巣窟日誌

お仕事と研究と私的出来事

『フェイササイズ』がなぜ売れる?

2004-05-31 20:25:04 | 日記・エッセイ・コラム
わたしはアマゾンのアソシエイト・プログラムに参加しているので、このブログのサイドバーでわたしがお薦め/紹介している本は、アマゾンのサイトとリンクしている。このブログやわたしのサイトからクリックしてアマゾンのサイトを訪れた人間が何かを購入すれば、「紹介料」がわたしの手に入るという仕組みだ。このように書くと、わたしがタダで儲けているように感じるかもしれないが、実際はそうウマい話ではない。結局アマゾンのほうが商売上手なのだ。

さて、アソシエイト・メンバー用のページでは、自分のサイトからアマゾンのサイトを訪れた人間が、どのような品物をチェックしたのか、そして何を購入したのかが、わかるようになっている。もちろん、「誰が訪れたか」「誰が買ったか」等の購入者のプライバシーに関することは、こちらではわからないようになっているので、ここからアマゾンを訪れた人間は、安心して買い物をして良い。

この巣窟日誌からアマゾンのサイトに入って買い物をした人間には、購入したものに特徴がある。『フェイササイズ』をはじめ、顔や体のエクササイズ系の本ばかり売れるのである。拙書『異端パワー』(共著)のクリック数もかなりあるのだが、こちらはチェックのみに終始し、売れ筋はエクササイズ関係のものだけだ。

わたしは、今年に入ってフェイササイズをしていることをこのブログで公表しているし(「フェイササイズ」「鼻の形を整えるフェイササイズとは…」参照)、フェイササイズ関連記事をいくつか書いている。ヨガを20年以上やっていることも、「ヨガマット」で書いた。ついでに公表すると、4kgのダンベルをもってのダンベルエクササイズも、8年もやっているのだ。さらに、ほとんどの人が続かなかったというアブスライド(床でコロコロ転がして腹筋を鍛えるというアレ)だって、3年近く続いているのだ。

このような、わたしの日ごろの苦労を知ってか知らずか、あるいは実物を知ってか知らずか、かなりの人がフェイササイズやエクササイズの書籍を買っていった。その購買行動の理由について、自称「生涯一研究者」としては、以下に大胆な仮説をたててみたい。

■ ふくしまの実物を知っている/みたことがある場合

◆仮説その1
なるほど。あの人が実年齢より若く見えるのは、フェイササイズをはじめとする、エクササイズのせいだったのか。エジプトがナイルの賜物であるように、あの「遠目には若い」は全身エクササイズの賜物のようだ。いざ、さっそく本を買って、フェイササイズで老け顔を防止だ。

◆仮説その2
ええ? あの人は、すでにこんなにいろいろやっていたわけ。 やっぱり年を食ってからはじめたんじゃあ、手遅れかも。もはや一刻の猶予もない。あの人を他山の石として、さっそく本を買って、フェイササイズで老け顔を防止だ。

■ 実物を見たことがない場合

◆仮説その3
本当に効果がないのであれば、わざわざブログで何度もフェイササイズを取り上げないはず。「効かない」「変らない」などといっているのは、他人にはフェイササイズをやめさせて、自分だけ抜けがけで若さを保とうという腹に違いない。甘い! そんな魂胆など、こちらはとっくにお見通しだ。では、さっそく本を買って、フェイササイズで老け顔を防止だ。

◆仮説その4
心が老けるから顔が老けるのか、顔が老けるのか心が老けるのかは、よくわからないけれど… 手遅れになってからはじめたあげく、ブログでブウブウいうなんて見苦しいねぇ。こんなオバハンにはなりたくない。こんな風に初期対応を怠ったあげく、あとで文句を言わないよう、さっそく本を買って、フェイササイズで老け顔を防止だ。

●仮説その1の欠点-本人はうれしいが、可能性が低い。
●仮説その2の欠点-これが真実だったら、本人が暴れる可能性があり、周りが大迷惑する。
●仮説その3、4の難点-「効果がある」「手遅れ」等は、ふくしま本人をみたことがないところでいっているため、すべてブログの読み手の脳内判断の域をでない。また、同じ文章を読んで3になるか4になるかは、読み手本人のそのときの精神状態、性格、老化や老け顔への切迫感等の、様々な因子に左右すると思われ、まずはその因子抽出が必要である。が、「最近自分が老けたと思う」等を質問事項に含む5段階のライカート・スケールでも作ってみたところで、本音がかえってくるとは限らないし、相手に思いっきり嫌われて、多少の血を見ることになるかもしれない。

●仮説検証の方法-幸運なことに購入者が不明のため、仮説検証は不可能に近い。

では、「フェイササイズ」をキーワードとしてここへたどり着いた方は、ご自分で判断して『フェイササイズ』の「買う」「買わない」を決心してくれたまえ。ついでに脳の軽いエクササイズには、『異端パワー』をお薦めするよ。(すがるような目つきで)お薦めするよ。


色覚に障害をもっていたら、このブログは見えるのか?

