(拘束直後のまだ生存しているカダフィ大佐を映したものとしてネット上に投稿された映像 “flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/6267525833/in/photostream )
【NATO:カダフィ大佐が車列にいたことは知らなかった】
当初の予想より時間を要しましたが、報道されているようにリビアのカダフィ大佐が殺害され、リビア情勢はひとつの節目を迎えています。
殺害の状況については、さだかでない部分もありますが、おおよそは下記のように報じられています。
****カダフィ氏の最期「息子たちよ、殺さないで」*****
空爆に追われ、逃げ込んだ下水管で拘束され、その後銃撃――。リビアのカダフィ氏が死亡した経緯が、次第に明らかになってきた。
現地からの情報によると、カダフィ派が立てこもっていたシルト西部の地域から複数の車列が出ようとしたのは、20日朝のこと。そのうちの1台にカダフィ氏が乗り込んでいた。
北大西洋条約機構(NATO)の説明によると、現地時間20日午前8時半ごろ、シルト郊外で軍用車両約75台からなるカダフィ派の一団をNATOの爆撃機が確認。市民を攻撃するのに十分な数の武器を携えていたため攻撃を加え、計11台を破壊したという。ただ、NATOは21日、「後で加盟国の情報当局から聞いた」とする声明を出し、カダフィ氏が車列にいたことは知らなかったとしている。
その直後、反カダフィ派部隊が小型ロケット砲などで3時間にわたり車列を攻撃し、激しい戦闘となった。このため、カダフィ氏は近くの下水用の穴に逃げ込んだ。間もなく、反カダフィ派部隊がカダフィ氏を見つけ、片手に自動小銃、片手に拳銃を持って出てきたという。
「息子たちよ、殺さないでくれ」。カダフィ氏は、反カダフィ派の若い兵士たちにそう訴えたという。現場の兵士の証言では、辺りを見回し、「何が起きているのか」と聞くカダフィ氏を、反カダフィ派が射撃したという。【10月22日 朝日】
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状況からすると、NATOによる車両空爆は、カダフィ大佐殺害も想定したもののように思えます。
そういう話になると、本来「市民の保護」を目的としたNATOの任務からは逸脱している・・・との批判も出てきます。
****リビア:カダフィ大佐死亡 欧米諸国「不安要素除かれた」*****
◇NATO任務を逸脱の可能性も
・・・NATOは20日朝にシルト郊外で車両2台を空爆したが、カダフィ大佐との関連については「確認できない」としている。空爆が「市民の保護」を目的としたNATOの任務を逸脱した可能性もある。
NATOはトリポリ陥落後も作戦を継続、最近は1日に数十回、航空機を出動させているが、標的を確認しただけで空爆しないなど、事実上、攻撃を収束させている。もしNATOがカダフィ大佐の車列を空爆したとすれば、地上からの情報を基に殺害をいとわずに行った可能性が高い。
3月の国連安保理決議によると、NATOの任務は「市民の保護」で、カダフィ大佐空爆が事実なら整合性が問われる。NATOは20日、「空爆は個人を対象にしていない」と述べた。【10月20日 毎日】
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拘束したカダフィ大佐を生存させておくと、奪還を目指す支持勢力の抵抗が続くおそれがあり、また、早期の報復的処刑を求める国民の声と国際法にのっとった処置を行うべきとする建前との間で確執を生むことも懸念されます。
仮に、カダフィ大佐を法廷で裁くということになれば、法廷はカダフィ大佐の自己主張・弁護の場ともなりかねません。
また、先述の20日の空爆を含めて、一連のNATOの行動が国連安保理決議に沿うものだったか・・・という問題も表面化します。
欧米各国、リビア反体制派指導部にとっては、いきさつはどうであれ、カダフィ大佐に死んでもらってほっとしていることは間違いないでしょう。
【反カダフィ派内部では権力闘争も表面化】
これで、いよいよ新政権に向けた取り組みが本格化する訳ですが、周知のようにすでに反カダフィ派内部では権力闘争も表面化しており、今後の動向が注目されています。
