8.銅鏡百枚と三角縁神獣鏡
魏志倭人伝には、後半の終わりから1/4程戻ったところに「今、・・・銅鏡百枚・・・賜う。皆装封して難升米・牛利に付さん。還り到らば録受し、悉く以て汝が國中の人に示し、國家汝を哀れむを知らしむべし。故に鄭重に汝に好物を賜えり」 と記載されている。鏡は卑弥呼の好物だったようだ。
明治の頃から三角縁神獣鏡が盛んに出土したため、これが「卑弥呼の鏡」ではないかと言われていたが、今では既に560枚も出土していると言うので、明らかに「銅鏡百枚」の量をこえてきている。
これらの事実を見ても、これら三角縁神獣鏡は「卑弥呼の鏡」ではないことは、容易に推測、というよりも断言できる。
ここに「宝島社」の「古代史15の新説―新視点で読み解く古代日本の論点」(2016.12.15発行)と言う雑誌がある。
そのなかに藤本昇氏の「鉛同位体比から卑弥呼の鏡を考える」と言う論考が載っている。これは氏の「卑弥呼の鏡」(海鳥社)からの抜粋まとめであるが、三角縁神獣鏡は、その成分から漢鏡などではなく、倭国製の国産品であると結論付けている。
ここでは、その内容を紹介しよう。
先ず銅鏡は、銅と錫の合金である、と言う事はよく知られていることと思う。
しかし地球誕生時の岩石・鉱物中には僅かなウランUとトリムThが含まれており、長い年月とともにU,Thは放射壊変により鉛の同位体へと変化すると言う。
U,Thには、238U、235U、232Thという種類があり、それぞれ放射線を出すことにより(放射壊変と言う)安定した原子核に変化すると言う。これを最終核種と言い、それぞれ206Pb、207Pb、208Pbと呼ばれる最終核種・鉛同位体となる。
もう一つ鉛同位体204Pbは、地球が生成された時の存在量のままで変化しないものである。
従って青銅に含まれるこれら鉛同位体の量(具体的には鉛同位体の比率)を測り、異なる青銅が同じ比率を示せば同じ生成過程を経た鉱物であると判断できる訳である。即ち同じ鉱床から産出されたものとみなすことが出来る。
このことにより漢鏡や三角縁神獣鏡の鉛同位体比を分析すれば、それぞれの産出地が推定できるのである。
詳しくは次のURLを参照願う。
鉛同位体比分析による文化財の産地推定法のご紹介
2016年1月1日
はじめに
古文書や古記録等の史料から、歴史が紐解かれることにより、私たちは過去の出来事を知り、そして多くのことを学んできました。
近年では、様々な歴史資料の材質や産地・年代などを明らかにするために、史料を読み解くだけでなく、科学的手法を用いた解明が取り入られるようになり、新たな事実も徐々に明らかになってきました。
その科学的手法の中に、「鉛同位体比法による原料産地推定」というものがあります。これは、鉛同位体比が鉱山毎に異なるということを利用して、金属材料中に含まれる鉛の同位体比測定を行い、原料の産地を推定するものです。産地の推定ができれば、文字の記録のない時代に行われた文化交流や物質・人々の移動を研究する上でとても重要な情報が得られます。
本法は、1965年アメリカで始まり、日本では1967年から取り組まれ、約50年もの間、平尾良光氏(現別府大学・客員教授)を中心に研究されてきました。その測定に使用する「表面電離型質量分析装置(Thermal Ionization Mass Spectrometry、以下TIMSと記載する)」が昨年当事業所へ測定技術と共に移管され、当事業所の新たなメニューに加わりました。
今回は、この「鉛同位体比分析」について以下にご紹介します。
鉛同位体比法の原理
地球の誕生時には、中性子数の異なる同位体組成は元素毎に一定の値で、地球上どこでも同じであり、時間の経過による変化はほとんどないとされています。しかし、例外としていくつかの元素は変化します。鉛(Pb)は、そのひとつです。鉛の同位体は主に204Pb、206Pb、207Pb、208Pbの4種が安定して存在していますが、これらの内、206Pb、207Pb、208Pbは、それぞれ238ウラン(U)、 235U、232トリウム(Th)から、放射壊変という放射線を出すことにより安定な原子核に変化して得られる最終核種になります(Pbは放射線を出さない安定核種です)。
