孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ  和解の兆しがあったクルド人問題、夏以降対立激化

2011-10-20 22:39:54 | 中東情勢

(PKK女性兵士 “flickr”より By james_gordon_los_angeles http://www.flickr.com/photos/james_gordon_los_angeles/6172635906/ )

エルドアン首相とPKK党首の交渉
クルド人は、トルコ・イラク北部・イラン北西部等、中東の各国に広くまたがる形で分布し、人口は2500万~3000万人で、「独自の国家を持たない世界最大の民族集団」と言われています。

トルコでは、テロ組織指定を受けているクルド人系の反政府組織「クルド労働者党(クルディスタン労働者党)(PKK)」によるトルコ政府への抵抗運動が続いていましたが、約1年前の10年10月17日ブログ「クルド人問題、トルコでは和解交渉開始  イラン・イラク国境では密輸ビジネス」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20101017)では、和解の兆しについて取り上げました。

****トルコのクルド人問題に解決の兆し*****
トルコでは、分離独立を求めるクルド人の武装組織と政府軍の抗争で36年間に4万人以上の命が失われた。この長い熾烈な戦いに、ようやく終結の兆しが見えてきた。エルドアン首相が先週、クルド労働者党(PKK)のアブドラ・オジヤラン党首(服役中)と交渉に入ったことを暗に認めたのだ。

つい最近まで、PKKとの交渉は軍の猛反発を招き、政権の命取りになりかねないものだった。だが9月の国民投票で、軍権限の制限を盛り込んだ憲法改正案が過半数の支持を獲得。政府は軍に遠慮せず、交渉できるようになった。

一方で、PKKの弱体化も目立つ。ここ3年余り、米軍の支援を受けたトルコ軍がイラク北部の山岳地帯にあるPKKの拠点を猛攻。トルコ国内のクルド人の間でも、PKK離れが進みつつある。
問題はクルド人の自治拡大要求をどこまで認めるかだが、これについても合意形成が期待できる。トルコ経済が急成長を遂げる今、大半のクルド人は独自の言語と伝統を守れるなら、完全に独立する必要はないと考えているからだ。

トルコの一部タカ派はいまだに、クルド文化の独自性を認めれば国家の統合が脅かされると警戒する。だが、民族的多様性を受け入れることで流血沙汰が収まるなら、取るべき道は明らかだろう。【10年10月20日 Newsweek】
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クルド人勢力 総選挙で躍進
その後、今年6月12日に行われた総選挙(定数550)で少数民族クルド人の無所属が躍進し、改選前20議席を36議席(選挙後はクルド系政党・平和民主党(BDP)として活動)に増やしています。

****平和民主党の祝賀集会、「クルディスタンがわが祖国、首都はディヤルバクル」の歌****
5万人が参加した。平和民主党が支持し、ディヤルバクルで当選した無所属候補は、約5万人が参加する祝賀集会を催した。会場で演説した、シェラフェッティン・エルチ氏は、「リーダーたるアポ(オジャラン)も、山にいるゲリラの英雄たちも、顔をあげ、名誉ある形で我々のなかにもどってくる」とのべた。トルコとクルド人に感謝の言葉を述べたレイラ・ザナ氏は、クルド人は(トルコ共和国において)国家の一方の担い手となると述べた。

■無所属候補らは、クルド人・トルコ人に感謝を述べた
平和民主党の呼びかけで、バトゥケント交差点の広場に集まった約5万の人々は、6名の無所属候補の当選を祝った。会場やステージには、巨大なPKKの旗、アブドゥッラー・オジャランのポスター、北イラクのクルド地域で用いられているクルドの旗が掲げられた。

平和民主党のハミト・ゲイラーニー副党首、フィリズ・コチャリ副代表と、当選したレイラ・ザナ、シェラフェッティン・エルチ、エミネ・アイナ、ヌスレト・アイドアン、アルタン・タンの各氏が、大混雑の中ようやくの思いで上った壇上から、人々にVサインをし、挨拶をした。壇上では、「クルディスタンがわが祖国、ディヤルバクルがわが首都」という民謡風のうたと、PKKのマーチが演奏され、壇上にあがった顔にマスクをした若者たちが、PKKの旗をかかげた。しかし、この若者たちを、壇上にいた係員たちが下におろした。祝賀会で短い演説をした当選者たちは、民主的自治区の建設を必ずや実現するとのメッセージをのべ、クルドとトルコの人々が自分たちに示した支援に感謝の言葉を述べた。【6月14日 Milliyet紙】
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非合法テロ組織PKKと関係があるとされる平和民主党(BDP)ですが、選挙管理委員会はBDP議1名について、PKKの「宣伝活動を行った」との罪で有罪判決を受けたことを理由に当選取り消しを決めています。

総選挙でのクルド人勢力の議席増加を受けて、新国会におけるクルド人勢力の権利拡大要求を、新憲法の制定を課題とするエルドアン政権も無視できず、駆け引きが強まる可能性があると、エルドアン政権のクルド対策が注目されていました。

