シロウトのわたしの目には、ネットによる選挙運動に必ずしも候補者に機会の平等を与えるものではないように見える。
思うに、その候補者が現役の議員か、議員ではないがもともと知名度があるか、インターネット利用に潤沢なお金and/orマンパワーをかけられる候補が有利になりそうだ。3つ目の「潤沢な…マンパワー」というのは、純粋に候補のために頑張ろうというボランティアも含まれるが、わたしがここで言いたいのは、そういうマンパワーを動員できるお金や組織持っている人のことだ。
しかし、ともかくネットによる選挙運動は解禁しなければならないだろう。
「わたしみたいにお金も知名度のない候補が全国区で戦うには、マスコミで取り上げてもらうか、インターネットを使うかしかないんです。」
と、齢30歳の某候補が、選挙運動に何回もかかわってきたその党のベテランたちを前に主張したのは、9年前の参議院選挙でのこと。そういう候補の主張に、これまで数々の選挙を手伝ってきたベテランたちは怪訝そうな顔をした。「マスコミはともかく、インターネットってどうよ?」
怪訝な顔の理由は、彼らがメールを除いてネット関連にほとんど手出しをしない世代だったからというだけではない。候補者が選挙に利用できるメディアは限られており、その中にインターネットは入っていないからだ。しかし知名度のない人間が比例区から立候補する場合、ほかに何か手があるのか? なにしろ比例区の候補として全国津々浦々を回りたくても、先立つ旅費・交通費がない場合もある。
取り急ぎ、候補の身内の知り合のウェブデザイナーに破格値でサイトの原型を作ってアップしてもらい、その後は、その候補と同じ院ゼミに属していた関係でその選挙を手伝うことになったわたしが、修正とアップデートを担当することになった。が、このサイト問題は、選挙が終わるまでわたしの偏頭痛の種であった。
頭痛の種の理由の一つはもちろん、候補者のサイトに選挙期間より前に具体的なこと(たとえばどの選挙にどの選挙区から出るか)を書くと「事前運動」になってしまうのに、選挙期間に入ったらサイトの更新が一切できないこと。そして、もう一つ頭の悩ませどころは、今でいうところのSEO(サーチエンジン最適化)をどうするかということだった。
後者に関するわたしの嫌な予感は的中してしまい、こっちは必死にMetaタグをいじったり、当時の日本の代表的なサーチエンジンすべてに対して、カテゴリー検索でのサイト登録の手続きをしたりしたのに、gooがサーチエンジンの検索結果にやっとサイトが出るようになったのはサイトをレンタルサーバーにアップしてから3週間後。当時日本人のほとんどがサイト検索に使っていたであろうYahoo!検索では1ヶ月経ってもサイトがヒットしない。ついには「Yahoo!の上層部に知り合いはいませんか? いたら、その人にお願いして検索結果の上位に来るように…」という話になりかかったりもした。選挙ポスターにURLを入れておくのが「ITに強い候補」としウリになると思っている人がいた時代の話である。(念のために書いておくと、当時Googleは存在していなかった。)
ところで、選挙におけるネット解禁の問題というと、「サーバーの安定性」とか「成りすましをどうやって防ぐか」といった方面に議論が行きがちだけれど、わたしが考える最大の問題点は、最初のほうで書いた「やろうと思えばどこまでも金と時間と労力を使って大がかりなものを作ることができてしまう」という点だと思う。
現状の選挙制度で合法的に使用できるメディアは、大きさと枚数が限られた選挙はがきや・選挙チラシ・ポスターと、そして政見放送に該当演説等。この中でできることは、金をかけようがかけまいが限られている。
それに比べてネットは、何千万円もお金をかけて作る充実したものや凝ったものから、素人がとりあえず無料のレンタルブログを使って作ったものまでの広範囲が、「候補者のホームページ」になりえる。金があれば、
専門のコンサルティング会社を雇って「好ましく受けが良くて、読んでもらえるものは何か」を戦略的に判断してもらい、ネットによる発信を重視する大手企業のサイトに匹敵するようなサイトを作ってもらえる。SEO対策ひとつにしても、それを専門としてコンサルティングが存在する。(関連業界のコンサルタントの皆さんには、いろいろとおいしい商機が存在する。)
