団塊タケちゃんの施術日記

一人二人生の旅立ち

けがに泣いた栗田聡さんのプロ野球生活

2017-02-28 10:26:35 | 健康・病気

プロ野球選手初の理学療法士になった栗田聡さん(52)は1986年、広島東洋カープからドラフト1位指名され、入団しました。ノンプロ三菱重工神戸の左腕エースとして活躍し、切れの良い速球と大きく曲がるカーブで「大野豊2世」と期待されていました。

ところが、入団後、肘、膝、頸などを次々と故障し、1軍登録のないまま、1990年自由契約となります。故障も回復し、翌91年、近鉄バッファローズに移籍しますが、ここでも1軍登録のないまま、その年、引退しました。

兵庫県立明石高校、三菱重工神戸のエースとして活躍した栗田さんにとって、実力をまったく発揮できないまま、プロ野球生活を終えなければならなかったのです。小学校、中学校ではエースで4番という、ずば抜けた身体能力を持ち、高校野球、ノンプロと華々しい球歴を持つ栗田さんにとって悔やんでも悔やみきれないプロ野球生活だったことでしょう。

プロ野球を目指す選手たちは中学、高校では、勉強より練習という生活を送っています。柔道整復師の専門学校では、プロ野球の夢が破れた同級生が何人かおりましたが、中学校のテストは名前を書いただけで合格点をもらったといいます。高校は監督枠で合格し(県立進学高校にも監督枠があることを知りました)、高校では練習中心です。

栗田さんがどんな高校生活を送ったかは知りませんが、学習に割く時間はほとんどなかったと推察します。それだけに、人生で初めてといってよいほどの猛勉強の結果、理学療法士に合格しました。自らがけがで泣いただけに、けがした選手たちの快復には力を尽くしました。多くのプロ野球選手、とりわけけがが多い投手を復帰させました。そのモットーは「リハビリは地道で長くてつらいもの」だそうです。

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プロ野球選手初の理学療法士、栗田聡さんのトレーナー力に感嘆

2017-02-27 09:31:08 | 健康・病気

プロ野球選手で初めて理学療法士となり、後輩の選手や高校球児、野球少年らのトレーナーとして活躍している栗田聡さん(52)らの講演・実技「投球動作におけるスムーズな運動連鎖の破たんー帰納的推論における指導の是非」が母校の明治東洋医学院専門学校であり、聞いてきました。

栗田さんは左腕投手として鳴らし、兵庫県立明石高校から三菱重工神戸に進み、広島東洋カープにドラフト1位で指名されました。広島に1987年から90年まで在籍し、翌91年に近鉄バッファローズに移籍し、その年引退しました。

その後、関西医療学園専門学校で理学療法士としての勉強に励み、98年にプロ野球選手として初めて理学療法士になりました。近鉄、ヤクルトのコンディショニングコーチ、フィジカルディレクターとして選手たちのトレーニング指導、けがの予防、リハビリなどを担当しました。今は、野球少年らを中心としたトレーニング教室・栗田塾を主宰しています。

運動理論に自らの体験を重ねたトレーニング指導には定評があり、栗田さんの指導でけがから復活したプロ野球選手は多数おり、厚い信頼を寄せているといいます。講演・実技では、トレーナーとしての力量を身をもって示してくれました。その理論も実に説得力がありました。

でも、理学療法士になった動機は語られませんでした。プロ野球にドラフトされるほどの力量のある選手は、中学・高校時代は練習中心の生活で、勉強は二の次三の次だったでしょうから、専門学校での勉強はさぞ厳しかったことでしょう。

プロ投手としての経歴を見て、なぜ理学療法士を目指したのかがわかりました。そのことは次回に。

 

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ひばりの歌は、おしゃべりを黙らせる

2017-02-24 10:29:45 | 健康・病気

私が後悔している一つに、昭和の歌姫、美空ひばりさんの公演を聞きに行かなかったことがあります。それで、秘蔵映像で美空ひばりさんの歌を上映するほか、大月みやこさん、市川由紀乃さん、由紀さおりさんがひばりさんの歌を歌いあげる「美空ひばり劇場」が4日間限定で新歌舞伎座で公演したので、聞きに行きました。