対立軸としては、判事出身のアブドルジャリル議長や経済専門家のジブリル暫定首相ら文民中心・親欧米的な国民評議会指導部と実際の戦闘の中心となったイスラム主義的なアブドルハキーム・ベルハジ司令官などの対立があります。
更に、部族間、東西の地域間の対立もあります。
そうした情勢については、9月1日ブログ「リビア カダフィ後の新体制 「国民統合」への険しい道 イスラム勢力の台頭」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110901)でも取り上げたところですが、2カ月近く経過した現在も、基本構図には変化ないようです。
カダフィ大佐殺害に時間を要したことで、確執は更に深まっているとも言えます。
なお、当初、殺害翌日の21日にも予定されていた「全土解放宣言」は22日に、更に23日にと再延期されています。
延期の背景としては、大佐の次男サイフルイスラム氏ら旧政権有力者についての情報が、生死を含めて錯綜していることが推測されていますが、反カダフィ派内部の確執も影響しているのではないでしょうか。
****カダフィ大佐死亡 民主化への過程焦点 リビア権力闘争、新政権の火種****
カダフィ大佐が死亡し、最後のカダフィ派拠点シルトが陥落したことで、リビアでの今後の焦点は民主化に向けた政権移行プロセスを円滑に進められるか否かに移る。反カダフィ派内部では権力闘争も表面化しており、混乱に乗じてイスラム過激派などの勢力が伸長する懸念もある。
「われわれはこの瞬間を待っていた。団結したリビア、ひとつの国民のひとつの未来が始まるときが来たことをリビアの人々は実感しているだろう」
反カダフィ派代表組織「国民評議会」ナンバー2のジブリル暫定首相は20日、大佐死亡を発表した会見で感慨をにじませた。
しかし、新生リビアの前途は険しい。ジブリル氏は以前、「(権力闘争の)ルールも決まっていないうちに政争に向かっている」と警告し、当面は選挙制度などを整える必要性を訴えていた。
背景には、カダフィ派との戦闘が長引いた結果、当初は「政権打倒」で一致していた反カダフィ派の各部隊が、主導権争いをにらんださや当てを激化させている事情がある。首都トリポリでは最近、政権崩壊後に流入した部隊同士による小競り合いも頻発している。
また、リビアには伝統的に東部と、トリポリのある西部との間で確執があるとされる。同評議会は「首都はあくまでもトリポリだ」としているが、東部にはカダフィ政権下で差別を受けてきたとの不満が根強い。
国民評議会が示す移行プロセスは、暫定政権発足を経て最終的には大統領選の実施を目指すものだ。ただ、シルト攻略に功績を挙げた部隊が新政権で優遇された地位を要求するなどポスト配分が難航する可能性は高い。
スムーズに暫定政権を発足させられるかが、移行プロセス全体の鍵を握りそうだ。【10月21日 産経】
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【強まるイスラム色】
「全土解放」宣言から1カ月以内に予定される移行政府樹立については、上記のような確執・批判があって、国民評議会を率いてきたアブドルジャリル議長とジブリル暫定首相は辞任することを表明しています。
国民評議会は3日に執行部の一部を変更する人事を発表しました。それに先だって辞意を表明していたジブリル暫定首相は、当面残留する形となっていますが、「全土解放」宣言後には辞任するとしています。
“リベラル派のジブリル氏は、ここ数週間、主にイスラム教主義者からの批判の的になっていた。この会見に同席したジブリル氏は、1日に辞意を表明したことを明らかにしたが、「(NTCは)いまがその時ではなく、国家の団結に影響を及ぼす可能性があると判断した」と述べ、「そこで私は辞意を撤回した。だが、国が解放されれば、(辞意表明は)効力を発揮する」と語った。”【10月4日 AFP】
ジブリル暫定首相に代わる新指導者としては、下記のように報じられています。
