高校時代の友人で歯科医だった男性は60歳のとき、歯科医院を閉院しました。以来、十数年、外国を含め旅行を楽しむ生活を続けています。それまでに蓄えた資金を使うとともに、株式に投資し小遣い銭を稼いでいるそうです。
後期高齢者になった男性は晩酌を飲みながら「俺もたいした男ではなかったなあ」とつぶやきました。すると、そばの奥さんがびっくりした顔で「あなた、自分がたいした男と思っていたの」と声を上げました。
男性は「まいったよ、かあちゃんにそんなことをいわれて」と振り返ります。
この話を聞いて、男性が自らを見る目と妻である女性の見方の違いがわかって、私は興味深く感じました。
「社会的な生物」といわれる男性は自分の置かれている立場を考え、相手との距離を測って行動することが多いとされます。そこでは「たいした男」という自己認識が一つの基準になります。
その点、女性は男性社会の中ではさまざまな壁があり、挫折の数も多いため、そんな意識が少ないのでしょう。
私の父が繰り返し言っていたのが「この家は売らんといてな」でした。大正生まれの父は、自分の家を建てることが「一人前の男」のあかしと考えていたようです。転勤族の私は、家にこだわる父が理解できませんでしたが、一人前の男として認めてもらいたいという父の自尊心が高齢者になって少しわかった気がしてきました。