そろそろ秋か…と東風(こち)が思う間もなく、秋が訪れた。日射しの短さは日を追うごとに早まり、夕焼けが…とはいかず、降りそうな灰色の雲で空は被(おお)われた。ということはジトジト降る秋霖(しゅうりん)か…と東風は思った。しかし、そうはいかず、次の朝は土砂(どしゃ)降りとなった。思う真逆の連続に、東風は少し切れ始めていた。
「チェッ! 飯でも食いに出よう…」
これでは外仕事は出来ないと、早めに諦(あきら)めた東風は外食をしようと家を出た。上手(うま)い具合に逆には出ず、いつも行く大衆食堂は開いていた。まあ、そうたびたび逆にはならんさ…と、東風は誰もいない店の前でははは…と笑った。そのとき店から客が出てきて、変な人だ…と東風を見ながら去っていった。土砂降りの雨は益々、強まっていた。傘をたたむと服の肩やズボンの裾(すそ)が気持悪く濡れていた。まあ、いいさ…と、東風は店へ入り、いつもの定食を頼んだ。
「すみませんねぇ~。今日は生憎(あいにく)、もう出ちまって…」
出ちまう・・とは、この店の主人の口癖(くちぐせ)で、作れないことを意味した。
「ああ、そうなんだ。じゃあ、二ラレバ定食を…」
「レバ二ラですか? 二ラはあるんですが、生憎、レバーが、朝からの土砂降りで…」
「出ちまってるんですか?」
「そう、それです。っていうか、入ってないんで…」
「入ってないか…。じゃあ、出来るもので」
「いや、お客さん。申し訳ないんですが、今日は何も出来ません…」
「えっ!? 嘘(うそ)でしょ! だって現に、さっきお客さん出てったよ!」
「ええ、あのお客さんでお終いなんで…」
外の土砂降りは一層、強まり、雨音も大きさを増していた。
「よく聞こえなかったんで、も、う、い、ち、ど!!」
「ですから、お、し、ま、い!!」
すべてがすべて、東風が思う逆だった。東風は怒りが込み上げ、傘もささず店を駆け出していた。
次の日、東風は風邪をひいて病院の診察室にいた。土砂降りは怖(こわ)いのである。
完