原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

ボランティアとは所詮“自己満足”と心得て取り組むべき

2015年05月12日 | 自己実現
 ボランティアに関する“勘違い人種”が、我が国に於いて未曽有の災害「東日本大震災」を経験した後にも未だ平然と存在しているんだ…  なる一種嫌悪感を抱かされる相談に出遭った。

 その相談内容に関しては、後程紹介する事にしよう。


 ところで私は「ボランティア」なる活動に対し、当エッセイ集にて幾度か反論私論を展開している。
 その一つ、2011.9.10公開 「俳優向井理の自信の根源をいじくる」 なる題目のエッセイから、一部を以下に紹介させていただく。
 俳優向井理氏がNHKの対談番組内で次のような発言をされた。  「ボランティア活動は自己満足でいい。」
 この向井氏の発言に対し番組の最後に視聴者から同調意見が寄せられたが、これに関してはもう少し掘り下げて議論されるべき課題であると原左都子は捉える。  向井氏程の若い世代の場合、自分が何かを成し遂げそれに自らが感動(自己満足)する経験こそが大事との、その向井氏の論理自体は許されるのかもしれない。
 ただ私論としては、ボランティア活動の被対象者である相手側の“ありがた迷惑”や周囲の反響までをも視野に入れ、活動の目標到達度をボランティア提供者側こそが是非共検証して欲しい思いだ。 ボランティア提供者側の自己満足がもたらす影響に対する後々までの責任を取れて初めて、ボランティア活動とはこの世に存続し続けられるのではあるまいか?   これに関しては、時を改めて私論の詳細を公開したいものである。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を引用。)

 まさに、その“検証の時”がやって来たとも言えよう。

 それでは早速、冒頭に示した相談内容を朝日新聞 「悩みのるつぼ」より要約引用しよう。
 60代の男性だが、定年後人との付き合いも減り、妻と終日顔を突き合わせてもお互い不機嫌になるだけだ。 そこでこの後の人生は何か社会のお役に立てないかと考え、「電話による自殺防止相談」をボランティアとして続け5年程になる。 活動を始めて直ぐの頃は誰からも感謝されお礼も言われ、世の役に立っていることが実感としてあった。 ところが最近では人の悩みを聞くと、自分の心の中に「優越感」が湧いてきて情けなくなる。 自分の悩みと電話相手の悩みをつい比較して、「自分は幸福だ」なる“よこしまな心”すら潜む事に気付く。 最近は活動当初のような満ち足りた気持ちがなくなりつつあるが、如何に気持ちを切り替えればよいのか? (以上、朝日新聞「悩みのるつぼ」相談より要約引用。)


 ここで一旦、原左都子の私論に入ろう。

 上記相談60代男性を仮に「A氏」と呼ばせていただく。
 A氏の場合、たとえボランティアの立場と言えども、そもそも「電話自殺相談者」としての“資格や適性”を持ち合わせていない事態が歴然と推測する。
 と言うよりも、この電話相談を実施している団体が如何なる自治体組織かは私が知るところではないが、「電話自殺相談者」として“ド素人ボランティア”を採用しているとは何事か!?!  それ自体が所詮無理な話であるし、もしかしたら現行法規にも触れる対応とも推察可能だ。
 元より定年退職後のA氏がその種のボランティアに関わってしまった事自体が、不運だったのではあるまいか? 
 決して諸団体は「電話相談」を甘く見てはならない。 しかもそれが「自殺相談」だとするならば、関係団体はもっと細心の留意の下に適任者こそを選抜するべきだった、としかいいようがない。 


