第百五十ニ回
「ぬ、沼澤さん! いつから?」
私は幾らか恐怖心が募(つの)り、引きぎみの声で訊(たず)ねていた。
「いやあ、随分前から…。今日は早く終わりましてね。ですから、眠気(ねむけ)会館を出るのが早かったんです。麺坊でラーメンを一杯、食べて寄ったんですが、それでも早過ぎました…」
おっ! 沼澤さんも麺坊へ行くのか…と一瞬、思ったが、いやいやいやいやいや、そんなことは訊いてない! と少し怒れてきた。
「そして、みかん、ここへ寄りますと、準備中の札が出ている。まあ、店の前で立って待つというのも余り格好のいいもんじゃない…と思えましてね。ドアに手をかけると、開くじゃありませんか…」
それも訊いてない! と、私はまた思った。
「その時、俄(にわ)かに腹に激痛が走ったのです。かなり急いで食べたラーメンがよくなかったみたいなんです。慌(あわ)てて店へ駆け込みました。すると、どういう訳か誰もいない。私はそのまま猛スピードでトイレへ直行しました。それから二度三度、トイレを出ようとすると下り腹で逆戻りです。そして、今です」
沼澤氏は、いつの間にか椅子上へ置いた私のコートを勝手にどけ、右隣の席へ座っていた。それにしても、随分、長い説明だ…と、少なからずドン引きの私だった。トイレへ二度三度とは、怖い話じゃなく、汚い話だ。
「ママと奥でツマミ、作ってた時だわ」
「あら、そうだったんですか…。フゥ~、驚いたわ。私ね、怖いの、からっきしなのよ、ホホホ…」
二人は落ちつきを取り戻したのか、和(やわ)らいだ声で云った。