「お金をかけたものではなくても、見かけがそれほど素晴らしいものではなくても、真摯で素晴らしい主張であれば、みんなが読んでくれるはず」という意見もあるだろう。しかし、画面でそのようなものに目を通してもらうのは、紙での主張以上に難しい。パット見でアピールできなかったら、数秒後にはクリックで別のサイトに飛ばれてしまうだろう。そんなものでもきちんと読んでくれるのは、その候補の元からの支持者か、逆に重箱の隅をつついて揚げ足取りをしようと意気込むアンチあたりだろう。あるいは、候補者が何らかの問題を起こして、良くも悪くも一躍注目度がアップしてしまったときも熱心に閲覧してもらえそうだ。
これらの理由ゆえに、ネットによる選挙運動は、それほど簡単に候補者に機会の平等を与えるわけではないと、わたしは考える。とはいえ、ネットによる選挙運動を認める際に「公式サイトのデータはXX GBまで」「サイトの全ページ数はXXページまで」「Twitterは禁止」なんて規制を加えるのも無理そうだし、第一どんな規制を作っても抜け道はあると思われる。
ともあれ、ネットによる選挙運動はある程度解禁しなければならないだろう。その理由は、消極的な理由だが、目立つ形でネットに意見をアップすることが簡単にできるようになった結果、今の制度のままでは選挙期間中に集中的にネガティブキャンペーンをすることが可能で、それに対する対抗手段が候補者側には少ないという、不公平が生じているように感じられるからだ。
先の参議院選では、選挙期間中に複数の候補者のネガティブ情報がネットにアップされた。これらの情報の真偽のほどは知らないが、同一のネガティブ情報が複数ブログへほぼ同時に書き込まれ、これらの記事には相互リンクが貼られていた。
最近のサーチエンジンは検索結果に表示されるブログの順位を下げる方向にあると聞いているが、それでも依然としてブログの各エントリーはサーチエンジンに認識されやすい。そしてこれらの記事にブログ間のトラックバック/相互リンクがあるため、サーチエンジンでは順位が上がりやすくなっている。その結果、選挙期間中にこれら候補者の名前を入れると、複数のブログの全く同じネガティブ情報が、検索結果の上位に表示される状態にあった。
こうしたネガティブ情報は、ときに擬似的に「客観報道」の形式をとっているものもあり、「だから、投票するのならこんなX候補ではなくY候補に入れるべき」なんて書いてあるものでなければ、事実を書いたのか嘘であるのか、あるいは個人の意見の自由の範囲で書いたのか明確にネガキャンをするつもりで書いたのかの判断を選挙期間内につけて、解決まで持っていくことは難しい。
一方、選挙期間中の候補者サイドには、今のままではこうしたネガキャンに対抗する手段はない。誰かが自分のブログに「X候補はそんなことはしていない」などと下手に反論を書こうものなら、選挙期間中の文書図画の頒布の制限に引っかかってしまう可能性がある。この点は、選挙期間中に候補者たちがネットを利用できるようになれば、ある程度は解決されるだろう。選挙期間中のネット上での中傷合戦が激しくなる可能性もあるが。
とはいえ、今回の選挙で見られたネガティブキャンペーンが、果たしてどれだけ効力を発揮したのかはよくわからない。今回の選挙では、そのようなネガキャンの憂き目にあった候補者の一人である
有田芳生氏が、民主党の比例代表の候補としては、もっとも票数を集めたからである。ネガキャンが効いて票を失った結果が373,834票なのか、ネガキャンが効かなかったから373,834票なのか、どちらなのだろう?
*「博士後期課程でcomputer-mediated communicationをテーマにしていたのに、自分を『シロウト』にするとはなにを言っている?」とお叱りを受けそうだが、大きく分ければ同じCMCの範疇ではあっても、その中身においては「外科」における「整形外科」と「美容外科」の違いぐらいある。その意味でわたしはシロウトに他ならない。
*とはいえ気をつけないと、お金をたっぷりとる専門のコンサルティング会社(自称)が実は単なる天下り先のための組織であって、支払った大金のほとんどが天下り組の報酬に行ってしまって、実際の仕事の部分が安値は下請けに横流しされているだけという事態も発生しうる。最悪の場合、末端で実際にWebの制作にかかわっている孫請け・曾孫請けの会社では、最低賃金に近いのに「裁量労働」ゆえに残業代なしか時給800円相当の派遣社員が、疲きった状態で作っているのかもしれない。こうした場合に支払った高額の対価に対して実際の成果物の出来は…(以下略)