 今回の朝日新聞「悩みのるつぼ」相談者は、社会学者の上野千鶴子氏であられる。
 その回答内容の一部を、以下に要約して紹介しよう。
 
 定年後に「自殺予防」の電話相談をボランティアとしてしていらっしゃるとは、まるで退職男性のお手本のような社会貢献ですね。 その立場にして、人の悩みを聞いて「優越感」が湧く…?? 貴方自身には相談前後で何の変化もないはずなのに、死にたい人を前にしたら自分の生活が幸福に思える…?  それを“よこしまな心”と貴方は呼んでおられるようだが、むしろボランティアとは所詮自己満足であり、自分で自分を褒めてあげるのが最大の報酬だ。 他人からの感謝はおまけのようなものと思っていれば、ガッカリする事もない。 特に「自殺電話相談」とは待ったなしの一回勝負。 電話口の対応が悪ければ相手は二度と掛けて来ない。 切羽詰まった人には、相談者側の「優越感」などただちに見抜ける。  結局この相談のホンネは、相談者自身に飽きがきて緊張感や満足感が減っているとのことではないのか? それを「よこしまな心」などとの言葉で繕う必要など何もない。 ボランティアもいろいろだし、他にもいろいろやってみてもよいでしょう。 せめて自分に社会貢献の機会を与えてくれた人達に心から感謝しましょう。
 (以上、「悩みのるつぼ」上野千鶴子氏による回答の一部を要約引用。)
 

 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 上記朝日新聞「悩みのるつぼ」に相談したA氏に関してだが、こいつ 実に“鬱陶しい奴”としか表現しようがない。  正直な話、(たかが定年後のボランティア活動で単純に優越感に浸ってしまう)“単細胞低能男”を亭主に持たなかった事実を、改めて我が人生の一つの救いとみなしたい程だ。

 それにしても、自治体(?)団体側の「ボランティア」採用条件とは一体如何なるものなのか??
 繰り返すが、特に「電話自殺相談」など、電話を掛けてくる相手は命がけで切羽詰まっているはずだ。 そんなさし迫った現況下に於いて、電話に出た相手が定年退職後の単なるボランティア年寄り、しかも電話の話に“優越感”すら抱くみすぼらしい相談員を採用している“お粗末な事実”こそを今すぐ改善するべきだ!

 世の定年後のお年寄り達がその行く末を難儀している事実は、我が家でも定年退職後の亭主及びその母や実母の面倒を看ている我が身としても、十二分に把握している。

 それでも「ボランティア」とはあくまでも、我が国の現状に於いてはそれをしたいと志す側の“自己満足”にしか過ぎない事実を、老若男女にかかわらず今一度自覚し直すべきだ。

 しかももっと発展した形で自分が成した「ボランティア」を、それを受ける側の身になって振り返る余力があるならば、それぞ「ありがた迷惑」更には「実質迷惑」の“恩着せがましい”行為だった事実をも慮ろう。
 それが叶ってこそ、我が国に於ける真なる「ボランティア活動」の未来が訪れるのではなかろうか。

 それにしても現世にごまんと溢れている定年退職男ども、どうにかならないものか??
 どんだけの力量があって人の世話などを志し、自己満足に浸ろうとするのか!  そんな事よりも、死ぬまで我が身を自力で振れる力こそを、定年までに備えておく事が先決問題だろうに。

振り込め詐欺犯はあなたのすぐそばにいる!

2015年05月09日 | 時事論評
 明日の「母の日」に先立ち、少し前に私は実母・義母両方へ贈り物を届けておいた。

 その事実をあらかじめ伝えておかない事には、特に現在ケアマンション(高齢者有料介護施設)に暮らす義母にとっては、突然の宅配便の到着に「何事か!」と驚くようだ。

 そこで私は、既に多少の痴呆症状と耳の遠さが混在している義母に、母の日のプレゼントを贈った旨の電話をかけた。  電話にてこの説明をするだけでも難儀な事態なのだが、何とかこちらからの用件は把握してもらえたことに安堵した。


 ところが、しばらくぶりに私から電話をもらった義母から、矢継ぎ早に様々な難題が降りかかってくる。

 例えば、義母の長男である息子(我が亭主)の退院後の容態はどうか? との義母からの質問だ。
 これに関しては、元医学関係者である妻の私がその予後もずっと見守っているため大丈夫だ、と繰り返している。  にもかかわらず、義母の質問の程が的を射ていない事たるや甚だしい。 私が「退院後も大きな体調異変はなく、ある程度平穏に経過している。」(もちろんこれを高齢痴呆者にも分かり易い用語かつ大きな声で伝えるように努力しているのも虚しく…)と応えても、 「えっ!?? 今回息子は手術をしなかったのね。だとしたら大した問題はないわよ。」との突拍子もない返事が返って来る…  「いえいえ手術はしたのですが…」と電話で返そうとしても義母の反応は、「(自分の息子が)手術をしなかったのはよかったわねえ~~!」ばかりだ。
 これでは何の話にもならないのは今に始まった事ではないのだが、ただ病み上がりの亭主を抱え苦悩の連続の程を義母に聞き取ってもらえない事態に、“痴呆”に加え“耳の遠さ”が進行している実態を嘆かわしく感じざるを得ない…。
 そうだとしても、ここは義母の心理面での希望通り「手術はしなかった」事で済ませておくのが、義母の精神衛生上も良き結果が出るかと私は電話にて推し量ったものだ。

