団塊タケちゃんの施術日記

一人二人生の旅立ち

ばね指の手術をしたのに、元に戻りません

2015-10-29 10:08:28 | 健康・病気

80代初めの知人の男性は、右手の親指、人差し指、中指の3本を、ばね指の手術をしました。ばね指は、指の使い過ぎから発症し、指の腱と腱を支える腱鞘との間でこすれて炎症が起こります。曲げた指を伸ばそうとすると、ばねが外れたようにカクンと伸びるので、ばね指と呼ばれています。

中高年の女性に多い症状といわれますが、筋肉が老化する高齢者もなりやすいとされています。手術は指の付け根の関節から1センチほどの手首よりの手のひらを1センチほど切り開き、皮下で腱鞘を縦に切開し、腱の通り道を広げます。

先日、男性に会う機会があり、「ばね指は治りましたか」と聞きました。すると「カクンと伸びるのはなくなったが、指が手のひらにつくまで曲がらない。おにぎりを握ったところで止まってしまう。握力も随分、落ちてしまった」と嘆きます。

「お医者さんは、どう説明しているのですか」と尋ねますと、「腱鞘炎じゃないか、ともいいます。でも、もう年なのだから、手術は止めた方がよいとも、いわれました」。ステロイド剤を注射しても改善せず、手術をしても治らなかったわけですから「なんのために手術したのか、わからない」と男性はこぼしました。

痛みはないといいますから、炎症をおこしているのではないのでしょう。筋肉の衰えも原因になっているようです。2週間に1回行う病院でのリハビリは、お湯に手をつけて、血液の循環をよくしているそうです。握力を少しでもつけるため、軟式テニスボールを握る運動を勧めて、別れました。

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急な腹痛、脂汗、悪寒に苦しみました

2015-10-27 09:57:19 | 健康・病気

夜、ビールと焼酎の抹茶水割りの「静岡割り」を飲みながら、ホタテガイのバター炒め、カンパチマグロの刺し身を愉しみ、ごはんをいただいたあと、テレビの音楽番組を見ていたら、お腹が少し痛くなりました。

トイレに入って、下痢状の便が出ると同時に、脂汗が噴き出し、悪寒が全身を覆いました。知人の60代前半の男性が虚血性大腸炎で入院したと聞いた直後でもあり、「これって、虚血性大腸炎?」と心配になりました。差し込む腹痛はひどくなったら、病院へ行こうと考えながら、お腹を温めるため、メリヤスの腹巻をして床に入りました。体温計で計ったら、36.2度です。熱がないので、様子をみることにしました。

翌朝、脂汗、悪寒は治まりました。しぶり腹の感じはありましたが、食欲もありましたので、オレンジジャムを塗ったトースト、豆乳、サラダ、果物を食べて、整骨院に向かいました。パソコンで、虚血性大腸炎を調べますと、大腸粘膜が虚血となり、炎症や潰瘍を生じ、突然の腹痛、下血を発症します。血管に動脈硬化があるところに便秘などが誘因になって起こるとあります。左下腹部の痛み、新鮮血の下血、嘔吐、悪寒、発熱が発症するといいます。

血管の動脈硬化はありますが、下血はなかったし、嘔吐、発熱はなかったので、虚血性大腸炎ではないと確認できました。腹痛も、おへそのしたあたりでしたから、これも違います。

このことを、料理店を営んでいる息子に話したら「ホタテガイをバターで炒めたあとのスープを飲まなかった」と言います。「飲んだよ」と話しますと「炒めたバターは酸化しているうえ、塩、コショウも振っているので、下痢しやすいよ」と答えました。

下痢などの急激な体調の変化があると、脂汗が噴き出すこともわかりました。同じバタースープを飲んだカミさんは異常なしです。動脈硬化の身は、気遣わなくてはならないことがいろいろあるようです。

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老化の兆候が体のあちこちに

2015-10-26 10:09:20 | 健康・病気

ライトブルーのジーパンのお尻のあたりに黄色いしみがついていました。「えっ、これはもしかしたら、ちびり」と一瞬、ドキッとしました。ジーパンを裏返してみたら、右の股間部あたりにも黄じみがついています。アポクリン汗腺によるしみとわかりました。

アポクリン汗腺は、わきの下、会陰部、肛門、乳輪、外耳道などから出る汗で、粘りのある白っぽい色をしています。タンパク質、脂質、糖質、アンモニア、鉄分などが含まれ、これが体の常在菌によって分解されると、黄色に変色し、わきがの特有な臭いを発症します。カミさんに、もみ洗いをすれば汚れは落ちると聞いて、その通りをしたら、黄色いしみはとれました。やれやれ、です。

