(2009年8月、アフマディネジャド大統領の2期目就任を正式に承認した式典の最中に、ハメネイ師が大統領の敬意の手へのキスを拒み、大統領はハメネイ師の肩にキス 宗教的にはノン・エリートで、最高指導者の権威を利用しようとする大統領とハメネイ師の関係は当時から微妙でした。【2009年8月3日 AFP】)
【女性が自転車に乗ることを禁じる宗教令 保守強硬派の巻き返し?】
イラン社会に関する最近の話題を2件
****女性に自転車禁止の宗教令・・・・イラン最高指導者****
イランの最高指導者ハメネイ師は、女性が自転車に乗ることを禁じる宗教令(ファトワ)を出した。
同師の事務所が18日、ウェブサイトで明らかにした。
イスラム教シーア派の最高位法学者として、信徒の質問に答えた。女性が公の場で自転車に乗れば家族以外の男性の目に触れるため「ハラーム」(イスラム教上の禁止行為)にあたるとの見解を示した。
イスラム法学者は信仰生活上の指針を示す役割を担う。複数いる最高位法学者の中でハメネイ師を権威として仰ぐ女性信徒は、自転車禁止令に従う義務がある。他の法学者を権威として仰ぐ信徒が従うかどうかは個人の判断に委ねられる。だがハメネイ師の影響力は大きく、自粛の動きが広がるとみられる。【9月19日 読売】
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どういう経緯で出された宗教令(ファトワ)かはわかりませんが、“女性が公の場で自転車に乗れば家族以外の男性の目に触れるため「ハラーム」にあたる”というのは、下記のように一定に女性の社会参加も進んでいるイランの現状からすると、まるでアフガニスタンの旧タリバン政権時代のような感じで、やや奇異にも思えます。
****イランにおける選挙制度と女性の政治参加****
―伝統的制度と価値観に挑戦するイランの女性たち―
1979年のイラン革命後、政治制度から、社会、文化、日常生活までイスラーム化政策が推進され、家族関係、結婚、離婚、服装など女性に係わる法律に、イスラーム法が色濃く反映されるようになった。
その結果、女性からの離婚や養育権の請求が困難となり、肌や髪の毛を見せない厳格な服装規定が適用されるようになった。
その一方で、政府は、イスラームの枠内での女性の政治や経済、社会活動への参加を奨励したため、女性の進学率や就業率は革命前から大きく前進した。
例えば、女子大学生の割合は、革命前の1978年には31.8%であったが、2006年には63.7%に拡大し、女子の進学率が男子を凌駕した。
女性の就業率も1978年の13.6%から、2006年に18.5%に上昇し、1971年に2.5%にすぎなかった女性ジャーナリストの割合は、2006年には22%に拡大した。
そして、2016年2月26日の第10期国会選挙と4月29日の第2回投票の結果、17名の女性が選出され、イラン・イスラーム共和国史上最大の女性議員が誕生した。(後略)【貫井万里氏 http://www.sridonline.org/j/doc/j201607s03a03.pdf】
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改革派・穏健派と保守強硬派のバランスをとる関係で出された政治的産物でしょうか。
先の議会選挙で改革派・穏健派が躍進したイランですが、保守強硬派とのせめぎあいが続いています。
****当選女性「失格」、イラン政界混乱 保守強硬派が巻き返し策か****
イランで2月に行われた国会議員選挙(定数290)で当選した女性が失格を通告された。スカーフ未着用など宗教モラルに反する行為があったと報じられたが本人は否定。ロハニ大統領も失格を認めない。
選挙は国際協調を進めるロハニ氏の支持勢力が圧勝。快く思わない保守強硬派が、宗教を口実に巻き返しに出た形だ。混乱の中、新議員による国会は28日に始まる。(中略)
混乱の背景には政治勢力の対立がある。ロハニ氏を支持し、自由を好む保守穏健派・改革派と、反欧米で宗教の規律を重んじる保守強硬派だ。護憲評議会は保守強硬派の影響下にある。
選挙では保守穏健派・改革派が保守強硬派の議席を上回った。保守強硬派はアフマディネジャド前大統領時代に政権を担ったが、核開発を強行して国民を失望させた。
だがテヘランの警察は4月、女性の服装など風紀を取り締まる覆面警官7千人の導入を表明。保守強硬派が影響力を行使したとの観測が広がっている。