 あるいは義母は、「ケアマンションの同年代のお友達から暴力を受ける」とも訴える。 
 この話題に関しても、義母より前々からその苦悩の程を再三聞かされ続けている。 その実態とは、ケアマンション内仲間の一人であられる女性(こちらも多少の痴呆が混ざっていると推測する)が、義母の言動が気に入らないと殴る等の“暴力沙汰”になるそうなのだ。  義母の体型が華奢なのに対し、相手女性は太っていらっしゃる。 確かに体型面から考察しても義母に勝ち目はなさそうだ…
 保証人側の私(亭主も含め)の回答として、そんな“暴力友人関係”を自分から断ち切ってはどうか!? と以前よりアドバイスし続けているものの、義母の回答とは「暴力を振るわない時は良きお友達なの…」と至って軟弱だ。 ならばその事態とは義母が持つ決定的弱点である故致し方無いと、亭主も私も諦めるしかない現実だ…。


 もう一つ。 今回の私からの電話で義母が私相手に訴えて来た“捨て置けない”事実がある。
 これぞ、表題に掲げた 「振り込め詐欺犯はあなたのすぐそばにいる」 なる厳しい実態だ。

 義母が電話にて曰く、「私が今使っているケアマンション個室の電話(要するに固定電話の事)が6月には繋がらなくなり通話出来なくなるとの電話を電話会社からもらったの。 私としては、耳が遠い関係で携帯電話の会話がし辛い状況だから、固定電話の契約更新をしたいのよ。 そのためには新たな文書に署名捺印しなきゃいけないの。」

 ここで、原左都子はその義母の訴えにすぐさま 「ストップ!!」をかけた。

 「それぞ、振り込め詐欺ですよ!」

 「お義母さんの金融機関口座のすべてを現在私が手元で管理しています。 現在お義母さんは某電話会社に固定電話・携帯電話共に契約をされていて、その口座振替も滞りなく毎月引き落とされています。 その状況下に於いて、固定電話の電話線が“止められる”など到底あり得ない話です。 お義母さんは騙されています! それをまずご認識下さい!  とにかく明日私が必ずケアマンションへ行って書面を確認しますから、それまで絶対に書類に署名捺印をしないように!!」


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 今回の義母の事件はもしかして、「振り込め詐欺」犯による電話ではないのかもしれない。
 単に、現在電話会社が多様化している事実を露知らない年寄り相手に、零細電話会社から営業活動を展開しようとの魂胆だったとの推測もあり得るだろう。

 たとえそうだとしても、その「営業」の事実とは許し難き行為だ。
 お年寄りとは、耳が遠かったり痴呆症状があったりするのが通常とわきまえるべきだ!
 それを認識せずしてお年寄り相手に、電話なる自分の顔を見せない“至って不確実性が高い”営業活動を執り行ったのならば、その事実とは悪質性に於いて「振り込め詐欺」とさほどの差異がないと判断出来よう。 
 それどころか同等の罪を課せられるであろう事実を組織体として重々認識した上で、今後はお年寄り相手の電話での営業活動を自粛するべきではあるまいか。


 電話にて義母に告げた通り、明日ケアマンションを訪れその真相を確かめる私だ。
 もしもこれが「振り込め詐欺」だった場合、今後の義母指導に更に難儀しそうな予感もする。

 片や、これが単なる別電話会社の新たな固定電話勧誘だった場合、その怒りをどこにぶちまけてよいのか途方にくれそうな気もする。
 たかが零細営利団体とて、少しは高齢者の保証人等々身内の年寄りを後見せねばならない立場の大変さも心得てもらい、今後は高齢者相手の営業活動を全面的に自粛せよ!と本気で言いたくもなる。

 元より高齢者に対する「振り込め詐欺」も、バックに控えている保証人の対応こそが大変(大いなる時間と労力の無駄だ!!)な事態を是非とも考慮頂き、どうか悪行を諦めて欲しいものだ!

