(“flickr”より By Ivan <Georeferred Pictures! >
http://www.flickr.com/photos/ivanbustamante/2746556664/)
【停戦合意は成立したものの・・・】
グルジア・南オセチアでの軍事衝突については、15日のグルジア・サーカシビリ大統領に続いて、ロシアのメドベージェフ大統領も16日、停戦と事態正常化のための6項目の和平合意文書に署名して停戦合意が成立。
今後は国連安保理決議の採択が焦点となっています。
しかし、ロシアのラブロフ外相は16日、「ロシア軍撤退は追加的な安全保障措置が整ってからとなる」として、事実上即時撤退を拒否しており、ロシア軍はグルジアの首都トビリシの北西約60キロの都市ゴリや西部の港湾都市ポチなどへの侵攻と駐留を続け、現在、トビリシまで40キロほどに迫っている状況のようです。
グルジア政府はロシアの攻撃が「民族浄化」にあたるとして国連の国際司法裁判所に提訴しましたが、裁判にはロシアの同意が必要なことから、その後、ロシアによるグルジア人迫害の即時停止を求める仮保全措置の申請を行っています。
ロシアは逆にグルジアの南オセチア攻撃を「民族浄化」と批判、検察当局がグルジアの「戦争犯罪」の証拠集めのため南オセチア入りしています。
互いに相手の非道を訴えて、“正義”を自分に引き寄せようとしています。
【高まる“ロシアの脅威”】
今回の衝突は、ロシア側の挑発によるものか、サーカシビリ大統領の(アメリカ援助による)軍事力過信によるものか、ロシア側の対応を見誤ったためか、いずれにせよ、グルジア側の南オセチア侵攻で始まったことを12日のブログ「グルジア 開戦への思惑は? 強化された軍事力の誘惑?」で取り上げました。
しかし、国際的な見方は、その点よりも、どんな理由にせよロシア軍が国境を越えてグルジアに侵攻したことに強く反応しています。
和平仲介しているEU議長国のフランス・サルコジ大統領は12日、グルジア領の一体性は尊重されなければならないと述べながらも、ロシアが境界を越えて「ロシア語を話す住民」を防衛することは「普通のこと」だと、ロシアに理解を示す発言をしました。
しかし、スウェーデンのビルト外相が9日、「単に自国が発行した旅券を持っている個人や自国民がいるからといって、他国の領土に対し軍事侵攻する権利はいかなる国にもない」、「そのような外交政策を採用したからこそ、欧州は過去、戦争に陥ったのだ。ヒトラーがわずか半世紀ほど前に、中央ヨーロッパの広範囲を攻撃し、弱体化させるために用いたのは、まさしくこのドクトリンそのものだった。我々にはこのことを思い起こすだけの理由がある」と発言しているように、特に旧ソ連圏、ロシア周辺国で“ロシアの脅威”に対する不安・警戒が急速に顕在化しています。
国民の約三分の一をロシア語話者が占めるバルト三国のエストニアやラトビアにとっては、サルコジ発言は自国の安全保障を否定するものにもなります。
エストニアのパエト外相は9日、「ロシア系住民の防衛の必要性によって軍事侵攻が正当化されているとすれば、領土内にロシア系住民を抱えるすべての国にとって憂慮すべき事態だ」と発言しています。
また、エストニアのイルベス大統領は13日、かつのヒトラーの野心に対し有効な対策をとらなかったイギリス・チェンバレンの対独宥和政策こそが第2次大戦の悲劇を招いたという“過去の教訓”を強調して、ロシアと衝突するグルジアを欧米は見捨てることがあってはならないと警告しています。【8月15日 AFP】
“ロシアの脅威”はポーランドも動かしました。
ポーランドはこれまで難航していたアメリカとのミサイル防衛(MD)の施設配備をめぐる問題で、アメリカが地対空誘導弾パトリオットをポーランドに配備し、ポーランド有事に際しても軍事協力することで、わずか2日間で合意しました。