同志社大の中西久枝教授(中東地域研究)は「制裁解除を受け次期国会では外資導入に向けた法整備で争いが起こり得る。保守強硬派は、前政権時代に拡大した利権を手放すまいという動きに出ると予想される」と話す。【5月28日 朝日】
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もうひとつは、イランでもクレジットカードが使えるようになったという話題ですが、これまでカードが使えなかったということが驚きです。
****イラン、クレジットカードを初導入****
イランで25日、クレジットカードが初めて導入された。イラン学生通信(ISNA)が報じた。
イランは、欧米などとの核合意を受けて1月に経済制裁が解除されて以来、石油生産や経済の強化を図っている。
ただ、イラン中央銀行のセイフ総裁は、銀行がクレジットカードシステムに慣れるまで時間がかかる可能性があるとの懸念も表明。ISNAによると、「こうしたカードが、銀行ネットワークの中で、すぐに利用されると考えるのは正しくないだろう」と述べたという。
クレジットカードの利用限度額は、約3000、1万、1万5000ドルの3種類。店舗やオンラインでの買い物に利用できる。【9月26日 ロイター】
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【アフマディネジャド前大統領に立候補しないように求めた・・・・ただ、「出馬するなとは言っていない」】
制裁措置に苦しんできたイランでは、欧米との核合意で国民に経済回復への期待が一気に高まったものの、現実にはなかなか制裁解除が進まず、期待がロウハニ政権への不満・失望に変わりつつある・・・ということは、8月12日ブログ“イラン 実効を伴わない制裁解除でイラン経済の困難続く 政権・核合意への期待は失望に”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160812でも取り上げました。
そこでも触れたように、対欧米強硬派のアフマディネジャド前大統領がそうした国民の不満・失望の受け皿ともなって支持を拡大しています。
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米メリーランド大などが6月、イランの約1千人に行った世論調査では、核合意で暮らしが改善したと答えた人は26%。ロハニ氏の好感度も、「非常に良い」が昨年8月の61%から38%まで下がった。
台頭するのが、アフマディネジャド前大統領だ。次の大統領を尋ねる質問で、1年前はロハニ氏と27ポイント差があったが、今回は8ポイント差に詰めた。7月から各地のモスクで演説を始め、「時が来れば私は戻る」と発言している。今月8日にはオバマ米大統領に資産凍結の解除などを求める書簡を送り、イランメディアの話題をさらっている。【8月12日 朝日】
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アフマディネジャド前大統領は、2013年に大統領を退任した後、大学教授をしていたそうですが、昨年夏頃から政治活動に復帰していました。(アフマディネジャド前大統領は工学博士の学位を有していますが、大学で何を教えていたかは知りません)
このままいくと、来年5月19日実施の大統領選で2期目に挑むとみられる穏健派ロウハニ大統領にとって、厳しい戦いも予想されていましたが、最高指導者ハメネイ師がアフマディネジャド前大統領に大統領選挙出馬自粛を求める発言をしたそうです。
****イラン最高指導者、前大統領に不出馬勧告「国が割れる」****
来年5月のイラン大統領選をめぐり、同国の最高指導者ハメネイ師は26日、アフマディネジャド前大統領に不出馬を勧告したと明らかにした。
現職のロハニ大統領の有力な対抗馬とみられていたが、立候補は難しくなる。国際社会からの孤立を招いた前大統領の強硬路線を否定した形だ。
ハメネイ師の公式サイトに、神学校での講義録として「彼自身と国の利益を考え、かの行事に参加しない方が良いと言った」「彼が特定の問題に当たれば国は二つに割れる。二極分化は国益に害だと助言した」との発言が公開された。名指しはしていないが、イランメディアは相手が前大統領で、行事とは大統領選のことだと一斉に報じた。
イランには現在、融和外交を支持する保守穏健派・改革派と、反欧米でイスラム教に厳格な保守強硬派という大きく二つの政治潮流があり、ロハニ大統領は前者の支持を受ける。前大統領は後者で、核開発を制限したのに欧米から十分な見返りがないとする国民の不満を背景に、支持を広げていた。
