【9月8日 Pars Today】
【問われる「9.11」へのサウジアラビア政府の関与】
2001年の米同時多発テロ「9.11」から15年、事件への関与が疑われる外国政府を遺族らが提訴し、外国政府に損害賠償を請求することを可能にする法案がアメリカ議会で可決され、あとはオバマ大統領の署名を待つだけの状況になっています。
名指しこそしていませんが、“事件への関与が疑われる外国政府”とは、中東におけるアメリカの同盟国、かつ、イスラム・アラブ世界の重要国、サウジアラビアです。
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テロ支援者制裁法(JASTA)として知られるこの法案は、テロリストグループに関与した疑いのあるサウジアラビアおよびその他の国が、アメリカの裁判所で法的免除を行使することを禁じる内容だ。
テロリズム支援国に指定されていない場合の法的免除を与えた1976年の外国主権免責法(FSIA)を超越する法案である。
ニューヨークの裁判所は、テロ攻撃に資金的な援助を与えた疑いがあるとして9/11の被害者がサウジアラビアを訴えた際、きまってこれを退けている。
サウジアラビアはテロについて、いかなる責任もないと主張しているが、19人のハイジャック犯のうち15人がサウジ国籍だった。【9月10日 The Huffington Post Jennifer Bendery】
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超党派調査委員会による「9.11」に関する調査報告書では、サウジアラビア政府がテロリストを支援していたのではないか・・・という疑惑部分は非公開とされ、疑惑が逆に強まることにもなりました。
****機密化された28ページ****
ことの発端は2002年に遡る。ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機を突っ込ませて約3000人を殺害した2001年の9・11の後、上下両院の超党派調査委員会が情報活動の欠陥を調査、1年後に838ページに上る報告書を公表した。
しかし、9・11の実行犯19人をサウジ当局者が資金援助したという疑惑に関する28ページ分は時のブッシュ政権下で機密扱いとされ、公表がストップされたままだ。犠牲者の家族らが再三に渡って機密扱いの解除を求めてきたが、実現していない。
この議会調査委員会とは別の公式な9・11委員会は2004年、報告書を発表した。報告書はこの中で疑惑について「サウジ政府ないしはサウジ高官が関与した証拠はなかった」と言及したが、あえて「高官」としたところに疑問が集中、低レベルの当局者の関与があったとの疑惑が逆に高まった。【4月21日 WEDGE】
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【サウジアラビアの恫喝? 「法案が通過した場合は米資産を売却する」】
当然ながら、サウジアラビアはこうしたサウジアラビアを狙い撃ちにしたアメリカの議会の動きに激しく反発し、「法案が通過した場合は米資産を売却する」と、アメリカを“恫喝”(サウジアラビアの立場からすれば、理不尽なな訴えに対する資産防衛措置ということになりますが)しています。
アメリカ・オバマ政権としても、サウジアラビアの“恫喝”が実行されるかどうかは別にしても、イランとの核合意やシリアでのアサド政権に断固たる処置を取らなかったことで、深い溝ができているサウジアラビアとの関係を、今回法案によってこれ以上悪化させたくないところです。
****サウジ、同時テロめぐる法案で米に警告 経済報復を示唆****
2001年の米同時多発テロへの関与が疑われる外国政府を、遺族らが提訴することを可能にする法案が米議会に提出されている問題で、サウジアラビア当局から「法案が通過した場合は米資産を売却する」との警告があったことが明らかになった。
米国務省の高官2人がCNNに語ったところによると、サウジのジュベイル外相が先月、米首都ワシントンを訪問した際に警告を発した。この件は、16日付の米紙ニューヨーク・タイムズが最初に報じていた。
オバマ米政権はこれを受け、議会に法案を可決しないよう強く求めたとされる。国務省と国防総省の高官らは先月、上院軍事委員会に対し、法案の通過は経済上のリスクをもたらす恐れがあると注意を促した。
この件についてサウジ側にコメントを求めたが、回答は得られていない。米政権高官はCNNとのインタビューで、法案が通過した場合にオバマ大統領は拒否権を発動するのかという質問に対し、「法制化を進める前に、法案が予期せぬ結果をもたらす可能性を慎重に検討する必要がある」と述べた。
ケリー米国務長官は今年2月にも、この法案が成立すれば「米国が提訴されたり、国家主権による免責特権を奪われたりする恐れがあり、非常にまずい前例ができることになる」と語っていた。
法案は同時テロの遺族や生存者らが、テロに加担した外国の政府や資金提供者を訴えることを可能にする内容。民主党と共和党の上院議員が共同で提出した。
サウジはこれまで同時テロへの関与を一貫して否定している。しかし同事件の実行犯19人のうち15人はサウジ国籍だった。今年2月には「20人目の実行犯」として有罪を認めたザカリアス・ムサウイ被告が、サウジ王室は国際テロ組織アルカイダを支援していたと供述している。