2004-05-30 15:51:20 | インターネット (CMC)
「色覚に障害をもっていたら、わたしのサイトやオンスクリーンのプレゼンテーションは見えるのか?」

3年前のある日、突然そんなことを考え始めたら、とても怖くなってしまった。

わたしは職業柄PowerPointの資料をガンガン作って、プロジェクタでスクリーンに投影しながら説明することが多い。自分のサイトも、今は休眠状態とはいえ、研究がらみで立ち上げた。それは、みんなカラーで作っている。

でも色覚は様々で、色覚に障害がある人は、思ったより多くいるらしい。「赤緑色盲の頻度は、AB型の血液型の頻度よりも多いぐらい」といわれれば、これは気にしなくてはならない。

では、わたしが「こんな色がいい」「あんな色がイメージにぴったり」「これは今年のラッキーカラーだから」と、いろいろと考えて作った配色のPowerPointのオンスクリーン・プレゼンテーションは、あるいはウェブサイトは、そしてこのブログは、本当にみんなに見えていたのだろうか? 知らず知らずのうちに、見てくれようとしている誰かを排除してはいないだろうか? 悲しい思いをさせてはいないだろうか? (そして見えなかった場合、おそらく「見えない」とは教えてくれないだろう。)

マイクロソフトのサイトには、「色覚に障害を持っていたとしたら、あなたのサイトは見えるでしょうか ?」というページがあるので、同社のPowerPointのテンプレートの配色(ひとつのテンプレートに対して数種類の配色が、標準でプリセットされている)には、色覚に障害を持っている人たちに対する配慮が、それなりになされているであろうと思う。しかし、そのプリセット配色に自分で新しい色を加えてしまった場合は、どうなるかわからない。そこでチェックが必要になる。

色覚の障害については「色覚バリアフリーのホームページ」という役に立つサイトがあり、自らも色覚障害の2人の研究者が
「色盲の人にもわかるバリアフリープレゼンテーション法」で、有益な情報を載せてくれている。画像の見え方については、このサイトの「色盲シミュレーションソフトの紹介」で紹介されているフリーウェアの "ImageJ""Vischeck ImageJ Plug-In" を組み合わせて使うと、大体どのようなイメージになるのかがわかる。

では、自分のウェブサイトについてはどうやってチェックしよう。

自分のページを画像ファイルに変換しても良いが、これだと面倒くさいので、 "Colorblind Web Page Filter" が、役に立つかもしれない。このページはエラーが多いし、結果を出すまでに時間がかかるし、日本語部分はきれいに文字化けするが、自分のサイトを入力して、色覚障害の種類を選択すると、その障害の種類にあわせて「こんな色使いに見える」というものがあらわれる。

カラフルに、楽しく、にぎやかに作ったと思ったサイトが、見る人によっては…ということになるのである。

ちなみにこの「巣窟日誌」も、検証してみた。まぁ、判読不能になってはいないことは、わかった。


デル:日本市場参入時の夢と悪夢 (1)

2004-05-30 11:55:04 | 事例
■ 受注から処理出荷までを手書きのコピーでやり取り

「おたくはコンピュータの会社なんだから、すべてはコンピュータで管理しているはずでしょ。わたしが注文したものは、いまどういう状態になっているのか、すぐ調べてよ!」

日本市場ではじめてダイレクト・マーケティングによりコンピュータを売り出した直後から、予想をはるかに上回る受注をうけてあたふたしているデルの元へ、当初はこのようなクレームがひんぱんに入ってきた。

IT関連業界にいる多くの人間にはわかっていることとは思うが、「IT関連商品を売り物として扱うこと」と「社内のIT環境が整備されていること」とは、基本的には異なる。つまり、デルの日本法人の場合、日本市場で売り出しをはじめた当時は、「注文を受けた人間が書いた手書きの注文明細のフォトコピー」がすべてだった。

今でこそ笑い話だが、この紙での受注のやり取りで営業とプロダクションの現場は混乱し、「注文した品がいつまでたっても届かない」「注文とは違うスペック(仕様)のものが顧客に届く」というトラブルが続出した。「スペックの違い」については、「注文よりスペックの低いものが届いた」というクレームはかなり受けたが、不思議なことに「スペックより高い仕様が届いた」というクレームは、1件もこなかった。

時には1台の注文に対して、時間差で同じスペックのものが3台も送られるということすら起こった。1枚の手書きの注文明細に対して、複数のフォトコピーが回ってしまったことが、原因らしかった。

「お客様。今なら幸運な方には、1台分のお値段で3台のマシンがお求めになれます。」

このようなジョークが、従業員の間で流行った。今なら余分に送られてきたマシンを売りさばく手段も結構あるが、当時は個人が自分のコンピュータを売るルートはなかった。個人の家に3台も送られた側は、さぞかし迷惑だったろう。

■ 使えなかったERPパッケージ

なぜ、すべてが手書きの受注明細に頼ることになってしまったのか?

