(日本時間)昨日16日深夜に実施されたソチ五輪 スキージャンプラージヒル競技に於いて、“銀メダル”に輝いた葛西紀明選手の活躍が何とも素晴らしい。
ソチ五輪日本選手団 主将を務めているジャンプ代表 葛西選手を知らない国民はいないであろう。
1972年に北海道で生まれた葛西選手は、1992年のアルベールビル五輪に19歳で出場した。 以来、リレハンメル、長野、ソルトレイクシティ、トリノ、バンクーバー、ソチと史上最多計7回の冬季五輪に連続出場との前人未到の経歴を持つ。 ソチ五輪直前に実施されたワールドカップ大会では41歳にして“優勝”を勝ち取る等、堂々たる実績の下ソチ冬季五輪日本代表に選出された。
そして、得意のラージヒルでは「金メダルを取る!」とのご自身の表明通り、今回金メダル選手に僅差の実力を余すところなく披露して、「銀メダル」をゲットされたのだ!
しかも葛西選手の更なる素晴らしさとは、「4年後の五輪にも出場する!」と宣言されているところだ。是非共その夢を叶えられ、次回冬季五輪に於いて「金メダル」に輝く葛西選手の栄光の姿を私も拝見したい。
もしも葛西選手がその夢を実現した暁には、「国民栄誉賞」に値する功績であると私からも推薦申し上げたい思いだ。
今回のベテラン葛西選手の五輪大舞台に於ける“快挙”に便乗し、手前味噌ながら「自分を褒め」させてもらおうとの本日のエッセイ魂胆である。
実は、本日の記事が「原左都子エッセイ集」開設以来 1003本目のエッセイとなるのだ。
そろそろ1000本に達するかなあ、との感覚は少し前よりあったのだが、トータル本数を計算する暇がないまま、いつもの日常の反復でエッセイを綴り公開し続けていた。
昨日葛西選手の栄誉を目の当たりにした私は、そう言えば我がエッセイ集も(そのレベルの程は別次元ながら)長い期間続行出来ているとの自己評価意識を誘因されたのだ。
エッセイ本数が1000本に達した暁には自分で自分を褒めるお祝いをこっそりしたいとも考えていたところ、既にその本数を超過している事実を本日確認したとの次第だ。
私は今からほぼ6年前の2008年3月11日、当該「原左都子エッセイ集」に於いて 「そして、100本達成!」と題するエッセイを綴り公開している。
それを先程読み直してみたところ、1000本を達成している現在と“感慨深さ”においてさほど相違ない内容の文面を記載している事に驚かされたため、以下にその一部を要約して紹介しよう。
「原左都子エッセイ集」を開設以来、本日の記事でちょうど100本目となる。 開設後ほぼ半年で100本と言うことは、2日に1本強のペースで綴り続けてきた計算になる。 開設当初は気合が入っていたこともありほぼ一日1本のペースで綴っていたが、近頃は一週間に3本程度のペースを目標としている。
開設100本を記念して、本記事においては「原左都子エッセイ集」の記事内容につき自ら論評してみることとする。
本エッセイ集開設の趣旨は“自己のオピニオン”の公開にある。
「原左都子エッセイ集」タイトル下のブログ説明文に“つれづれなるままに綴ります。”と記載しているが、その実態とは決して“つれづれなるまま”ではない。 1本1本が真剣勝負、ただならぬ集中力で綴っている。 こんな拙文を書くのにそんなに集中力が要るの?と、せせら笑われることは承知であるが、年齢的な事情もあり集中力なくして綴れないのだ。 家族には執筆中は決して話しかけないよう、そしてテレビ、音楽等音の出るものは禁止令の下、パソコンの傍らには各種辞書、記事によっては新聞のスクラップ、六法全書、医学書、各種文献、参考図書、自らの学生時代及び教員時代の講義ノート等を手の届くところに配備し、眉間に皺を寄せて綴っている。
