靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第五十一回
しばらくは休戦といったような雰囲気で、皆はふたたび各自の動きをする。ピイーンと張りつめていた閉塞感は拭われた。
「まあ皆さん、お賑やかなことで…」と、敏江さんが奥の部屋から物腰の低い笑顔で現れた。幾らか嫌味がなくもないが、機嫌のいい様子に全員、救われた。敏江さんの手には急須が持たれていて、それぞれの茶碗に注がれる。
「あんた、これ貰い物やけど、置いとくで食べてもらい」
敏江さんは勢一つぁんにそう囁(ささや)くと、ふたたび奥の間へと姿を消した。勢一つぁんの前には、笊(ざる)に入れられた塩湯がきの枝豆が山盛りされて置かれている。誰彼となく腕が何本も伸び、それぞれの口へと運ばれ、瞬く間に処理されていった。
「あっ、やっぱり!」
「なんやいな、急に」
直助は想い出したのである。その幽霊モドキの枕元に立った女が二十年以上前、川端康成の全集を買っていった溝上早智子であると…。