初夏の味覚のクール宅配便 -No.2-

2015年05月06日 | 人間関係
 (写真は、昨日5月5日午前 長野県伊那市の大規模農場主より我が家にクール宅配便にてお届け頂いた採れたてのウド)


 伊那市大農場よりのウドの到着を「原左都子エッセイ集」で取り上げさせて頂くのは、今回が3度目となる。

 もう既に8年の年月にも及び、年に3,4度のペースで欠かさず採れ立て野菜を我が家に届けて下さる農場主K氏との出会いのきっかけとは、実は当該「原左都子エッセイ集」が媒体である。

 そんな長き期間に渡りK氏より定期的に頂戴する新鮮な産直品との「贈り物」の歴史に関して、2010年5月公開の本エッセイ集バックナンバー 「初夏の味覚の宅配便」 に於いても記述しているため、その一部を以下に今一度紹介させて頂こう。

 日本の中央アルプスや南アルプスが展望できる、信州の実り豊かな大地で大規模農場を営んでいらっしゃるK氏から、年に3、4度欠かさず採れ立て農作物を、クール宅配便にて我が家に直送いただいている。
 K氏の大農場に於ける主生産農作物はブロッコリー(K氏名付けて “ブロッ娘”『ブロッコ』とよみます。 K氏がご自身の可愛い娘のごとく愛を込めて育成され、毎年春秋に市場に届けておられる。)であられる。 そのため、春秋の“ブロッ娘”を中心に、早春のフキノトウ、そして今頃の季節はワラビやウドといったごとく、大都会で暮らす原左都子が普段滅多に目にすることがない“土”がついたままの旬の農作物を、何ともありがたいことに我が家まで直送いただけるのである。
 ここで長野県の農場主K氏と私が知り合った経緯を述べさせていただくと、そのきっかけとはこの「原左都子エッセイ集」が源だ。 K氏はご自身の農場経営でご多忙な中、当時まだ開設後数ヶ月しか経過していなかった初期の本エッセイ集をご訪問下さり、私が綴る拙エッセイの一記事一記事にコメントを書き入れて下さる等の手段で、心温まる応援を頂いた方である。
 その後“ブロッ娘”の生産拡大による更なるご多忙等と相俟って、K氏はネット世界から遠ざからざるを得なかったご様子だ。 それでも今尚、過去において(たかが)ブログ上で知り合った原左都子宛に採れたて農作物を直送して下さるという恩恵に与り続けているのだ。  
 分子遺伝子生物学の発展が農業における品種改良にもたらす恩恵や、工業分野での技術革新の農業分野への進出による発展は凄まじいものがあることであろう。 とは言えども、農業とは“生き物”を扱う世界であるからこそ自然との共存が主眼であり、天候や気温による打撃を直に受ける産業であることを、K氏より定期的に頂けるメールと共に実感させられる思いだ。  特に例年の異常気象との闘いの連日を慮った場合、農業に携わるK氏のお便りから日々のご苦労の程を重々実感させていただける思いでもある。
 (以上、「原左都子エッセイ集」2010年5月バックナンバーより一部を引用)


 上記のK氏は現在60代前半程のご年齢であられる。 今の時代背景に於いては決して老齢と表現する域に達していない世代と表現出来よう。 
 そんな未だ将来ある年齢層にして、二人三脚で共に農場経営に精進されてきた最愛の奥様を、昨年末に突然の病にて亡くされるとの不運に苛まれておられるのだ…
 昨年12月に奥様が突然の体調不良で入院された事実に関して、K氏はその一報を原左都子宛にメールにてお知らせ下さっていた。 にもかかわらず、晩秋頃まで奥様と農作業を励んでおられたとの前のメール内容を勘案し、私は(おそらく奥方は一時の体調不良であり大丈夫だろう)などと楽観視を貫いてしまっていた…
 
