孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン  拡大する抗議行動 監督者評議会は再集計決定

2009-06-16 22:38:17 | 国際情勢

(大統領選挙の不正を訴える抗議行動でAzadi (Freedom) squareを埋め尽くす人々 6月15日テヘラン “flickr”より By moonstarsilverwolf
http://www.flickr.com/photos/moonstarsilverwolf/3631263458/)

【広がる「静かな抗議」】
イラン大統領選挙後の情勢は混沌としています。

選挙戦後半に自由を求める若者や女性の支持を集めたムサビ元首相が保守強硬派アフマディネジャド大統領を激しく追い上げ、接戦が予想された選挙でしたが、12日投票の開票の結果、アフマディネジャド大統領の得票約2450万票(得票率63%)に対し、ムサビ氏約1320万票(同34%)と大差がつきました。

この“予想外”の結果に、選挙に“不正”があったとして、選挙無効・再選挙訴えるムサビ元首相とその支持者の抗議行動が大きなうねりとなっています。
ムサビ氏は、ウェブサイトに掲載した声明で「イラン国民に対し、平和的かつ合法的に全土で抗議活動を続けるよう求める」として「静かな抗議」を呼びかけています。

14日までは、「独裁者を倒せ」などと叫び選挙結果への不信と不満を口にした若者達が一部暴徒化し、警察に投石、警官隊は警棒や催涙弾で鎮圧を試み、激しい衝突が起きました。
15日の大規模デモは当局の禁止命令を無視し、ムサビ氏自身も参加したイランでは異例のデモとなりましたが、ムサビ元首相の「静かな抗議」の呼びかけもあって、“参加者の大半はペルシャ語で「沈黙」と書いた紙を掲げ、もう一方の手でVサインを示しながら歩いており、14日までの「独裁者に死を」などといった過激なスローガンは控えていた。これまでのところ、警官隊も各所で見守っている程度だという。”【6月16日 毎日】とのことです。

しかし、一部は暴徒化し治安部隊との衝突も起きたようで、イランの国営FM放送ラジオ・パヤンが16日、ムサビ元首相を支持する勢力が15日にテヘランで開いた大規模抗議集会が開かれた現場近くで争いが起き、7人が死亡したと報じています。
抗議行動は首都テヘランだけでなく、南部シラーズ、北東部マシャド、北西部タブリーズ、中西部ケルマンシャー、中部イスファハンに飛び火しています。

【再集計で収拾をはかる】
アフマディネジャド大統領は「有権者の84%を超える高い投票率(の結果の自らの勝利)は、世界を支配している抑圧的な制度に対する打撃だ」と勝利を誇り、不正があったとの訴えについては、「その差は大きく(結果に)疑問の余地はない」「選挙は2チームが争うサッカーの試合と同じ。敗者は去るのみだ」と主張。
暴動についても、「サッカーの試合後に起きる理性を失った騒ぎのようなもの、大したことではない」と一蹴し、ロシア・エカテリンブルクで開かれた上海協力機構(SCO)首脳会議に出席しています。
また、最高指導者ハメネイ師も選挙後、国民に「選ばれた者も選ばれなかった者も挑発的な態度と言葉を避けてほしい」と述べ、選挙結果を受け入れるよう求めています。

しかし、数万とも数十万とも言われる人々が通りを埋め尽くす、イスラム革命(79年)以来最大の反政府運動に発展した事態に、イラン指導部も少なからず衝撃を受けているようです。
選挙の最終的管理権を持つ監督者評議会(護憲評議会)は15日、大統領選で敗退した改革派のムサビ元首相と保守派のレザイ元革命防衛隊司令官の両者から出された選挙結果に対する異議申し立てを受理。
最高指導者ハメネイ師も、監督者評議会にムサビ氏の主張について調査を命じ、14日にはムサビ氏と会談し、評議会に調査を促した旨を告げたとされています。【6月15日 AFP】

最高指導者ハメネイ師が選挙結果受け入れを表明している以上、大きな動きはないと見られていましたが、事態の広がりと早期収拾をめざす指導層の思惑があってか、以外に早く“再集計”の結果が出されました。
****大統領選再集計の方針示す=イラン護憲評議会****
12日投票のイラン大統領選で、選挙結果承認権限を持つ護憲評議会は、票の再集計をする方針を示した。国営テレビが16日報じた。【6月16日 時事】
***************************

【「不正も正当化できる」】
ただ、“再集計”でどの程度の修正がなされるのかは疑問です。
不正を訴える抗議活動に対する“ガス抜き”程度のものに終わるようにも思えます。
ムサビ元首相側は、そもそも投票自体が公正になされていないとの主張で、再選挙を求めています。

****イラン大統領選:開票所責任者が不正の可能性を示唆*****
イラン大統領選での保守強硬派アフマディネジャド大統領の圧勝を巡り、テヘラン東部の開票所責任者は15日、「投票用紙が足りず、内務省に追加発注したが届かなかった」と不正の可能性を示唆した。毎日新聞の取材に答えた。護憲評議会は15日、選挙に敗れた改革派ムサビ元首相の異議申し立てを受理したが、再集計などが行われる可能性はほとんどなく、混乱が長引く可能性もある。
証言によると、投票日(12日)の昼過ぎには投票用紙がほとんど底をつき、夕方には長い列を作った有権者が投票をあきらめたという。この地域はムサビ氏支持者が圧倒的多数とみられている。

