水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第五十一回)

2012年06月15日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第五十一回 
 しばらくは休戦といったような雰囲気で、皆はふたたび各自の動きをする。ピイーンと張りつめていた閉塞感は拭われた。
「まあ皆さん、お賑やかなことで…」と、敏江さんが奥の部屋から物腰の低い笑顔で現れた。幾らか嫌味がなくもないが、機嫌のいい様子に全員、救われた。敏江さんの手には急須が持たれていて、それぞれの茶碗に注がれる。
「あんた、これ貰い物やけど、置いとくで食べてもらい」
 敏江さんは勢一つぁんにそう囁(ささや)くと、ふたたび奥の間へと姿を消した。勢一つぁんの前には、笊(ざる)に入れられた塩湯がきの枝豆が山盛りされて置かれている。誰彼となく腕が何本も伸び、それぞれの口へと運ばれ、瞬く間に処理されていった。
「あっ、やっぱり!」
「なんやいな、急に」
 直助は想い出したのである。その幽霊モドキの枕元に立った女が二十年以上前、川端康成の全集を買っていった溝上早智子であると…。


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