幽霊パッション 第二章 水本爽涼
第七十五回
土曜の朝は割合と早く巡ってきた。当然、それは上山の感覚なのだが不安を含む事象は、概して時を進めるものである。
休日のため、いつもよりは小一時間、遅く目覚めた上山は、軽く軽食を済ますと、コーヒーの入ったマグカップを右手にし、それを口へ近づけながら左手をグルリと回した。瞬間、幽霊平林は待ってました、とばかりにパッ! と現れた。
『おはようございます!』
陰気ながらも元気なのだから、上山もどう返していいか分からない。
「ああ…、元気そう、いや、かなりこの世に馴染んだじゃないか!」
褒め言葉でもなく場当たり的な言葉を上山は返して笑った。
『じゃあ、さっそくやってみますか!』
「ちょっと! 待ってくれよ。私にもそれなりの心構えがいるからさ」
上山は少し慌てて、右手のマグカップをテーブルへ置いた。
『ああ…そうですね、すみません。少し急ぎました』
「ははは…、君は生前と、ちっとも変わらんなあ。とても田丸工業のキャリア組だったとは思えん」
『キャリア組なんて、そう大したことないですよ。世の中、すべて実力ですから…』
「そらまあ、そうだが…」
上山もその言葉には応じて、頷(うなず)いた。そして、徐(おもむろ)にマグカップの残ったコーヒーを啜(すす)った。
『落ちつかれれば、云って下さい。僕はいつでもOKてせすから…』
幽霊平林は遠慮ぎみに上山を窺(うかが)うと、少し離れてプカリプカリと浮き上がった。
「ああ…ちょいと顔、洗って気を落ちつけるから待っててくれ」
『はい…』
そう云うと、上山はマグカップを洗面台で洗うと厨房を去った。