
(17日 テヘランの街頭を埋め尽くした人々
“flickr”より By .faramarz
http://www.flickr.com/photos/fhashemi/3636326778/in/set-72157619758530748/)
イランにおける大統領選挙の不正を糾弾する街頭でのデモ行動は、ほぼ収束したようです。
****イランのデモ行動ほぼ収束、聖職者間で割れる立場****
イラン大統領選の結果をめぐる混乱で、当局は大規模な抗議活動の鎮圧を進めている。26日で選挙から2週間が経過し、当局の取り締まり強化は徐々に効果を表している。
テヘラン市内では、20日を最後に大規模な抗議デモは見られていない。警察当局による警告や抗議者の逮捕などが功を奏した格好で、現在は小規模な集会が見られるのみとなった。
改革派ムサビ元首相のウェブサイトやファルス通信によると、25日にはムサビ氏と面会した大学教授ら70人が当局に一時拘束され、選挙責任者が逮捕されたという。
ムサビ氏は、選挙結果に異議を唱えないようにとの圧力を受けているとウェブサイトで明かし、一部新聞が発行停止となり、スタッフが逮捕されていることを非難している。
そのムサビ氏は、改革派のラフサンジャニ元大統領やハタミ前大統領のほか、体制に批判的な高位聖職者モンタゼリ師の支援を受ける。
これに対し、アハマディネジャド大統領を支援する最高指導者のハメネイ師は選挙結果を正当とし、護憲評議会が選挙のやり直しを拒否した決定も支持。今回の混乱をめぐっては、聖職者間でも立場が2分している。【6月26日 ロイター】
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【「イラン革命以来最も健全に行われた選挙」】
最高指導者ハメネイ師は24日、「体制指導部も国家も、いかなる犠牲を払ったとしても圧力に屈することはない」と述べ、やり直し選挙などムサビ氏らの要求を拒否する意向を改めて示しています。
また、選挙結果を最終的に承認する権限を持つ護憲評議会のスポークスマンは、「評議会は、落選した候補者が申し立てていた選挙結果に対する不服の訴えの検証をほぼ終えた。その結果、今回の選挙はイラン革命以来最も健全に行われた選挙であったことが判明した。選挙における大きな不正行為はなかった」と発表しています。【6月26日 ロイターより】
【苦慮するムサビ元首相】
今回抗議行動の中核となっているムサビ元首相は25日、自身のウェブサイトで「選挙無効の訴えを取り下げるよう圧力を受けている。重大な不正が行われた。こうした不正の背後にいる人々がこの流血の惨事に責任があることを証明する用意がある。合法的で冷静な抗議によりわれわれの目的の達成が可能になる」と語り、選挙の「重大な」不正に対し戦い続ける考えを表明していますが、ここ数日、国民の前に姿を見せておらず、運動が次第に「反体制」色を帯びる中、運動の方向性を見定められずにいる可能性があるとも報じられています。
****イラン:ムサビ氏、運動「変質」に苦慮****
ムサビ氏は抗議行動を体制内の「世直し」と位置付ける。「不正やうそは国家と国民を対立させ、体制を揺るがす」と主張、「手遅れになる前に修正を」と訴えてきた。
選挙戦で出馬の動機をこう語った。「イスラム革命(79年)を起こしたのは、イランが中東一の大国になり、地域の模範として影響力を行使するためだ。だが、今の政権は非現実的な外交で国家の威信とメンツをつぶしてしまった」
体制の将来への危機感が駆り立てたというわけだ。そこに噴き出た「大規模で組織的な開票不正」。ムサビ氏は「体制を守るには、不正で権力を得る者には従わない。これが革命のメッセージだ」と強調。「殉教」も辞さない覚悟を示す。
最高指導者ハメネイ師は、ムサビ氏らの異議を追い払うことで逆に体制の威信を保とうとしており、両者の対決は、革命体制の存亡を懸けた究極の路線対立とも言えそうだ。
だが、ここ数日のデモは反体制運動の性格を強めている。テヘランで毎晩の恒例になった、屋上などでの抗議スローガンの唱和には「ハメネイに死を」という言葉も交じり、15日のデモ行進当時に比べ、運動は確かに変質した。
ムサビ氏には、「敵(反体制派や外国勢力)に利用されることを本意としない」との思いがあるようだ。「革命体制の本流を歩んだ」との自負が強いとみられるからだ。
革命の指導者ホメイニ師の「秘蔵っ子」として体制基盤構築に重要な役割を担い、イラン・イラク戦争中の混乱期と重なる81~89年にハメネイ大統領(現・最高指導者)の下で首相を務めた。
ハメネイ大統領と経済運営などを巡り深刻な路線対立に陥ったが、89年にホメイニ師が死去するまで、同師の庇護(ひご)を受けた。革命原理回帰を訴えながら、体制崩壊への水門を自らが開けることになれば自己否定につながりかねないのだ。【6月25日 毎日】
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また、政府系の「プレスTV」は、ムサビ氏および選挙で同氏を支援したラフサンジャニ元大統領が24日、国会国家安全・外交委員会のメンバーと会談し、事態収拾に向けて協力する用意を表明したと伝えており、ムサビ氏の真意を測りかねる支持者も出始めているとも。【6月25日 読売】