歌唱力のある3人の歌手が歌うひばりさんの歌もよかったですが、映像で見る本人の歌はさすがに素晴らしいものでした。ひばりさんの生誕80周年を記念した公演でした。ひばりファンが多数来られていましたが、おばあさんが8割、おじいさんが1割、残りが中年以下という構成でした。階段を上がるのもやっという人も目立ち、杖の人も目につき、ひばりさんが亡くなって28年という年月を感じました。

私の隣は70代後半と思われるおばあさん2人でした。「足が悪うなったら、新歌舞伎座に来れなくなるからできる限り来ようね」と話していました。公演に感情移入するのか、由紀さんのきらめくドレスを見ると「スパンコールがきれいね」、ひばりさんの最後の舞台の映像が流れると「点滴を打ちながら、歌ったのよ」とおしゃべりが入ります。

こういうファンがひばりさんを支えてきたのだと思いました。ひばりさんが涙ながらに歌いあげた「悲しい酒」が上映されると、おしゃべりがぴたりと止まりました。「ピッチ(音程)がきちっと合った、ひばりさんの情感のこもった、のびややかな歌唱力」(由紀さおりさん)は、聴衆が耳をそば立てる力がありました。

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血糖値を下げようとかかと落とし

2017-02-23 09:43:24 | 健康・病気

NHKテレビの「ためしてガッテン」を見ていたら、骨ホルモン(オステオカルシン)が体内の様々な臓器を活性化させていることが最近の研究で明らかになった、と放送していました。とりわけ、血糖値を下げる効果が高いといいます。

過去1か月間の血糖値を調べるHbA1Cがやや高めになっただけに、関心を持ってテレビを見つめました。骨ホルモンは放出されると、脳や肝臓、すい臓、腎臓などさまざまな臓器を活性化させるそうです。加齢に伴い、脳もいささかくたびれてきて、物忘れが目立ってきています。また、長年の飲酒で肝機能も弱ってきています。

骨ホルモンは、骨を上手に刺激すると、ドバっと出てくるといいます。その方法を聞いて、うれしくなりました。これなら、私でもできます。

かかと落としです。姿勢をよくしてゆっくり真上に伸び上がり、ストンと一気にかかとを落とす。これを1日30回以上行います。毎日、続けて行うことが大切といいます。

整骨院の大きな鏡の前で、姿勢を正したあと、30回のかかと落としを始めました。3月8日の人間ドックで、HbA1Cの値がどう出るか、を楽しみに続けることにしています。

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「えらいこっちゃ、歩けんようになった」

2017-02-21 10:27:26 | 健康・病気

車いすに乗った80代半ばの男性、ヘルパーの男性に押されてデイケアセンターのワゴン車のリフトに乗せられ、車に乗り込みました。この男性はつい最近まで、自分の足で歩いていたのです。ワゴン車に乗る前に会ったとき、男性は「えらいこっちゃ、歩けんようになった」と私に向かって言いました。

男性は借家を何軒か持っており、80代になっても家賃の受け取りに出かけるほど足は達者でした。それが、ここ1年余りで急激に体力が衰えたといいます。一番の原因は、肺炎で三回も緊急入院したことでした。そのつど数週間の入院生活を送ったことで、脚の衰えが目立ってきました。

病院では、筋力の衰えを防ぐリハビリ訓練はしなかったそうです。退院後は、努めて歩くことを心がけようとしたのですが、少し歩くと息が切れるありさまで、続きませんでした。

それで、自転車で出歩くことにしたのですが、今度は段差で転倒し、手足に打撲傷を負いました。自転車に乗るのも怖くなり、家で過ごす時間が増えました。

ここから車いすになるまでの時間は思った以上に早かったといいます。次にお会いしたときは、車いすでした。再び歩けるようになるのは、年齢から考えても難しいかもしれません。

デーサービスセンターでは、男性が体力を維持する運動に熱心に取り組んでいると聞いています。再び、自分で歩くことができる日が来ることを祈っています。

 

 

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