****トルコ総選挙、少数民族クルド人が躍進 権利拡大要求へ****
・・・(クルド系政党の)BDPのデミルタシュ党首は選挙結果について「満足している。人々の自由を求める声が強まった結果だ」と述べた。悲願とする公立学校でのクルド語教育の実施や、クルド人による自治要求を強める動きに出るのは間違いない。

2002年から単独で政権を担うエルドアン首相率いる親イスラムの公正発展党(AKP)は、欧州連合(EU)加盟に向けて少数民族の権利擁護を求められ、09年にはクルド語のテレビ放送を許可するなど権利拡大に動いた。

ただ、トルコ憲法は国の言語を「トルコ語」、国家と国土と国民は「分離が不可能な一体のもの」と規定。これらは政教分離をうたった条文とともに改正ができない。憲法の制約の中でBDPの主張をどう反映させるのか、難しい政治決断が迫られる。

AKPは、1982年につくられた現行憲法が「人権面などで時代にそぐわない」とし、新憲法の制定を目指す。ただ、AKPの獲得議席は326。新憲法の制定を単独で提案できる330に届かず、野党の協力は欠かせない。
AKPとBDPの合計議席は362で、新憲法案を国会で可決させたうえで国民投票にはかることが可能となる。今後BDPがキャスチングボートを握れば、エルドアン首相もクルド人の要求をある程度は認めざるを得ないとみられる。【6月19日 朝日】
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【「(PKKは)激しい報復を思い知るだろう」】
しかし、PKKとトルコ政府軍の争いは最近激化する方向にあります。
8月17日、トルコ軍の車列がPKKに攻撃され、兵士ら9人が死亡したことから、政府軍による報復が行われ、PKK側に多数の死傷者が出ています。

****トルコ軍、武装組織100人を殺害 兵士殺害の報復か****
トルコ軍は23日、武装組織・クルド労働者党(PKK)の拠点があるイラク北部に向けて17日から実施した越境攻撃で、90~100人のPKK戦闘員を殺害したと発表した。

軍によると、PKKの潜伏場所など132カ所を空爆。さらに地上からも砲撃を加えた。今回の攻撃は、トルコ南東部で17日、軍の車列がPKKに攻撃され、兵士ら9人が死亡したことへの報復とみられる。
PKKはクルド人による自治拡大をトルコに求めているが、同国や米国などはPKKをテロ組織に指定。トルコ軍は掃討作戦を続けている。【8月24日 朝日】
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更に、10月19日、イラク国境の警備を行っていた政府軍兵士がPKKに襲撃され24人が死亡しました。
軍は報復に出ています。

****トルコ:国境警備兵24人死亡 クルド人組織の襲撃で****
トルコ南東部で19日未明、イラク国境の警備に当たっていたトルコ兵が非合法武装組織「クルド労働者党」(PKK)に襲撃され、兵士24人が死亡、約20人が負傷した。AP通信などが伝えた。PKKの襲撃としては93年以来の最悪規模といい、トルコ軍部隊はPKKの潜伏拠点があるイラク北部に一時越境し、空爆にも乗り出した。

トルコのギュル大統領は19日、「(PKKは)激しい報復を思い知るだろう」と警告。エルドアン首相とダウトオール外相は外遊予定をそれぞれ中止し、緊急対応を始めた。

現地からの報道によると、襲撃には少なくとも100人のPKK戦闘員が参加し、トルコ軍詰め所など計8カ所をほぼ同時に襲った。軍は報復の一環で、イラク国境に近いトルコ領内で戦闘員15人を殺害した。
18日には南東部ビトリス県で路上爆弾が爆発し、2歳児を含む市民3人と警官5人が死亡する事件も起きていた。

PKKはトルコからの分離独立を主張し、84年以来、対トルコ武装闘争を継続。衝突による死者は4万人を超えている。双方は今夏から再び対立を深めており、トルコ軍はイラク北部への越境空爆を断続的に実施。トルコ兵や治安当局者の死者は7月以降、計70人以上に達している。【10月19日 毎日】
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オバマ米大統領も19日、今回事件を「非道なテロ攻撃」と非難する声明を発表し、攻撃を認める声明を出したクルド労働者党(PKK)の掃討を目指すトルコ政府に対し、米国は協力を続けると強調しています。

和解の兆しが期待されたトルコのクルド問題ですが、現実は逆に戦闘激化の方向にあります。
和解の兆しがあると、和解を好まない敵対勢力双方の強硬派が過激な行動に出て対立を激化させるという構図はよく見られるものです。
トルコ人にしてもクルド人にしても同じイスラム教徒ではありますが、民族的多様性を認め合うのは難しいようです。

これまでもしばしば取り上げているように、こうしたトルコ国内のクルド問題は、隣国イラクにおけるクルド自治政府を巡る動きにも強く影響されます。
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