影車 水本爽涼
第六回 悪徳医者(3)
5. 仙二郎の住居(同心長屋・外)・夕刻
銭湯から帰ってきた仙二郎。そこへ、お蔦が突如、屋根から舞い降
りる。
仙二郎「お蔦か…、まあ入んねえ」
お蔦 「久しぶりだね。少し窶(やつ)れたんじゃないのかい?」
仙二郎「そう見えるか? 夏場は昼の廻りが堪(こた)えてなぁ(戸口を
開け、お蔦を招き入れ)」
仙二郎が家に入った後、お蔦、辺りを窺って入る。
6. 仙二郎の住居(同心長屋・内)・夕刻
お蔦、仙二郎が土間から畳へ上がった後、鴨居へ座って、
お蔦 「病(やまい)が相手じゃ、十手もやり難(にく)いだろうね」
と、声を投げる。仙二郎、両刀を腰から抜くと、刀掛けに置く。
仙二郎「さっぱりだぁな(笑って)」
お蔦 「まあ、病(やまい)は医者に任すしかないが、そろそろワルが
動きそうだよ」
仙二郎「どういうこってぇ?」
お蔦 「そんな気がした迄さね。何ぞ、ありゃあ、また寄るよ」
仙二郎「いや、俺の方が訊ねるかも知れねえぜ。その時ゃ頼まあ」
お蔦 「ああ…。そいじゃ、邪魔したね。しかし時化(しけ)た暮らしぶ
りだねぇ…(立って、辺りを見回し)」
仙二郎「(舌打ちして)ちぇっ! 云ってやがらぁ。大きなお世話でぇ」
と、お蔦に声を投げ返す仙二郎。既にその時、お蔦の姿は家の内
から消えている。
7. 高山幻斎の医療所(診察場)・夜
患者の町人、快方に向かっているのか、深い眠りに入っている。血
色もよい。幻斎、その様子を診ながら、
幻斎 「解熱したようじゃな。この薬草が効いたか…(乳鉢の中の薬
を見て)。だが、この薬草、偶然、薬園から頂戴したもの。この
辺りでは手に入らぬから困ったことになった(思案顔で)」
と、嘆息する。
8. 寺の中・昼
合同葬の最中。多くの町人や遺族が参列する中、読経がしめやかに流
れている。仙二郎、宮部の姿もある。同じ後方で見物する町人の二人。
町人②「幻斎先生が治療薬を見つけたそうよ」
町人③「そうか! これで、ひと安心だな。一時(いっとき)は、バッタバ
ッタと倒れたからなぁ。まあ、こんな葬儀は、もうあるめえ」
町人②「いや、それがな。そうは、いかねえんだとよ」
町人③「怪(おか)しなこと云うじゃねえか。なぜなんだよ」
町人②「実は、な。その薬草、そうは簡単に手に入らねえ代物(しろも
の)だそうよ」
町人③「この辺りには、ねえのかい?」
町人②「あるこたぁあるらしいが、なんでも、お上の薬園だとよ」
町人③「そりゃ、偉(えれ)ぇこった。でもよぉ、お上も見て見ぬ振りは、
なされめえ? そのうち出回らぁな」
町人②「そうなりゃ、いいんだがな…」
二人の会話を、知らない素振りで聴く仙二郎、宮部の肩を叩くと寺
を出ようと歩き出す。慌てて追う宮部。