 もっと失礼だったのは、それ故、年末にK氏宛に例年通り年賀状を差し上げた事態だ。 
 ところがいつもは元旦に必ず届くはずのK氏よりの年賀状が、1月下旬に至ってまだ届かない。 
 もしかしたら… との私の悪い予感が的中し、その後K氏より「昨年末奥様が亡くなられた」との寒中見舞いメールが我が手元に届くはめと相成った…
 そんなK氏よりの「ご訃報メール」に、私も最大限留意しつつも…
 ご夫婦としての私生活のみならず大農場経営との「自営業」に於いても、長年に渡る最大のパートナーかつ最愛の奥様を失った人物相手に、如何なるお悔やみを申し上げればよいものやら途方に暮れた…。
 それでも苦肉の策として、原左都子なりの「お悔やみ」をK氏へメールにて申し上げた。 最愛の奥様を失ったばかりの一男性に対し、これしきの御挨拶しか出来ない私をお許し下さい、なる“禊ぎ”の意味も込めて。


 あれから季節が移り行き春が訪れた今、K氏より今春もウドを届けて下さるとのCメールを頂戴した。

 何よりも嬉しいメールだった。
 即刻私はCメールにて、K氏宛に返答を申し上げた。
 「Kさんから今年もウドを届けて下さるとの事、Kさんが(奥様亡き後も)お元気でいらっしゃる事実に何よりも感激のさとちゃんです! もちろんウドを頂戴します!」
 (参考のため、K氏は8年前にネット上で出会った時からずっと、私の事を“さとちゃん”の愛称でお呼び下さっている。 これぞ両者の関係がずっと対等に続行可能な原点とも私は認識している。)

 はてさて、今夜は如何なる「ウド」メニューを私は我が家族に提供可能であろうか…
 K氏のご意向に沿い、我が無い腕を振るおうではないか!

絵むすび(朝日新聞2015.5.2編)解答 & パズルの醍醐味

2015年05月04日 | 自己実現
 (写真は、朝日新聞2015年5月2日付別刷「be」パズル“絵むすび”に原左都子が解答したもの。)


 今回の朝日新聞“絵むすび”はさすがに5月連休中の掲載である故か、「難易度3」にして今までにない安易度だったとの感想だ。
 おそらく連休中に読者の皆様が家族皆で当該パズル紙面を楽しむであろう事を予想して、朝日新聞としても難易度を下げる配慮を施したものと想像する。

 ところで朝日新聞が“絵むすび”を紙面に取り上げると、相変わらずその直後より「原左都子エッセイ集」に“絵むすび”関連項目検索にて閲覧が殺到する現象が起きる。 
 その事実に感謝申し上げると共に、ご検索元皆様のご期待に応える意味で、今回も我がエッセイ集内で解答を公開申し上げようと志した次第だ。

 5月2日付“絵むすび”の場合、おそらく朝日新聞読者の皆様にとっても解答が容易であられたと推測するため、解説は不要と心得る。
 少しだけ解説をさせていただくならば、まずは大きい四角の四隅にある対象物を視野に入れよう。
 今回の設問の場合、「薔薇」と「あやめ」にまずは着眼するべきでありそれを短距離で結んでしまおう。 「鯉のぼり」に関しては片方が四角のほぼ中央に位置している故に、これを結ぶのは後回しにした方がよさそうだ。
 上記2つが結べたならば、後は簡単!
 「紫陽花」と「柏餅」が四角の中に位置している事を見定めて後回しにし、ここで「鯉のぼり」に注目して、両者の邪魔にならないところに線を結べばもう完成だ!  後は、「柏餅」と「あやめ」を素直に結び、最後にその隙間を縫って「兜」を結ぶと仕上がりである。 


 話題を変えさせて頂こう。

 私が昔から「パズル・ゲーム」ファンである事は、「原左都子エッセイ集」にて度々綴り公開している通りだ。
 その原点を辿るならば、私が幼稚園児の頃一番面白いと感じた“遊び”が、幼稚園側から強制された「知能検査」だった事実も公開済みだ。 とにもかくにも、幼稚園の先生達の指導による日々の“お遊び”よりも、ある日突如として実施された「知能検査」こそに実に感激し、集中・没頭できた事実を今も鮮明に記憶している。 
 当時私は所属幼稚園にて“歴代知能指数最高記録”を樹立記録した事実も、バックナンバーにて掲載している。

 あの頃全国の児童生徒対象に執り行われいた 「知能検査」とは、一体何が目的だったのか?
 この課題に関し今原左都子が分析するに、あれは要するに「パズル・ゲーム」に過ぎなかったと結論付けるのだ。 当時特に年端もいかぬ幼稚園児や小学校低学年の児童に教育行政側が強制した「知能検査」とは、まさに未だ教育を施していない子供達が“DNAレベル”に於いて如何なる潜在能力を有しているのか、を測定する一手段だったに過ぎないと結論付けられるであろう。 

