団塊タケちゃんの施術日記

一人二人生の旅立ち

自転車に乗ることができた喜び

2012-05-31 09:43:05 | 社会・経済

近くの公園で、小学校低学年と思われる女の子が自転車の練習をしていました。子ども用の自転車に乗り、お父さんが後ろの荷台を両手で押さえています。「離したらあかんよ」と女の子が叫び、お父さんが「分かっているよ」と言って押していきます。女の子はペダルを漕ぎ出し少し進むと、お父さんは手を放します。自転車は転んだり、女の子が足を着いたりして「離したらあかん、というたのに」といいながら、また自転車を漕ぎはじめます。こうした繰り返しで子どもたちは自転車に乗れるようになっていきます。

タケちゃんが子どものころ、子ども用の自転車を持っている人は周囲に一人もいませんでした。子ども用自転車は貸し自転車屋が所有しており、利用料は1時間で50円でした。小学生の1日の小遣いは10円でした。5日分の小遣いを貯めて子ども用自転車を借りる友達は全くといってよいほどいませんでした。ただ一人、染色工場の息子の同級生が1日50円の小遣いをもらっており、その子だけが自転車を借りて乗り回し、すぐに自転車に乗れるようになりました。

同級生の何人か、は親が持つ大人用の自転車を三角乗りといって、片脚を三角のフレームの間に入れてペダルにかけ、乗りこなしていました。当時の自転車はフレームが今ほど丈夫でなかったので、三角のフレームが一般的でした。運動神経の鈍いと思い込んでいた私は、三角乗りで自転車に乗れるようになるのは、とても無理とあきらめていました。小学校高学年になるにつれて、同級生の男女が次々と自転車に乗れるようになるのを見て、正直あせりました。

6年生になった時、隣の家に5年の男の子、4年の女の子がいる一家が引っ越してきました。男の子は子ども用自転車を持っていました。その男の子と仲良くなった私は夏休みに自転車を借りる約束をしました。その夏休みの最大の目標は「自転車に乗れるようになること」でした。

朝の広場で練習を重ねました。両足が着く子ども用でしたから上達は早かったように思います。少し乗れるようになると人通りの少ない道路でペダルを漕ぎました。転ばないで乗れるようになった時の喜び、本当にうれしかったです。

自分の子どもから「自転車がほしい」といわれたとき、私は即座にOKを出しました。私たち親子4人はいま、全員が自転車通勤です。

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逃げてはダメです!

2012-05-29 09:51:53 | 社会・経済

整骨院のシャッターと看板の雑巾がけをしていたとき、「ドスン」という音がしたので見ると、自転車の若い女性が倒れ、買い物のポリ袋が散らばり、ワゴン車が停まっていました。交差点で青信号を自転車で走っていた女性と、反対方向から左折しようとしたワゴン車が接触したか、自転車がよけようとして転んだらしい。近くの男性2人と年配の女性が近寄り、散らばったポリ袋を拾い上げ、自転車の買い物かごに入れていました。自転車の女性は立ち上がり、道路わきに自転車を移動させました。

ワゴン車の男性が降りてきて、女性に「大丈夫ですか」と言いました。車は停めたままです。小柄でやせており、前頭部が禿げ上がっていましたから、50代以上と思われます。女性のところにしばらく立っていましたが、そのうち車に戻り、バックしたあと、赤信号だったのに直進して走り去ってしまいました。年配の女性が「名前を聞いていた方がよいよ」と自転車の女性に話しかけた直後のことでした。

「あっ、逃げやがった」と男性が叫んで携帯電話で110番をしたようです。ワゴン車の男性は、女性にけががなかったと思ったのでしょうが、交通事故を起こして逃げてはいけません。しばらくして、パトカーが到着しました。自転車の女性、男性2人、年配の女性から事情を聴いていました。マンションの自宅から事故を目撃した高齢の男性も出てきて、警官に事故情報を申告していました。自転車の女性への事情聴取は約3時間に及びました。

当て逃げ(自転車の女性がけがをしていたらひき逃げという重罪です)のような措置義務違反をすると、反則金ではすみません。免許証の停止・取り消し処分、悪質と判断されたら逮捕されることも覚悟しなければなりません。職場を失う事態になりかねません。ワゴン車の男性に、そんな覚悟があったとは思えません。自転車が倒れ、女性が投げ出されましたが、「けがもないようなので、よかった」と軽く考えたのでしょうか。

もし、私が車を運転していてこのような事故を起こしたら、自分から110番しようと改めて思いました。

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会社人生で恵まれた人たち

2012-05-28 10:18:51 | 健康・病気

団塊世代の私も「良い会社人生」を送れたと考えますが、私たちのずっと上の世代の人たちはさらに「恵まれた会社人生」でした。前の会社のOB・OG会に参加して、先輩たちの元気な様子をみて、そう感じました。高度成長とともに会社の業績が上がり、それと同時に給料もぐんぐん上がった時代です。生活の質も着実に向上しました。住んでいるところ一つをみても、共同トイレ、共同風呂のアパートから、個別の風呂、トイレがある文化住宅、マンション、そして戸建て住宅に移っていきました(私はマンションで止まりましたが‥)。