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新指導者の有力候補として台頭してきたのが、反カダフィ派の戦闘を主導し、評議会の指導体制に批判的なアブドルハキム・ベルハジ司令官だ。国際テロ組織アルカイダとの関係が疑われたリビアのイスラム過激派組織の元指揮官で、前政権から迫害された経験がある。そのライバルと目されているのが、首都トリポリでの戦闘を指揮したイスラム穏健派のアブドラ・ジンタニ司令官で新政権の閣僚の半数を民兵出身者にするよう求めている。
イスラム勢力とは別に、「地域代表」の有力候補もいるが、いずれの候補も政治経験は浅く、安定した民主体制構築には不安が残る。【10月23日 AFP】
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いずれにしてもイスラム色の濃い政権となりそうです。そのあたりが、また欧米各国が懸念するところでもあります。
【「一部は既に悪者の手に落ちてしまったかもしれない」】
他にも問題は山ほどありますが、ひとつ懸念されているのが、武器流失の問題です。
****リビア:兵器の拡散深刻…エジプトにミサイル「密輸」も****
リビアの暫定統治機構「国民評議会」は23日に「全土解放」を宣言し、新国家づくりのプロセスを本格化させる。最優先課題となっているのが、カダフィ前政権の「負の遺産」である大量の兵器の管理だ。
多くが行方不明で、一部は既にエジプトへ流出している。また、新政権での要職を狙うイスラム勢力と評議会指導部との対立もあり、課題は山積している。
リビアの兵器拡散状況について、国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は今年9月上旬までの半年間の調査結果として、「多くの兵器関連施設が略奪に遭い、数千にも及ぶ地対空ミサイルや対戦車ミサイルが行方不明になった」と報告する。
前政権はミサイルに加えて地雷、砲弾などを北大西洋条約機構(NATO)軍の空爆から守るため、民間のビルや農場へ移していた。評議会の管理が行き届かず、報告によると、反カダフィ派の戦闘員や一般住民らの略奪が目撃された。
また米紙ワシントン・ポストなどは、リビアの東隣エジプトの軍関係者らの証言から、リビアから大量の武器が運び込まれていると報じている。今年8月、パレスチナ自治区ガザ地区に通じる密輸トンネルやシナイ半島の武器市場で肩撃ち式地対空ミサイルなどが押収されたという。
報道によると、ミサイル以外にもリビアから密輸された銃弾、爆弾、機関銃などがエジプト国内で見つかった。ある武器商人は、エジプトとリビアの国境はほぼ自由に行き来できる状況だと説明。両国の政変の影響で、国境管理が不十分になっているようだ。【10月23日 AFP】
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すでに1日には、リビアのカダフィ前政権が保有していた地対空ミサイル約5000発が行方不明になり、国際テロ組織の手にわたった可能性があることを「国民評議会」の国防担当幹部が明らかにしています。
****携行型地対空ミサイル5千発、リビアで行方不明****
・・・行方不明となっているのは、旧ソ連、東欧で製造された携行型地対空ミサイル「SAM7」。カダフィ政権はかつて、同ミサイルを約2万発保有し、西部ジンタンなどの武器庫に保管していた。このうちの1万4000発以上は、今回のカダフィ派と反カダフィ派の戦闘で使用されたり、反カダフィ派が破壊するか使用不能にしたという。
残る約5000発について、国防担当幹部は「一部は既に悪者の手に落ちてしまったかもしれない」と述べ、テロリストが入手したことへの懸念を示した。同種のミサイルは、中東やアフリカ諸国などでテロやゲリラ活動に使われている。【10月3日 読売】
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“地対空ミサイル約5000発”・・・イスラエルやアメリカ、更に周辺各国政府にとっては悩ましい問題です。
紛争の混乱で流出した武器が次の紛争で使用されるという、紛争の再生産です。
恐らく、新旧政権有力者、武器商人などが暗躍しているのでしょう。
もっとも、カダフィ政権にそうした武器を売ったのは、欧米各国、中国。ロシアではないでしょうか。