孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ミャンマー  外貨交換制度で“課税”?“ピンハネ”?

2008-08-04 21:57:36 | 世相

(ミャンマーのお土産用の古い紙幣 現在のチャットはパゴダの前に鎮座しているような狛犬だか獅子だか、そんな図柄です。 なお、ミャンマーでは政府がある紙幣の廃止をある日突然発表する“廃貨”が過去3度実施されています。
いろんな事情によるものでしょうが、突然「その紙幣はもう使えない」と言われても困ってしまいます。泣くに泣けない災難です。
“flickr”より By angshah
http://www.flickr.com/photos/angshah/2604760796/)

【兌換券でピンハネ】
国際的に評判の悪いミャンマー軍事政権ですが、こんどは独特の外貨交換制度によって国際支援金が目減りしており、事実上の“軍政による課税”ではないかとの批判が出ています。

****ミャンマー:援助資金、両替制度で10億円損失…国連指摘*****
 5月に大型サイクロン「ナルギス」の直撃を受けたミャンマーに対する国際社会の援助資金が、同国で実勢レートより低く両替させられる「外貨兌換券」制度のため、実質1~2割減額される事態になっている。国連人道問題調整事務所(OCHA)のジョン・ホームズ所長は7月28日、「両替制度のせいで、国連はこれまで少なくとも約1000万ドル(約10億円)を失った」と述べ、事態が「極めて深刻」との認識を示した。

兌換券は、軍事政権が外貨獲得のため93年に導入した制度。外国からの援助資金は通常、米ドルで軍事政権が運営する銀行に入金され、兌換券に両替される。現地ではその後、この兌換券を現地通貨チャットに両替して使う。現在、実際の市場レートは1ドル約1100チャットだが、兌換券は1ドル約880チャットと2割ほど低い。国連の援助金もこの兌換券に替えられるため、損失が発生しているという。
 兌換券発行は政府の統制下にあるため、差額分は軍事政権が事実上「ピンハネ」している可能性が高いが、ホームズ所長は「差額分がどこに行き、誰が利益を得ているかは不透明」と話した。
 AP通信によると、国連のベーカー人道問題調整官は「この事実を知ったら、援助する人々の意欲もうせる。見過ごせない問題だ」とし、ミャンマー当局に制度の撤廃を求めたことを明らかにした。
 国連は災害発生後、国際社会に2億ドルの援助資金を要請。これまでに1億9000万ドルが集まっている。【毎日 8月3日】
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【かつての“強制両替制度”】
朝日では“課税”という表現でしたが、毎日ではもっと簡潔に“ピンハネ”という表現をしています。
この話、数年前にミャンマーを旅行したことがある人なら“そういうこともあるかもね・・・”と思える話です。
私は2002年のGWと2007年の正月にミャンマーを旅行しましたが、その02年のときは外国人観光客を対象にした“強制両替制度”がありました。
入国する際に1人200ドル(もっと以前は300ドルだったようです。)を強制的に米ドルから外国人用兌換券(FEC)に両替させる仕組みです。

バックパッカーのような“節約旅行者”の場合(私はそんなタフな旅行はしていませんが)、宿泊費や食事など合わせても1日千円でまかなえるぐらいですから、200ドルというのは相当の金額になります。しかも、出国時に残っていても再両替してくれなかったように記憶しています。
おまけに、この兌換券は航空券とかきちんとしたホテルでは通用しますが、地元の人が使うような店や食べ物屋さん、安宿などでは使いづらかったり(場合によっては使えない)します。

そこで、なんとかこの“強制両替”をくぐり抜ける方法はないか・・・といった話が、当時の旅行ガイドブックなどを賑わしていました。
とにかく抗議して強引に押し通るとか、少しでも安くしてもらえるように“交渉”するとか・・・。
そういう方法がときに通用する国でもあったようです。

当時は、街中でのFECから通常貨幣のチャットへの両替、あるいは米ドルからチャットへの両替は、合法なのか違法なのかよくわかりませんが、“ある程度”可能な状況でした。
レートはFECからも、米ドルからもそんな大きな差は当時はなかったように思います。