投票開始前には、内務官僚5人が匿名で「過去の例に則し、幅広い不正を強く懸念する」との告発文を流していた。秘密会合で大統領の後ろ盾とされる高位聖職者から、コーラン(イスラム教聖典)の一節を引用し「イスラムの価値観の維持が危ぶまれる者を排除するためには不正も正当化できる」との解釈が伝えられたという。
告発文は「有権者数をはるかに超える投票用紙が用意された」と指摘するが、改革派弁護士は取材に「ムサビ氏の支持者が多い地域に限り、用紙は不足した」と指摘した。ムサビ氏は少数民族アゼリ人(全人口の25%)。用紙が不足したのは主に、アゼリ人が多く住むイラン北西部や、改革派を支える富裕層の多いテヘラン北部だったという。
弁護士によると、開票は投票所ごとに行われ、内務省の選管本部にメールで数値が報告される。本部でのコンピューター入力作業は第三者によって監視されていない。【6月15日 毎日】
**************************

「イスラムの価値観の維持が危ぶまれる者を排除するためには不正も正当化できる」といったあたりが、イスラム原理主義に対する日本を含めた外の世界の違和感・不信につながります。

一方、当局による改革派幹部の拘束も行われています。
警察は14日の抗議活動で、改革派100人以上を拘束。拘束者にはハタミ元大統領の兄弟も含まれていると言われています。
改革派有力指導者のアブタヒ師(元副大統領)も16日朝、テヘラン市内の自宅で逮捕されています。
アブタヒ師は、改革派で最も影響力を持つ指導者ハタミ前大統領の側近中の側近とされています。

【今日にも再び抗議行動】
今後の抗議活動の展開、イラン指導層の対応はよくわかりません。
改革派ハタミ前大統領時代の99年夏、民主化を求める数万人規模の学生中心のデモが起きたことがありますが、今回は一般市民が原動力になった点で決定的に異なっているとも言われます。

****イラン:ムサビ氏核に動員力 反政府運動に発展
99年7月のデモは、改革派系新聞の発行停止が契機だった。学生中心のデモはテヘランで1万人規模に達し、地方都市にも波及。治安部隊との衝突で死者も出た。
当時のハタミ大統領は暴動6日目、混乱拡大を恐れてデモ参加者を「烏合(うごう)の衆」と非難。改革派運動が挫折する転機になった。革命防衛隊がテヘランを包囲しハタミ政権に圧力をかけたと言われる。
今回はムサビ氏という運動の「核」が存在し、反大統領感情と、選挙での「不正」を確信する正当性が同氏の支持者を駆り立てている。通信手段の発達で、いつでもデモに大動員できる点も99年当時とは大きく異なり、当局への圧力は強い。
ムサビ氏は反政府運動を優位に主導できる立場にあるが、今のところ支持者に「冷静な抗議」を求めている。
治安当局は従来「国民の側に立つ」と強調しており、武力行使は困難だ。むしろデモ参加者を死傷させることで未曽有の武力衝突を招くことになりかねず、当面は民兵組織バシジが警官隊に代わって矢面に立つ状況が増えそうだ。【6月16日 毎日】
************************

今日にもムサビ元首相側とアフマディネジャド大統領支持者側、双方の集会・デモが予定されており、衝突など不測の事態も懸念されています。
今後の展開はよくわかりませんが、イラン指導部が自らの権威失墜につながるような決定をするとは考えにくいですし、保守強硬派アフマディネジャド大統領の勝利は最高指導者ハメネイ師を含め、イラン指導層の望んだ結果ですので、勝利した側が再選挙に応じるケースというのは、イランに限らずどこの国でもあまり聞かない話です。

【対応に苦慮するアメリカ】
イランとの対話路線を打ち出しているアメリカ・オバマ政権も対応に苦慮しています。
アメリカとしては改革派勝利を期待したところもあるでしょうが、今へたに支援を表明して改革派弾圧の口実とされることへの懸念もあります。
また、アフマディネジャド大統領側との敵対は、大統領勝利が確定した場合の今後の交渉をやりにくくします。

バイデン米副大統領は14日放映の米NBCテレビで「言論や群衆が抑圧されている様子からすると、(選挙の公正さには)深刻な疑問がある」と指摘していますが、オバマ米大統領は15日、「深く憂慮している」と述べるに留めています。
オバマ大統領は「米国がイラン国内の政争の種になるのは避けたい」とした上で、選挙結果の公正な調査は「流血や人々の意見表明の鎮圧を招かないことが重要」と指摘。抗議活動参加者には「世界が注視しており、彼らの政治参加には心を動かされた」とエールを送ったとか。【6月16日 毎日】

オバマ政権の慎重な対応は“ホワイトハウスはどう転んでもプラスにならない状況に置かれているが、イランの内政に干渉するよりも、距離を置くのが最善の選択肢だとの見方”【6月16日 ロイター】に基づいています。
“ブルッキングス研究所のイラン問題専門家、スザンヌ・マロニー氏は、民主化を求める抗議者を公に支持することは彼らの立場を弱めることになる可能性もあり、米国の国益に不利に作用するリスクもあると指摘。「唯一の選択肢は、傍観者でいることだ。懸念が表明されるのは完全に妥当なことだが、ワシントンが高飛車に出るのは望ましくない」と述べた。”【6月16日 ロイター】

オバマ政権は核問題を中心としたイランとの直接対話の機会を引き続き求めていく考えですが、仮にこのままアフマディネジャド大統領勝利で終結したとしても、正当性に疑念の残る相手との交渉は、国内に反対意見も多いなかでは一層困難なものになりそうです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする