Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

雪積もる

2010-04-17 10:51:08 | つぶやき




 以前辰野町羽場の手長神社について触れたことがあった。現在の手長神社は羽場城址の跡に建っているが、もともとは南方の飯田線と中央自動車道が交差するあたりの西の段丘のあたりにあったものと言われている。現在その跡に石碑が建てられているが、そのすぐ東側に1本桜がある。大きな木なので立派に咲くのだろうと思っていたら、老木ということもあって真ん中にはほとんど花がついておらず、北側半分に賑やかに花が咲いていた。桜の木はけっこうすぐに大きくなって見ごたえのある景色を見せる。飯田線の田切駅から東に田沢川といっただろうか小さな川が流れている。10年ほど前にすでに植えてあったのだろうが、そのころはまったく記憶になかった程度の桜の木が、今はそこそこ大きくなって見事な桜並木になっている。もう10年もすると立派なお花見名所になるのかもしれないが、10年程度の違いで春の風景は一変するという印象を受ける例だ。そのいっぽうで老木となった桜がそれまでと同じような桜を咲かしてくれるとは限らない。先ごろ中川村の坂戸橋のことについて触れたが、かつて子どものころに見た坂戸橋の桜のイメージとはだいぶ違っている。手長神社跡に咲く老木同様に、木のてっぺんあたりは寂しい状態になっている。

 Akiさんが早速今朝の桜の様子を日記に掲載してくれているが、今朝方は長野県内はどこでも積雪があったのではないだろうか。とはいえ気温はそれほど低くないから積もった雪はどんどんと融けているが、いつものように休日だと思って寝ているうちに、妻はシロとともに散歩に行って雪の写真を撮ってきた。わたしが起きたときはすでに霧が出てかすんでいたが、妻が散歩に出たころはしっかりと遠くの山も映し出されていた。この季節に雪が舞うのはともかくとして積雪があるなんていうことは一生に一度あるかないかのこと。と思えばこんな日はカメラマンにとっては絶好の朝だったに違いない。携帯に納めた写真を妻に見せられてわたしもと思って外に出るが、既に融け始めていて思うようなものは撮れない。しかたなく少し車を走らせることになるが、このあたりでは桜も散ってきていて満開の桜とともに雪を納めるというわけにはいかない。







 ということで千人塚まで上ってみるとまだ満開とまではいかないものの、しっかりと雪に被った桜を見ることができた。昔からある紅葉園のあたりの道端の桜はかつて見事なものだったという印象があるのだが、やはり老木のためかかなり傷んでいて花がついていないし、枝も切られている。昔のままの映像をそこから引き出そうと思っても難しいことなんだと知らされる。ここ10年ほどの間に植えられたのであろう桜が池の入口のあたりにあって、南側ということもあって満開に近い桜だ。その中にはこの雪で木が裂けてしまったものが何本も見えた。葉のない冬ならともかく、降った雪を積もらせてしまうほどに満開の花があれば、積もった雪の重みをそのまま受けてしまう。こんなことはめったにないことと写真を撮っている自分に後ろめたさも感じる光景だ。

 実はすでに梨の花が咲いている。果樹農家にとってはこの時期に雪が降るなんていうことは衝撃的なことだろう。梨の花に積もっている雪をと思っても、果樹農家の方たちのことを思うと撮ろうという気持ちにはなれないもの。今朝の風景に心躍らせた人たちも大勢いるのだろうが、そんな人たちに果樹園内に朝から轍を残した農家の方たちの気持ちが解っているのだろうか。

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