水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百五十ニ回)

2010年11月25日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百五十ニ回
「ぬ、沼澤さん! いつから?」
 私は幾らか恐怖心が募(つの)り、引きぎみの声で訊(たず)ねていた。
「いやあ、随分前から…。今日は早く終わりましてね。ですから、眠気(ねむけ)会館を出るのが早かったんです。麺坊でラーメンを一杯、食べて寄ったんですが、それでも早過ぎました…」
 おっ! 沼澤さんも麺坊へ行くのか…と一瞬、思ったが、いやいやいやいやいや、そんなことは訊いてない! と少し怒れてきた。
「そして、みかん、ここへ寄りますと、準備中の札が出ている。まあ、店の前で立って待つというのも余り格好のいいもんじゃない…と思えましてね。ドアに手をかけると、開くじゃありませんか…」
 それも訊いてない! と、私はまた思った。
「その時、俄(にわ)かに腹に激痛が走ったのです。かなり急いで食べたラーメンがよくなかったみたいなんです。慌(あわ)てて店へ駆け込みました。すると、どういう訳か誰もいない。私はそのまま猛スピードでトイレへ直行しました。それから二度三度、トイレを出ようとすると下り腹で逆戻りです。そして、今です」
 沼澤氏は、いつの間にか椅子上へ置いた私のコートを勝手にどけ、右隣の席へ座っていた。それにしても、随分、長い説明だ…と、少なからずドン引きの私だった。トイレへ二度三度とは、怖い話じゃなく、汚い話だ。
「ママと奥でツマミ、作ってた時だわ」
「あら、そうだったんですか…。フゥ~、驚いたわ。私ね、怖いの、からっきしなのよ、ホホホ…」
 二人は落ちつきを取り戻したのか、和(やわ)らいだ声で云った。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第三十回

2010年11月25日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第三十回

左馬介は胸元から懐紙の一枚を出し、それを丸めて灰の上へ置くと、新たな枝木の幾らかを積み重ね、息を吹きかけた。火種があるから、容易く炎が上がった。体躯は木刀を振って熱を帯びているようで、寒くはなかった。それでも、身体から滲み出た汗が、徐々に体熱を奪っている所為か、暑いとは感じぬ左馬介であった。チロチロと燃える炎を見ながら、左馬介は木切れを打ち叩いて身を翻し、もう一本の木切れを打ち叩いた場面を想い出していた。一定の動きで反転して戻る木切れと人の動きは当然、異なる。同時に打ち掛かられたとすれば、瞬時に体勢を避けて立て直すには霞飛びで一端、遠退くしかない。僅かな距離といえど、剣が届かぬ最低限の位置でよいのだ。基本とはいえ、一応は幻妙斎に認められた左馬介の霞飛びの経緯(いきさつ)があった。結局のところ、不意を突かれた刺客の襲撃には、霞飛びで舞い上がって体を安全な場へと移し、その後、相手を封殺する以外にはない…ということになる。左馬介は、やはり霞飛びの技を高めねば、不意の襲撃を避けられぬ、と気づいた。無論、幻妙斎の霞飛びへ至るには数十年は必要だが、取り敢えずは二、三間も身を移せる技に高められれば、並の武芸者は倒せる筈だ…と左馬介は踏んだ。いつの間にか、冷えていた左馬介の体躯は温みを帯びていた。


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スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百五十一回)

2010年11月24日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百五十一回
「四月から部長らしいんだ…」
「ワオ! すごいじゃない。次長だとばかり思ってた」
「いや、そうだったんだけどね。部長が俄かに、ああいうことになったからさ…」
「部長さんがお亡くなりになった、あと釜(がま)って訳ね」
「そういうことなんだ…」
 ママが早希ちゃんからバトンを受け取り、語りだした。
「ええ、そういうことなんですよ。なんか今一、席をぶん盗ったみたいで、気分はよくないんですけどね」
「お告げのとおりだって云ってたわよね」
「はい…。だから一度、沼澤さんに会って、お伺いしたいと思ってたんですよ」
 しみじみとママに言葉を返したその時だった。
「私なら、あなたの後ろにいますよ、塩山さん」
 私は一瞬、ギクリ! とした。というより、ドキッ! と心臓が止まりそうな衝撃を受け、後ろを振り返った。
 沼澤氏が私の背の後ろに立っていた。ママも気づかなかったのか、言葉をなくし茫然と静止して立っている。早希ちゃんだってそうで、この手の話を信じない彼女だが、この時は震えていた。いや、どう考えても怪(おか)しいのだ。店のドアは開いた形跡もないのだし、背を向けて座る私や早希ちゃんは別として、ママはカウンターに立ち、正面を向いていた。当然、ドアの開閉を見逃す訳がなかった。ママの紅潮ぎみのいつもの顔が、その時はいつになく蒼白かった。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第二十九回