企業広告も目に見えて急増した時代です。広告を担当していた先輩たちが「割の悪い広告を断るのが仕事だった」と話しているのを聞くと、広告事情が厳しくなった現在からみると、まさに隔世の感があります。広告取りに走り回る、今の社員の人たちは「信じられない」と絶句することでしょう。

年金など退職後の待遇では昭和8年から13年生まれが最も恵まれていた、と聞いたことがあります。子ども時代に戦争に遭遇し、苦労した面はありますが、定年後の待遇に限ると、年金と雇用保険がまるまるもらえたからです。その後、年金の完全支給は65歳に段階的に引き上げられます。雇用保険も年金の額によって減額されます。

会社の子会社など関連会社も多く、関連会社を渡り歩いて給料をもらっていた先輩から「退職金は手つかずで銀行に預けました」と聞いたとき、ほんまに良い時代やったんや、とうらやましく思いました。

そして、現在です。「失われた20年」が過ぎても、デフレがいっこうに改善されず、景気回復の糸口すら見えません。雇用状況は「氷河時代」が続きます。「食い逃げ世代」といわれる団塊の一人として、若い人たちには「知恵を絞って乗り切ってください」としかいえないのが残念です。

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口は達者でも足腰は弱ります

2012-05-27 09:25:02 | 健康・病気

前に勤めていた会社のOB・OG会が大阪市内のホテルであり、数年ぶりに参加しました。先輩から会う早々、「肥えたのとちゃう」といわれ、3キロほど増えただけに、少し絞らなくてはと反省させられました。OB・OG会ですから、現役組を除けば、どなたも60歳以上です。任意参加で会員は951人で、うち80歳以上が375人と40%を占める「超高齢社会」です。

当日は240人が出席しました。懐かしい顔に沢山会ってきましたが、先輩のみなさんは口は達者で、毒舌は相変わらず鋭く、会社にも社会にも厳しい意見が飛び交っていました。でも、年を重ねた分だけ足腰は弱ってきているようです。立食パーティーだったのですが、30分もしないうちに壁の周りに置かれた椅子に座る人たちが目立ってきました。

先輩のみなさんと歓談していて「へっ」と思ったのは、みなさんの目線が文字通り低くなっていたことでした。かつては私より背が高く、私を見下ろしていた人たちの目線が同じ高さなのです。「背が5㎝も縮んだよ」という先輩を見ると、すごい猫背になっていました。年を取ると、椎間板の水分が少しずつ減っていきますから、身長が少し低くなりますが、5㎝も減ることはありません。

僧帽筋や菱形筋、肩甲挙筋などの肩周りの筋肉、腹筋が弱くなり、猫背が進み、それらの筋肉が硬縮したのです。筋肉は使わなければ、硬くなって縮んできますし、拮抗筋といって反対の動きをする筋肉はゆるんで伸びてしまいます。

先輩たちの体形の変化を見て、硬縮した筋肉はストレッチで伸ばし、ゆるんで伸びた筋肉は鍛え直そうと、改めて感じたタケちゃんでした。

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ストレスで発症する顎関節症

2012-05-26 09:24:31 | 健康・病気

母が心筋こうそくで急死し、東京の自宅にすぐに駆けつけ、通夜・葬儀を終え、1週間ほどたった朝、突然右あごの関節がガクガクいうようになりました。関節雑音が発症する顎関節症です。通夜・葬儀から1週間は、泣いている暇もないほどあわただしい毎日でした。葬儀場の手配、お坊さんへの連絡、親類・縁者、知人らへの電話連絡、区役所への死亡通知と火葬証明書の交付などなど。高齢の父は母の死を受け止められない心境で、各種の手続きができる状態ではありません。2008年11月のことでした。母は83歳でした。

火葬を終え、自宅で初七日の法要を営んだ後、区役所で国民年金給付停止の手続き、会葬御礼の手続きも終了し、一段落をしたときでした。朝、起きて、大きく伸びをしたところ、右のあごの関節がガクッと鳴りました。でも、口の開閉時の痛みや開口制限などの症状はありません。

顎関節症は歯の噛み合わせが悪かったり、歯ぎしりがひどかったりすると起こります。私は咬合の異常もなく、歯ぎしりも滅多にしません。どうして発症したのかが、理解できません。柔道整復学の教科書で、発生機序を読んだら「精神的なストレスが誘因となる」とありました。納得しました。長男なので気丈に務めなければ、と通夜・葬儀をはじめ、諸々の手続きを着実にこなしましたが、母の死がやはり大きなストレスになっていたのです。

歯の定期検査をした際、歯科医の先生に尋ねると、顎関節症にかかった人の2割は痛みも開口制限もないので、とくに治療をする必要はありません、とのことでした。

今以上、症状が進まないよう、顎関節の開口運動を続けています。左右のあごの関節に親指を当て、ゆっくりと口を開き、そして閉じます。あごを左右にも動かし、顎関節の動きを滑らかにします。今のところ、痛みは起こっていません。

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