孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ洪水被害  首都全域防衛を断念、水門開放 注目されるインラック首相の手腕

2011-10-22 22:26:46 | 東南アジア

(10月22日 バンコク郊外のパークレット(ドンムアン空港の西、バンコク都心から約20km北) 写真手前の水はチャオプラヤ川と思われます。 すでに軒下ぐらいまで水位が上がっています。 “flickr”より By Philip Roeland http://www.flickr.com/photos/philiproeland/6268380029/in/photostream

総合的治水対策はタクシン後の政争激化で頓挫したまま
タイの洪水被害、特に、洪水からの首都バンコク防衛の対応に追われるインラック政権、大手日系企業の現地工場が集中する工業団地の浸水被害などが連日各メディアで報じられています。

****天然のかんがいシステム*****
タイでは毎年、上流部で6月から10月ごろの雨期に降った雨水が10月ごろ、中部の平原地帯に達して洪水を起こす。中部は元々広大な水田地帯で、川からあふれた水は水田に流れ込み天然のかんがいシステムとして利用されてきた。
しかし今年の雨は過去50年で最悪規模といわれ、ダムの放流で中部アユタヤ県で川が氾濫。ホンダなど大手日系企業の現地工場が集中する工業団地が相次いで水没した。
洪水被害は東南アジア各地でも起きており、気候変動による雨量の増加や、上流の山岳地帯で森林伐採が進んだことによる保水力の低下が被害拡大の一因との指摘もある。【10月15日 毎日】
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例年、一定の洪水を“天然のかんがいシステム”として利用してきたタイですが、今回は記録的な多雨によって増水した山間部のダムが決壊するのを防ぐために、相次ぎ放水量を増やしたため下流域で洪水が始まったとのことです。
長期的視点からは、政争に明け暮れたタイの政治が治水対策を怠ってきたことも指摘されています。

****大雨でダム放水増、政争で治水頓挫…タイ大洪水****
タイ大洪水の直接的な原因は平年を上回る記録的な多雨だ。
雨期に当たる6~9月の降水量は北部チェンマイで平年の1・3倍、首都バンコクでは1・4倍に達した。タイ南北を縦貫するチャオプラヤ川沿いでは、例年なら雨期が明ける10月になっても雨が続き、山間部のダム決壊を防ぐために相次ぎ放水量を増やしたため下流域で洪水が始まった。

政府の無策を指摘する声もある。主要工業団地すべてが冠水したアユタヤ県も、バンコクも、同川の広大なデルタ地帯に立地する。海抜ゼロメートル地点も多く、何度も大洪水に襲われてきた。タクシン政権時代の2000年代、総合的な治水・利水対策が検討されたものの、巨額予算が必要なため進展せず、その後の政争激化で頓挫したままだ。【10月19日 読売】
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被害はカンボジア・ミャンマーでも
タイでは3か月続いている豪雨による死者は、北部と中部を中心に320人にのぼっており、数万人が避難を余儀なくされています。
タイ以外では、カンボジアも過去10年で最悪の洪水に見舞われており、災害当局者は今月10日、今回の洪水による死者が207人に上ったと発表しています。
また、ミャンマー中部パコックーでも20日、大雨による洪水があり、地元当局筋によると、少なくとも50人が死亡、300人以上が行方不明になったと報じられています。
アジアの穀倉地帯での深刻な被害によって、今後、食料価格が高騰することも懸念されています。

【「バンコクのすべての地域を防衛することは不可能だ」】
話をタイ・バンコクの状況に戻すと、これまでタイ政府は「バンコクでは洪水は起きない」と繰り返してきましたが、インラック首相は20日、記者団に「予想を超える水が押し寄せ、制御できない」と語り、一刻も早く水をタイ湾に流すため、バンコクを流れる運河の水門をすべて開く方針を示しています。
首都のすべての水門を開放し、水を東部の3つの水路に流し込んで、最終的に海に放出する捨て身の防衛作戦のようです。
この作戦は東部切り捨てになりますが、水が多すぎると市内中心部にあふれる恐れもあります。