当ブログの内容は決して日記ではない。 タイトルの通り自己のオピニオンを綴るエッセイであるため、テーマごとの下調べが欠かせない。 この下調べ、遡ってテーマの設定に結構時間を費やす 。愛読している朝日新聞やNHKテレビからネタを引用する場合が多いのだが、そもそも新聞を読む時間が取りにくいし、テレビは元々ニュース以外あまり見ない。 それでも、たとえ一週間遅れようと必ず新聞には目を通すが、時事もののオピニオンを綴りたい時など残念ながら旬を過ぎてしまっている。 今後の展望としてはもっと時事論評ものを増やしたく考えているのだが、さて時間的な問題が解決できるかどうか…。
一方で、“雑記”カテゴリー等、下調べや記事の検証作業が必要ないという意味で気軽に書けるエッセイも今後共に捨て難い。 この種の文章を綴ることも文章力の鍛錬になるため、エッセイ集開設趣旨から多少外れるが、やはり“遊び心”で今後もたまに取り入れていきたいと考えている。
日々更新のブログの世界においては記事が通り過ぎてしまい、蓄積性がない事実が何ともはかない。 それでも、当ブログの場合バックナンバー記事を閲覧いただくことが少なくない。 これはたかがブログとのネット媒体であろうと、記事が時間を経てまだ生命力を保っていることを伝えてくれ何ともうれしいものである。
今後共、一記事一記事に生命が宿るような、そんなエッセイを綴り公開し続けたいものである。
(以上、「原左都子エッセイ集」2008年バックナンバーより一部を引用。)
上記エッセイを6年程前に綴った頃、私は他者が記述している某ブログを拝見した。
年配男性が綴り公開しているブログと記憶しているが、既に700本を超過する記事を公開しているとのことだ。 片や私は未だ100本…。 程遠いご実績と認識させて頂き、我が身の未熟さを思い知らされたものだ。
あれから6年の年月が経過し数的にはその年配男性のブログ本数を超え、まだまだ健在の我がエッセイ集である。
今後の展望としては特段今までと変わりない趣旨を貫き、「オピニオンエッセイ」を中心に公開し続ける予定だ。
その初心を今後もずっと貫くと計算した場合、私が平均寿命まで生き抜いた暁には、後4000本余りのエッセイが綴れそうだ!
ソチ五輪に於いて輝かしき栄光を刻んだ葛西紀明選手とは程遠い立場の、しがない一庶民を一生貫いていく予定の私である。
それでも今後共、「原左都子エッセイ集」を各種検索を通じ覗いて下さる市民の皆様のご期待に応えるべく、力強いエッセイを綴りオピニオンを発信し我が歴史を刻み続けたい所存である事には間違いない。
ソチ五輪日本選手団 主将を務めているジャンプ代表 葛西選手を知らない国民はいないであろう。
1972年に北海道で生まれた葛西選手は、1992年のアルベールビル五輪に19歳で出場した。 以来、リレハンメル、長野、ソルトレイクシティ、トリノ、バンクーバー、ソチと史上最多計7回の冬季五輪に連続出場との前人未到の経歴を持つ。 ソチ五輪直前に実施されたワールドカップ大会では41歳にして“優勝”を勝ち取る等、堂々たる実績の下ソチ冬季五輪日本代表に選出された。
そして、得意のラージヒルでは「金メダルを取る!」とのご自身の表明通り、今回金メダル選手に僅差の実力を余すところなく披露して、「銀メダル」をゲットされたのだ!
