孤帆の遠影碧空に尽き

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タイ  新憲法最終案発表 1月当初案より更に強まる軍部の影響 タクシン派は国民に拒否を呼びかけ

2016-03-31 21:16:39 | 東南アジア

(有機野菜を外国メディアに見せるインラック前首相=2月12日、バンコク、ウィラワン・ジャイティアン撮影 【2月12日 朝日】)

国民和解の名目でタクシン派潰しを推進する軍事政権
クーデターによって権力を掌握した軍事政権が続くタイで、民政移管に向けた新憲法制定作業が行われているものの、軍部等に大きな権限を残すなど、その内容には問題が多いこと、また、憲法制定作業の遅れで結果的に民政移管がズルズルと先延ばしされる懸念もあることなどについて、1月30日ブログ“タイ 新憲法案の「第2次案」発表 タクシン派などの批判は強く、民政移管に向けた先行きは不透明”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160130で取り上げました。

タクシン派と反タクシン派の対立・混乱、混乱収拾を名目にした軍事クーデターなど、ここ数年のタイの政治情勢を簡単にまとめると、以下のようになります。

****タクシン派vs反タクシン派****
タイでは2006年以降、東北部と北部の住民、バンコクの中低所得者層の支持を集めるタクシン派と、特権階級、南部住民とバンコクの中間層を中心とする反タクシン派の抗争が続き、政治・社会が混乱している。

反タクシン派はタクシン氏を反王室の腐敗政治家と糾弾し、2006年の軍事クーデターでタクシン政権(2001―2006年)を打倒した。

タクシン派は2007年の民政移管選挙で勝利したものの、2008年に「司法クーデター」と呼ばれた裁判所によるタクシン派与党解党で反タクシン派に政権を奪われた。

反タクシン派政権下の2009年、2010年、タクシン派は、特権階級が軍官財界を動かし民主主義や法治をねじまげているとして、政権打倒を目指すデモを行い、2010年のデモでは治安部隊との衝突で、市民、兵士ら91人が死亡、1400人以上が負傷した。

タクシン派は2011年の下院総選挙で再度勝利し、タクシン元首相の妹のインラク氏が首相に就任した。しかし、2013年10月から、民主党が主導する反タクシン派市民のデモがバンコクなどで拡大。

2014年1、2月には数万人がバンコクの主要交差点を長期間占拠した。5月に入り、軍が治安回復を理由に戒厳令を発令、クーデターでタクシン派政権を倒し、全権を掌握した。

軍は当初、両派の和解を目指すとしていたが、タクシン派の官僚、軍・警察幹部のほとんどを左遷し、地方のタクシン派団体を解散に追い込むなど、タクシン派潰しを推進。

2015年1月には、軍政が設立した非民選の暫定国会「立法議会」が、「コメ担保融資制度をめぐる職務怠慢」でインラク前首相を弾劾にかけ、前首相の参政権を5年間停止した。

軍政は当初、2016年に総選挙を実施するとしていたが、2015年に軍政傘下の憲法起草委員会が取りまとめた新憲法案を自ら否決。新たに起草作業に入り、選挙時期を先送りした。

タイではクーデターなどで度々憲法が廃止され、その度に新しい憲法が制定されてきた。1997年には、選挙で選ばれた憲法議会を通じて作成された新憲法が施行され、初の国民参加型で最も民主的な憲法との評価を受けた。

この1997年憲法は、2006年の軍事クーデターで破棄された。軍政下の2007年に制定された新憲法は、議会上院のほぼ半数を非民選とするなど、特権階級の政治介入を制度化し、政党の力を殺ぐ内容となった。

この憲法も2014年のクーデターで破棄され、現在は軍部が実質的に全権を握る暫定憲法が施行されている。【3月30日 newsclip】
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選挙後5年間は軍部が上院を支配する「経過規定」】
今月29日に憲法起草委員会は新憲法の最終案を発表しましたが、選挙後5年間は上院が完全に軍政による任命制になる形で、1月公表案に比べても、政移管後も軍部が影響力を温存する仕組みが更に強化された内容となっています。

****タイ新憲法案、軍が上院支配****
2年前に軍事クーデターが起きたタイで29日、民政移管後の政治のあり方を左右する新憲法案がまとまった。来年から5年間を「移行期間」として、軍部が上院(定数250)を事実上、支配する内容が盛り込まれた。国民投票で可決されれば来年後半に総選挙の見込みだが、真の民政復帰は大きくずれ込む。

