映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

沈まぬ太陽

2009年11月19日 | 邦画(09年)
 「沈まぬ太陽」を吉祥寺で見ました。

 かなりの話題作であり、また主演の渡辺謙がこれまで出演している映画(「明日の記憶」や「硫黄島からの手紙」など)が総じて良かったこともあり、3時間を超えるという長さにはたじろいだものの、見に行ってきました。観客は、普段ならあまり映画館に足を運ばないような年配の人が多かったように思います。

 映画の方は、途中で10分の中断があったものの、全体としてなかなか緊密にできていて、集中して見ることができました。主人公の恩地を演じた渡辺謙、敵役の行天の三浦友和等々、出演人物はみな好演しており、なかなか見応えがありました。 

 とはいえ、見終わってみると、壮大なアフリカの光景など見どころはもちろんたくさんあるものの、違和感を持った点もかなりありました。
 と言って、この映画が事実と違うかどうかという点を問題にしても時間の無駄だと思います。映画として見た場合の問題点に限って、若干述べてみましょう。

イ)恩地があそこまで経営陣に嫌われて、9年もの間、辺鄙な海外での生活を強いられる理由が、この映画からは判然としません。労組の委員長として経営陣と対立したからといって、それぞれがそれぞれの役割を果たしただけのことですから、あそこまで追い込められるのだろうかと思ってしまいます。

 労組の要求を飲めば会社が倒産するというケースであれば話は別ですが、そんな設定になってはいません。 
 また、総理フライトがストライキによって妨げられてしまう恐れがあり、そんな危ういところに会社を追い込んだから、という理由とも考えられますが、そんなに後々まで尾を引くことなのでしょうか?
 あるいは、行天が言うように、単に「目障り」だからなのかもしれません。

 この映画のモデルとなった人が実際にそのような理不尽な仕打ちを受けたのだから、こんなことはドウでもいいという意見がありうるでしょうが、この映画だけを見ている者からすれば、もう少し強固な理由を設けてもらわないととても落ち着きません。

ロ)一番わからないのは、敵役の行天の行動です。
 まず、恩地と大学の同期でありながら、労組の委員長と副委員長に就いていますが、そんなことがあるだろうかと違和感を持ってしまいます。あるいは、恩地との強い信頼関係に基づいているとされているのでしょうか?ただそうだとしたら、チョットした情報だけで見方が180度転換してしまうという描き方で良いのか、と思ってしまいます。

 また、行天は、地位を上り詰めるために、不正な手段で得た資金に手を出すことまでしますが、なぜそこまでして昇進しようとするのかの動機がうまく描かれていません。恩地への対抗心としても、そんなものは恩地のカラチ左遷で十分満たされるのでは、と思ってしまいます。

 それに、彼の家庭事情が何も描かれてはいないので、松雪泰子との愛人関係も、何か取ってつけたような感じしか受けません。

 全体として、恩地の対極にある人物像として行天をプロセス抜きで作り上げているために、酷く類型的でリアリティに欠けてしまっているのではないか、と思いました。

ハ)恩地は、会社に対して詫び状を入れることをあくまでも拒否しますが、そしてその姿勢がこの映画のメイン・テーマの一つである「男の矜持」なのでしょうが、現在制作する映画としてはあまりにも時代錯誤のような気がしてしまいます(ただ、こうしたことが描かれているというので、年配の人が映画館に足を運んでいるのでしょう!)。

 とにもかくにもあの時代にはこんな男が存在したよ、というだけなのではわざわざ映画を制作するには及ばないのではないでしょうか?

ニ)恩地の前任の労組委員長を西村雅彦が演じていますが、デフォルメし過ぎの感があり、経営陣の一翼を担っているにしては、実に奇矯なふるまいをするものだと思いました。

ホ)恩地の妻(鈴木京香)の描き方も、あまりにも古色蒼然としていて、確かに「1930年生まれ」の人の妻だったらあるいはこういう人もいたでしょうが、それにしても血が通っておらず、現代人の共感を呼ばないことでしょう。

ヘ)この映画が長すぎるという感じは受けませんでしたが、少なくとも御巣鷹山事故に関する部分は、原作でも5分の1の扱いなのですから、大幅カットが可能だと思います。

 それに、主人公の恩地は、御巣鷹山事故の遺族担当ということになっていますが、わざわざそのように設定することの意味合いがよくわかりません。会社側の対応のまずさを強調して国見会長の改革へつなげようとしたとも思えるところ、うまく説明がなされていないようです。


 評論家の意見は次のようなものです。
 まず、福本次郎氏は、「ひとりの人間の思いなどちっぽけなもの、それでも厳しさに耐え思いを持ち続ければ、希望となる。その過程がしっかりとした筆致で描かれ、長時間退屈せずに鑑賞できた」として70点を与えています。
 また、渡まち子氏は、「もちろん拷問のような扱いを受けても会社を辞めない主人公を全肯定はできないが、直球勝負の映画の作りと俳優たちの熱演に、深く感動させられた。愚直なまでの生き方を貫く恩地役・渡辺謙、敵役の行天役・三浦友和、共に素晴らしい」として75点です。
 さらに、前田有一氏は、「複雑な思いを抱かせる一面はあれど、平均を上回る見ごたえの社会派作品であることに違いはない」として70点を付けています。

 総じて皆さんの評価は高いのですが、私としては、この映画では人形のような類型的な人間たちが動き回っているだけであって、あまり高く評価できないのでは、と思っています。
 やはり実在の人物をモデルにして描けば、どうしてもその人を必要以上に美化してしまい、他方でその敵役を必要以上に酷い悪者として描かざるをえなくなってしまい、それが歴史上の人物であれば単なるお話で済みますが(NHK大河ドラマのように)、現代史にかかわる場合には、多くの利害関係者がまだ存命なのですから、問題が大きいのではないかと思われるところです。


ブログパーツ