 ただ教育行政側の理由が何であったとしても、幼稚園児頃より「知能検査」を愛好していた私は、今尚「パズル・ゲーム」のファンである。
 還暦近い年齢に達しつつ現在に至って尚、私は「絵むすび」のみならず、ネット上でそれらを堪能し続けている。

 ここで紹介するのが、私が日々パソコンネット上でお世話になっている「ゲーム媒体」だ。
 それは「SDIN無料ゲーム」と称するのだが、私は毎日朝晩このゲームを“頭のトレーニング”に利用させて頂いている。 
 私が当該無料ゲーム内で現在利用しているのは 「神経衰弱」 及び 「はさみ将棋」 だ。 
 そのうち特に「神経衰弱」に於いては、年間・月間スコアランキングが発表される事実に触発されている。
 今月(2025.5)現在、原左都子は「satoko」名にて「SDIN無料ゲーム 神経衰弱」月刊ランキング“7位”に位置しているため、よろしければご参照下さい。 そのスコアは16,070ポイント也。 これが20,000ポイントを超過しないことには、年間ランキングに入れない厳しい事実だが…
 (補足説明をさせて頂くと、SDIN無料ゲーム「神経衰弱」に於いては、たとえコンピュータ相手に“完勝”したとて上位ランキングにランクイン出来ない。 何故なら解答時間(秒数)が採点基準の一つとして加味されるためだ。 私の場合“完勝”(要するに相手に一枚も札を取らせない)は簡単なのだが、札のクリックに時間をロスするせいか、どうしてもゲームに要する秒数が長くランク位が下になるようだ。) 

 でもまあ、5か月後には「還暦」を迎える身としてはこれで許されるか? などとの甘い考えでは、ネット上の「ゲームランキング」上位をキープし続けるのは困難とも自覚しているが……
 それにしても、悔しいなあ。

我が国が「日本国憲法」を媒体として国家主権を回復するには

2015年05月02日 | 時事論評
 明日5月3日、我が国 日本は67回目の「憲法記念日」を迎える。

 憲法記念日とは皆さんもご存知の通り、国民の祝日の一つである。
 国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)では、憲法記念日を「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する」ことを祝日制定の趣旨としている。 1947年(昭和22年)5月3日に日本国憲法が施行されたことを記念して、1948年(昭和23年)に公布・施行され祝日法によって制定された。 (ネット情報より引用。)


 現在米国外遊中の安倍首相であるが、4月29日に米議会上下両院合同会議にて「希望の同盟へ」と題する演説を行った。 その中で安倍氏は、歴史認識に関し「戦後の日本は先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻んだ」と表明した。
 ただ今尚、安倍氏は「戦後70年安倍談話」に於いて「村山談話」を継承するか否かを明確にしていない。 安倍首相の歴史認識をめぐり警戒を緩めていない中韓はもちろん、米国の懸念を払拭したとは言い難い。 (以上、ネット上“ワシントン時事”より引用。)


 「原左都子エッセイ集」バックナンバーに於いて、私は日本国憲法に関し“護憲派”であることを幾度か公開している。
 その我がスタンスが普遍である事を最初に明記した上で、日本国憲法に関する私観を当エッセイ集にて展開させて頂くのが本日の趣旨である。

 
 今回のエッセイは、全面的に朝日新聞2015.4.7付夕刊記事、作家 池澤夏樹氏による“終わりと始まり”「主権回復のために 左折の改憲 考える時」を参照させて頂く事を、事前にお断りしておく。 

