「美しい村」の議員日記

南アルプス山麓・大鹿村在住。自給自足農業、在宅ワーカー、2011年春より村議会議員。

鹿牧場

2007年06月28日 | 田舎暮らし
 午前中に納品を済ませ、午後から次の案件にかかれるかと思ったら、音声が届くのが明日に延びて、手が空いたので、畑の草取りをする。
 5月末に後から植え直したジャガイモも、すくすく成長してきた。でも、かろうじて猪にやられずに残った株(写真の花)に比べると、草丈が半分から3分の2ぐらいで、もうつぼみをつけ始めているものもある。暑さに弱いジャガイモ、あとどこまで草丈が大きくなるか。やっぱり収量は落ちるかな。
 二度まきなおして、三度目の正直の人参は、例の虫のせいで減ってはいるものの、今のところ7割方は残っている。梅雨の間にもう1回追いまきしようかしら。
 トマトは先日芽かきをして、支柱を立てた。ミニトマトは1段目に青い実が付き始めている。大きなトマトが食べられるのは、多分8月になってから。
 ウリ科野菜ではズッキーニが最初に食べられそう。一緒に植えたキュウリの苗は初期の活着がいま一つよくなくて、直まきした分がどんどん追いついてきている。
 レタスは虫にやられたけど(今まで、レタスは病気にはなるけど、虫はあまりつかない野菜だと思っていたが・・・)、ほうれん草は何とか食べられるようになった。キャベツはようやくまき始めてきたぐらい。などなど。
 今は本当にうちで食べる分の野菜だけしか作っていない。かつて畑だった場所のごく一部を網で囲って、さらにその内側を電柵で囲っている。
 ところで、その網の外側の畑だったところは、耕してもいないし、草刈りも何もせずに放置してあるのだけど、雑草の草丈が10センチぐらいしかない。さらにその周囲のもともと原野状態のところは、もちろん今の時期、もっとずっと草丈は高いのに、遊休農地の部分は、まるで定期的に草を刈っているかのごとき状態になっている。恐らく、鹿がしょっちゅう食べに来ているんだと思う(糞も落ちているし)。畑の雑草は柔らかいおいしい草が多いのかな。まあ見事に鹿牧場状態と化している。今年は今のところ、網を張り直したあとは畑の中には鹿は入っていないので、このまま、ちゃんと境界をわきまえてさえくれれば、文句はないのだけどな。
(でも、食べ物が少ない季節はそうはいかないだろうし、もちろん鹿や猪だけじゃない。今日は道の向こう側の林の中から奇声がして、木の枝がゆさゆさ揺れていた。猿の群れが偵察に来たようだ)

夏至の日に

2007年06月22日 | 自然・環境
 夏至の今日は「100万人のキャンドルナイト」をはじめ、各地で環境問題を考える集いが持たれるようだ。この日に合わせて、地球温暖化問題を広く訴える豪快な号外をまくという運動も行われているらしい。富士山ではWorld Peace & Prayer Dayという祈りの集いも行われている。
 朝、子供を送っていくとき、カーステレオの中から聞こえてきた環境問題の話の中に、「日本中の電気ポットで原発2基分の電気を消費している」とあった。どういう計算をすると、そういう数字が出てくるのか知らないが、原発2基分はちょっと多すぎじゃないかという気もする。ただ、電気ポットは電気の無駄遣いの象徴例として、よく挙げられるもののようだ(うちでは買おうと思ったことすらないけど)。
 そもそも、電気を熱に使うこと自体、相当なエネルギー資源の無駄遣いなのに、「オール電化」などと臆面もなく宣伝している電力会社が本気で省エネ・温暖化に取り組んでいると言えるのかと疑問に思ってしまう。それでいて、二酸化炭素を出さない原子力などといっているのだから。原子力でも火力でも、要は資源を熱エネルギーに変えて、蒸気でタービンを回して発電する一方で、大量の熱を温排水という形で放出している。それを考えたら、熱エネルギーを必要とするものは、なるべく電気ではない、もともとのエネルギーをそのまま使ったほうがはるかに効率的なはずだ。お湯はガスこんろで沸かして、ポットに入れておけばいいだけの話である。
 私がより本質的なところを見るべきだと思うのは、例えば、そういうところです。

