文芸・映画評論家の川本三郎さん(78)の「いまも、君を想う」(新潮社、2010年5月発行)を読んでいたら「フリーの物書きになった30代のはじめの頃、ある雑誌に匿名の映画コラムを連載で書いていた。匿名をいいことによく映画の批判を書いた。エラソーでいま思うと恥ずかしくなる」という文章に目がとまりました。
続けて「ある時、家内が言った。『匿名で人の悪口を書くなんてよくないわよ。あなたいつも言っているじゃない。西部劇の悪人は、丸腰の相手を撃つって。それと同じじゃない』。その通りだと思った。それから、気に入った映画、好きな映画のことだけを書くようになった」。
SNSでは、匿名の批判、非難、中傷があふれ返っていますこれも匿名だからこその悪口雑言です。新聞社には「アホ、バカ」で始まる匿名の罵詈罵倒の電話がよくかかってきます。
それも深夜にかかってくることが多い。泊まり勤務のとき、私が受けた男性の電話はいきなり「お前の新聞社はアホか」で始まりました。抗議の内容は覚えていませんから、たいしたことではなかったと思います。
こちらの説明は聞こうとせず、罵詈雑言の連続です。かなり酔っている様子でした。締め切り間近であることを告げ、折り返しこちらから電話をするというと、なぜか自宅の電話番号を告げました。
締め切りが終わった後、教えられた電話番号に電話をすると、男性は「はい、はい」と繰り返すばかりで、「アホ、バカ」の連発だったさっきまでの態度とまったく異なっています。電話番号を知られたことで、匿名ではなくなったと考えたのでしょうか。
あまりの態度の変化にびっくりすると同時に、「匿名の凶暴さ」を思い知らされた電話でした。