 早速、池澤夏樹氏による上記朝日新聞記事内容を以下に要約させて頂こう。

 このところ、戦争責任を認めた村山談話が議論の対象となっている。 あれは屈辱的との意見もあるが、それを言うならこの70年、外交だけでなく内政も含めて屈辱的だったのは米国との関係ではなかろうか。
 安倍政権の問題点は集団的自衛権に見る通り、ひたすら米国追従に邁進するところだ。 ナショナリストと見える安倍政権は実はアメリカニストであり、強い日本は強いアメリカの属国を目指す。
 辺野古に基地を造らせないと沖縄県民が言っても、米国が造ると言えば日本政府には反論の権限がない。 日本政府とは空疎な発言を「粛々と」繰り返して暴力的に建設を進めるしかない。  ドイツに倣って原発を廃止しようと思っても、日米原子力協定の下ではその権限が日本にはない。
 日本に於ける国家の最高法規は憲法であり、その下に他国との間で交わされる条約がある。そのまた下に、法律・条例がある。 ところが日本国憲法に関しては、米国がらみの課題について最高裁が「統治行為論」との詭弁により責任を放棄してしまった。 それ故に事実上、日米安保条約が日本国憲法の上位にある。 つまり、この国はおよそ主権国家の体を成していない。 その事態が戦後60年続いてきた。
 ナチス・ドイツが進撃を続けている時期に、日本国憲法制定の経緯起源である1941年制定「大西洋憲章」が「世界のすべての国民が武力の使用を放棄するようにならねばならない」と定めた。 その文言をそのまま日本国憲法前文及び第9条が引き継いでいる。 これは理想主義だったからこそ、現実がそれを裏書する事が出来なかった。
 戦争に勝ったのは「国連軍」であり、それ故日本は今でも「国連」(=戦勝国連合)にとっては敵国のままだ。 故に我々は今もって敗戦国であり、条約と法律体系がそれを反映している。 国家主権を確立した独立国でないのだ。 
 それでも、我々は日本国憲法をGHQが作った事実を認めざるを得ない。 その一つの理由として挙げられるのは、(特に人権条項に於いて)到底当時の日本人には書けない良いものだったからだ。 護憲派とは、これぞ良しとして、その実GHQが密室で書いて日本に受け入れを強要した事実を“なかった事”にしてきた。 言ってみれば、「右折」の改憲を止めるために直進と言い張って来た。
 しかし今は、もう「左折」の改憲を考える時かもしれない。 改正憲法に「施行後、外国の軍事基地、軍隊、施設は国内の如何なる場所に於いても許可されない」との条項を入れれば、日本国内から米軍基地は一掃され、日本は国家主権を回復出来る。 それを実現したフィリピンの実例もある。 さあ、日本はどうするか。
 (以上、朝日新聞夕刊4月7日付 文芸・批評 “終りと始まり” 池澤夏樹氏による「主権回復のために 左折の改憲 考える時」より、原左都子が多少アレンジしつつ要約引用させていただいたもの)


 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 安倍政権による「集団的自衛権」等々憲法改正に向けた急激かつ理不尽な動きに対抗する場合、“護憲派”として如何なる反論を展開するべきか??
 その根本思想を提示してくれたのが、上記池澤夏樹氏によるコラム内容である。
 池澤氏が記されている通り、そもそも「日本国憲法」が制定されるに至った歴史認識から紐解くべきであったと反省させられる。

 何故、安倍氏が現在“アメリカニスト”として暴走し、米国の属国化を目指す現実なのか!?
 辺野古基地移設問題とて、安倍氏の“米国属国化思想”に元を辿る事が可能だ。
 福島原発事故との世界を震撼させる原子力事故を我が国は経験しておきならが、未だに安倍氏が「原発推進」を主たる政策として高らかに掲げるのも、要するに「日米原子力協定」に従っての行動に他ならない。
 しかも「日米安保条約」こそが実質的に「日本国憲法」の上位に位置するありさまが、戦後60年に渡り続いて来た惨憺たる現状…… 

 少し救いになるのは、米国とて時代の変遷に翻弄されつつ新たな時代を模索している現実だ。 
 時の首相安倍晋三氏が時代遅れ感覚で、いくら“アメリカニスト”として米国に迎合しヘラヘラした態度を取り続けようが、カネだけバラ撒けば米国が“日本贔屓”を続行した時代など、残念ながら当の昔に終焉している。 米国の視線は、(迎合力のみ強固な敗戦国日本を僕として利用しつつも)既に現世界に於いてもっと経済発展を成し遂げそうな他国に向いている事は確かだ。
 その事実こそを、安倍政権はもはや早めに認識し直すべきだろう。

 明日「憲法記念日」を迎える我が国だが、私個人としてはこのまたとない「日本国憲法」を敗戦をきっかけに米国から与えてもらった事実に(その歴史的経緯はともかく)、将来に渡り感謝し続けたい思いだ。

 何が何でも、この“平和憲法”を守り抜きたい所存だ!