保守強硬派では他に、精鋭部隊・革命防衛隊のソレイマニ司令官を推す動きもあるが、同司令官は「軍人として生を全うする」と固辞する構え。
同派の候補者選びは難航し、ロハニ氏に有利な情勢だ。ただ、ハメネイ師は「出馬するなとは言っていない」とも述べ、アフマディネジャド氏への対応に含みも残した。【9月27日 朝日】
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穏健派ロウハニ大統領の核合意・対欧米協調路線を基本的には支持したと思われる最高指導者ハメネイ師としては、アフマディネジャド前大統領の復活でそうした路線がご破算になることは望んでいない・・・ということでしょうか。
****最高指導者の前大統領の立候補阻止(イラン)****
日本のメディアも報道しているようですが、al arabiya net は、イランの最高指導者がアハマディ・ネジャード前大統領に、2017年の大統領選挙に出馬しないようにアドバイスしたと報じています。
それによると、最高指導者のネットが、ハメネイが数日前に有力者のひとり(アハマディ・ネジャード)と会って、彼の立候補は彼のためにも、イラン国家のためにもならない、として、来年の大統領選へ立候補しないように求めたと報じているとのことです。
また強硬派の前イラン通信事務局長が、アハマディ・ネジャードがハメネイと会談すべく努力してきたが、実現した会談では最高指導者は明確に彼の立候補に反対したと語った由。
いずれにしても、前大統領は数か月前から、イランお方々の町を回って、選挙運動をしてきたが、その中でかれは現大統領ロウハニが米国等と合意した、イランの核開発停止に関する合意を非難し、ロウハニ大統領は「一期だけの大統領になろう」と語ってきた由。
これに対して、最高指導者は、今後さらに米国がイランに対する制裁緩和を進めることを期待していて、特に米大統領選のこの時期における発言が、核合意の今後について与える悪影響を懸念した由。
ハメネイの核合意に対する立場については種々の見方があったかと思いますが、少なくとも彼の支持がなければロウハニが核合意に署名することはできなかったはずで、かれが(思惑はともかく)核合意を支持したことは間違いなく、その意味ではそのような彼の政策に真っ向から反対した前大統領の立候補を、好ましく思わないことは十分考えられます。
なお、記事は、その他前大統領の時期が、イラン正解が腐敗、汚職等の最も蔓延した時期であったとしており、そのことと最高指導者の反対を直接結びつけてはいないが、これも最高指導者がアハマディ・ネジャードに反対して理由の一つである可能性も強いかと思います。【9月27日 野口雅昭氏 「中東の窓」】
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【最高指導者の権威にもひるまないアフマディネジャド前大統領】
核合意をめぐる基本路線の問題もありますが、アフマディネジャド前大統領と最高指導者ハメネイ師の個人的関係も影響しているのではないでしょうか。
アフマディネジャド前大統領は良くも悪くも強烈な個性の持ち主です。
“米大統領選で共和党の候補者指名を争うドナルド・トランプ氏は、イランでは「アフマディネジャド前大統領のようだ」と言われている。周囲が抑えきれない絶大な権力を得たアフマディネジャド氏は倫理観や法令に縛られず、強硬路線を貫いた。両氏はまさに似たもの同士だ。”(イランのシャヒド・ベヘシティ大、アリ・ビグデリ教授)【4月23日 毎日】
イランでは最終決定権は最高指導者にあって、大統領は行政府の長に過ぎない・・・と言われていますが、アフマディネジャド前大統領はそうした立場を超えて実権を握ろうとしてハメネイ師とも争い、不興を買った経緯もあります。
****プーチンをめざすアハマディネジャド****
中東のイランは、1979年のイスラム革命でイスラム聖職者のホメイニ師が権力を取って以来、聖職者集団がすべての権力を握る「イスラム共和体制」だ。
聖職者集団(専門家会議)が選出する「最高指導者」が最高権力者で、大統領はその下の行政の責任者でしかない。
しかし、外交面で米国と敵対する戦略が成功し、内政面で補助金縮小による財政立て直しに成功しているアハマディネジャド大統領は、自分を任命したハメネイ最高指導者から権力を奪取することをもくろみ、イランの上層部で権力闘争を引き起こしている。 (Ahmadinejad fights to stay relevant)