しかも葛西選手の更なる素晴らしさとは、「4年後の五輪にも出場する!」と宣言されているところだ。是非共その夢を叶えられ、次回冬季五輪に於いて「金メダル」に輝く葛西選手の栄光の姿を私も拝見したい。
もしも葛西選手がその夢を実現した暁には、「国民栄誉賞」に値する功績であると私からも推薦申し上げたい思いだ。
今回のベテラン葛西選手の五輪大舞台に於ける“快挙”に便乗し、手前味噌ながら「自分を褒め」させてもらおうとの本日のエッセイ魂胆である。
実は、本日の記事が「原左都子エッセイ集」開設以来 1003本目のエッセイとなるのだ。
そろそろ1000本に達するかなあ、との感覚は少し前よりあったのだが、トータル本数を計算する暇がないまま、いつもの日常の反復でエッセイを綴り公開し続けていた。
昨日葛西選手の栄誉を目の当たりにした私は、そう言えば我がエッセイ集も(そのレベルの程は別次元ながら)長い期間続行出来ているとの自己評価意識を誘因されたのだ。
エッセイ本数が1000本に達した暁には自分で自分を褒めるお祝いをこっそりしたいとも考えていたところ、既にその本数を超過している事実を本日確認したとの次第だ。
私は今からほぼ6年前の2008年3月11日、当該「原左都子エッセイ集」に於いて 「そして、100本達成!」と題するエッセイを綴り公開している。
それを先程読み直してみたところ、1000本を達成している現在と“感慨深さ”においてさほど相違ない内容の文面を記載している事に驚かされたため、以下にその一部を要約して紹介しよう。
「原左都子エッセイ集」を開設以来、本日の記事でちょうど100本目となる。 開設後ほぼ半年で100本と言うことは、2日に1本強のペースで綴り続けてきた計算になる。 開設当初は気合が入っていたこともありほぼ一日1本のペースで綴っていたが、近頃は一週間に3本程度のペースを目標としている。
開設100本を記念して、本記事においては「原左都子エッセイ集」の記事内容につき自ら論評してみることとする。
本エッセイ集開設の趣旨は“自己のオピニオン”の公開にある。
「原左都子エッセイ集」タイトル下のブログ説明文に“つれづれなるままに綴ります。”と記載しているが、その実態とは決して“つれづれなるまま”ではない。 1本1本が真剣勝負、ただならぬ集中力で綴っている。 こんな拙文を書くのにそんなに集中力が要るの?と、せせら笑われることは承知であるが、年齢的な事情もあり集中力なくして綴れないのだ。 家族には執筆中は決して話しかけないよう、そしてテレビ、音楽等音の出るものは禁止令の下、パソコンの傍らには各種辞書、記事によっては新聞のスクラップ、六法全書、医学書、各種文献、参考図書、自らの学生時代及び教員時代の講義ノート等を手の届くところに配備し、眉間に皺を寄せて綴っている。
当ブログの内容は決して日記ではない。 タイトルの通り自己のオピニオンを綴るエッセイであるため、テーマごとの下調べが欠かせない。 この下調べ、遡ってテーマの設定に結構時間を費やす 。愛読している朝日新聞やNHKテレビからネタを引用する場合が多いのだが、そもそも新聞を読む時間が取りにくいし、テレビは元々ニュース以外あまり見ない。 それでも、たとえ一週間遅れようと必ず新聞には目を通すが、時事もののオピニオンを綴りたい時など残念ながら旬を過ぎてしまっている。 今後の展望としてはもっと時事論評ものを増やしたく考えているのだが、さて時間的な問題が解決できるかどうか…。
一方で、“雑記”カテゴリー等、下調べや記事の検証作業が必要ないという意味で気軽に書けるエッセイも今後共に捨て難い。 この種の文章を綴ることも文章力の鍛錬になるため、エッセイ集開設趣旨から多少外れるが、やはり“遊び心”で今後もたまに取り入れていきたいと考えている。
日々更新のブログの世界においては記事が通り過ぎてしまい、蓄積性がない事実が何ともはかない。 それでも、当ブログの場合バックナンバー記事を閲覧いただくことが少なくない。 これはたかがブログとのネット媒体であろうと、記事が時間を経てまだ生命力を保っていることを伝えてくれ何ともうれしいものである。
今後共、一記事一記事に生命が宿るような、そんなエッセイを綴り公開し続けたいものである。
(以上、「原左都子エッセイ集」2008年バックナンバーより一部を引用。)
上記エッセイを6年程前に綴った頃、私は他者が記述している某ブログを拝見した。
年配男性が綴り公開しているブログと記憶しているが、既に700本を超過する記事を公開しているとのことだ。 片や私は未だ100本…。 程遠いご実績と認識させて頂き、我が身の未熟さを思い知らされたものだ。
あれから6年の年月が経過し数的にはその年配男性のブログ本数を超え、まだまだ健在の我がエッセイ集である。
今後の展望としては特段今までと変わりない趣旨を貫き、「オピニオンエッセイ」を中心に公開し続ける予定だ。
その初心を今後もずっと貫くと計算した場合、私が平均寿命まで生き抜いた暁には、後4000本余りのエッセイが綴れそうだ!
ソチ五輪に於いて輝かしき栄光を刻んだ葛西紀明選手とは程遠い立場の、しがない一庶民を一生貫いていく予定の私である。
それでも今後共、「原左都子エッセイ集」を各種検索を通じ覗いて下さる市民の皆様のご期待に応えるべく、力強いエッセイを綴りオピニオンを発信し我が歴史を刻み続けたい所存である事には間違いない。