大地を埋めるパゴダ群で有名なバガンを馬車で移動しているとき、御者のおじさんに“両替できるところを知らないか?”と訊ねると、二つ返事で道路わきの小屋に連れていかれました。
そこにはちょっと怪しげな若い男達が4,5人ほどたむろしており、“ちょっと、やばそう・・・”と心配したのですが、ヤンゴンなどよりずっといいレートで換えてくれました。
普通の国では田舎ではレートが悪くなるものですが。

一方、ヤンゴンに戻ってガイドに両替を頼むと(あらかじめ頼んでおくと、ガイドの旅行社のほうで用意してくれますが、このときは急な頼みだったせいでしょうか・・・)、真っ暗な階段を二階に上り、ドアののぞき窓から顔を確認してから中へ入れてくれるような“ヤミ両替屋”に案内されたこともあります。

そんな“思い出深い”FECへの強制両替も、07年の旅行時はなくなっていました。(少し寂しい感じも・・・)
特別の公式通知もなく中止されたそうです。
このあたりも、ミャンマーらしいところです。

なお、現在でもヤンゴン国際空港の両替所は、米ドルからチャットへの交換について、実勢レートの半額程度で“詐欺同然”だとの記載がガイドブックにあります。(そう聞いていますので空港では両替したことがなく、真偽は確認していません。)

【中国の兌換券と人民元】
外国人用の兌換券制度は昔の中国にもありました。
ミャンマーのように“強制両替”はないにしても、当時は公的な銀行・両替所等では兌換券にしか換えてもらえませんでした。
そして、ホテル・レストランなど外国人用の場所では兌換券しか使えない、逆に、地元の人達と同じような食事・買物をする場合は兌換券がなかなか通用せず、人民元が必要でした。
しかし、人民元は出国時には再両替ができないため、兌換券で買物してお釣りが人民元で帰ってくると、“兌換券で釣りをくれ!”ともめたりしていました。

もう二十年以上昔ですが、西安を旅行していたとき、通りの果物売りのおじさんから何か買おうとして、私の連れが兌換券を出したところ、「こんなお金は見たことない!偽物じゃないか!」と大騒ぎになり、私等ふたりのまわりに黒山の人だかりができたこともありました。
そのときは、ちょっと物知りが集まった人の中にいて「これは兌換券と言って、外国人が使うお金なんだ。」と果物売りのおじさんに説明してくれ、ことなきを得ました。

また、兌換券をほしがるヤミ両替のあやしげな連中も多くいて、“チェンジマネー”が横行していたり・・・
兌換券の話になると、そんな懐かしい話もいろいろありますが、話をミャンマーにもどすとちょっとセコい話です。
昔の“強制両替”の名残が感じられますが、それだけ軍政が外貨に苦労しているということでもあるのでしょう。
軍政運営銀行への強制入金はともかく、せめて換金レートは同じ程度でないと“ピンハネ”と言われても止むを得ないところです。

【最近のミャンマー関連のニュース】
先月29日に、ブッシュ米大統領はミャンマー軍事政権の収入源になっているミャンマー産のルビーやひすいの米国への輸入を第三国経由を含めて全面的に禁じる法案に署名し、同法が成立しました。
同法によると、これらの輸出で軍政は06年に3億ドル(約323億円)余りを稼いだとか。
米政府はこれまでも直接輸入は禁じていましたが、タイなど第三国で加工されたものは輸入可能でした。
資金的に苦しむ軍政を更に締め上げようという話ですが、ただ、どうでしょうか。
ミャンマーひすいの最大の顧客は中国ではないのでしょうか?

先月のASEAN外相会議のとき、一度スーチーさんの軟禁が半年以内に解除されるのでは・・・との期待がもたれましたが、“ミャンマー外相の言葉が誤って解釈されていた”とのことで、その話も消えてしまいました。
その後は殆どミャンマーからのニュースは聞きません。

コメント
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