孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

中東動乱第1幕の主役ISには退潮の兆しも しかし、クルド人を主役とする第2幕の萌芽も

2016-03-17 21:23:28 | 中東情勢

(赤茶色部分がISが昨年初め以降失った地域を示しています 【3月17日 AFP】)

衰退傾向のIS 少年兵依存や化学兵器使用も
イスラム国(IS)の支配領域は、アメリカやロシアの空爆に支援されたシリア政府軍、クルド人勢力、イラク政府軍などの攻勢によって、大幅に縮小しており、ISは軍事的に劣勢に立たされていると指摘されています。

****昨年から領域22%縮小=IS、孤立・衰退傾向―ジェーンズ****
国際軍事情報大手IHSジェーンズは16日、過激派組織「イスラム国」(IS)の支配地域が昨年初め以降、22%縮小したとの分析結果を明らかにした。

ジェーンズは昨年12月、ISの領域が同年中に14%縮小し、7万8000平方キロとなったとの見方を示していた。今月14日までにさらに8%を失ったとみている。

ジェーンズによると、今年に入り、シリア北東部でクルド人民兵組織などから成る「シリア民主軍」が米軍やロシア軍による空爆の支援を受け、ISが「首都」とするラッカやデイルアッズールに向け南進し、ISは大きな領域を失った。

アサド政権軍もISから領域を奪い、ISが昨年5月に制圧した中部のパルミラまで5キロに迫った。【3月7日 時事】 
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こうした軍事的劣勢によって戦闘員確保も困難になりつつあるISは、少年兵への依存を強めているとも言われています。

****IS、離反者増加で「少年兵に依存」 米政府****
米政府は14日、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が、離脱する戦闘員の増加に伴い少年兵に依存する割合を強めているとの見解を示した。(中略)

一方で、ISでは「ますます多くの」離反者が出ており、少年兵に対する依存度が高まっていると付け加え、「当初、彼ら(IS)は情報入手に子どもたちを使っていたが、その後、自爆攻撃に使うようになった」と指摘。

「現在、彼らが大人の戦闘員と一緒に実際の戦闘に子どもを使用しているとするより多くの報告を入手している」とし、「彼らが人員の勧誘や組織へのつなぎ留めに苦慮していることを示す良い兆候」だと述べた。【3月15日 AFP】
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少年兵多用は「良い兆候」と言ってはいられない、憂うべき事態でもあります。
かつてカンボジアのポル・ポト政権は思想的に変革が困難な大人たちは消耗品として酷使し、洗脳した子供たちに革命の実現を託しました。ISも似たようなことがあるように見えます。

“ISが少年兵を利用しているのは、少年らが単に減少する戦闘員の代用品ではなく、イスラム帝国「カリフの府」を再興する大儀のための重要な一員とみなしていることも大きい。今後ISがさらに追い込まれれば、自爆テロが増え、結果として少年兵がそうした作戦に投入されるケースも多くなるのは必至だ。”【3月11日 WEDGE】

窮地に追い込まれつつあるISが頼るのが少年兵ともうひとつ、化学兵器であると言われています。

****ISの化学兵器攻撃で負傷した3歳少女が死亡、イラク****
イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の化学兵器を使った攻撃で負傷し、治療を受けていたイラク人の3歳の少女が11日、入院先の病院で死亡した。医療情報筋や当局が明らかにした。

イラク人権委員会のマスルール・アスワド氏は「女の子は、呼吸器合併症と腎不全で死亡した。タザでISが使用したマスタードガスが原因だ」と語った。(中略)

これまでのところこの種の化学兵器攻撃による死傷者の数は少なく、軍事的な影響より心理的な影響の方が大きいとされている。【3月12日 AFP】
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しかし、今後ISが化学兵器使用を強めることも懸念されています。

****最終兵器は少年兵と毒ガス 窮地に追い込まれたIS****
・・・・米CNNは9日、米軍がイラク北部モスル近郊にあるISの化学兵器施設を空爆したと報じた。この作戦はアファリからの情報に基づくものとされる。こうした兵器工場はイラクとシリアに複数あると見られており、すでに大量の化学兵器が前線に配備されている可能性もある。

ISと戦っているイラク軍やクルド人武装勢力は防護服など化学兵器戦の備えはほとんどできておらず、米軍は毒ガスという新たな難題に頭を抱えている。【3月11日 WEDGE】
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IS退潮の立役者クルド人勢力が今後主張を強めることも・・・中東動乱第2幕の危険
一方、冒頭の地図を見てわかるように、ISが失っている領域の大部分がシリア北東部に集中しています。
この領域はクルド人民兵組織などから成る「シリア民主軍」が米軍やロシア軍による空爆の支援を受けてISへの攻撃を強めている地域です。

対IS戦線の中核的存在ともなっているクルド人勢力ですが、もちろんボランティアでやっている訳ではなく、自治権を強めて独自の支配領域を確保したいという彼らの思惑に沿ったものです。

****<シリア>北部のクルド勢力、自治宣言か****
ロイター通信は16日、シリア北部を拠点とする少数民族クルド人勢力が、同日中にも、トルコとの国境沿いの3地区の自治領域化を宣言する見通しだと伝えた。

クルド人勢力はシリア内戦で米欧の支援を受け、過激派組織「イスラム国」(IS)を撃退するなどして北部に支配地を拡大している。

国内に敵対的なクルド系武装組織を抱える隣国トルコは同日、「正当性がない」と早くも強い反発を示している。

ロイター通信によると、シリア北部コバニ(アラブ名アインアルアラブ)を拠点とするクルド人勢力の幹部が、同地など3地区で連携し、「自治の枠組みを広げる」方針を明らかにしたという。シリアのクルド人勢力は同国の連邦化を求めてきた。【3月16日 毎日】
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こうしたクルド人勢力の伸長に神経をとがらせているのが国内に反政府クルド人勢力PKKを抱えるトルコで、PKKと繋がるシリアのクルド人勢力に対しても武力行使を厭わないとするトルコと、対IS戦略の中核を占めるクルド人勢力の間でアメリカが板挟み状態にあることは、これまでも取り上げてきたところです。

一方、すでに自治政府を確立しているイラクのクルド自治政府は、更に、「独立」をも視野に入れています。

****独立問う住民投票実施表明=「時が来た」―イラクのクルド自治政府****
イラクのクルド自治政府のバルザニ議長は2日、「クルド人が自らの将来について決めるのに適した時が来た」と宣言、独立国家樹立の是非を問う住民投票を実施する考えを表明した。

「すぐに国家樹立を宣言するわけではない。クルド人の意思を知っておくためだ」とも強調した。

しかし、この動きにバグダッドの中央政府の反発は必至。イラク国内を引き裂く対立に発展すれば、過激派組織「イスラム国」(IS)との戦いにも影響が及ぶ恐れがある。

具体的な投票日に議長は言及していない。ただ、1月末に主要政党に対し、11月の米大統領選前に実施した方がいいと所見を述べたことがある。

議長は、独立を目指す英国北部スコットランドやスペイン東部カタルーニャ自治州と同様、クルド人にも独立について意見を述べる権利があると主張している。

しかし、クルド人はトルコやシリアでも多数が暮らす。イラクだけで話は済まない。
 
ラク北部を統治しているクルド自治政府は、2014年に自治区とトルコを結ぶパイプラインを完成させ、原油輸出を開始。中央政府の反発をよそにトルコのエルドアン政権と手を組み経済的自立をもくろんできた。

また、クルド人治安部隊「ペシュメルガ」はイラクで対IS地上戦の主力を担う。欧米には議長への遠慮が生まれている。

住民投票実現をかねて狙ってきた議長には好都合な環境が醸成されつつある。しかし、クルド独立となれば、さすがにトルコや米国からも反対が予想される。

議長は今回、一歩踏み込んだ発言を行い、反応を見極める構えとみられるが、思惑通り投票が実現するかはまだ分からない。【2月3日 時事】 
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このクルド自治政府の動きは、関係国の反応を探る“観測気球”的な発言と思われ、すぐに何らかの行動が起こされるものではないでしょう。

ただ、シリアにしても、イラクにしても、ISとの戦いのなかでクルド人勢力の存在感が強まっているのは事実であり、これまで「国家」を持たなかったクルド人勢力が、自治権や国家を求めて声を上げることは十分に想定されてきたことでもあります。

その場合、シリア、イラクの中央政府、先述のように国内に反政府クルド人勢力を抱えるトルコ、更にはやはりクルド人を抱えるイランなどを巻き込んだ、中東動乱の第2幕が始まること、そしてその第2幕はISによる第1幕より遥かに強力なインパクトで中東全体を揺さぶるであろうことも指摘されてきたところです。

なお、各地域のクルド人勢力は必ずしも一枚岩ではなく、例えば、シリアのクルド人勢力はPKKと繋がっていますが、イラクのクルド自治政府は石油取引を通じてトルコ・エルドアン政府とは親密な関係にあり、トルコ政府に対立するPKKとは疎遠であるとされています。(PKKとの距離感は自治政府内の二大派閥で異なるものがあります)

こうしたクルド人勢力側の内情もあって、事態は更に複雑なものになっていきます。

クルド人勢力との戦いで治安悪化のトルコ エルドアン政権の強権化も
トルコは再三触れているように、シリアのクルド人勢力の活性化が国内PKKを刺激するとして、すでにISとクルド人勢力の両方を標的として攻撃する二正面作戦に踏み出していますが、そのことで国内のテロが急増する事態ともなっています。

****クルド武装組織が犯行声明=軍事作戦への「報復」―トルコ首都テロ****
トルコの首都アンカラで13日に起きた自動車爆弾テロで、クルド系武装組織「クルド解放のタカ(TAK)」が17日、犯行を認める声明を出した。ロイター通信が伝えた。TAKは、さらなる攻撃を宣言している。