2010年11月24日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第二十九回

それは正に刹那と呼ぶべきもので、凡人には疾風の動きのようでもあり敏捷(びんしょう)であった。最初の木刀による一撃で、まず左の木切れを括った縄が大きく振れて遠退いた。一撃をした左馬介の体は、打ち砕いた木切れに対して即座に背を向け、右の木切れを打ち砕く。そして次の瞬間には、ふたたび体を反転させて左の木切れの反動に備え、木切れが迫れば打ち叩いた。こうして、同じ動作を繰り返す稽古が続いていった。
 幾らか、縄を長めにして木切れを吊るした左馬介の判断は正解であった。短ければ当然、反動も早くなり、それが果して対応出来るだけの余裕を左馬介に与えるかは疑問であった。左馬介は考えた挙句、取り敢えず長めにして様子を見よう…と結論した。その判断には、過去の体験が大きな助力となっていた。幸い、そう息の乱れもなく、木切れを打ち叩く強さを工夫して強弱をつける余裕も出て
きた。しかしそうは云っても、同じ繰り返しを四半時も行えば、流石に疲れる。それは体躯がそうなのではなく、針の如く研ぎ澄まさねばならない心労なのだ。云わば、連続した緊張による疲れともいえた。未だ反転して勢いを弱めない木切れの振り子運動だが、ひとず左馬介は後退りして一服の暖を取ることにした。未だ燃した枝木の灰には残り火の温みがあった。左馬介が息を吹きかけると、飛び散った灰の後に火種は消えず僅かに残っていた。


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スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百五十回)

2010年11月23日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百五十回
果たして私に勤まるんだろうか…という単なる自信のなさと、自分に対して始まった途方もない本格的な異変の序章が、私を不安に陥(おとしい)れていた。こういうときは、みかんだ…と、私は店へ寄ることにした。酒棚の玉や沼澤氏のことも気になっていたから丁度、好都合だった。
「ママ、偉いことになりましたよ」
「そうだってね、聞いたわよ。部長さん、お亡くなりになったんだってね、ご愁傷さま」
「あっ! それ…もあるけど、今日の違うんですよ。俺に異変が起こったんですよ。お告げがあったんですが、そのとおりになって…」
 私は決壊したダムのように、止めどなく語りだした。
「ちょっと待ってよ。…ゆっくり話してくんない、その話…」
 早希ちゃんがボックス席から重い腰を上げ、カウンター椅子(チェアー)へ近づいた。
「ああ、早希ちゃんも興味があるんなら…」
「興味はないんだけど、これに関係するかも、と思って一応、聞いておこうと…」
 隣の椅子へ座った早希ちゃんは、携帯を私の前へ示した。
「なんだい? 携帯がどうかしたの?」
「私、投資を少しやってんのよ。だから、満ちゃんが偉くなれば、会社に投資を、な~んてねっ」
 早希ちゃんは悪戯(いたずら)っぽくニコリと笑った。私も少しすごくなりかけているみたいだったが、早希ちゃんは遥かに私よりすごかった。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第二十八回

2010年11月23日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第二十八回

 この方法は、幻妙斎に命じられて行った山駆けの際に浮かんだ発想なのだが、その折りは上手くいったので、左馬介は、そう不安には思っていなかった。事実、今回も思案通りにやると、上首尾にいった。次に、枝から垂れ下がった先の木切れを括り付ける。この高さは、以前よりはやや低めにした。即ち、地面へ少し近づけて括り付けたのである。とは云っても、その高さは、地面より五尺は優にある。左馬介は大刀で程よい長さの枝を選ぶと斬り払い、更に脇差を使って木刀に仕上げた。そうして、腰に差した差し領の二本は、ひとまず地面に置き、作った木刀を握りしめて立った。その位置は丁度、括り付けた木切れが垂れ下がっている二本の縄の中ほどである。未だ呼吸は乱れて定まっていない。深呼吸を一つ、大きく吸い、静かに吐く。それでも未だ集中出来ない気分のムラを左馬介は感じた。それを取りの除こうと、左馬介は、ゆったりと両の瞼を閉ざした。左馬介に呼応するかのように、吹いていた冷ややかな微風が突如として止まった。勿論、吊り下げられた縄先の木切れは、左右ともに揺れず、停止している。次の一瞬、時刻の問を突くかのように左馬介の木刀が動いた。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第百四十九回)

2010年11月22日 00時00分00秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百四十九回
 次の日、お告げは現実のものとなって現れた。私は鍋下(なべした)専務に呼ばれ、専務室にいた。
「昨日(きのう)は御苦労さん。で、君を今日、ここへ呼んだのは他でもない。この前、…と云っても鳥殻(とりがら)君が生前中の話なんだが、君を呼んだことがあったね?」
「はい、記憶いたしております」
「あの時、この四月から次長を頼むと内示し、取締役会でも正式に承認されたんだがね。鳥殻君の訃報(ふほう)で状況は一変した。そこで、あの話は一応、なかったことにしてもらうよ」
「えっ! そんな…」
「まあ、落ちついて聞きたまえ。話には続きがある。そこでだ、改めて鳥殻君の後任の部長をお願いしたいと考えているんだが、なにか不都合なことはあるかね?」
「ええっ!! 私を営業部長に、ですか? …ふ、不都合など、あ、ある訳がありません」
「ははは…、急な話で君も面食らったろう。まあ、そういうことだ。これから緊急の取締役会が開かれるんだが、実はこの話が議題なんだよ。ほぼ、決まりなんだがね」
「はあ…」
「そういうことだ! 四月からよろしく頼むよ」
 鍋下専務はニコッと笑い、私の肩を軽くポンと叩いた。私が営業部長とは…。お告げどおりとはいえ、新たな状況の展開に、私の心は動揺していた。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第二十七回

