(シリア北西部イドリブ県アリハで、空爆で崩壊した建物のがれきに埋もれた状態で妹の赤ちゃんをつかむ姉妹と、そのそばで動揺した様子を見せる男性。シリアのニュースサイト「SY24」より(2019年7月25日取得)【7月27日 AFP】)
【「国際社会の無関心」と「がれきに埋もれ妹をつかむ少女」】
シリアでは激しい戦闘が「日常」のことともなっており、国際社会もその惨状に“慣れて”しまい、大きな注意をむけることも少なくなっているようにもおもえます。
しかし、現実にはロシア・イランの支援を受けるアサド政権側が軍事的優勢を強めるシリアにあって、反体制派の最後の拠点ともなっているイドリブに対する政府軍の攻撃はし烈を極めるものとなっています。
****空爆続くシリア北西部、4月末からの3か月間に40万人以上が避難 国連****
国連人道問題調整事務所は26日、シリア北西部で続く空爆のため、4月末からの3か月間に40万人以上が避難したと明らかにした。
ミチェル・バチェレ国連人権高等弁務官は、民間人の死者数が増え続けていることについて「国際社会の無関心」を強く非難。「週に数回、空爆によってかなりの数の民間人が負傷し、死亡している。そしてそれに対して、世間は肩をすくめるだけだ」と指摘した。
バチェレ氏は、政府軍が北西部イドリブ県にある学校や病院、市場やパン製造所に攻撃を続けていると警告し、「これらは民間の施設だ。そして、このようにパターン化された攻撃を見る限り、これらが偶然空爆の被害に遭ったようには思えない」と指摘した。
さらにバチェレ氏は、民間人に対する意図的な攻撃は戦争犯罪に当たると指摘し、「これらの攻撃を命じた者と実行した者は、自身の行為について罪の責任が問われる」とも主張した。
英国に拠点を置く非政府組織「シリア人権監視団」によると、攻撃の急増によって民間人740人以上が死亡した。
攻撃の矛先は、イドリブ県のほぼ全域と、隣接するアレッポ県やハマ県、ラタキア県の一部に向けられている。攻撃を受けている地域には約300万人が住んでいたが、半数近くが既に国内の別の場所に避難している。
OCHAによると、最も避難者が多いのはイドリブ県南部とハマ県北部で、これら2か所は、攻撃の激化による被害が最も大きい地域だという。
シリア政府と同盟関係にあるロシアと、反体制派を支援するトルコは昨年9月、イドリブ県に緩衝地帯を設置することで合意。同地域は、政府軍による大規模な攻勢から逃れられるはずだった。
しかし現在、この地域は、国際テロ組織アルカイダ傘下の組織を前身とする反体制派連合「タハリール・アルシャーム機構」が支配している。HTSが緩衝地帯からの撤退を拒否したことで、ロシアとトルコの合意が完全に実行されることはなかった。
政権側は、過去数週間で同地域への攻撃をさらに激化させている。複数の援助団体は、ここ数週間の悲惨な状況は8年目を迎えたシリア内戦の「悪夢」だとしている。 【7月27日 AFP】
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そうした中で改めてその悲惨な現実を世界に訴えた写真がありました。
****がれきに埋もれ妹をつかむ少女 シリア空爆の写真が話題****
シリアで撮影された1枚の写真が、ソーシャルメディア上で話題を呼んでいる。
そこには、粉じんをかぶり、がれきに埋もれて身動きがとれなくなった少女2人が、空爆を受け崩壊した建物からぶら下がる生後7か月の妹の服をつかむ様子が写されている。背後の男性は額に手を当て、恐怖の表情で口を開けて姉妹を見つめている。
写真は24日、空爆が襲った直後のシリア北西部イドリブ県アリハをとらえたもので、同国のニュースサイト「SY24」のカメラマン、バッシャール・シェイク氏が撮影した。イスラム過激派が支配するイドリブ地域は、4月下旬から頻繁にシリア政府とその同盟国ロシアによる攻撃を受けている。
近くの病院で少女らを治療したイスマイル医師(本人の希望により名字は非公開)によると、一家の自宅は政府軍の空爆を受け、写真に写っている姉妹3人のうち1人が死亡し、残る2人は生死の境をさまよっている。
