影車 水本爽涼
第七回 命賭け(13)
38. 札差・坂出屋(外)庭・夜
月の光に浮かぶ仙二郎の顔。
仙二郎「これで二度目だったな…」
源心 「おお! いつぞやの侍か。相手にとって不足なし。(小嗤い
して)…二双稲妻斬り、見事、受けられるかな?(睨んで)」
源心、静かに交差して両刀を抜き、正眼に構える。仙二郎も遅れ
て刀を抜き、正眼に構え、静かに上段の構えへと刃を動かす。間
合いを詰め、にじり寄る二人。構えを変えながら、互いに微妙に
動いて相手の隙を探る。そして遂に、刃と刃を激しく交えて斬り
結ぶ。ふたたび離れて、間合いを取る二人。
源心 「なかなか、やるのう…」
息を整え、ふたたび斬り結ぶ二人、押し合って離れる。その時、
源心の稲妻斬りの刃が宙を舞う。仙二郎、左腕に小傷を負う。し
かし、仙二郎が返した刃で源心も眉間を斬られ、一筋の血を流す。
両者、一歩も引かず、ふたたび間合いを取る。仙二郎、左腕の小
傷で一瞬、均衡を崩す。間髪入れず、宙を飛ぶ源心の稲妻斬り。
危うく避けてかわす仙二郎、足場を失い倒れる。
源心 「ふふふ…、これまでだな。引導を与えてやろう」
落ち着き払った声で仙二郎に近づく源心。這(は)って、源心の刃
をかわす仙二郎。遮二無二、仙二郎に刃を突き立てる源心。仙二
郎、絶体絶命の危機。その時、一本の簪(かんざし)が源心めがけ
て飛ぶ。刃でその簪を払う源心。一瞬、できた隙(すき)。それを
逃さず仙二郎の右腕が動き、源心の腹を横に斬り払う。飛び散る
血しぶき。源心、ふたたび斬りつけようとするが、力が萎え、刀を
地に落とし、静かに崩れ落ちる。
仙二郎「(息も絶え絶えに)ひぇ~、危ねぇ。地獄の一丁目が見えた
ぜ。…お蔦だな。有り難(がと)よ」
と、呟きながら立ち上がり、辺りを見回す。そこへ現れた伝助。
伝助 「仙さん、大丈夫ですかい?」
仙二郎の左腕を手拭で縛(しば)る伝助。
仙二郎「掠(かす)り傷だぁ、大事ない…。それより、お蔦は、どこ
でぇ?」
と、ふたたび辺りを見回す仙二郎。
伝助 「姐(あね)さんなら、あそこですぜ」
伝助が指さす方向を見る仙二郎。土塀の瓦上で様子を見遣る、お
蔦。片手を上げ、笑顔で合図をすると、土塀から跳んで消え去る。
仙二郎、刀を鞘へ納め、
仙二郎「伝公、今日は造作、かけたなぁ。あとは頼んだぜ」
と云い捨てて、闇へと消える。立待の月が蒼白く澄んで庭を照ら
す。