トルコ政府は昨夏、「テロとの戦い」の一環で、反政府武装組織クルド労働者党(PKK)に対する軍事作戦を再開し、南東部で激しい市街戦を展開している。

TAKは、今回のテロはその「報復行為」だと強調。当初は治安部隊を狙ったが、警察が妨害したため、大勢の市民が巻き込まれたと説明した。

TAKはPKKの分派で、2000年代初めに設立されたとみられる。PKKとはたもとを分かったと主張しているが、密接な関係も指摘されるなど、実体はよく分かっていない。

13日にアンカラ中心部の繁華街で起きたテロでは、少なくとも35人が犠牲になった。政府は事件後、PKKの関与を示す「ほぼ確かな証拠」(ダウトオール首相)があると主張。自爆テロ犯は13年にPKKに参加し、シリアのクルド人民兵組織、人民防衛部隊(YPG)の下で訓練を受けた20代の女だと発表していた。

TAKは、アンカラで2月中旬に起きた別の自動車爆弾テロでも犯行を認めていた。2月の事件では軍の車列が狙われ、29人が死亡した。【3月17日 時事】 
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反政府クルド人勢力PKKとの戦いにのめり込むトルコ・エルドアン政権は、急速に強権的な姿勢を強めているとも言われています。

****民主主義をかなぐり捨てたトルコ****
今月初め、政府に批判的な有力紙ザマンを突然、政府の管理下に置いたトルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領がなりふり構わぬ過激派対策に走ろうとしている。「西側の一員」としての顔はほとんどかなぐり捨てている。

ジャーナリスト、学者、議員も対象に
首都アンカラでは13日、爆弾を積んだ車両が爆発、これまでに37人の死亡が確認されている。事件を受けてエルドアンは、過激派対策法を改定し、ジャーナリスト、政治家、学者も取り締りの対象とする法案を議会に提出。「クルド人寄りの政治家がテロをそそのかしている」ので、議員の免責特権を「直ちに」廃止する必要があると演説した。

「免責特権問題に早急にけりをつけなければならない。議会は迅速に審議を進めるべきだ」──この発言が「クルド人寄りの政治家」、即ちクルド系政党・国民民主主義党(HDP)の議員の刑事告訴を視野に入れたものであることは明らかだ。

エルドアンはさらに、過激派の定義を拡大し、過激派対策法の取締り対象にジャーナリスト、政治家、学者を入れると主張。「裁かれるべきはテロの実行犯だけではない。肩書にかかわらず、テロ行為をそそのかす人間もテロリストと定義しなければならない」

捜査当局は、非合法の武装組織・クルディスタン労働者党(PKK)が13日のテロ攻撃を計画したと見て、翌14日、PKKとの関係が疑われる人物の一斉検挙に乗り出した。

トルコの国営通信社アナドルによると、国内各地で逮捕者は少なくとも47人に上った。16日にはトルコ人学者3人が「テロリストの宣伝工作」容疑で逮捕されたほか、クルド人寄りの弁護士8人も身柄を拘束された。

「テロリストの宣伝工作」とは、トルコ南東部のクルド人武装組織に対する治安部隊の攻撃を中止するよう、公式に政府に呼び掛けたこと。トルコ政府はクルド人が多数を占める南東部の一部地域を包囲し、深刻な人道危機を招いていると、クルド人組織は訴えている。

誰にとっても危険な国
HDPのセラハッティン・デミルタス共同議長は今月に入って本誌の取材に応じ、エルドアンは「独裁体制」を固めつつあり、クルド人に限らず「トルコでは誰もが大きな危険にさらされている」と懸念を表した。

過激派対策法改定の法的根拠について、与党・公正発展党(AKP)の法律顧問はロイターにこう語っている。「テロ行為に直接的に関わっていなくても、思想的に支持した場合、完全なテロ犯罪ではないが、やや軽度のテロ犯罪とみなせる。われわれは対策法の範囲を拡大するつもりだ」

トルコの治安状況は悪化の一途をたどっている。混乱が続く隣国シリアで、クルド人武装組織「民主連合党(PYD)」「人民防衛隊(YPG)」がトルコとの国境地帯で支配圏を拡大。

その影響でトルコ国内でもクルド人の分離独立の動きが活発化し、昨年7月にはトルコ軍とPKKの衝突が再燃。2年余り守られてきた停戦協定は脆くも崩れた。昨年11月には、トルコ空軍がシリアとの国境地帯に展開するPKK部隊に空爆も実施。

84年から13年の停戦成立まで続いたトルコ軍とPKKの武力衝突では4万人余りの死者が出ている。【3月17日 Newsweek】
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中東動乱の第1幕については、先述のようなISの退潮、また、現在進行している和平協議など、状況改善の兆しも出てはきていますが(それも先行き不透明ではありますが)、早くもクルド人勢力を主役とする第2幕の萌芽も次第に表面化しつつあります。
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