「美しい村」の議員日記

南アルプス山麓・大鹿村在住。自給自足農業、在宅ワーカー、2011年春より村議会議員。

石ころだらけの畑

2010年04月25日 | 田舎暮らし
県内移設反対、沖縄県民大会 知事「公約通りの解決を」(朝日)
 沖縄では、今日、普天間の県内移設に反対する超党派の県民大会が開かれて、9万人もの人が集まり、普天間の早期閉鎖・返還とともに国外、県外への移設を求める決議を採択した。鳩山首相には本当に何としてもこの沖縄の人たちの声に耳を傾けてもらって、これ以上、沖縄に負担を押し付けることなく、公約どおり県外、あるいは国外へ移設してほしいものだ(移転先が見つからないというけど、北マリアナ連邦の上院が、北マリアナを普天間飛行場の移設先の最適地として検討するように求める誘致決議を全会一致で可決したそうだ。そこだって住民がどう思うかはまた別の話だろうけど)。

 今朝は天気予報どおり冷え込み、朝5時半の外気温はマイナス4度。今、満開のスモモはきっとほとんど実をつけないのだろうな。その代わりというわけでもないが、晴れて冷え込んだような朝は山がきれい。子どもの送迎で小渋線を走っていると、下流の方から木々が芽吹き始めていて、下っていくにつれて山の色あいが徐々に変化していく。このところの雨のせいか、小渋ダムの水量もいつになく多く、景色が普段とちょっと異なっていて、ついつい脇見運転をしてしまう。危ない、危ない。
 日中は昨日牛糞をまいたところを管理機をかける。こちらも先日の雨で、まだまだ土が湿って重たかった。ここの畑は畑といっても石ころだらけだ(何せ中央構造線の露頭があるというくらいで、関東ローム層のような堆積層など全くない場所だ)。機械をかけていても、がつんがつん石に当たる。掘ってみると、とんでもない大きな石が埋まっていたりして、毎年畑を起こすたびに石を掘り出して除けている。ここは戦後の開拓地だった場所で、私たちが来た当初はあちこちに石の山があった。手で起こしていた時代はそれでよかったのだろうけど、機械で起こすとなると、ちょっといくとすぐに石の山で転回しなくてはいけないのでは、すごく非効率で作業しづらいので、つれあいがそうした山積みされた石を一輪車でせっせと運び出してきた。おかげで、今はそうした石の山は一応なくなって、1枚の畑にはなっている。でも、そんなことで石を除けきれるものでなく、畑を起こすたびにやっぱり大きな石を幾つも掘り上げる。今日もそんな具合で幾つか石を掘り出したけど、一つどうしても私の手では掘れそうもない大きな石(岩か)が出てきた。周りを掘っても全体がつかめないし、びくとも動かないので、それはもうあきらめた。
 日記とは全然関係ないけど、先日の花桃の写真は曇り空の下だったので、今度は沢戸の花桃。

桜から花桃へ

2010年04月23日 | 田舎暮らし

昨日の雨で、大西公園の桜もさすがにだいぶ散ってしまった。
夜桜のライトアップも日曜日までとのこと。
代わって、村内各所で花桃が満開になっている。
これは青木の山下さんち。


今日、午前中に一つ納品して、しばらく仕事を休みにする予定。
本当はこの機会にパソコンを修理に出そうかと思って、お休みをお願いしていたのだけど、購入店に電話で問い合わせたら無償修理の対象にならない可能性が高いとのこと。しかも連休を挟むので1カ月ぐらいかかると言われて、当面どうしても直さなくてはいけない不具合でもないので、まあ、今でなくてもいいかという気になった。どっちにしても、テープ起こしの仕事は4~5月は少ない時期だし、前から休みにするつもりでいたので、一応そのまま連休までお休みにしてもらう。
さっそく畑の準備をしたいところだけど、寒いし、天気も悪いし、まずはゆっくり本でも読もうかな。

41年ぶり

2010年04月18日 | 田舎暮らし
 昨日は東京の都心でも降雪があり、各地で41年ぶりの最も遅い降雪とのこと。41年前には東京にいたけど、4月に雪なんて降ったか、子どものころのことで記憶には全くない。いずれにせよ、満開の桜に雪が降り積もるなんていう光景はめったに見られるものではない。信毎には清内路の黒船桜に「写真愛好家らが次々訪れ」と報じられていた。
 暖冬だと春先寒かったりすることは今までもよくあったけど、今年は本当に極端だ。また23日ころから月末くらいまで寒くなる予報だそうで、家庭菜園の畑の準備も、暖かくなってからでいいやという気になってくる。家庭菜園だからそんなのんきなことも言っていられるけど、当然、プロの農家にはもっと影響は大きくて、特に果樹ではめしべが凍ってしまうと、受粉しなくなって実がならなくなってしまうそうで、本当に深刻だ。 Cosmos Factoryさんがその辺のところを「果樹農家にとってはこの時期に雪が降るなんていうことは衝撃的なことだろう。(中略)今朝の風景に心躍らせた人たちも大勢いるのだろうが、そんな人たちに果樹園内に朝から轍を残した農家の方たちの気持ちが解っているのだろうか」と書かれていた。
 今朝はうちではマイナス4度だった。小渋線で6時半に0度。