憲法案は、クーデター体制の最高機関、国家平和秩序評議会(NCPO)が任命した憲法起草委員会がつくった。

(1)議員でない人物が首相になれる(2)上院議員を20の職能分野ごとに間接選挙で選ぶ(3)選挙によらない憲法裁判所などの機関に強い政府監視権限を与える――といった民主化に逆行する制度のほか、選挙に強いタクシン元首相派の封じ込めを狙ったとみられる、単独政党が過半数をとりにくい小選挙区比例代表併用制の導入などが柱だ。

加えて、NCPOは最終段階で起草委に注文をつけ、選挙後5年間は軍部が明確に影響力を残す「経過規定」を盛り込ませた。

移行期間は上院の構成を変え、250人のうち194人をNCPOが任命した選考委員会が、50人を職能分野ごとに提出された候補者名簿からNCPOがそれぞれ選任。残る6人を陸・海・空軍司令官、国軍最高司令官、国防省次官、国家警察庁長官に割り当てる。

上院の権限は、法案の審議だけでなく、憲法裁判事などの任命、憲法改正や非議員の首相任命などへの同意など広範に及ぶ。

 ■タクシン派封じ込め狙う
タイでは近年、主に都市部を支持基盤とする軍や官僚などの既得権益層と、有権者数の多い農村を地盤とする新興政治勢力のタクシン派の対立が続いてきた。

憲法案については、軍部が支配体制を守るために、タクシン派が総選挙で第1党になっても国政をコントロールできる制度をつくるしかないと判断した、との見方がある。

政治混乱を収拾する役割を担ってきたプミポン国王も高齢になり、「国体」を安定させるためにも軍が長く実権を握りたがっている、との指摘も出る。

8月に見込まれる国民投票を前に、NCPOは反対運動を厳しく制限する姿勢を見せている。

一方、タクシン派政権で教育相だったチャトロン氏は「憲法案の問題点が伝わらず、可決される可能性もある」とみる。

否決された場合の対応は明確になっておらず、民主化の道筋がさらに混沌(こんとん)とする恐れもある。【3月30日 朝日】
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下院と憲法裁判所については、下記のようにも。

****<タイ>新憲法の最終案 修正で軍部影響力温存、さらに強化****
・・・・下院(定数500)は、一つの政党が圧倒的多数を獲得しにくい選挙制度にされた。巨大政党を率いて軍、官僚らによる伝統的統治体制を脅かしたタクシン派の弱体化を狙ったものだ。

中小政党による連立政権になれば、上院に影響力を持つ軍部が意向を反映しやすい。首相は国会議員以外からも選出可能で、軍人首相の擁立にも道が開かれている。

一方、憲法裁判所の権限は草案より限定された。草案では政治危機に独自の判断で介入できるとされたが、最終案では、首相や国会、最高裁などとも協議することとされた。

ただ協議は憲法裁が主導するため、反タクシン派の「牙城」とされる憲法裁の権限は依然として大きい。【3月29日 毎日】
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【「起草委は国民によってではなく、軍によって設置された機関だ」】
また、“憲法起草委員会メンバーの一人は毎日新聞の取材に「政治家が国民の意見を代弁しているとは思わない」と強弁した。ただ、最終案に軍部の意向が反映された点については「起草委は国民によってではなく、軍によって設置された機関だ」と漏らした。”【同上】とも。

「政治家が国民の意見を代弁しているとは思わない」「起草委は国民によってではなく、軍によって設置された機関だ」・・・・今回新憲法案の性格をよく表した言葉です。

政党政治を信用せず、政治を軍部の監視下におき、いつでもその流れを是正できる体制を構築したいということでしょう。

そして、目指すのは、国王を頂点とした既存の権力層(軍部、枢密院、裁判所など)の権限が維持された、無知な民衆の意向などに惑わされないタイ固有の“秩序ある社会”ということでしょう。

タクシン派の拒否運動に「国民を誤った方向に導こうとしている疑いがあり、調査している」】
タクシン派は新憲法案を起草に民意が反映されず非民主的な内容だと批判。国民に対し、国民投票での反対を呼びかけています。

****タクシン派・タイ貢献党が新憲法草案を批判****
タクシン派・タイ貢献党は3月30日、新憲法最終草案の内容が29日に公表されたことを受け、同案の内容が非民主的であり問題をはらんでいるとして有権者に対し同案を受け入れないよう呼びかけた。

