物置小屋前の軒(のき)下には、ちょうどいい具合のスペースがあり、そこは雨露(あめつゆ)を凌(しの)げる格好の場所だった。ドラはそのうま味を知ったのだ。雪が降り始めた早朝、そのドラがやってきて軒下へドッペリと籠(こも)り始めた。一度(ひとたび)腰を下ろせば、ドラは梃子(てこ)でも動かない。少々、腹が減っていようと、立ち上がろうと自分で思わなければ、三日でも四日でもそこを動かない性分(しょうぶん)の持ち主だった。そんなドラが来ているとは知らない小次郎は、キッチン下のフロアで朝食のドライフードを齧(かじ)っていた。里山と沙希代もテーブルで食べていた。夏冬は小次郎も玄関外へ出されることはなく、家の中で暮らしていた。むろん、里山夫婦が知らない外へ出る極秘ルートはあった。玄関の床下から潜(もぐ)り、庭の足継ぎ石の前から外へ出るルートである。外では雪が降っているようだった。キッチンの窓ガラスの明るさ具合と底冷えから雪だ…とは思えた。外は深々と雪が降り積もっているようで、物音一つしなかった。朝食を食べ終えた小次郎が目を閉じて寛(くつろ)いでいると、急に頭へ人の手のような感触を覚えた。ビクッ! として小次郎が目を開けると、里山が目の前にしゃがんで見つめていた。
「じゃあ、行ってくるよ…」
小次郎の頭を撫でながら里山は笑顔で言った。沙希代が傍(そば)にいる手前、人間語で『行ってらっしゃい!』とも言えず、小次郎は猫語で「ニャ~!」とだけ鳴いた。