ともあれ、食べものと人間の生活は切っても切れぬ関係にあることは、言うまでもない。
六年後のいま、私はなつかしく、この一冊を読み返したところだ。
昭和六十三年夏 池波正太郎
私がほんの子供のころ、伊豆のシャボテン公園に行ったことがあった。
確か、夏の頃だったと記憶している。
シャボテンという耳慣れない言葉が夏の強い日差しとくっついてでてくるのだから、
まず間違いはないだろう。
ある日この記憶について私のいもうとへ尋ねると「ああ、アイスクリームのところ」と、いう。
シャボテンも夏の日差しも、差し置いてアイスクリームのところだと力強く答えるのである。
パフェを食べたのは浅草で中華街ではサンドウィッチ。
次から次へと幼いころの思い出が食べ物と連なってでてくるではないか。
幼い頃の記憶なんていうものは非常に曖昧でいて、どこか一片だけ焼印のような強烈さをもっているのである。
平成二十五年秋 池波正太郎風の記憶
池波正太郎の「むかしの味」を読んでいる。
読むとむかしの味が妙に恋しくてややとおもう。
食べ慣れたあの味や特別なこの味を総じて「むかしの味」に置きかえて楽しむのである。
三つ子の味百までなのだ。
それでいてまだ食べたことのない煉瓦亭のハヤシライスや蛸長のおでんまでもが
なつかしくなってしまうのは困ったものだ。
六年後のいま、私はなつかしく、この一冊を読み返したところだ。
昭和六十三年夏 池波正太郎
私がほんの子供のころ、伊豆のシャボテン公園に行ったことがあった。
確か、夏の頃だったと記憶している。
シャボテンという耳慣れない言葉が夏の強い日差しとくっついてでてくるのだから、
まず間違いはないだろう。
ある日この記憶について私のいもうとへ尋ねると「ああ、アイスクリームのところ」と、いう。
シャボテンも夏の日差しも、差し置いてアイスクリームのところだと力強く答えるのである。
パフェを食べたのは浅草で中華街ではサンドウィッチ。
次から次へと幼いころの思い出が食べ物と連なってでてくるではないか。
幼い頃の記憶なんていうものは非常に曖昧でいて、どこか一片だけ焼印のような強烈さをもっているのである。
平成二十五年秋 池波正太郎風の記憶
池波正太郎の「むかしの味」を読んでいる。
読むとむかしの味が妙に恋しくてややとおもう。
食べ慣れたあの味や特別なこの味を総じて「むかしの味」に置きかえて楽しむのである。
三つ子の味百までなのだ。
それでいてまだ食べたことのない煉瓦亭のハヤシライスや蛸長のおでんまでもが
なつかしくなってしまうのは困ったものだ。