あんたはすごい! 水本爽涼
第百三十五回
「嫌だわぁ~。なんか一億とか当たったみたいじゃない。ホホホ…、云わなきゃ、よかった」
ママは笑って少し後悔したようだった。
「でも、よかったじゃないですか。前回×(かける)3でしょ? …三倍だと、小旅行が中ぐらいにはなりますよね」
「ええ、そりゃまあねえ~。あっ! そんなことじゃなくってさあ。三枚も当たるって、いくらなんでも変じゃない? それでね、沼澤さんに訊(き)いたって訳」
「で、沼澤さんは、なんておっしゃったんです?」
「玉のお告げだと、この店は今のところ、まあ、そんなもんかって…」
「なんか小馬鹿にされた話じゃないですか」
早希ちゃんもママに加勢した。
「そうだなあ~。まあ、そんなものかって云う云い方は少し酷(ひど)い」
「でしょ?」
私が納得して同調したので、早希ちゃんは鼻息を少し和(やわ)らげた。
「僕、黙って聞いていたんですが、皆さん先ほどから不気味な話をしてらっしゃいますね。玉のお告げとか…」
「そうだ! ママ、児島君に例の小玉を…」
「そうそう…」
ママは、うっかり忘れていたとばかりに酒棚の隅に置かれた小箱から水晶玉のひとつを取り出し、児島君の前へ置いた。
残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《残月剣④》第十三回
とはいえ、長谷川の今迄の例からいけば、怒らないと左馬介は踏んでいる。やはり、問題となるか、ならないかの分岐点は、長谷川に対する相応の説明如何のようだった。思いついたことを、そのまま包み隠さず吐露するのか。或いは、全く違う事情で稽古の必要がなくなった…とでも云うのか。幾つかの手立てが刹那、左馬介の胸中を駆け巡った。
「どうします? また、やられますか?」
唐突に鴨下が左馬介へ訊ねた。不意を突かれた格好の左馬介だが、そこはそれ、技と同じで、心の隙もない。
「ええ…、そう思ったのですが、思案せねばということもあり、今日は結構です。お二方で続けられるなら、どうぞ。私はこれ迄に…」
胸中に巡る算段は未だ纏まっていないから、よく練り上げた上で二人に話した方がよい…と、瞬間、左馬介は決断したのだ。それ故、早めだが、これ迄に…と、話したのである。木切れを打ち叩く算段は考え巡っていただけで、具体的に懐紙にでも書かねば飽く迄も絵に描いた餅で、食える話とはならない。妙義山の山駆けの折りも、そうしたことがあった。滝壺に幻妙斎が隠した灯明の灯りを消さずに滝壺から持ち出す算段を、あれこれしたことなど…、幾度かの算段をした自分の姿を想い出す左馬介であった。