孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラクの抱える“もう一つの厄介ごと”・・・モスルダム決壊の危険

2016-03-02 22:59:59 | 中東情勢

(モスルダム【1月22日 BBC】)

在イラク米大使館が下流域の住民に避難勧告
起こるかどうか、いつ起こるのか定かでない災害の予見可能性及び対策をとるべきであったかどうかの判断については、難しいものがあります。

日本では福島第一原発の事故をめぐり、原発の敷地の高さである10メートルを超える津波が襲来して被害が出ることを予見すべきであったかどうかで、東電元経営陣が強制起訴されています。

****東電元会長ら3人を強制起訴 福島原発事故の責任問う****
福島第一原発の事故をめぐり、検察審査会から「起訴議決」を受けた東京電力の勝俣恒久元会長(75)ら元幹部3人について、検察官役の指定弁護士が29日、業務上過失致死傷の罪で東京地裁に強制起訴した。3人は起訴内容を否認するとみられ、事故を事前に予測できたのかや、対策をしていれば事故を防げたのかが主な争点となる。

起訴されたのは、勝俣元会長のほか、武藤栄(65)、武黒一郎(69)の両元副社長。起訴状によると、3人は原発の敷地の高さである10メートルを超える津波が襲来し、建屋が浸水して電源喪失が起き、爆発事故などが発生する可能性を事前に予測できたのに、防護措置などの対策をする義務を怠ったとしている。

その結果、2011年3月の東日本大震災では10メートルを超える津波で原発が浸水し、水素ガス爆発などが発生。爆発によるがれきなどで作業員ら13人を負傷させ、周辺の病院から避難しようとした入院患者ら44人を死亡させたとされる。(後略)【2月29日 朝日】
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別に福島第一原発に限らず、東京や東海地方を襲うであろう巨大地震や、私の住んでいる鹿児島であれば桜島の大噴火など、日本全国どこでも、いつかは破滅的な被害をもたらす災害が起きるであろうことは多くの者が考えているところでしょうが、いつ起きるのか定かでないため、具体的な対策となると「さて、どうしたものか・・・、まあ、しばらくは大丈夫だろう、もう少し様子見て・・・」といった話にもなります。

自然災害とは異なりますが、イラクではISからの奪還が問題となっているモスル近郊の同国最大のダムが決壊の恐れがあることが指摘されています。

こちらは、150万人の避難という規模の大きさに加え、被害が予想される地域がIS支配下にあるという特殊事情もあって、「対策と言っても・・・・どうする?」という状況のようです。

****イラク最大のダムに決壊の恐れ、米が最大150万人に避難勧告****
在イラク米大使館は、同国最大のダム「モスルダム(Mosul Dam)」に突発的決壊の恐れがあるとして、下流域の住民に避難勧告を出した。この勧告で、ダム決壊による洪水の危険にさらされている最大約150万人の命を救う可能性もあるという。

モスルダム決壊の可能性をめぐっては、この数か月間で懸念が高まっていた。同ダム決壊によって発生すると考えられる洪水で、イラク第2の都市モスルは壊滅状態となるほか、首都バグダッドの大半も水没することが想定される。

同国北部のモスルダムは、継続的に浸食を受ける不安定な地盤の上に建設されている。さらに、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が2014年に同ダムを一時的に制圧したことから必要な整備が実施されず、すでに欠陥を抱えた構造はさらに弱体化した。

米大使館は、2月28日夜にウェブサイトに掲載した声明で「決壊が起きる可能性のある時期などについては、具体的な情報は得られていない」と述べた。

ただ、その一方で「決壊が起きた場合に影響が及ぶ、最も危険な地域に住むイラク国民数十万人の命を救うための最も有効な手段が、迅速な避難によってもたらされることを強調しておきたい」とも付け加えている。

米大使館によるダム決壊シナリオの概説によると、チグリス川沿いで洪水波にさらされる危険が最も高い地域の住民50万~147万人は、避難しなければ生き残ることができない恐れがある。

また、モスルとティクリートの住民が安全な場所に避難するためには、川岸から5~6キロ離れる必要があり、さらに下流のサマラでは、上流で起きた洪水によって、より小規模のダムが決壊し、あふれた水が周辺に広がる可能性があるため、住民らは川岸から最大16キロ離れたところまで避難する必要があるという。

バグダッドでは、国際空港を含む大部分が浸水する見通しだ。

■国主導の避難は難しい
ただ現状では、洪水波による最も大きな影響が出ると考えられる地域が、ISの支配下または紛争下の状況に置かれており、国が主導する避難が不可能であることも指摘された。

対応策には「一部の避難者は、難を逃れるための移動の自由が得られない可能性がある」とあり、病人、体が不自由な人、高齢者などは置き去りにされる恐れもあるとしている。

米大使館の調査によると、モスルダムの決壊によって、イラクの電力供給網全体が停止し、国内最良の農地の大半が永続的な打撃を受けるほか、首都が数週間にわたり浸水した状態に陥ることも考えられるという。