また、ウクライナも自国セバストポリに駐留するロシア海軍の黒海艦隊が今回の紛争でグルジアへの事実上の海上封鎖に使用されたことに反発し、同艦隊の出港を規制する大統領令に署名。
また、ロシアを中核に旧ソ連諸国で構成する独立国家共同体(CIS)脱退を決めたグルジアに呼応して、ウクライナの与党「われらのウクライナ」は14日、CISからの脱退を政府に求める法案を上程しています。
【関与を強めるアメリカ】
こうした周辺国の態度硬化を受けるかたちで、その後ろ盾としてのアメリカは「最近数日の動きをみると、ロシアは自由世界諸国との信頼や関係を損ねている。脅しや威嚇は21世紀の外交政策としては受け入れられない」など、連日強くロシアを非難しています。
また、グルジアへの大規模な人道支援を米軍主導で開始することを明らかに、アメリカのプレゼンスを明確にする方針です。
アメリカは今回の衝突で、ロシア側の素早い行動を十分把握しきれなかったところがあり、NATO東方拡大を進めるアメリカの世界戦略へのロシア周辺国の信頼をつなぎとめるためにも、ロシアの“野心的行動”を封じ込めるためにも、グルジア支援への積極的な関与を強めるものと見られます。
【衝突する世界戦略】
ソ連崩壊で世界的な影響力を失ったロシアですが、近年の急速な経済発展で国力を回復し、豊富な資源を梃子にその影響力を次第に強めつつあります。
アメリカの1極支配体制を揺り動かし、“多極化”を推し進めようとしています。
その国家戦略の中枢に位置しているのがガスプロム。
“ガスプロムは、ロシア最大の企業であると同時に、世界の天然ガス埋蔵量の16%をおさえる世界最大のガス採掘業者である。同社は、90年代にロシア国内の石油会社を買収し、石油とガスの埋蔵量合計が世界一となった。株式の時価総額は世界の全企業の中で第3位、所有するパイプラインの総延長は15万キロと世界一である。露政府の税収総額の25%を納税し、ロシアのGDPの8%を稼いでいる。”
(田中宇 エネルギー覇権を広げるロシア http://tanakanews.com/080805russia.htm)
現在、ヨーロッパ諸国が使う天然ガスの3割近くがガスプロムによって供給されており、ウクライナとのトラブル時の供給削減で、ロシアがヨーロッパ諸国のライフラインを押さえていることを明確に示しています。
更に、経済性を度外視したトルクメニスタンの天然ガス囲い込み、リビア、イランなど資源国への接近によって、その影響力を高めつつあります。
この動きは、ポーランド・チェコへのMD施設配備、ウクライナ・グルジアのNATO加盟推進によって、ロシアの影響力を封じ込めようとするアメリカの戦略との緊張を高めてきましたが、グルジア・南オセチアの軍事衝突への対処をめぐって、一気に“冷戦”へ発展する危険性も見せ初めています。
ブッシュ政権内では、ロシアの世界貿易機関(WTO)加盟への反対や、主要8カ国(G8)首脳会議からの排除なども検討されているとも報じられています。
また、米下院では超党派の議員がロシアのグルジア侵攻に抗議するため、ロシア南部ソチで予定される2014年冬季五輪の開催地変更を国際オリンピック委員会(IOC)に求める決議案を作成しています。
ロシアも国際経済から孤立しては、経済的に失速してしまいます。
アメリカもアフガニスタンがうまく進展せず、イランも有効に封じ込めない現状で、どれだけ強硬な外交を維持できるのか?
ヨーロッパはロシアにエネルギーを依存しているなかで、どのようなスタンスを取るのか?
そして日本。
新“冷戦”ともなれば、日本はアメリカの対ロシア封じ込め政策の東の最前線に位置します。
北方領土問題を抱えながら、どのようにロシアに対処するのか?
それぞれの国が新たな戦略を要求されます。