イスマイル医師によれば、写真で幼い妹の緑色のシャツをつかんでいるリハム・アブドラちゃんは、空爆の直後に死亡。がれきからぶら下がっていた妹のトゥカちゃん(7か月)は頭部を負傷し、集中治療を受けている。
同じ病院の別の医師が明らかにしたところによると、写真に写った3人目の少女ダリアさんは胸部の手術を受け、現在は容体が安定している。
一家は両親と姉妹6人からなる8人家族だった。イスマイル医師は、リハムちゃんに加え、写真には写っていない母親と別の娘が24日の空爆後に死亡したと説明。胸部と腹部を負傷した別の娘ロワンちゃんも26日に死亡した。 【7月27日 AFP】
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シリア政府軍は簡易焼夷弾の“たる爆弾”をイドリブ県の都市部などに無差別に投下、ロシア軍機も空爆を強化し、攻撃は市場や住宅地域、病院や学校、水道施設など民間施設に及んでいます。
こうした民間人に対する意図的な攻撃は戦争犯罪に当たるとの批判があるのは、冒頭記事のとおり。
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空爆に加えて地上戦も激しさを増している。現地からの報道によると、政府軍は精鋭部隊の「タイガー軍団」に進撃させたが、反政府勢力の反撃に遭って失敗。
このためロシアが「初めて地上部隊を投入」(反政府筋)、地上戦に直接参戦しているという。しかし、ロシア国防省は「フェイク」と一蹴、過去も、今もシリアにはロシアの地上部隊はいない、と否定した。
これまでもロシア人が戦闘に加わっているという情報はあり、一部は傭兵部隊だと見られていた。また、地上戦にはイラン支援のレバノンの武装組織ヒズボラや、イラク、アフガニスタンからのシーア派民兵軍団も政府軍支援で戦っている。【7月29日 WEDGE】
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【政権側は停戦に同意 反体制派は条件履行を拒否】
こうした状況にあって、シリア政府が停戦に同意したとの報道がありました。
****シリア政府、イドリブ県での停戦に条件付きで同意 国営メディア****
シリア国営シリア・アラブ通信は1日、シリア政府が北西部イドリブ県での停戦に同意したと報じた。同県一帯に非武装地帯を設定したトルコとロシアの合意が履行されることが条件。
同通信が伝えた軍関係者の発表によると、シリア政権は、イスラム武装勢力と反体制派が合意に従い非武装地帯から部隊と兵器を撤収することを条件に、「イドリブの緊張緩和地帯で今夜から停戦することを承認」したと伝えた。合意は昨年9月、ロシア南部ソチで結ばれたもの。
反体制派側を支援するトルコと政権側を支援するロシアとイランが、カザフスタンでシリアの和平協議を再開する中での発表となった。
イドリブ県のほぼ全域と、ハマ県、アレッポ県、ラタキア県の一部は、国際テロ組織アルカイダ傘下の組織を前身とする反体制派連合「タハリール・アルシャーム機構」の支配下にある。この地域では現在も約300万人が暮らしている。
この地域は、トルコとロシアの合意により政府軍の大規模攻撃を免れるはずだったが、4月末以降、シリア政府とロシアによる空爆が激化している。
シリアのバッシャール・アサド政権は、トルコが合意の履行をしぶっていると非難している。合意では、政権軍と反体制派を隔てる最大で幅20キロの非武装地帯を設けるとしていた。 【8月2日 AFP】
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「がれきに埋もれ妹をつかむ少女」の写真が国際社会の関心を再び高めたことにともなう国際社会の厳しい批判に、アサド政権側も多少の配慮を示したものでしょうか。(それとも、単なる戦略的行動でしょうか)