2010年11月22日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第二十七回
 冬場だから幾らか寒いのは当然で、落ちた枯れ枝で暫し暖を取ることにして、左馬介は落ちた小枝を拾い始めた。焚き付けの火が瞬く間に炎となり、左馬介の冷えた身体を温める。ただ、暖を取っているだけの左馬介ではなかった。当然、視覚の向こうにある二本の木の枝を眺めつつ、吊るした反動の振幅などを脳裡に想い描いているのだ。無論、このことは昨日考えて結論に至らなかったことなのだが、実際に木の枝に縄を吊るして木切れを括り付け、それを叩いた時、長い縄ならば振幅が大きい分、反動も遅れる。短ければ、その逆なのだ。こうしたことは、必然的に生じる事実だから何の問題もないのだが、木切れを打ち砕く角度や間合い、振り下ろす竹刀の強さなどにより、反動は大きく変化するのである。これのみは予測することが出来なかった。
 
身体も温みに満たされ、漸く兵平静と変わらなくなった左馬介は、二本の樹の各々に持参した縄を結び付けることにした。まず、縄先を小石で括り付け、その先を手で回転させつつ枝を目がけて投げ上げるのである。当然、石の重みで縄は枝を通り過ぎ、地面へと落下する。その落下した先の石を外し、円状の輪に結んだ後、投げなかった方の縄先を輪に通して引っ張る。すると、円状の部分は次第に上がり、枝に結びつく…という寸法だ。


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スビン・オフ小説 あんたはすごい! (第百四十八回)

2010年11月21日 00時00分02秒 | #小説
  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
    
第百四十八回
お告げの声質は私の意志の声なのだから当然、私の声である。それも、頭の中で聞こえるだけだから、或る意味、心の中で漫才のAとBの両方を一人で演じているようなものだった。こんな話は、とても人様の前で語れたものではない…と私は思えた。
 小玉を再々度、ポケットへ戻し、私は車外へ出た。せっかくA・N・Lへ寄ったのだから、少し早いが夕食を…と思ったのだ。腕を見れば五時を少し回った頃だった。それにしても、お告げの内容どおりだとすると、鳥殻(とりがら)部長が亡くなったあとの会社で私に起こる吉事といえば、人事しかない。近づいた四月だが、次長昇格が前倒しになる、というのか…、いや待てよ、そのことは、すでに織り込み済みのはずだから、お告げの吉事とは、それ以上のラッキーなことなんだろうか…と、私はA・N・Lの入口のドアを潜(くぐ)りながら思った。
 A・N・Lで早めの夕食を済ませ、私は家路を急いだ。葬儀に関連した諸々(もろもろ)の雑事で少なからず疲れていたから、帰ってひとっ風呂浴びよう…と、身体が私に命じたのである。家の玄関へ入るや、私はバスルームの蛇口を捻(ひね)った。勢いよく自動給湯システムの湯が浴槽へと入っていく。少し熱めに設定した湯は、私が着替えたを終えた頃、自動遮断されるのだ。その頃合いも、すべて慣れでわかっている。礼服を箪笥(タンス)へ収納し、着替えの下着を手にバスルームへと私は向かった。

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残月剣 -秘抄- 《残月剣④》第二十六回

2010年11月21日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《残月剣④》第二十六
歩きながら左馬介が考えるのは、そうしたことではなく、既に稽古をその場でしている自分の姿で、想いは短絡して半時ほど先に飛んでいるのだ。歩きながら左馬介が考えるのは、そうしたことではなく、既に稽古をその場でしている自分の姿で、想いは短絡して半時ほど先に飛んでいるのだ。無論、やってみなければ分からないが、以前、一本の縄で行った時のことが浮かぶ左馬介であった。幻妙斎の命で試みたその折りには、幸いにも上手くいったのだが、今日は左右、いや、反動の振れようによっては前後となるかも知れないけれども、兎に角、二本の縄を相手にせねばならないのであった。熊笹への寄りつきには、左馬介の予想通り、案外、早く辿り着くことが出来た。そして、稽古場と決めた地点に出る、その入口の切り布も、しっかりと認められた。黄色い端切れだから見落とす手抜かりもないほど、よく分かる。左馬介は熊笹の穴のように開いた入口より分け入った。進むにつれて迷いそうになる所もあったが、上手い具合にそこには切り布が括り付けられていて、進行方向を示してくれるから、迷うということもなかった。四半時弱は右に左にと進み、漸く探し当てた稽古場へ出られた。左馬介は、フッ…と溜息を一つ吐いて、背負ってきた縄を包(くる)んだ風呂敷を下ろした。縄とはいえ、或る程度の長さがある二本分だから、重みも、それなりにあった。左馬介は縄を下ろし、取り敢えずは、ほっとした。


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