」は、少々不適切であるように思われた。白い羊を選んでリボンをかけてもらい、お見舞いに行くという同僚にこれを託した。
「白い箱にワインレッドのリボンがかかっていて、その中に白いふわふわとしたMちゃんが入っていた。同じ病室の誰もがかわいいと言って、病室の人気者になった。誰もがMちゃんを抱きたがった。」
友人は、その羊のぬいぐるみを同僚経由で渡された時のことを、そんなふうに鮮明に覚えていた。わたしといえば、箱の色やリボンの色を、当時の思い出を彼女がわたしに話すまで忘れていたのだが。
Mちゃんと命名された羊のぬいぐるみは、その後、一人暮らしのこの友人にずっと寄り添ってきた。四半世紀たった今では、ふさふさでも真っ白でもなくなってしまったが、それでもいつも彼女のそばにいる。
別の病気ゆえの今回の入院にも、友人はMちゃんを連れて行った。また、彼女の話し相手になっているらしい。
「本来はぬいぐるみというものにあまり興味がなかった」はず故・中村梓氏でさえ、ご主人が入院先の病室に持ってきたピーター・ラビットのぬいぐるみに癒されている」という趣旨のことを『ガン病棟のピーター・ラビット』の中で書いている。時に、そしてひょっとしたら本質的に、ぬいぐるみはくじけそうな人間の心を支える力を持ちうるのかもしれない。
Mちゃんへ。いつも彼女を助けてくれてありがとう。そして、これからもこの心やさしき友人をよろしく。
ガン病棟のピーターラビット (ポプラ文庫) 価格:¥ 567(税込) 発売日:2008-08 |