現在、クルド人自治政府の治安部隊ペシュメルガが防備にあたっているモスルダム。必要不可欠な補修工事はイタリア企業のトレビが担当する。【3月1日 AFP】
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“米当局者は、決壊すればダム湖の膨大な水が洪水を引き起こし50万人以上が死亡、数百万人が住居を失うと推定している。”【2月11日 共同】とも。

ペシュメルガがISからダムは奪還はしましたが、メンテナンスは滞っているようです。

“モースルにISがいることからリスクが大きく、その後もメンテナンスのためにイラク人エンジニアがダムに戻ることがなかったため、老朽化がどんどん進んだのである。さらに昨今の石油価格の低迷で、イラクの石油収入が激減していることも、改修工事に手がつけられない原因になっている。”【2月5日 酒井啓子氏 Newsweek】

”不安定な地盤の上に建設されたため、定期的にダムの基礎部分にセメントを注入する必要があるが、過激派組織「イスラム国」(IS)に一時制圧されたほか、戦闘の影響で維持管理ができていない状況が続いている。”【2月11日 共同】

直接の責任のない立場の人間が「危険があるから対策を講じるべきだ」というのは容易です。
あるいは、事後に「どうして対策を講じなかったのか」と責任を追及することも容易です。

ただ、事前に、いつ起きるかわからない危険に対し具体策を講じるというのは、実際問題としては当事者としてはなかなか難しい判断を迫られます。

このモスルダム決壊の危険性については、2月初旬にも前出の酒井啓子氏の【Newsweek】記事でも指摘されています。

記事を読んで、実際起きたらモスル奪還どころの話ではなく、イラク情勢が大きく変化する話だ・・・とは思ったのですが、いつ起きるのかはわからない話ですので、ブログで取り上げるのもどんなものか・・・と、私のつまらないブログの題材とするかについてさえもためらい、結局、一昨日のイラク情勢を扱ったブログでも触れませんでした。

ましてや、現実の住民避難云々の話になると、決断は困難でしょう。とてもそんな起きるかどうかわからない危険に備えるような余裕は今のイラク政府にはありません。

ダム決壊に付随する疑問・問題
モスルダムの問題に付随して、いくつか思うことはあります。

今回、アメリカの大使館筋がこの問題を提起したというのは、純粋に災害対策の見地からなのでしょうか?
それとも、何らかのイラク情勢絡みの政治的思惑があってのことでしょうか?
外国大使館が住民に避難勧告を行うというのも、奇妙なことではあります。もし、日本のような普通の国であれば。

もうひとつ、当該ダムが人為的に破壊される危険性はないのでしょうか?

今後、モスルを支配するISへの攻撃がなされると思いますが(こちらも、いつになるかわからないことは前回ブログで取り上げたところですが)、もしISがモスルから撤退を余儀なくされるという事態になったとき、「この際ダムを破壊して、モスルもバグダッドも水没させてやる・・・」ということはないのでしょうか?

ダムは現在はペシュメルガが防備していますが、ISがその気になって総力を挙げれば再度ダム支配権を奪うことも可能でしょう。

さすがにそういう住民被害を伴う暴挙は、いかに住民犠牲など配慮しないように見えるISでも、戦略的に考えて住民支持を失い、大義にも反するということで得策でなく、「そんな愚かなことはしないだろう・・・」ということでしょうか?

人為的ではなくとも、仮にダムが実際に決壊したという事態になると、首都バグダッドを襲う洪水をどう制御するかという問題が生じます。

****イラク:前門のIS、後門の洪水 - 酒井啓子 中東徒然日記*****
・・・・モースル・ダムが決壊したら、(チグリス、ユーフラテス川の洪水から守るために作られた人造貯水湖の)サルサル湖では収容しきれないと言われている。

となると、昔ながらの方法で、堤防の外に増水した分を流して都市を守るしかない。だが、川のどこを切って水を流すのか。バグダードを守るために、バグダード以北のどの街、どの地域を犠牲にするのか。その判断は、極めて政治的なものになる。

水を支配するものは国土を支配するものでもある。かつてサッダーム・フセインは、南部湿地帯で活動する反政府勢力や脱走兵に悩まされた結果、チグリス川、ユーフラテス川と別に大運河を建設、湿地帯に流れ込む水量を激減させた。

湿地帯は干上がり、そこに住む住民の環境が変わって生活に困っただけではなく、反政府ゲリラが隠れる場所もなくなった。(後略)【2月5日 酒井啓子氏 Newsweek】
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この問題は、日本でもどこでも、一般的に治水問題につきまとう厄介な問題です。

堤防が決壊しそうだというとき、大きな声では言えませんが、どこか1カ所が切れて犠牲になってくれれば、他の地域は助かるという、地域の利害が対立する問題です。
ダムによる水量調整にしても、ダム上流と下流では利害が対立します。
私の住んでいる地域の河川・ダムでも、そういう話を聞きます。

ましてやイラクは宗派対立を抱えています。
もし、バグダッド防衛のために、ある宗派居住地域が犠牲にされたという話になると、現在でもバラバラ状態のイラクは国家として破綻する危険もあります。

そんなこんな、実際に起きると大変な事態になるだろうと思われるのですが、なにぶん“いつ起きるのか、明日なのか、5年先か、20年先か”わかなない問題だけに、結局は起きるまで放置されるのでしょう。
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