 昨日のさくら祭りの写真はこっちに少し載せました。
 
追記 飯田測候所では、明治31年以来、最も遅い降雪記録だそうです。(南信州新聞

花と雪その2

2010年04月17日 | 田舎暮らし
とりあえず、ツイッターに投稿した文章を貼っておきます。さくら祭りから帰って時間があったら書き直すかも。

朝5時に起きたら、数センチの積雪でびっくり。こんな日にテニスの試合なんてできるかと思いつつ、標高の高いうちだけかと思いながら子どもを送っていくと、小渋線もずっと雪。ダムを過ぎて、延期の連絡が入る。家に帰り着いたころには青空が見え始め、春の強い日差しに輝く雪景色がすごくきれい。

家を出る前より雪が増えた気がして、物差しで測ったら、10センチの積雪。大西公園の満開の桜も雪が降り積もって、重たそう。今はすっかり晴れ上がって、今日のさくら祭りは、青空に満開の桜と雪が映えるすごくレアな景色が見られるかも(雪がとける前限定)。






花と雪

2010年04月16日 | 田舎暮らし
 天気予報どおり昨日からまた寒くなって、信毎には満開の桜に雪がかぶった写真が掲載されていたけど、これは昨日の朝のアンズの花。もっとも雪が残っていたのは早朝だけで、8時前にはとけて、メジロが数羽、密を吸いにやってきていた。今朝もまた7時前ころまでは雪だったけど、今は雨に変わる。
 つれあいが忙しくて、まだタイヤを替えてもらっていないのだけど、正解だったかも。

 これは昨日の朝の写真だけど、確か前にも水仙の上に雪が積もった写真を載せた記憶があるなと思ったら、4年前の4月21日だった。そのときは水仙が「ようやく咲き出した」と書いているけど、今年は4月上旬から咲いているから、寒暖の差が激しいので寒く感じるものの、きっと平均すれば暖かいことになるのだろうな。二十数年間の記憶の中では、5月の連休中に雪が降ったこともある。ジャガイモなども張り切って早く植えても、遅霜にやられることがあるし、最近は4月上旬までは忙しいこともあって、4月中に植えればいいかなという感じになっている。さて、今年も繁忙期は過ぎたので、そろそろ畑の準備を始めなくては。


大西公園の桜

2010年04月14日 | 田舎暮らし
 大西公園の桜が昨日から満開になっているとのこと。仕事の方も昨日の納品で繁忙期も一段落し、カレンダーはしばらくの間、空白。畑の方も気になるものの、今日はせっかくの好天、細々とした用たしがてら、満開の桜を見にいくことにする。澄んだ青空に満開の桜と赤石岳がとてもきれいで、平日ではあるけれども、そこそこ人も来ていた。
 しかし、明日からはまた冬のような寒さになるとの予報。本当にあまりに極端な寒暖の差に、ここ何日かはちょっと風邪っぽかった。今日はほぼ収まってきたけれども、油断せずに、またぶり返さないように気を付けないと。
 
 ところで、今日はまた中国で大地震が起こって、何百人もの死者が出ているとのこと。今年はハイチから始まって、チリ、トルコ、メキシコ、スマトラ沖、そして今日の中国と、大きな地震が次々と続いている。大地動乱の時代というか何というか、本当に怖い。

ヨガ

2010年04月12日 | 心とからだ
 テープ起こしの仕事を始めてから、特に冬場の忙しい時期は一日中座りっぱなしの生活になってしまって、すっかり体力が落ちているのを自覚していて、何か運動しなくてはいけないと思い続けてきた。とはいっても、いきなりハードなスポーツはできそうにない。前々から東洋体育に興味があって、24式の簡化太極拳も一度は覚えたこともあったけれど、すっかり忘れてしまった。たまに気功のビデオを見て、やってみたりすることもあるけど、やはり家で一人で何かやろうと思っても、なかなか継続的にやるのは難しい。そう思っていたら、先日、近所の友達からヨガをやらないかと誘われた。村内で夜にヨガ教室をやっているのは知っていたけど、夜は子どもの送迎があるので出られないと思っていたら、昼間やってくれるとのこと。それはぜひということで、今日がその第1回目だった。
 ヨガもはるか昔、若いころ、本などを見て、ポーズのまねごとをしたことぐらいはあったけれども、ちゃんと習うのは初めて。気功もそうだけど、まずはゆっくりとした呼吸が大事だということを教わる。呼吸法が伴わなければ、ただのポーズ。体もすごく硬くなっていて、全然曲がらないし、突っ張ったところがちょっと痛くなったりもしたので、明日あたり筋肉痛が出るかも。でも、ゆったりとしたとても気持ちのよい2時間だった。また来週が楽しみ。