イラン大統領の任期は、2期8年が限度と憲法で決められている。アハマディネジャドの任期は2013年までだ。しかしアハマディネジャドは、自分の娘の夫で官房長官のイスファンディアル・マシャイエを、次期大統領選挙に当選させ、マシャイエに1期4年の大統領をやらせた後、17年から再び自分が大統領に返り咲こうと目論んでいる。(Analysis: Deep echoes of Iran political tremors)
このやり方は、ロシアのプーチン首相から学んだことだ。ロシアの大統領も任期の上限は2期8年だが、プーチンは大統領を8年やった後、子分のメドベージェフに1期4年の大統領をやらせ、来年の選挙で再び大統領に返り咲こうとしている。メドベージェフは最近、嫌々ながら、次期大統領選挙に出ないことを認めた。(Putin eclipses Medvedev in run-up to 2012 election)
ロシアの聖職者は、百年前の革命で権威を剥奪された。敵のいない権力者であるプーチンは、自分の権力の設計図を自由に描いて実行できる。
対照的に、イランは30年前の革命で聖職者独裁の国になった。アハマディネジャドがプーチンになるには、聖職者独裁を壊さねばならない。
聖職者集団は、アハマディネジャドの意図を早くから見抜き、09年に再選を果たした彼がマシャイエを副大統領の一人として据えようとした時、その人事を拒否している。アハマディネジャドはしかたなく、マシャイエを官房長官(政策顧問)にした。(Inside Iran's Fight for Supremacy)
アハマディネジャドは4月中旬、マシャイエを諜報大臣に就任させようとして、それまで諜報大臣をしていたモスレヒ(Heidar Moslehi)を罷免した。
多民族で多様なイランのような国では、国家を統治する際に諜報が非常に重要な部門だ。アハマディネジャドは、マシャイエを次期大統領に据える前に諜報大臣を経験させ、諜報分野の権限を、聖職者集団の傘下組織である革命防衛隊から奪取しようとしたのだろう。(Reports: Iran intelligence chief in political vise)
ハメネイはモスレヒの罷免を認めないと宣告した。だがアハマディネジャドはハメネイの指示を無視し、モスレヒを呼ばずに閣議を開いた。
ハメネイは怒り、モスレヒを出席させて閣議を開くよう、アハマディネジャドに強く求めた。モスレヒが出席して閣議が開かれたが、こんどはアハマディネジャドが欠席していた。4月後半、アハマディネジャドは閣議を2回欠席し、ハメネイに抗議の意志を示した。(Iran's Ahmadinejad in growing rift with top cleric)
聖職者独裁のイランで、ハメネイに逆らう者は国賊だ。有力な聖職者たちが相次いでアハマディネジャドを非難し、軍より強い力を持つ革命防衛隊もハメネイを支持した。アハマディネジャドは四面楚歌状態となったが、国際社会で孤立するほど声高に反米主義を唱え続けた彼は、かなりの頑固者らしく、大してひるまなかった。 (Power Struggle in Iran Enters the Mosque)(後略)【2011年6月12日 田中宇氏】
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最高指導者の権威すら侵しかねないアハマディネジャド前大統領の復活をハメネイ師は望んでいない・・・とも推察されます。
もっとも、2011年当時の上記のような確執を考えると、アハマディネジャド前大統領がハメネイ師の勧告を無視して出馬する可能性もあります。
イランでは最高指導者ハメネイ師の影響下にある護憲評議会が候補者の適格審査を行い、適格と判断された者のみが大統領選挙に出馬することを許されますが、ハメネイ師がアハマディネジャド前大統領の出馬を止めるような強権を行使するかどうかはわかりません。
かつての絶対的権威を有していたホメイニ師とは異なり、ハメネイ師は“最高指導者”とは言いつつも、政治状況を無視できない立場にあります。保守強硬派の主流派とは対立しているアハマディネジャド前大統領ですが、有力候補者がいない強硬派がまとまって前大統領出馬を求めた場合は・・・。
今回も「出馬するなとは言っていない」といったあたりに、そうした政治バランスに乗っかる立場が窺えます。