さらに同党は、8月7日の国民投票実施の前に現行の暫定憲法を改正して1997年憲法を暫定的に採用できるようにし、国民投票で新憲法草案が否決された場合は6カ月以内に総選挙を実施することなどを求めた。

このような同党の動きについて、現プラユット政権の後ろ盾的存在である国家平和秩序評議会(NCPO)のピヤポン広報担当は、「国民を誤った方向に導こうとしている疑いがあり、調査している」と述べ、違法と判断した場合は法的措置をとる考えを明らかにした。

なお、タクシン派のタイ貢献党は、タクシン派・インラック政権が14年5月に軍事クーデターで倒されたことから軍政に否定的、反抗的姿勢をとり続けている。【3月31日 バンコク週報】
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なお、“反タクシン派の民主党は29日、オンアート副党首が記者会見し、新憲法案の内容を精査した上、対応を決めると述べた”【3月30日 newsclip】とのことです。

「国民を誤った方向に導こうとしている疑いがあり、調査している」・・・・タクシン派が新憲法案反対運動を強めると、ひと波乱ありそうです。

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(今回新憲法案は)軍・特権階級が軍事力と司法、傘下の上院を通じ、連立政権で不安定な下院と政府を間接的に支配することを狙った内容で、プレム政権(1980―1988年)の政治体制をほうふつとさせる。

軍政は8月に新憲法案の国民投票を実施し、来年7月に下院総選挙を実施する方針。

新憲法案が否決された場合の対応は明らかにしていないが、新憲法案に批判的なタクシン派の政治家や市民を相次いで「態度矯正」のため拘束するなど、国民投票での可決を力ずくでもぎ取る姿勢を鮮明にしている。【3月30日 newsclip】
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新憲法案が認められれば、軍部主導のもとで実質的に民主政治は5年間先送りされ、否決されたら・・・よくわからないといった状況です。

インラック前首相 久しぶりのメディア登場
ところで、先月、珍しくインラック前首相がメディアに登場しました。

****タイのインラック前首相、家庭菜園紹介名目で会見****
2014年のクーデターで政権を追われたインラック前首相が12日、バンコクの自宅で外国メディアを招き、タイの民主化の行方などについて語った。クーデター後、政治活動は禁止されているため、家庭菜園を紹介する名目で事実上の会見を初めて開いた。

インラック氏は軍事独裁体制下で起草中の新憲法案について「憲法はタイ国民の意思を反映したものでなければならない」と、懸念を表明した。また、現体制の最高機関である国家平和秩序評議会に対し「民政移管へのロードマップを守ってほしい」と述べた。【2月12日 朝日】
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ただ、インラック前首相には常に軍部の監視がついているようです。

****前首相、美人だろ」 タイ軍政幹部****
タクシン元首相の妹のインラク前首相が「どこへ行くにも軍の監視がついて回る。人権侵害ではないか」と不満を訴えたとされる件で、プラウィット副首相兼国防相は2月29日、「問題が起きないよう警護しているもので人権侵害にはあたらない」とコメントした。

また、兵士が前首相の写真を撮影したとされる件についても、「美人なので写真をとりたくなっただけだろう。オーバーに考える必要はない」とコメント。さらに「監視役の軍服が気にいらないのであれば、私服を着用させてもよい」と付け加えた。

この発言について、タクシン元首相派プアタイ党のワタナー元商務相は「セクハラ」だと批判。軍事政権はこうした発言を受け、ワタナー元商務相を軍施設に連行した。

プラウィット副首相はこの件について、3月2日、「100回批判したら、100回出頭を求める」「話し合いのため、(拘束)期間は3日から最長1週間になる」となどと警告した。【3月3日 newsclip】
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家父長的姿勢のプラユット暫定首相 タイ政治にも影響
なお、前回ブログでも紹介したように、プラユット暫定首相は、「タイに幸福を取り戻す」に次いで2曲目「あなたがタイだから」を作詞して、愛国心を鼓舞する歌として国民にお披露目していますが、今月17日、遠く離れた架空の国で平和維持活動を展開するために送り込まれた軍人が人々の命を救う人気韓流ドラマ「太陽の末裔」を称賛し、国民にも視聴するよう呼びかけたそうです。

「こういったドラマをつくりたい人がいるなら、国民が清廉な政府高官を愛し、国民が相互に愛し合えるようにするため、私が資金面でスポンサーになる」【3月18日 AFP】とも。

このあたりの家父長的な姿勢、相当にずれた現実認識がこの人の特徴でもありますが、それは個人の問題にとどまらず、今後のタイ政治全般に影響してくるものでもあります。
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