村の御柱祭

2010年04月10日 | 田舎暮らし
 今年は7年に1度の御柱の年で、諏訪大社では下社の山出しで豪快な木落としが行われているけれども、実は御柱祭は諏訪の諏訪大社だけでなく、建御名方命を祀るあちこちの神社でも行われている。飯田・下伊那地区でも34の神社で行われているそうで、こちらの村でも四つの神社で行われている。今日はそのうち、うちが氏子になっている神社など二つの神社で、本当にごく小規模ながらも、氏子総出で賑やかに御柱祭が行われた。天気もよく、桜もかなり咲いてきて、スタート地点に上っていったときには、ウグイスの鳴き声も聞こえてくる気持ちのよい朝。
 過疎高齢化が進む村のこと、前回の6年前の御柱のときは、一生懸命引っ張ってもなかなか動かず、やっと動きだしたと思っても、疲れてすぐ止まってしまうような状況で、6年後は一体どうなることやらと思ったけれども、今年は少し軽い木だったのか、あるいは最初のうちは下り坂だったためか、元気のいい男衆だけでどんどん進んでいった。デジカメ片手にぞろぞろ付いて歩く(6年前に比べると、本当にデジカメやビデオ持参の人が多くなった)。樹齢約400年の立派なアラカシの木の横を通っていく。狭い道なので、急カーブの個所は、てこ方が活躍して、少しずつ向きを変えては、また曳いていく。




 国道に出て、少し上り坂になる辺りからは、デジカメはバッグにしまって一緒に曳く。最後、神社に上っていくところは道も狭く曲がっているため、毎回かなか苦労している。
 最後は、前回の御柱を掘り上げて、また深く穴を掘り直してある所に立てる。そこはまた男衆の世界。滑車をかけたワイヤを引っ張る人、屋根に上って引っ張る人、みんなの力を合わせて、無事建立される(前回の御柱はどうするのかと思ったら、焚き物にしてしまうんだそうで、せっかくのご神木、ちょっともったいない気もした)。


 村では、来週、再来週にも、別の地区の神社で御柱祭が行われる。そして、次は6年後。

りんごの木村さん

2010年04月04日 | 田舎暮らし
 先日、東京へ行ったときの道中、『奇跡のリンゴ』の木村さんの本を読む。前々から本屋に平積みされていて気になっていたけど、リンゴの話なのだろうと思っていたら、仕事で聞いていた話の中にも名前が出てきて、お米や野菜も作っているとのこと、ご本人が書いた本が読みたいと思って、『リンゴが教えてくれたこと』を買ってきた。
 同じように福岡正信さんの『わら一本の革命』の影響を受けて、自然農法に転換した川口由一さんのところには、だいぶ昔、お邪魔してお話を聞かせてもらったことがある。川口さんの連載が雑誌「80年代」で始まったのが87年、単行本が出たのが90年で、木村さんのリンゴにようやく七つの花が咲いたのが87年だというところに、お米とリンゴの大きな違いを感じた。こちらに転居してきたばかりの、まだ子どもがいないころ、隣町の低農薬でリンゴを作っておられるところに花つけのバイトに何度か行ったこともあるけど、果樹は完全に無農薬では木自体が枯れてしまうから無理だと聞いていた。川口さんのところでも何年かはまともな収穫は得られず、次の年の種籾がやっとというような時期を経て、軌道に乗ってきたわけだけど、本当によくも10年も耐え続けたものだと思う。うちの畑でも過去に本当に少しだけ、自然農法的なことを試みたこともないわけではなくて、その良さも感じられたけれど、結果的には今は自然農法は試みていない。もちろん農薬や除草剤こそ一切使わないけれども、普通に堆肥を入れて、耕して作っている。収量の問題、草の問題、いろいろある。まして、川口さんも木村さんも普通のプロの農家からの転身だから、周囲との関係なども相当厳しかったと思う。そういう意味では、自然農法というのは、ある種、宗教というか、よほど強い信念がないと、軌道に乗るまでの何年かをしのぎきれないような気がしている。
 木村さんの本で興味深かったのは、大豆を植えることで窒素分を補っていること。また、地面に穴を掘って、深いところの地温を測れと言っていて、20~30センチくらいのところに急に地温が下がる硬盤層があって、うまくいかない例が多いとのこと。そのために、麦を作って硬盤層を壊せと言っている。麦と大豆の組み合わせは、まさに昔こうした中山間地の傾斜畑で普通に取られてきた方法で、すごくうなずける。うちの畑も硬盤層どころか、大きな石がごろごろしている層になってしまって、ごぼうなどは作っても深く伸びないし、抜けない。まさに豆と麦が適しているのだけど、特に麦は厳重なシカ対策が必要だ。豆は鳩に食われてしまうので、今までは移植していたけど、枯れ草をかけておけば鳩に食われないとのこと。これは試してみる価値はあるかも。未熟堆肥がよくないというのも何度も経験したことだ。自然農法に切り替えるかどうかはともかく、いろいろなヒントが詰まっている本だった。