浜岡裁判結審

2007年06月16日 | 脱原発
東海地震の想定震源域の直上に位置する浜岡原発の運転差し止めを求める裁判が、昨日結審した。2002年4月の仮処分申請から5年、世界中で一番に巨大地震の発生確率の高い場所での原発を止めるべきかどうかが問われてきた裁判である。
判決は10月26日の原子力の日とのこと。ご注目ください。
http://mytown.asahi.com/shizuoka/news.php?k_id=23000000706160004

<追記>
この日は梅雨入り直後とは思えないほどの快晴。
裁判とは関係ないけど、澄んだ青空に映える赤石岳と小渋川です。



無農薬

2007年06月14日 | 田舎暮らし
 今日は午前中から雨で、どうやら梅雨入りらしい。朝起きたときは雲り空ながらもだいぶ雪が減った中央アルプスが見えていたのだけど、子供を送って帰ってきたら、もう半ば雲に隠れてしまっていた。その後、じきに雨となった。

 このところ、毎日、畑で虫をたくさん殺戮している。どうもネキリムシのようなたぐいの虫がこれまでに経験したことがないほど大発生していて、レタスからホウレンソウ、ニンジン、大根まで食害が発生している。苗で植えたレタスがちっとも大きくならなくて、よく見たら、葉っぱを食べられていたり、追いまきしたものは全滅。猪に踏み荒らされて、まき直したニンジンも発芽し始めてきたのだけど、早速そっちに虫が移動してきていて、なくなりつつある。見つけ次第つぶしているのだけど、あちこちに大量に潜んでいるらしい。
 ある程度成長した葉っぱの一部を食べるくらいなら許せるけど、発芽直後の小さいうちに食べられるとなくなってしまうから困る。この大発生は、去年途中で畑を放棄して、草を生やし放題にしてしまったせいか、はたまた、春に耕すときに、いつもは2回かける管理機を、手抜きして1回しかかけなかったせいか。
 敵は鹿や猪だけではない。まずはベジタリアンの虫たち。以前はキスジノミハムシがたくさんいて、春のアブラナ科の野菜はまともに作れなかったし、ニジュウヤホシテントウが多かったときは、ナスからキュウリから、みんな表面をかじられた。田んぼではイネミズゾウムシがつく。農薬をまく気にはなれないので、1匹ずつ捕まえるしかないが、大量に発生すると、とても追いつくものではない。
 これで梅雨になって、雨合羽を着て畑に出るのをおっくうがっていると、今度は草がすごくなってくる。
 

南アルプスの青いケシ

2007年06月12日 | 田舎暮らし
 今年も村内の標高1500mにある農園で、今月初めから青いケシ(メコノプシス)が咲き始めた。
去年も、一昨年も載せているけど、今年も行ってきたので、うちの村の一つの風物詩ということで、
また載せます。ただし、ちょっと色合いの違う写真にしてみた。
 前に載せた写真は、素直に朝日があたっている面から撮ったものだけど、
(今年もそういう写真も撮ったけど)、この写真はあえて逆光で撮ってみた。
裏から朝日を浴びて、透き通るようなブルーの色合いがまたきれいだと思ったので。
昨夜雨が降って、行ったときには畑の土から白く水蒸気が立ち上っていた。
この花にも、まだ少し水滴が残っている。
 
 