****タイ洪水、首都に浸水 首相「全域防衛は不可能****
タイ各地で大きな被害をもたらしている洪水は20日、首都バンコク中心部の運河や河川にも流入し始め、一部で許容量を突破、付近にあふれ出した。インラック首相は同日、「バンコクのすべての地域を防衛することは不可能だ」と指摘、中心部の大規模浸水だけは防ぐ方針を示した。バンコク東部や北部に冠水被害が出るのは不可避の情勢だ。

政府はバンコク北部に土嚢(どのう)を積み、首都を守る計画だったが、増水したチャオプラヤ川から流れてくる水があまりにも多く、首都全域を守ることを断念。インラック首相は20日、「水の流れはコントロールできない」として、バンコク行政当局に対し市内の水門を開放するよう要請した。
政治・経済の中枢である中心部の大規模浸水は阻止する一方、東部に水の通り道をつくり、海に流すための措置とみられる。同首相は、水門開放はあくまで被害を最小限に抑えるための措置であると強調した。

日本企業への影響は拡大し、ソニーは11月11日に予定していたデジタルカメラの新商品発売を延期。パトゥムタニ県にある工業団地が20日夜に冠水し東芝など日系企業29社が被災した。
専門家は洪水被害によりタイの経済成長率を1%以上押し下げると分析。首都への直撃で2%以上低下すると予測している。【10月21日 産経】
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インラック首相としては、首都バンコク中心部の住民の支持だけはなんとかつなぎ止めたいところでしょう。

【「首まで浸水しているときにクーデターする馬鹿はいない」】
洪水被害そのものに加えて、先の総選挙でブームを巻き起こし女性首相の座を手中にした、タクシン元首相の妹、インラック首相の手腕、不毛の対立を繰り返してきたタイ政局の動向も注目されています。

首相に災害対策の最高権限を与える災害防止法が21日に発令されましたが、バンコク防衛作戦にしても、バンコク都知事が野党民主党の大物で、首相との足並みの乱れが報じられています。
また、実際の対策には軍の協力が不可欠ですが、軍はタクシン元首相を追放したクーデターを起こした経緯から、その溝が埋まっていないようです。

****タイ洪水、引きずる政治対立 首相、都・軍と連携とれず****
拡大するタイの洪水被害の対応に、政府と首都バンコク、軍の足並みの乱れが影を落としている。背景にインラック首相の兄タクシン氏が追放された2006年クーデター以来の政治対立がある。首相は21日、災害に関し、軍や自治体を首相直轄とする災害防止軽減法の適用を決めたが、すぐに連携がうまくいく様子はない。

バンコクを通るプラパ運河から20日、水があふれ市街地が浸水した。すると翌21日、スクムパン都知事は「水は都外から流れ込む」「1千人を洪水防止に派遣すると言うが、いつ着くか知らされていない」と政府への怒りをあらわにした。
首相は「政府と関係機関は協力を」と呼びかけるが、政府側も「都知事は何の情報も政府に伝えない」(政府副報道官)などと都への不満を募らせる。

都知事は、08年まで反タクシン派民主党の副幹事長だった。与党タイ貢献党とは犬猿の仲だ。洪水の対策機関を、政府は北部のドンムアン空港、都は約20キロ離れた東部ミンブリー地区に設置した。都の会議に首相が出たことはないが、民主党党首のアピシット前首相が姿を見せる。

06年クーデターの張本人である軍と政府も連携が十分とは言えない。
民主党や被災自治体は、災害対応時の軍の権限を強化するために非常事態宣言を求めてきた。だが、首相は「観光や投資家心理に悪影響がある」を理由に拒否している。
タイ貢献党の議員からは「非常事態宣言はクーデターにつながる恐れがある」との声が上がり、プラユット陸軍司令官は「首まで浸水しているときにクーデターする馬鹿はいない」と不快感を示している。【10月22日 朝日】
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インラック首相は、被災地の大部分から水が引くまで今後4~6週間かかるとの見通しを示しています。
今回の国をあげての対応が、“雨降って地固まる”と国民和解につながればいいのですが、いまのところはなkなか・・・という雰囲気です。
軍のクーデーターも論外ですが、政権側も、タクシン元首相の帰国を強行して陣頭指揮にあたらせる・・・といったことは国民間の亀裂を深めるものとして戒めてほしいところです。