同時テロの遺族らはすでにサウジ政府を連邦裁判所に提訴していたが、これは昨年、国家の免責特権を理由に却下された。【4月17日 CNN】
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その後、今年7月にはこの「28ページ」がようやく公表されました。
****米同時テロ報告書、サウジ関与「証明されていない」****
米議会は15日、2001年の米同時多発テロ事件に関する報告書で機密指定を受けていた部分を公表した。サウジアラビア政府と実行犯との関係を疑惑としてあげたものの、報告書は「証明されていない」と記述し、裏付けの乏しいものだとした。
報告書はテロ事件に関する事前情報を調べるために作成され、03年に約800ページが公表された。しかし当時のブッシュ政権が、国家機密を理由に一部を非公開にしていた。該当部分は連続した「28ページ」と呼ばれてきた。
AP通信によると、サウジのジュベイル外相は「この問題は終わった。28ページの驚きは、ここに驚きがなかったことだ」とし、疑惑が拭われたとの認識を示した。
開示された部分では、「ハイジャック犯の一部がサウジ政府と関係がある可能性がある人物と連絡を取り、支援を受けていた」と指摘。
米国内のサウジ政府関係者が国際テロ組織「アルカイダ」や他のテロ組織と関係している可能性を、米情報機関の情報が示しているとした。
一方で「CIA(中央情報局)、FBI(連邦捜査局)の証言者もサウジの支援の程度を断定できなかった」などとし、情報は確証がないとしている。
機密指定されたことで、内容は臆測を呼び、サウジ政府も開示を求めてきた。【7月16日 朝日】
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サウジアラビア側は、これでサウジ政府関与の“疑惑”は払拭された・・・としています。
ただ、“サウジ政府が関与した直接の証拠はなかったものの▽サウジ政府職員とみられる人物2人が、テロ実行犯2人の住居やパイロット養成学校入学を手配▽サウジのバンダル駐米大使夫妻が、その政府職員とみられる1人に約7万ドルの小切手を渡すなど金銭面で支援−−していたという。”【9月10日 毎日】ということで、何らかの繋がりを示唆する内容ともなっています。
法案への大統領署名を求める民主党議員のオバマ大統領へ宛てた書簡では以下のようにも。
「法案が成立した場合、サウジアラビアの報復措置に懸念があると行政府が表明されたことは認識している。サウジアラビアがテロ攻撃に何ら関与していないのなら法案成立で恐れることは何もないはずだ。むしろ、裁判の過程で中立な公共の場で無実を主張できる機会を与えられる。サウジアラビアに過失がある場合には、説明責任を果たしてもらうべきだ」【9月10日 The Huffington Post】
ちなみに、サウジアラビアと激しく対立するイランのメディアは“自らの経済、政治、軍事面での崩壊を恐れるサウジアラビア政府はこの事件に関わっていなかったと主張していますが、これは完全に病的な妄想といえます”【9月11日 Pars Today】とも。
【オバマ大統領は拒否権発動 しかし、議会再可決の可能性も】
サウジアラビアの“恫喝”が話題になった4月頃は、議会で可決してもオバマ大統領が拒否権を発動するので、法案は成立しないだろう・・・とも見られていましたが、どうも情勢は微妙なようです。
法案は上下両院で可決されましたが、オバマ大統領が拒否権を発動する・・・というのは、想定されたとおりです。
****「9・11法案」、オバマ大統領が拒否権発動する方針****
米同時多発テロの遺族らが外国政府などに損害賠償を求めることができる法案が米議会で可決されたことを受け、ホワイトハウスのアーネスト報道官は12日、オバマ大統領が拒否権を発動する方針を示した。
法案は通称「9・11法案」と呼ばれ、テロに関与した政府を相手に訴訟を起こすことができる。現行法では、外国政府は免責が認められている。
アーネスト氏は会見で「世界中の国々がこの法律を口実に米国の外交官などを裁判所に引きずり出すのが想像に難しくない」と述べ、海外で米国に対する訴訟が頻発する引き金になるという懸念を示した。
オバマ氏が拒否権を発動した場合、議会は再可決してオバマ政権下で初めて拒否権を覆す可能性がある。
同時多発テロでは、実行犯19人中15人がサウジアラビア人だったため、サウジ政府の関与を疑う見方も出ていた。事実上、サウジへの訴訟の道を開くものとされる。5月に上院、今月9日に下院で可決された。
サウジ政府は関与を否定する一方、法案に反発し、成立すれば米国内の資産を売却すると牽制(けんせい)している。
両国は、サウジが敵対するイランと米国の関係などを巡って既に関係が悪化している。オバマ政権としてはさらに緊張関係を高めるのを避けたい思惑もある。【9月13日 朝日】
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問題は、大統領拒否権を覆す形で“上下両院が3分の2以上の多数で再可決”するかどうか・・・・ですが、“議会ではこの法案に超党派的な賛同が寄せられているほか、議会関係者によると、大統領拒否権を覆せるだけの議決数を確保できそうだという。上院の可決は全会一致、 9日に行われた下院の発声投票でも反対者は1人もいなかった。無所属のバーニー・サンダース上院議員も法案の提案者に加わった。”【9月10日 The Huffington Post Jennifer Bendery】という状況からすると、再可決もありえるようにも思えます。