治安部隊や民兵組織「バシジ」によってデモ行動を鎮圧する現体制の“力”は、多少の抗議行動で揺らぐほど弱くはなく、運動の中核にいるムサビ元首相等も、あくまでイスラム支配体制維持を前提にした不正追求というところに留まっていることから、これ以上の展開は困難な情勢です。
今回のテヘランは、ビロード革命で民主化を実現したチェコスロバキアのバーツラフ広場になることはなかったようです。
ただ、民主化運動が武力鎮圧されて多くの犠牲者が出た中国の天安門広場のような悲劇は見ずにすんだようです。
【指導層内部での確執】
街頭での人々の抗議行動は押さえ込まれた形になっていますが、宗教界・政界の指導層内部での権力闘争的なせめぎあいは続いているようです。
****イラン騒乱 宗教界支持、奪い合い ハメネイ師vsラフサンジャニ師****
イラン大統領選後の混迷をめぐり、強硬保守派に傾く最高指導者ハメネイ師と、これに対抗する穏健保守派の実力者ラフサンジャニ師が、イスラム教シーア派聖地コムの高位法学者たちの支持を取り付けようと舞台裏でつばぜり合いを展開しているもようだ。ベラヤティファギ(イスラム法学者による統治)体制を取るイランでは、有力法学者の支持を得ることは、自らの立場の正当性を訴える「裏付け」となるからだ。
24日付の汎アラブ紙アッシャルクルアウサト(ロンドン発行)は、複数の消息筋の情報として、大統領選の結果を審査している護憲評議会が、コムのアヤトラ(高位法学者)らに代表を送り、選挙が「正しく行われた」と公に支持を表明するよう説得に動いていると報じた。
だが、同紙によると、多くの法学者たちは慎重な姿勢を示し、約50人の法学者は、最高指導者に対して、ムサビ元首相ら改革派の訴えを真剣に検討するよう求める書簡を出した。とりわけ、1980年代の革命初期に護憲評議会議長を務めた大アヤトラ、ゴルパエガニ師は護憲評議会のジャンナティ現議長からの密使に対し、「政治から超越し、特定勢力に加担せず、公平な判断者に徹せよ」と諭したという。(中略)
最高指導者ハメネイ師(アヤトラ)にとって、こうしたコムの宗教界の大勢から明確な支持を得られれば、今回の危機で、改革派鎮圧に向けた「正当性」を宗教的にも得ることになる。
しかし、22日付の同紙によると、改革派のムサビ元首相を支援する穏健保守派の重鎮、ラフサンジャニ元大統領もコムを訪れ、革命防衛隊など強硬保守派で周囲を固めたハメネイ師のやり方に批判的な有力法学者らと会談、ハメネイ師に再投票を受け入れるよう圧力を加えるよう協議したという。
ラフサンジャニ師は最高指導者の監督・罷免権を持つ専門家評議会の議長を務めているが、同評議会は同師を支持する議員が過半数を占めたとの見方もあり、ラフサンジャニ師は専門家評議会招集の可能性もちらつかせながら、ハメネイ師に水面下の圧力を加える狙いのようだ。体制側は、改革派デモに参加したラフサンジャニ師の娘ら親族計5人を一時拘束したが、同師の動きを察知した警告だった可能性がある。【6月25日 産経】
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最高指導者ハメネイ師と穏健保守派の実力者ラフサンジャニ師は若い頃は神学生仲間で、ともに故ホメイニ師の弟子として王制抵抗運動を闘った関係にあります。
ホメイニ師死後、ハメネイ師が最高指導者として選ばれたのは、ラフサンジャニ師による宗教指導者の説得などの“政治的手腕”によるものだったようです。
ラフサンジャニ師がハメイニ師を最高指導者に仕立て上げたのは、彼ならコントロールできると思ったからだ・・・とも言われています。【7月1日 Newsweek日本語版より】
その後、ラフサンジャニ師は大統領に就任しましたが、経済活動を重視し、自らも“金権”の噂が絶えないラフサンジャニ師とハメイニ師とは目指す方向が違ってきたようです。
また、保守派議員のなかでも確執があるようです。
****イラン大統領再選パーティー、過半数の議員が欠席****
イラン改革派系新聞エタマデメリは25日、マフムード・アフマディネジャド大統領の再選祝賀夕食会に、国会議員290人中100人以上が出席をボイコットしたと報じた。
同紙によると、大統領支持派の70人のほか、保守派の30人程度が出席しただけで、保守派有力者のアリ・ラリジャニ国会議長も欠席したと、保守派系議員が明かしたという。
290人全員が夕食会に招待されたかどうかは不明だが、イラン国会は保守派が圧倒的に多く、改革派とその他議員は合計で90議席のみ。
エタマデメリは、大統領選で敗れた改革派のメフディ・カルビ元国会議長が所有している。【6月26日 AFP】
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【神権政治の変質】
こうした宗教界や政界での確執は、自分達の存立基盤を危うくするようなところにはいたりませんので、しかるべき妥協がはかられるようにも思えます。
ただ、最高指導者の指示を無視して続けられた一連の抗議活動、宗教界・政界での争い・・・これらは最高指導者の権威の失墜を示すものであり、イランにおける神権政治・ベラヤティファギ(イスラム法学者による統治)体制は治安当局による力に支えられた強権支配体制へと変質したと言えます。