【「これまで連絡がなかった。タイ語が分からないからだろう」】
こうしたなかで、被災したミャンマー人などの移民労働者の状況を懸念する報道もあります。
危機的な状況で社会的弱者にどこまで配慮できるかは、その社会の成熟度合いをはかる尺度です。

****被災の移民労働者孤立 ****
タイの洪水で被災したミャンマー(ビルマ)人ら移民労働者が行き場を失っている。言葉の壁があるうえ、不法入国が多く、逮捕を恐れて支援を求めない人も少なくない。

地元テレビは18日、アユタヤ県の工業団地近くで、ミャンマー人労働者約300人が周辺が1メートル浸水したアパートに残り、「何も食べていない」と訴えていると報じた。このうちの一人で女性のマエさんは朝日新聞の電話取材に「配給食料を受け取りにいったらミャンマー人だと断られた」と話した。20年タイで働いているという。「ようやく雇い主と話ができた。数日中に給料を払ってもらえることになった」と語った。
アユタヤ県当局は報道を受け、食料を配り始めた。担当者は「これまで連絡がなかった。タイ語が分からないからだろう」と話す。

バンコクに隣接するパトゥムタニ県のタマサート大学に避難する約3700人のうち350人がカンボジア、ミャンマー、ラオスからの労働者だ。NGO「移民労働者グループ」によると、多くは20~30代で、洪水の状況を知らないまま逃げてきた。「水はここにも来るのか」「仕事はどうなる」と不安を訴えている。
グループによると、被災した27県に計20万人の移民労働者がいる。過半数は不法入国という。コーディネーターのロイサイさんは「当局は外国人労働者を下に見て、最低限の支援すらしていない」と指摘する。

今後の見通しが立たず、帰国する人も出ている。ミャンマーと国境を接するタイ北西部メソトでは、連日数百人のミャンマー人が川を越えて帰っているという。支援団体「YCOWA」のモースウェ代表は「仕事を失い、支援も限られている。残された道は帰国しかない」と話した。【10月22日 朝日】
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本来は、危機的なこういう状況だからこそ、不法移民だろうが、外国人労働者だろうが、救いの手をさしのべるべきところですが、現実は危機的状況で真っ先に切り捨てられるのがそうした弱者です。

【追記】
王宮・議会近くの地区で土嚢堤防が一部決壊して浸水が始まったようです。

****タイ洪水:バンコク中心部で初浸水…住民に避難準備勧告****
タイの首都バンコクで22日午後4時(日本時間同日午後6時)ごろ、都心部を流れるチャオプラヤ川の周囲に築かれた土のうの堤防が一部決壊し、周辺が約1メートル~40センチの高さまで浸水した。今回の洪水で首都中心部の浸水は初めて。この浸水でチャオプラヤ川流域13地区の住民に避難準備勧告が出た。
現場は国王宮殿やタイ議会から約1.5キロの場所。市当局は周辺に新たに土のうを積み、浸水の広がりを食い止めたが、川の水位が上がる可能性もあり、当局は警戒している。

被害にあった首都南西部のドゥシット地区では、商店街の交差点に高さ2メートルの土のうが築かれ、腰の高さまで達した水を食い止めていた。しかし、周辺ではあちこちから水が湧いてくるように流れ出ている。近くに住む主婦のマニーさん(51)は「水の勢いがすごくて、たちまち首の下の高さにまで達した。私たち住民は急いで避難し、けが人は出なかったが、これからどうなるのか」と話した。
今後、水の流れを制御できなければ、王宮や、プミポン国王が入院している病院にも達する可能性がある。(後略)【10月22日 毎日】
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