地球誕生時の岩石・鉱物中には僅かなウラン(U)、トリウム(Th)が含まれており、長い年月と共にU、Thは放射壊変により鉛の同位体へと変化します(図1参照)。そのため、238U、235U、232Thは減少し、206Pb、207Pb、208Pbは増加します。
204Pbのみは地球が生成された時の存在量のままで変化しません。地殻変動などの影響で、鉛が濃縮し、鉛鉱床が生成すると、ウランとトリウムは排除され、それ以後同位体比は変化せず、安定して存在することになります。つまり、地球誕生時に岩石中に含まれていた鉛の量とウラン、トリウムの量、共存時間によって、鉛の同位体比は地域によって異なる値を示し、それぞれの鉱山の固有値となるというわけです1-3)。
考古遺物の原料に関する産地推定の研究は、以上のような原理を応用し、鉛鉱床あるいは産出地域の鉛同位体比との比較により産地を推定できるようになりました。
鉛同位体比測定法
遺物中の鉛同位体比の測定は、遺物である金属材料から鉛を単離することから始まります。当事業所は、平尾先生の方法を踏襲していますので、電気分解法(電着法)にて鉛の分離精製を行っています。分離して得られた鉛はリン酸及びシリカゲルと共に、レニウムフィラメント上に載せ、表面電離型質量分析装置MAT262に導入します。鉛は、通電加熱により気化、イオン化させて、質量分離を行います(図2)。測定する質量は、鉛同位体の204Pb、206Pb、207Pb、208Pbの4種です。これら同位体は、同時に測定しないと精密な比として計測できないため、検出器は質量を順番に測定するシングルコレクターではなく、複数台の検出器で、上記4種の同位体を同時に測定するマルチコレクター型の装置を使用する必要があります。
鉛同位体比測定値の表記
馬淵久夫氏・平尾良光氏らにより、弥生時代、古墳時代から古代にいたるまでの日本で出土した中国・朝鮮半島系の青銅及び日本で作られた青銅資料、現代の日本、中国、朝鮮の鉛鉱石を系統的に分析した結果、208Pb/206Pbを縦軸、207Pb/206Pbを横軸にしたa式図(図3)、207Pb/204Pbを縦軸、206Pb/204Pbを横軸にしたb式図(図4)で図化すれば、グループ分けが有効に行えることが見出されました。a、b式図中に明記したA~Dの4つの領域は、東アジアの鉛同位体比分布を表し、出土した鉛を含む全ての遺物である銅製品、ガラス玉などの鉛同位体比測定結果から、原材料の産地を推定できるようになりました。
おわりに
以上のような測定以外にも鉄・非鉄などあらゆる遺跡出土遺物や文化財の分析を、尼崎事業所、八幡事業所及び富津事業所にて行っております。最先端の分析技術が歴史解明の一助となるよう、お手伝いさせていただきます。
お問い合わせ窓口
尼崎事業所 解析技術部 渡邊 緩子
TEL: 06-6489-5753
FAX: 06-6489-5958
E-mail: watanabe-hiroko2@nsst.jp
<参考文献>
1) 馬淵久夫・富永健、「考古学のための化学10章」東京大学出版会、1981、
p.129-178.
2) 国立歴史民族博物館、「科学の目でみる文化財」、1993、p.207-221.
3) 平尾良光編、「古代青銅の流通と鋳造」鶴山堂、1999、p.31-39.
https://www.nsst.nssmc.com/tsushin/pdf/2016/90_3s.pdf
さて、藤森昇氏の論考に戻るが、
これらの鉛同位体比は科学機器の発達によりやく40年前から測定できるようになったと言う。
(続く)