全身に分布して、汗を出して体温調節をするエクリン汗腺は「さわやかな汗」とされます。ところが、アポクリン汗腺はフェロモンとして異性を引き付ける役割をしていたとされ、臭い物質が含まれています。発汗する場所を考えると、なるほどと思います。しかも、加齢に伴い、アポクリン汗腺からの汗は臭いが強くなるようです。

老人性白斑がも手足に目立つようになりました。数ミリの白い斑点が加齢に伴って現れます。同様に、老人性疣贅が顔や頭に出てきました。こちらは、褐色の扁平上のイボです。どちらも、害はないとされ、高齢になると、誰にも出現するものです。頭頂部の髪の薄さは年々、ひどくなってきていますし、側頭部、後頭部の白髪はますます増えています。

これらは「老人力がついた」と言って、笑えるものではありません。とはいっても、甘んじて受け入れるしかありません。

 

 

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家康公のしかみ像のパワーカードを買いました

2015-10-24 09:56:29 | 社会・経済

浜松城では、徳川家康が生涯最大の敗戦となった三方ヶ原の合戦で、這う這うの体で逃げ帰った自分の姿を絵師に描かせた「しかみ像」が金色のカードとして販売されています。名刺より一回り小さいサイズで、905円です。「開運 出世 大成」と書かれ、それらを呼び寄せるパワーカードとされています。

武田信玄軍2万7000人に、徳川軍は1万2000人。徳川軍は、武田軍を取り囲むように鶴翼の陣を張り、武田軍は騎馬軍団を先頭に魚鱗の陣で中央突破を図ります。素人目にも、鶴翼の陣は大軍を持って、自分たちより少ない軍勢に臨む戦いです。多勢に挑む戦陣ではありません。

徳川軍は大惨敗となり、家康は馬上で恐ろしさから脱糞したといわれます。浜松城に戻った家康は、その憔悴した姿を絵師に描かせたのが「しかみ像」です。しかみは、しかめっ面のことです。地元や歴史好きには、よく知られたエピソードだそうですが、私は知りませんでした。

家康は、ことあるごとに「しかみ像」を見つめ、「石橋を叩いても渡らない」ほどの熟慮を重ね、勢力を着実に広げ、天下人になったのです。

浜松城は、そうしたことから出世城と呼ばれ、しかみ像は開運大成の原動力になったとされています。60代後半になって、いまさら「出世大成」ではありませんが、「開運」ならぬ「好運」はいただきたいので、パワーカードを名刺入れに入れ、いつも身に着けています。

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浜松市では、歩行者は地下歩道へ

2015-10-22 09:49:25 | 健康・病気

JR浜松駅の観光インフォメーションセンターで、観光ガイドマップをもらって、浜松城までの行き方を尋ねました。女性スタッフが「歩いて15分程度です。市役所の裏側です」と言いましたので、歩いて行くことにしました。地図を片手に駅前の地下歩道に下りて反対側の道路に出ました。

市役所に向かう大通り(国道257号から国道152号に接続)を北に向かって歩きます。大きな交差点がありますが、横断歩道はありません。歩行者は地下歩道を通って、反対側の道路に出なければなりません。一つ目は、車の通行量が多いので、地下歩道にしているのかな、と思いました。

そうだ、ここはホンダ、スズキ、ヤマハの発祥の地で、乗用車、軽乗用車、バイクの工場があり、車を利用する人たちがきっと多いんやろな、とも感じました。

ところが、二つ目の交差点も、三つ目の交差点も地下歩道です。女子高校生の乗った自転車は道路の左端を走り、赤信号では、車と並んで信号待ちしています。それで「車優先の街づくり」をしてきたのだ、とわかりました。

市役所前の交差点には、地下歩道に加えて、横断歩道がありました。信号の手前には、家康公のイラストが描かれた下に「横断者に注意するのじゃ」と書かれた掲示板が立てられていました。

ネットで調べると、横断歩道は今年2月19日、事業費1億4000万円で整備された、とあります。お年寄り、身体の不自由な人、ベビーカー、自転車の利用者らが地下歩道を上り下りするのは、負担が大きく、不便を強いているとの声が市民から上がったため、といいます。

浜松駅に戻ると、駐車場には数えきれないほどのバイクの列がとめられていました。バイクの波を見ながら、企業城下町とはいえ、「車は道路、人は地下歩道」の街づくりが、市民の理解をよく得られたものだ、と思いました。

 

 

 

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