もちろん、与党・民主党議員の場合、当初の投票行動と大統領の拒否権発動を受けての行動は、また別物かもしれませんが。
“上下両院とも圧倒的多数で可決されており、オバマ氏の大統領就任後、初めて拒否権が覆される可能性がある。”【9月13日 毎日】
オバマ大統領の政治的懸念にもかかわらず、アメリカ社会においては「9.11の被害者家族に対する正義を確保する]
という主張は“正論”であり、これに抗することはなかなか困難です。
【法案成立ならサウジアラビアは米国内資産の“投げ売り”??】
議会の再可決で法案が成立するということになると、アメリカ・サウジアラビア関係は決定的に悪化し、中東情勢にも大きく影響しますが、サウジアラビアの“恫喝”が実行されるのか・・・・ということも注目されます。今現在のサウジアラビア側の本気度はよくわかりません。
実行すれば、サウジアラビアにとっては“投げ売り”の形にもなり、大きなロスが生じます。サウジアラビア経済への影響も甚大です。
しかし、裁判所の判断次第でイランのように資産を差し押さえられ凍結されるよりは、投げ売った方が・・・という判断もありえます。
サウジアラビアは財務省証券など7500億ドルに上る巨額の資産をアメリカ国内に保有しています。
****軽視できないサウジのドル資産売却警告****
サウジアラビアがお金にまつわるジョークを口にすることは滅多にない。ということは、米議会で2001年9月11日の同時攻撃(9.11)の被害者がサウジアラビア政府に賠償請求できるようになる法案が可決された場合、同国がドル建て資産を売却することを示唆した事実を、投資家は簡単に切り捨てられない。
サウジにとっては、投げ売りすれば破滅的な影響を被るだろうが、それでもイランのように資産を凍結されるよりはましなのだ。
米紙ニューヨーク・タイムズによると、サウジのジュベイル外相は、同国の資産が接収されるのを防ぐためには売却せざるを得なくなる、と米議会に警告した。法案が成立すれば、サウジは最大で7500億ドルのドル建て資産を手放すことを余儀なくされるという。
米国債を中心とするサウジ保有のドル建て資産は、財政悪化につながった原油安から自国経済を守る最後の砦と言える。
サウジは昨年、国内総生産(GDP)の15%に相当する財政赤字を計上した。今後5年間の原油価格が平均1バレル=30ドルで推移するなら、発生する赤字をカバーするには5800億ドル借り入れる必要がある、というのがシティの試算だ。これはサウジ通貨庁(SAMA、中央銀行)がなお保有する準備金の額にほぼ等しい。
政府系ファンドとしての役割も果たしているSAMAは、過去1年間で石油収入の急減を補うために資産売却を進めてきた。直近の財務報告書によると、2月までの1年間に準備金は17%減って5930億ドルとなった。
今のペースならば、原油価格の反転がない限りSAMAの準備金は2020年までにほぼ底をつきかねない。この資金が使えなければ、サウジ王家は国内情勢を平穏に保つのは難しくなるだろう。
だからこそジュベイル外相の脅しは、軽々に扱えない。もちろんこれほどの規模で性急に資産を売却するのは信じられないほど危険な行為だ。サウジリヤルはドルペッグ制を採用しており、急速にドル建て資産を手放すことで、SAMAはペッグ制を維持する能力があるかどうかが問われる。その上に世界の金融市場を動揺させ、原油需要を一層冷え込ませるかもしれない。
サウジ政府がこうした大混乱を招く行動をあえて取ろうと考えていることからは、権力を維持するためにいかに多くのお金を必要としているかがうかがえる。それが今回の大騒ぎが発したメッセージの中で最も恐ろしいものだろう。【4月20日 ロイター】
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米国債を中心とするサウジ保有のドル建て資産が“投げ売り”され、その価格が暴落すれば、中国と並んでアメリカ国債を大量に保有する債権国・日本の被害も甚大です。
アメリカ合衆国財務省が2016年8月16日に発表した2016年6月の各国アメリカ国債保有状況によれば、日本のアメリカ国債保有額は1兆1477億ドルに達しています。(“円”ではなく“ドル”です)
サウジアラビアとしても、自国及び世界経済に衝撃を与えるような、「自分で自分の首を締めてしまう」資産売却はできないだろう・・・というのが常識的な判断でしょう。もろもろの“最悪のシナリオ”は、なんとか回避されるのが常です。
ただ、世界が想定していなかったイギリスのEU離脱といったことも起きていますので・・・・。
話は大きく飛躍しますが、「9.11」へのサウジアラビアの関与が問われるのであれば、より明確・組織的なアフガニスタン・タリバンへのパキスタン国軍・ISI(三軍統合情報局)の支援行動はどうなるのか?という感も。
アフガニスタンではタリバンとの戦闘で多くのアメリカ軍兵士が犠牲となっていますが、そのタリバンをパキスタンが支援していることは周知のところです。