しかし、政権側が停戦に同意したとのことですが、政権側・反体制派の後ろ盾となっているロシア・トルコがこれに関与しているのかは定かではありません。
“一部ロシア筋はトルコとロシアが停戦の維持を再確認したと報じているようですが、トルコのhurryiet net にもそのような記事はなく、トルコ・ロシアの合意云々は危なっかしい気がします。”【8月4日 「中東の窓」】
しかも、肝心の反体制派のイスラム過激派組織「タハリール・アルシャーム機構」(旧アルカイダ系ヌスラ戦線)が、政権側が停戦の条件としている非武装地帯からの部隊と兵器の撤収を完全否定しています。
****シリアのイスラム過激派組織、イドリブ非武装地帯からの撤退を拒否****
シリア内戦をめぐり、反体制派のイスラム過激派組織「タハリール・アルシャーム機構」のアブムハンマド・ジャウラニ指導者は3日、北西部イドリブ県での停戦に政権側が同意したことについて、停戦が発効しても非武装地帯の設定地から一切、部隊は撤退させないと強硬姿勢を示した。HTSの前身は、国際テロ組織アルカイダと関連したイスラム過激派組織「ヌスラ戦線」。
これに先立ち、国営シリア・アラブ通信は1日、トルコとロシアの合意に基づいてイドリブ県一帯に非武装地帯を設定することを条件に、シリア政府がイドリブでの停戦に同意したと報じた。政権側はイドリブへの空爆を翌日から停止している。
しかしジャウラニ指導者は、HTSが設定した3日の記者会見で「われわれは絶対に非武装地帯から撤退しない」と言明し、「友が要請しようが、敵が要請しようが、態度を変える気は毛頭ない」と述べ、非武装地帯案を全面的に拒絶した。(後略)【8月4日 AFP】
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停戦の実効性が担保できるかは、トルコがどのように判断しているのか、そのトルコの「タハリール・アルシャーム機構」への影響力がどの程度なのかによりますが、よくわかりません。
【クルド人勢力をめぐるトルコ・アメリカの対立】
一方、トルコはシリア北部・トルコ国境沿いに支配地域を広げるクルド人勢力への対応をめぐっても、クルド人勢力を支援するアメリカと対立しています。
****トルコ 「クルド人勢力排除しなければ軍事行動も」 米に警告****
シリア情勢を巡ってトルコのアカル国防相がアメリカのエスパー国防長官と電話で会談し、アメリカがシリア北部からクルド人勢力を排除しなければ、トルコが軍事行動を起こして排除すると警告しました。
シリア北部のクルド人勢力をめぐっては、トルコが国内の分離独立闘争とつながるテロ組織とみなしているのに対し、アメリカは過激派組織IS=イスラミックステートとの戦いで協力関係を築いてきたことから、今も一定の関係を維持していて、トルコ政府はトルコとクルド人勢力を隔てる「安全地帯」をシリア北部に設置するようアメリカに求めています。
この構想についてトルコのアカル国防相は29日、アメリカのエスパー国防長官と電話で会談しました。
トルコ国防省によりますと、アカル国防相は、アメリカはクルド人勢力への支援をやめ、安全地帯を設置してそこから完全に排除すべきだとしたうえで、アメリカが協力しなればトルコが軍事行動を起こしてクルド人勢力を排除し、安全地帯を設置すると伝えたということです。
トルコは今月、アメリカの反対を押し切ってロシアから地対空ミサイルシステムS400の搬入を始めたため、アメリカ国防総省は最新鋭のステルス戦闘機、F35の共同開発計画からトルコを排除すると発表しており、両国のあいだの対立が浮き彫りになっています。【7月30日 NHK】
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昨日・今日のTVニュースでは、安全地帯の幅をめぐって広く設定したいトルコと最小限にとどめたいアメリカの意見が対立しているとのことのようです。
上記記事にもあるように、トルコとアメリカの対立は、この問題以外に地対空ミサイルシステムS400をめぐる問題もありますので、解消が容易ではない状況にもあります。