ギンリョウソウ

2007年06月06日 | 田舎暮らし
 畑仕事に外に出て、一仕事区切りがついたときに、ふと思い立って、元羊の放牧場にしていた中を歩いてみた。放牧場といっても、草地ではなくて、かなり木がたくさん生えている所を囲って、牧草の種をまいただけのところ。羊たちがいたころは本当に食い尽くされて、牧草もちっとも増えないし、ほかの草もほとんどなくなってしまっていたけど、一昨年、その中でギンランのような花を見つけたことを書いた(こちらです)。そういえば今年も咲いているかなと思って歩いていたら、それもあったけど、斜面の一番下の方でこのギンリョウソウを見つけた。
 この植物を初めて見たときは、別名ユウレイタケともいわれる白い特異な姿に びっくりしたけど、その後も登山の道中で見る植物だったので、うちの近所にもあるなんて考えてもみなかった(確かにうちも山の中だけど)。羊がいなくなって7年もたち、木も伸びてきて、植生が少しずつ変化してきたというか、羊の放牧で壊した植生が元に戻ってきているのかもしれない。
 

バイオエタノール(続)

2007年06月05日 | 自然・環境
 一昨日、かなり舌足らずのバイオエタノールの話を書いたら、日経BPの本日の必読記事に森永卓郎氏の「食べ物を燃やす~何かおかしい今のバイオ燃料」が取り上げられていた(全文はこちら)。言われてみると、確かに、値上がりしているトウモロコシ、小麦、オレンジ、大豆はアメリカの主力輸出農産物だ。やっぱり、アメリカの思惑なのか・・・。
(写真は内容とは関係なく、目の保養に、村で咲くクリンソウです)

耕作放棄地

2007年06月03日 | 自然・環境
(バイオエタノールの話からの続きです。そんな食料とエネルギー事情の中で、日本を見てみると) 
 今、日本の耕作放棄地の面積は、なんと埼玉県の面積に匹敵するほどらしい。実際、うちの村でも、過疎化で人が去り、だれも耕す人もなくなったところは至るところにある(うちの周りの畑も今一部しか作付けしていないけど、これは一時的なもので、いずれまた畑に復帰したいとは思っている)。でも、こんな条件のよくない山の中の田畑でなくても、もっと条件のよいところでも、耕作が放棄されているところがたくさんあるのだろう。
 日本の食料自給率はカロリーベースで40%というのはよく言われる話で、これだけ耕作放棄地がありながら、食料、特に家畜の飼料など大半を輸入に頼っている状況は、どう考えても食料安全保障上も問題だと思うけど、何ら有効な手だてもないまま、農山村からは若い人が流出し、高齢者ばかりが残された農山村では、年々耕作放棄地が増えていく(前項のバイオエタノールの原料だって、よその国の食料を奪わなくても、日本の耕作放棄地に作付けすればいいんだと思うけど、とにかく耕す人がいなくなって放棄されている状況が改善されなくては、それもありえない)。今、自給率が高いお米だって、田んぼの担い手は高齢者がかなり多いはずだから、何もせずに手をこまねいていたら、どうなっていくか分かったもんじゃない。
 日本は資源がないとよく言うけど、中国の人が飛行機で日本に来たら、上空から見たら、日本の山は色が違う。山に木がたくさん生えていて、至るところ水が豊富だ。水不足の中国から見たら、日本が資源がないとは言えないと思ったという話も聞いた。
 木質バイオマスを有効に利活用する方法だって、いろいろ開発されつつある。第一次産業がもっと大切にされて、農山村で今利用されないでいる資源(耕作放棄地や森林など)がもっと活用されれば、日本はすごくいろいろなことが変わりうるのだろうと思うけど、現実には今、都市と地方の格差といった言い方でいわれているのは、完全に都市型の価値観の話のように思う。そうではない別の尺度を持った農山村の価値が、もっともっと大切にされて理解されてほしいものだと思う。人間が生きていくのに最も基本的かつ不可欠な食べ物を生産するのが農業等の第一次産業であり、その現場が農山村なんだから。
(久々に農業絡みの話を聞きながら、つらつら思ったことです)