それはSCALA(スカラ)という名のERPパッケージのハシリのようなソフトを導入したせいである。このソフトの導入は本社命令であり、社内経理から受発注、在庫管理、顧客管理まですべてが、SCALAで処理されることになっていた。

「いいかい。電話で注文を聴きながら、同時に顧客登録をして受注を入力する。オースティン(アメリカのテキサス州の州都、当時のデルの本社所在地)では、みんなこうやって注文を受けている。このときに入力される情報は、プロダクションに自動的に送られるんだ。納品書も請求書も自動的に出力されるよ。在庫管理もこれでできるし、発注もこのソフトを使って行なえる。経理もこれがあればOKさ。様々な分析だって…」

本社から出張してきたアメリカ人のSCALA導入担当者は、胸を張ってそういった。彼のことばは、今でこそビジネスソリューションのコンセプトとしては当たり前に聞こえるが、当時のわたしたちにとっては目新しいものだった。そしてわくわくしながら、SCALAのトレーニングに参加した…が…

■ 日本語を処理できない!

しかしこのSCALAは、なんと日本語を処理できなかったのだ。

これはSCALAそれ自体の罪ではない。SCALAの開発者たちは、極東において従業員総数が100人にも満たない企業が、果敢にも日本市場内でこのパッケージを使う状況は、想定していなかったろう。しかし、実際に使う側としては、内部の伝票処理はともかく、顧客にかかわるデータすべてに日本語が使えないのは致命的だった。このせいで、受注が手書きとなってしまったのだ。

社内の技術者が苦労したあげく、SCALAへの日本語の「入力」のほうを可能にしたのは、日本市場で受注と生産が始まってかなりたってからだった。受注から処理出荷までを、かなり長い間手書きのコピーに頼らざるを得なかったのは、このせいである。

SCALAへの「入力」が可能になり「画面出力」が可能になることは、実は少なくとも当時のテクノロジーでは「プリントアウトできること」を意味しなかった。画面に日本語が出るようになっても、依然としてプリンタから日本語が出てこない状態がしばらく続いた。そのため、納品書も請求書も領収書も、そして、発送伝票も、別途誰かがワープロで手打ちということになった。(経理はしばらくPCA会計とSCALAの両方を並行して使っていたようである。)

■ SCALAにインストールされた数千種類の製品番号が利用できない

さて、SCALA導入時にインストールされた数千種類の製品番号は、2回目以降入荷の製造元となるアイルランドの工場が独自につけた番号だった。ところが、初回に大量に入荷された製品にはメキシコ工場が組み立てたもので、メキシコ工場ではこの工場独自の製品番号を振っていた。そのため、日本市場参入に際して大量に輸入した初回入荷分のデータを、SCALAに入力することはできなくなってしまった。

営業はSCALAは日本語の入力が可能になった段階で、手書きの受注明細のコピー明細による方法を継続しつつ、後追いながら受注を入力し始めた。しかし、このような事情から受注データと在庫のデータはまったく連動しておらず、一体在庫はいくつあるのか、何台出荷したのか、それぞれの注文のオーダーステータスはどうなっているのか、等は、各部署の担当者が別々に作成した「手書きの受注明細を基にしたEXCELファイル」に頼っていた。

毎朝朝礼で、「今日もSCALAは使えません」の報告が続いた。あるアメリカ人のスタッフが、いみじくも、はきすてた。

"Our five-letter dirty word ? SCALA!"

(もちろん、不快語を意味する「四文字語」 (four-letter word) のもじりだ。)


「ネコ」ポリス その18

2004-05-29 19:36:04 | ノラネコ
駐車している車の下(ナンバープレートは消してある)で、デジカメで撮られたら魂を抜かれはしないかと警戒するネコ

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ノラネコたちは止めてある車が好きだ。止まっている車のそばは安全だからだ。悪いヒトや、悪意はないがちょっかいを出しにくるヒトの子供たちを見たら、車の下にもぐって隠れることもできるし、彼らが近づいてこないかどうか、車の上から周囲をうかがうこともできる。

そして車のそばは快適だ。暑いときは車の下にもぐって休めば涼しいし、寒いときには太陽を浴びて温まったボンネットの上で、日向ぼっこをすれば気分が良くて眠くなる。